14. 再会は陽光と共に
現宰相の軍勢が十分に余力を残しつつも撤退すると、その光景を眺めていた私の元にクララが報告に訪れ、それによって状況がある程度ながら明らかになっていた。
敵は早々と撤退したこともあって特筆する程の大損害を受けた訳ではないようだが、しかし第一騎士団は戦闘の中で壊滅したという。
そしてどうやら、そのままこちらへと寝返った八万と共に第二王子の姿もあったらしい。
現在は殿下とちょうど兄弟二人で話しているようだ。
私達の側についた貴族達の一覧は、あの日伏兵に遭った際にいた諸侯と綺麗に一致している。
ということは、今回のこれも第二王子もしくは彼に近しい人物の手による仕掛けなのだろうか。
さすがにその辺りについてはまだ不明であるが、しかし追々判明するだろう。
相手が撤退したのならば、こちらもいつまでもこの場に留まっている必要は無い。
撤退の準備を始めている友軍と合流し、私もルヴジェントの街へと撤退していく。
それにしても、まさか勝利出来るとは思ってもみなかった。
戦況が激変するような余程の出来事でも起きない限りは勝てないと思っていたが、土壇場で大規模な寝返りが起きるという余程の出来事が本当に起きたことによって、予想もしていなかった勝利を掴むことが出来ている。
いくら寝返りがあったとはいえ、結果的に見れば三十万の大軍と正面から戦って勝利を収めたことになるのだ。
その上にこちら側についた者が多い分だけ向こうの兵力は減ってもいるし、本格的に最終的な勝利への道筋が見えてきたと言っても問題は無いだろう。
ましてや私達の側にはこの国の正統な王位継承権を持つ王子二人が揃っており、現宰相は大義名分を完全に失った形になっているのも大きい。
とはいえ、これまで圧倒的な兵力差があったものがこれでようやく互角になったに過ぎない(ベルファンシア家の私兵も依然大軍であるし近しい貴族に関してはもう現宰相と一蓮托生のようになっているだろう)ので楽観は出来ないし、依然としてラーゼリアの大軍も国内にはいるのでまだまだ殿下の即位式までの壁は高いのだが。
こと、問題なのはラーゼリアの軍勢である。
彼らをどうにかするための方策もあらかじめ考えてあったので、それに関して近いうちに上奏することにしようかと考えつつ、私は今後取るべき方向性について馬上で思案に耽る。
やがて、ルヴジェントへと辿り着く私達。
だが、城壁の外側に広がる街から少し離れた場所で、揃いの全身鎧に身を包んだ集団がいるのに気付く。
どうやらそれは、数日前に突如として戦場を離脱した第三騎士団であるようだ。
精鋭である上に、先日散々苦しめられた部隊を前にして緊迫する空気。
こちらとしても向こうの意図が読めないので、警戒を強めることになる。
しかしながら、どうやらあちらには敵対の意思が無いようで、騎士達を待機させたまま風に靡く細い銀髪が美しい騎士団長がただ一人でこちらへと進んできた。
いくら敵同士として戦ったばかりであるとはいえ彼は未だ現任の騎士団長であり、故に騎乗した彼が進むと海が割れるように兵達が道を開けていく。
比較的先頭に近いこの位置からではあまり後ろの様子は確認出来ないが、どうやら殿下のいる本陣の方へと向かったようだった。
殿下と騎士団長で何か話し合ったらしく、しばらくすると第三騎士団が同行するという通告が全軍に出される。
どうやら、彼らもまたこちら側へとつくことになったらしい。
そして城へと入り始める軍勢。
往路の際の倍近くに兵数が増えている現在であるが、しかし住民を城内に収容していたために街並みを通り抜けるのに要する時間が単純に倍になったりはしなかった。
もちろん多少時間は増えたものの、それでもせいぜい六時間程度の増加であった。
いずれにせよ全軍が城内に入るまでには一日以上待たなければならなかったので、城の中の一室で殿下や他の諸侯と同じように一夜を明かした私は、全軍が入城を終えたという報告を受けると埠頭へと向かう。
当然、兵が増えた分だけレールシェリエまで乗り込むことになる兵員輸送船の数も多くなっている。
全長百メートル以上の船が二百艘近く並び水面を埋め尽くしている光景は恐ろしいまでに壮観であり、見る者に一種の感動を覚えさせる程のものだった。
全軍が順次それぞれの船に乗り込んでいき、そして大規模な船団は南下を始める。
これだけの大きさの船ばかりが集まった船団があれば河を塞いでしまいそうであるが、しかし百キロ単位にも達する川幅を持っているためにその程度では何の妨げにもならない。
南下を続けた大船団は、程なく目的地へと到着した。
水軍の運営を前提として作られた巨大な埠頭であるが、しかし同時にそこに船体を並べられるのは今回の輸送船の場合はさすがに百艘程が限界である。
まず先に半分の船から兵達が降りると空になった船は残りのそれと入れ替わり、続いてそちらからも兵達が降りていく。
それにも数時間を要したのだが、しかし終わるのを待つと隊列を整えてから城内へと向かう。
今回は殿下の親征という体裁を取って行われた戦いであり、しかもそれに勝利を収めたのだ。
当然それに相応しく大いに祝う必要があり、大通りを通り抜ける際にもそこまで民衆の目を気にしていない普段とは違いきっちりと隊列を揃えることになる。
城門を潜り市内に入ると、通りの両側に集まった市民の歓声に出迎えられる。
百万人都市である王都と比べれば規模の小さいこの街であるが、しかしそれでも五十万を優に超える数の住民がいる大都市であり、故にこちらに与えられる歓声は極めて盛大だった。
これだけの人数が集まるということは即ち商人にとっては一種の好機であり、人混みを観察しているとその中に時折立ったまま食べられる軽い料理を売っている者の姿なども見受けられる。
その者の周囲には軍勢を眺めながら何か食べようと考えている人間が集まっており、大繁盛しているようだ。
ともあれ、熱狂的な民衆に出迎えられながらパレードのように進んでいく私達。
ゆっくりとした行軍の末、やがて私達は執政府の中へと到着する。
広場に辿り着くと殿下によって解散が言い渡され、そして私は麾下の兵達に解散と休暇を伝える。
自らの馬を連れて厩舎へと向かっていく兵達の姿を眺めながらこの後はフェールのところにでも行こうかと考えていると、ふとそんな私の元に誰かが近付いてきているのが見えた。
全身鎧を纏った状態で頭部を覆い隠す冑のみを脱ぎ、陽光を反射する長い銀髪を遠くからでも視認出来る程に煌かせている彼は、言うまでもなく第三騎士団長であった。
先日も戦場で姿を目にしてはいるが、しかしこうしてきちんとした形で顔を合わせるのは随分と久々のことになる。
とは言っても、前回顔を合わせた時とて単にセリーヌ嬢が巻き込まれた事件の捜査に関する事務的な会話がほとんどであったので、それ以外にこれといった親交があった訳ではないのだが。
一体どのような用件なのかは分からないが、つい数日前まで敵であった人物(それも騎士団長という高位にある)を前にして少し緊張を覚える私。
「お久しぶりです、オーロヴィア嬢」
「ええ。お会い出来て光栄ですわ、クラスティリオン様」
近くで馬を止めると、そう声を掛けてくる彼に対して、こちらも挨拶の言葉を返す。
その身長は私と比べてずっと高いが、しかし騎士団長は非常にスタイルがよく足が長いために、双方共に騎乗している現在の目線の差は身長のそれ程には大きくなかった。
彼の姿を目にするとまず銀色の髪に意識が向くが、しかしその肌もまたそれに劣らない程に白く透き通っている。
「それと、そちらの君も。名は何と?」
「サフィーナ・オーロヴィア様が侍従、カルロ・レシュリールと申します」
「そうか……。カルロ、君の剣は実に素晴らしかった。強いことは身のこなしを見れば分かるが、まさかあれ程とは。私もあれ程の戦いが出来たのはこの職に就いてから初めてであるし、血が滾ったのは久々だ」
「ありがとうございます。私も、貴方程強い方と剣を交えたのは初めてでした」
どうやら、直接剣を交えていた二人の間には特にわだかまりは無いようで、にこやかな様子で言葉を交わすカルロと騎士団長。
二人は互いに実力を認め合っているようだった。
自らもかつて剣を振るっていた者として、私も二人がどれ程強いのかは見ていればよく理解出来るので、直接剣を交えた同士となればなおさらなのだろう。
「それから、オーロヴィア嬢の指揮も素晴らしいものでした。貴女のような方と肩を並べて戦えることはとても頼もしい。今後とも、よろしくお願い致します」
「過分なお言葉、恐れ入りますわ。私こそ、クラスティリオン様と共に戦えますことは非常に光栄です」
特に何か用件があった訳ではなく、単にそのことを伝えに来ただけであるらしかった。
彼の実家であるクラスティリオン家に対しては思うところが大いにあるが、しかし騎士団長本人は高潔な人格の持ち主であり王家に忠誠を誓っているようであるし、何よりあれ程強力な軍勢が味方となることは素直に頼もしい。
私は彼に対してそう頷きを返しておく。
「それから、アルフェリオ殿下がオーロヴィア嬢に是非ともお会いしたいと仰られております」
「第二王子殿下が、ですか?」
「ええ。殿下は貴女にとても興味をお持ちです。近いうちに使者が訪れるでしょう」
すると、続いて彼はそのようなことを口にする。
第二王子と私の接点といえばせいぜい何年も前に彼を家に招いた際に二言三言言葉を交わした程度であるが、一体どうしたのだろうか。
私が少し不思議に思っていると、騎士団長はこちらへと挨拶をして立ち去っていく。
予想だにしなかった急展開によって分からない事柄がいくつも生まれていたが、それを判断するには判断材料が全く足りていない。
部屋に戻ったら現状を正確に理解するために情報を集めようと思いつつ、私は人がほとんど近寄らない建物の陰にいるフェールの元へと向かったのだった。




