表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/172

10. 残光狂騒

 態勢を立て直してもう一度攻め寄せてくるかと思っていたが、第三騎士団はそのまま退いていった。

 まあ引き分けなので最低限互いの面子は保てているとはいえ、考えられるあちらの戦略目標を思えばそのまま退くというのはいささか予想外だった。

 先日の伏兵といい今回といい、最近は現宰相側の動きに不可解なものがいくつか見受けられる。

 では誰なのかと言われると回答に窮するところであるが、少なくともこの二つを先導したのが現宰相ではないことは確かだろう。

 何か、現宰相陣営で変化が起きている可能性が高かった。

 まだ判断材料が少な過ぎて意図が読めないので、あの時のように裏をかかれないよう注意しておかなければならない。

 調査は第三騎士団の帰還が判明した段階で既に命じてあるので、近いうちに何かは分かるだろう。


 第三騎士団が王都へと撤退していったことを確認した私達は、そのまま往路と同じように船に乗って帰還し、そして執政府の広場で全軍に解散を命じると麾下に休息を与える。

 そしてフェールの様子を確かめつつしばらく戯れてからヴァトラを厩舎に預け、私は疲れた身体を休めるために自室へと向かった。

 室内に入り、カルロとクララにも休息を命じた私はそのまま浴室へと向かい、纏っていた衣服を脱いでいく。

 脱いだドレスを洗濯籠の中に入れると、出した湯を肩から浴びる。

 程よく熱い湯が、疲れた身体にはとても心地よかった。

 湯浴みを終えて解いていた髪を乾かすと、クローゼットから取り出した寝間着へと着替えていく私。

 そして寝台に入ると、そのまま疲労と入浴後特有の脱力感へと身を委ね、眠りへと落ちたのだった。


 翌日、普段よりも長く眠った私はやや遅めの朝食を取ると、外から扉が叩かれる。

 叩いたのはクララであるようで、招き入れると少女のように美しい顔立ちをした彼はいつものように美しい礼をした。

 どうやら、調査を命じていた件についての報告に訪れたらしい。


「王都で最近始まった動きだけど、ベルファンシア公爵がアルフェリオ殿下を王として擁立しようとしているみたいだ。いろいろ調べてみたけど、変わった動きはこれくらいかな」

「そう、ありがとう」


 彼からの報告を受けて、私は思案に耽る。

 死因は知らない(殿下は現宰相による暗殺ではなく自然死だと思っているようだ)が先王が崩御している今、王位継承権を持っているのは殿下と、そしてその弟でありベルフェリート王国の第二王子であるアルフェリオ王子(もっとも、フォルクス陛下が崩御された際に当時のベルファンシア公爵が擁立した次の王は王族ではあっても陛下の子ではなかったのだが)だ。

 元々早くこの内乱が終結した後には現宰相は彼を王に擁立するつもりであっただろうし、流れを少しずつ失いつつある中で自らの正当性を主張して大義名分を得るために予定を早めたと考えるのは不自然ではない。

 とはいえ、そうなると最近のまるで船頭が二人に増えたかのような現宰相陣営の動きは、自然に考えるならば第二王子が表舞台に立ったためだということになる。

 つまり、第二王子本人もしくは彼に近い人物も現宰相とは別に軍を動かしているのではないかという話なのだが、幼い頃に一度ちらりと会ったことのある彼の人となりは知らないし、王宮の人間関係も知らない(これについてはユーフェルが詳しそうだが)のであちらの意図などは分からない。

 今度、機会があれば第二王子について殿下に尋ねてみようか。


 報告を終えたクララに対して礼を述べると、退出していく彼。

 今日は休暇を与えているので、彼もそれを楽しむことだろう。

 休みなのは私も同じであり、久々なのでゆっくりと休日を過ごすつもりだった。

 とは言っても地球とは違いゲーム機などがある訳ではないので娯楽は然程多い訳ではなく、することはある程度限られている。

 一人になった私がどうしようかと思案していると、ちょうどそのタイミングで殿下からの使者が訪れた。

 応対に出たカルロからその旨を聞くと、私は使いの男から用件を尋ねる。

 話を聞いてみると、どうやら殿下は私を馬車競走の見物に誘っているらしい。

 第二王子について尋ねてみようと思っていたところなので、ちょうどよい機会だ。

 私は、使者に対して承諾の旨を伝えた。









 そして、しばらくして外出のための準備を終えた私は執政府を出て、競技場へと向かう。

 馬車競走とは、貴族と平民を問わずこの国で最も人気のある娯楽の一つである。

 その名の通りに馬車同士がレースを行って順位を競う競技であるそれは様々な大都市で行われているのだが、当然と言うべきか最もレベルが高いのが王都で開催されるものだ。

 およそ十日に一度行われるのだが、開催されれば王都の三十万人を収容出来る競技場が必ず満員になる程の絶大な人気を誇っており、これを見るためだけに地方から旅をして王都を訪れる民衆も多い。

 レースは馬車とそれを引く馬に乗る御者だけでなく、それこそ馬の体調を管理する獣医や傷みやすい馬車の車輪を整備する鍛治師などが集められてチーム単位で競われており、およそ地球で言うF1に近い形であると言えるだろう。

 貴族にも広く人気があるために自ら出資してチームを作り参戦する大貴族も多く、そうした者達の間で駿馬や腕のよい御者は取り合いのようになることが多いために、一流の御者の収入は中級貴族のそれをも上回ることが珍しくはなかった。

 王都の競技場でのレースに出場出来る御者はまさしくトップスターであり、収入の多さもあって民衆の間では憧れの職業の一つとなっている。

 前世では私もエルティ卿もそれぞれチームを持っており(私が設立した訳ではなく何代か前から既に存在していたのだが)、たまに二人で競技場を訪れては勝敗を競って楽しんだ思い出があった。

 統治の正統性を主張するという意味を込めて、殿下によってここレールシェリエでも馬車競走が奨励されており、まだ見物に行ったことはないがそれによってかなり盛り上がっているようだ。


 しばらく馬車で街中を進むと、やげて競技場に辿り着く。

 石を高く積み重ねて作られた、巨大な円状の建造物。

 この街にある競技場は王都にあるものとは違いせいぜい八万人が収容出来る程度の規模であるが、とはいえ客席は一つの空きも無く埋め尽くされており、レースを前にかなりの熱気に包まれていた。

 何しろ、道中では普段と比べていささか街の賑わいが少なかった程なのだ。

 熱狂の予兆が支配する客席であるが、当然ながら王族や貴族はあの中に混ざって楽しむ訳ではなく、別に専用の席が作られている。

 既に殿下より話は通っているようで、私は最上部にある見晴らしのいい部屋へと案内された。

 部屋に入ると、室内には既に殿下がおり、私は膝を折って彼に対して礼をする。


「よく来た、サフィーナ。座れ」


 そう促されて、私は彼の隣の椅子へと腰を下ろす。

 ここに来るのはこれが初めてであるが、かなり見晴らしがよく、会場の全てを余すことなく目にすることが出来た。

 もちろん、レースが始まればその全貌を見逃すことなく楽しむことが出来るだろう。

 とはいえまだ始まるまでには少し時間がある。

 その間に、私は話を切り出すことにした。


「王都の逆徒がアルフェリオ殿下を擁立しようと動いているようですわ、殿下」

「ああ、話は聞いている。今奴が掲げられる唯一の旗印だからな、予想はしていた」


 私がそう話題を振ると、既に報告が届いていたようで驚くこともなく答える殿下。


「失礼ながら、アルフェリオ殿下はどのようなお方なのですか? 幼き頃に一度拝見致したことがあるのみですので、詳しいことを存じておりませんの」

「あの時か……。お前と初めて顔を合わせたのもあの時だったか、懐かしい。フェリオは一言で言うならば俺よりも王族らしい人間だな。あいつが大人しく傀儡になるのを是とするとは思えん」


 第二王子について尋ねた私に対し、殿下が返したのはそんな言葉だった。

 そういえば、期せずしてあの時の私は王子二人の双方と顔を合わせていたことになるのか。

 私としても何年か前のことなので、いささか懐かしく思い出す。

 ともあれ、確かに彼自身が言っているようにどちらかというと殿下は王族というよりも武人としての気質の方が強いように感じる。

 王族らしい人間にもいくつか種類が考えられるが、少なくとも隣の彼とは兄弟であってもかなり違ったタイプの人物ということだろう。

 大人しく傀儡にはならない人間(殿下自身もそうであるが)であるということは、やはり次期国王として担がれたことを利用して動き始めているのは第二王子なのだろうか。


「それでは……。あら、そろそろ始まるようですわ」


 なおも会話を続け掛けた私であるが、下でレースに出走する馬車達がトラックへと出て来始めたためにそれを中断する。

 私が下に目を遣ったのと同じようにトラックを見下ろす殿下。

 しばらくして全ての馬車が横並びになると、担当の者の合図と同時に一斉にスタートする。

 それ自体が一つの構造物である自動車とは異なり、馬と馬車とを専用の紐で繋いでいる馬車には曲がる時に様々な力が働く。

 出している速度が高速であればある程働く強さも比例して顕著になっていくため、最初のコーナーを曲がる際に馬車同士が激しく激突し、観客の歓声にも消し去られない大きな音を響かせた。

 意図的でなくとも今のように衝突してしまうことが多くあるが、中には相手への妨害のために上手く馬を操って意図的に馬車をぶつける御者も存在しており、それもまた戦術の一つとして認められている。

 派手に衝突し合う肉弾戦は必然的に観客の熱気と興奮を煽るので、こうした激しい衝突を前提とした競技であることが馬車競走が有数の人気娯楽である理由の一つと言えた。

 隣に座っている殿下もやはり熱心にレースを観戦している。

 十八歳という少年と青年の狭間にある彼であるが、普段は王族として武人として振舞っている彼の歳相応な部分を初めて知ることが出来た。

 レースは一周八百メートル程度の楕円状のトラックを五周、即ちおよそ四キロの長さで行われ、無論それだけの距離を馬車を引いている馬が全速で走り続けることは不可能であるため、ペース配分も重要な戦略の一つとなっている。

 私は、先頭の馬車が五周を回り終え決着がつくまでの間、殿下と共にレースの様子を眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ