int.10 怨讐
陵辱描写注意。
屋敷への急襲を受け、抵抗も虚しく捕らわれた私。
拘束された私は兵を差し向けてきた張本人であるベルファンシア公爵家の屋敷へと身柄を移され、その地下にある牢へと入れられていた。
光源が壁際にいくつか灯っている炎のみであるためにひどく薄暗く、壁紙も絨毯も無く石が剥き出しになっており肌寒い空間。
時計も窓も無いので正確には分からないが、あれから五日程が過ぎただろうか。
捕らえられた私の待遇は非常に劣悪だった。
元より、政争に敗れ自由を失った女の末路など一つしかない。
誰が悪いかと言えば襲撃に気付けなかった私であり、そういう意味では私の自業自得でもあるのだ。
こちらは政争に敗れた身なのだから文句など言うつもりは無いし、好きにすればいい。
しかしながら、どうしても許せないことがあった。
それは私自身に関することではなく、娘であるメイナージェのことだ。
自ら囮となっている間に抜け道から逃れさせた彼女であるが、どうやら途中で捕捉されて捕まってしまったらしい。
私に数日遅れてこの地下牢へと入れられたこの子もまた、ドレスを引き裂かれて私と同じように兵士達からの暴行を受けていた。
苦痛に呻く甲高い悲鳴が石の壁に木霊し、異様な熱気を孕んだ広い空間に響く。
理性で考えるならば、それさえも私のせいである。
この事態を私が予見出来なかったからこそこうなっているのであり、娘はその巻き添えになっているのだから。
しかし、それとこれとは話が別だ。
私自身はどうなっても構わないし、この身体もどうしようと好きにすればいいと思う。
だが、目の前で最愛の娘を陵辱されて平静でいられる者など、怒りを覚えない者など果たしているだろうか?
自身の力が及ばなかったせいであると分かっていてなお、私は娘に手を出す者達が許せなかった。
塞ぐことも許されず耳に届く声は、これまで聴き慣れてきた高く澄んだものとは異なり、既に数日続いている陵辱のせいで枯れかけて濁っている。
強制的にその光景を見せつけられ、怒りと憎しみが心の中で燃え上がっていく。
もう何度呪いの言葉を吐いただろう。
まるで単なる物のように扱われ続けて体力を奪われ、睡眠すらほとんど許されていないために身体は極端に消耗していたが、視線の先に広がる光景と比べればそれが苦痛だとさえ思わなかった。
冷たい石の階段が甲高い音を鳴らし、その先から人間が下りてくる。
衣服を剥がれ、或いは破られてほとんど生まれたままの姿にされた私と娘や、粗雑な格好をした兵達ばかりの空間においては明らかに異質である高級な誂えの衣服を身につけた男。
彼の顔には見覚えがある。
他の誰でもない、屋敷を襲って私達を捕らえさせこのような待遇に追い込んだ張本人であるベルファンシア公爵だ。
「ご気分はいかがですかな?」
「……最悪よ」
兵達に両腕を掴ませ、ぐったりと力の入らない身体を無理やり膝立ちに起き上がらせた公爵が私にそう尋ねる。
当たり前だが、気分などいいはずがない。
無論、単なる皮肉なのだろう。
「たった今私が宰相に就任致しましたので、そのご報告にと思いましてな。今後は私がこの国を正しく導いていくのでご安心召されよ」
「陛下はどうされたの?」
「初めは渋っておられましたが、丁重に説得したところご納得いただきました」
あれ以降ずっと閉じ込められている上に、下卑た台詞しか吐かない兵達からは当然有益な情報など得られなかったが、その言葉で現在どのような状況になっているかをおおよそ理解する。
丁重な説得と表現しているが、その実は武力を背にした脅迫だろう。
要するに、この者達は単に我がロートリベスタ家の屋敷を襲うだけでなく、王宮までも制圧して政権を力ずくで奪取したということだ。
以前から計画が練られていたに違いないが、おかしな点もいくつかある。
私達が全くこの動きに気付けなかった(仮にも実質的な宰相なのだから王都にあれだけの兵が入れば私の元に報告が来なければおかしい)こともそうであるし、それ以上に不可解なのは王宮にまで踏み込んだにもかかわらず騎士団が動かなかった点だ。
王都には王族の護衛を任務とする第一騎士団と、王都の警備及び貴族の護衛を担当する第三騎士団のそれぞれ一万ずつが駐留している。
それに対してベルファンシア公爵の兵はおよそ一万であり、騎士団も休暇の者もそれなりにいただろうし全員がすぐに揃える訳ではないとはいえ、両者を合わせて同数の一万程度は集まるはずだ。
その職務から言って当然ではあるが第一騎士団も第三騎士団も精鋭であるため、もしも同数で市街戦が展開されたならば公爵は敗北を喫して間違いなく今ここにいないだろうし、私と娘もとうに救出されているだろう。
ということはつまり、クーデターを起こした貴族が王宮の内部まで兵を突入させて制圧したにもかかわらず、それに対し騎士団が動かなかったということを意味している。
「どうやって騎士団を出し抜いたの?」
「それに関してはアズレト殿が役立ってくれましたぞ。立場を生かし第三騎士団を統制し、上手く第一騎士団の動きを封じてくださりましてな。彼には大幅に領地を加増しなければならぬでしょう。無論、元貴女の領地だった土地からですが」
「くっ、あの男……!」
アズレト。
その名詞が指し示す人物は、この文脈においてはただ一人しかいない。
リュシュネ伯爵家の当主であり、政略結婚をした私の夫であるアズレト・リュシュネだ。
その答えを聞いて、私が抱いていた疑問は全て氷解する。
政略結婚している身内であるということで、人事権もある程度握っていた私は彼と愛人の間に生まれた嫡子を第三騎士団長のポストに就けていたのだが、それによって第三騎士団に強い影響力を持つこととなったあの男が裏切ったことで今回のクーデターは成功したらしい。
「ちなみに、貴女方の待遇についてはアズレト殿からの承認も受けております。どうでもよい、と言っておられましたな」
「殺す、殺してやる……!」
続く言葉を聞いた瞬間、心の中にあった怨みの炎が爆発する。
この者達のせいで娘がこんな目に遭っているなどと許せるはずもない。
手を下させた張本人である目の前の男も、娘をこのような目に遭わせても平然としているというあの男も、今すぐにでも八つ裂きにしてやりたかった。
「よいお姿ですな。では、これからしばらくは私からの歓待をお楽しみくだされよ」
怒りのままに全身に力を込めて暴れる私。
だが、ろくに食事も睡眠も与えられず何日も汚され続けて消耗したこの身体では、両腕を掴む男達を振り払うことなど出来なかった。
陵辱の痕跡を全身に色濃く残したまま抵抗する私の姿は、その瞳にはさぞ滑稽に映ったのだろう。
そう言葉をこちらに掛けると、そのまま踵を返して階段を上っていく公爵。
その後ろ姿へと罵倒の言葉を投げつける。
百代先までも呪って、必ず殺してやる。
確かな殺意と憎しみで抵抗した私だが、公爵の姿が見えなくなった途端に一瞬にしてそれは強引にねじ伏せられてしまう。
心ではこれ程願っているのに、身体はその通りに動いてくれない。
そんな時間がどれだけ続いただろうか、もうあの日から数ヶ月は過ぎているだろう、メイナージェと共に処刑台へと上げられた私は、娘が先に処刑されるのを見せられてから自らも処断された。
心にただ怨みだけを抱えたまま。




