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23. 古城の宿した記憶(1)

 ラーゼリア王国の突然の進軍によって動揺したのは現宰相側だけでなく、事情を知らない(知らせる訳にもいかないのだが)こちら側の諸侯もまた同様であり、その報せを受けて開かれた軍議の場は混乱に包まれていた。

 しかし、動揺する彼らを王子が一喝することで場を治め、逆に今が好機であるとして私達も軍勢を動かすことが決定される。

 レールシェリエにいた軍勢はいくつかの部隊に分かれて北上し、現宰相側の拠点へと向かっており、私はそのうちの一つを率いてオルタナシア城を取り囲む。

 オルタナシア城はこの国の建国以前、まだ初代国王であるアレクシス・レストリージュが軍勢を率い荒野を駆けていた時代にその拠点として築かれた城であり、ベルフェリート王国の建国によってその役目を終えてなお取り壊されることなく残っていた。

 第三代であるシュトルードフ王の時代には既に軍事的な意味をほとんど失っていたために平時は十人程度の衛兵がいる程度であるが、こうした戦乱の中であれば当然ながら軍事拠点として用いられることになる。

 強固な石造の城は七百年が過ぎた今なお壊れることなく威容を保っているとはいえ、立地的に見ても軍事的な価値はあまり無いが、しかし初代国王が拠点にしていたということでこの城にはそれ以上の政治的な価値が存在していた。

 名分などを重んじる貴族社会においては、オルタナシア城は単なる一拠点ではない。

 間違いなくベルフェリート王国の礎の一つであるオルタナシア城を現宰相側から奪還することが出来れば、この国の諸侯達には大きな衝撃が走ることになるだろう。

 現宰相側が混乱しているであろうこの機に、何としても陥落させなければならなかった。


 城を包囲する私達は総勢一万七千程であり、対してこの城に籠っている敵勢はおよそ四千。

 兵力差で言ってしまえば普通に戦えば十分に陥落させられる数字なのだが、この場合は攻めているのがオルタナシア城であるのが問題である。

 いくら石造であるとはいえ建造から七百年もの時間が過ぎており古びているため、もし無理に攻撃すれば城門や城壁だけでなく城そのものにまで損害を与えてしまう可能性が高いのであるが、王権の正当性を掲げて戦っている私達がこの城に損害を与える訳にはいかないのだ。

 だが、現宰相側には援軍を送る余裕が十分にあるので、このまま取り囲んで兵糧攻めを続けることも出来ない。

 そのため、短期間でこの城を激しい攻城戦をせずに陥落させるという、かなり難しい課題を達成せねばならなかった。

 ひとまず四方を取り囲んではいるが、元々かなり堅牢な城であることもあってこのまま包囲を続けても向こうから降伏してくることは無いだろう。


 とはいえ私にも勝算が無い訳ではない。

 そもそも、王宮や諸都市の執政府、また諸貴族の館など重要な拠点には万が一の時に備えて外へと続く脱出用の抜け道が用意されている。

 言うまでもなくその存在は機密であり、ごく限られた人間にしか教えられないのであるが、では王太子以外の王族にさえ存在を知らせられない抜け道の詳細を伝えられるのが誰かと言えば、それは宰相に他ならない。

 内々の話だったのでこれは二百年前に王位にあったフォルクス陛下と私、当時の宰相であるピシュナ公爵、そして同じく当時のベルファンシア公爵とエルティ卿の五人しか知らなかったことであるが、私はクーデターが勃発した日から数えて四ヶ月後に宰相補佐から宰相へと就任することが決まっていた。

 故に私はフォルクス陛下より直轄領に存在する抜け道を全て教えられており、それらの詳細を知っている。

 一方で、クーデターによりこの国の宰相位と実権を奪取した当時のベルファンシア公爵には当然教えられていないし、彼が廃立したフォルクス陛下の代わりに新たに擁立した王もまた本来王位継承者ではなかったのでそれを知らない。

 つまりは、現在直轄領の各地にある抜け道の情報を全て知っているのは私だけであり、現在攻囲しているオルタナシア城についても同じである。

 そうであるならば、何の対策も取られていない抜け道から味方を侵入させて内側から門を開けさせればいい。


「カルロ、人払いをお願い。少しクローディオと話さなければならないことがあるの」

「畏まりました」


 頷いた彼が手早く兵を指揮し、兵達を会話が聞こえない距離にまで遠ざけると、私はクララと向かい合う。

 その身に革の鎧を装着しているカルロに対し、クララは私がデザインした薄手のハーフコートとズボンを纏っている。


「昨日通り過ぎた森の中に、城内の二階の一室の暖炉から繋がる抜け道の出口があるわ。……ちょうどこの辺りね。この道を逆に辿って城内に入り、内側から門を開けてほしいの」


 小さな紙に書いた出口の場所を示した地図と城内の見取り図を見せながら、彼に対して任務を説明していく。

 現在は私一人しか知らない状態であるとはいえ重要な国家機密であることには変わりないので、抜け道を兵達を通すのは可能な限り避けるべきだ。

 侍従であるカルロと離れる訳にはいかないので、そうなるとこういった時に信頼出来るのはやはりクララだった。


「へえ、こんな道があったんだね。知らなかった」

「これも機密だからなるべく少数がよいのだけれど、どうかしら?」

「城門を開けるとなると、どうしても目立っちゃうからさすがに一人でやるのは無理かな。俺を入れて後二人いれば出来るよ」

「では、人選は貴方に任せるわ。そうね……。貴方達の移動の時間を考慮すれば、実行は四日後の夜といったところかしら。こちらもそれを前提に準備を進めておくわ」


 ここから出口まで徒歩で丸一日近くの距離があることからも明らかであるが、有事の際に少しでも脱出後の姿を敵軍に発見される危険性を減らすために、地下を進む抜け道はかなり長く掘られている。

 そのため、クララ達が城内へと辿りつくまでの時間を考慮しておく必要があった。


「任せて。お嬢様の期待には応えてみせるから」

「ええ、頼りにしているわ。貴方がいてくれるから私は戦えるのだもの」

「ありがとう。そう言ってもらえるのが一番の褒美だよ。それじゃ、早速準備してくる」


 その美貌に穏やかな笑みを浮かべた彼が、美しい礼を一つしてこちらから離れていく。

 後は、内側から門が開かれるのを待つのみだ。

 兵力差があるため城内の兵が打って出ることはまず無いだろうし、それまでの四日間は現在と同じようにただこうして囲み続けるだけになるだろう。









 クララが抜け道へと向かってから三日が過ぎ、全軍に対し陣を敷いたままでの静観を命じている私は、門が開かれるまですることが特に無いのでアネットから届いた手紙を読んでいた。

 彼女が巧妙に動いてくれているおかげで両親はまだ私がこうして戦場にいることを知らず、未だ学園に残っていると思っている。

 しかし、そうであるが故に母が私への縁談(誰とのものかは聞いていないらしい)を持ってきたようで、近いうちに私を実家に呼び戻してその話を伝えるつもりらしい。

 だが、母には悪いが私は愛の無い結婚をするつもりはなかった。

無論のこと貴族としての義務を果たすためにはいずれは誰かとする必要があるが、それでも心の通わない相手とは()()絶対に結婚しない。

 転生したことに気付いた後、私はそう決めていた。


「サフィーナちゃん、どうして攻撃しないのか分からないんだけど……。そろそろ攻撃するべきだと思う。このままじゃ敵の援軍が来るまでに落とせないよ」


 私がちょうど読み終えた手紙を折り畳んで胸元へと仕舞うと、直後に副官を任せているユーフェルが姿を現す。

 彼は私のいる指揮官用の幕舎の中に入ってくると、いつも通りの口調で、しかし真剣な目つきでそう進言する。

 誰かがこうして進言に来ることは事前に予想していた。

 オルタナシア城の価値は私達だけでなく現宰相側にとってもまた大きく、なので今は突然のラーゼリアからの攻撃に混乱していてそれどころではないだろうが、攻囲が長引けばかなりの数の援軍を送ってくるであろうことは想像に難くない。

 故に、私達は彼らが態勢を立て直して対応してくる前に素早くこの城を陥落させ、籠城戦のための準備を整えてしまわなければならないのだ。

 そうであるからには包囲しながらも攻撃を命じない私に対する不満が起こるのはある意味で当然であり、ユーフェルだけでなくこの攻略軍に従軍している諸侯の大半も同じ考えを持っているだろう。


「いえ、ユーフェル様。今はまだこのままでよいのです。明日の夜には城門が内側より開かれますので」


 私しか知らない抜け道という要素を考慮に入れない限りは彼の言っていることはまったくの正論であるので、きちんと納得してもらう必要があった。

 抜け道の存在を教える訳にはいかないため、その辺りを除いて要点のみを彼に伝える。

 それを耳にして、ほっとしたように笑みを浮かべるユーフェル。


「じゃあ、ちゃんと攻略のための手筈は進んでるんだね。安心したよ」

「お話するのが遅れてしまい申し訳ありません。なるべくこの話が広がることを避けたかったのです」

「気にしないで。それなら、明日の夕方になってから動けるように準備を始めた方がいいね」

「ええ、お願い致します。こちらの動きに気付かれる訳には参りません」


 今は包囲したまま攻撃する気配を見せていないために相手もある程度気を抜いているが、こちらが動くために準備している様子を察知されれば、それに備えて城壁に見張り以外の敵兵が出てくることになる。

 そうなれば、城門を開けようとするクララ達が危険に晒されてしまうので、気付かれないように日が暮れて見通しが悪くなってから準備を始める必要があった。


「扉が開いた際にはまず私の騎兵が突入して城門の近辺を制圧致しますので、ユーフェル様は続いて残りの軍勢を率いて入り、城内の制圧をお願い致します」

「分かった。サフィーナちゃんが後ろを気にしなくていいように、頑張って指揮するよ」

「とても頼もしいですわ。背中は預けさせていただきます」


 続いて、せっかくなので鉄扉が開いた際の手筈も共に伝えておく。

 実際のところ、ユーフェルが副官になってくれたことによって私はかなり楽になった。

 もしも彼がいなければ、私が騎兵で突入しても残された歩兵を纏める者がおらず、続いて城門を潜るにも手間取って制圧までの時間と手間がかなり増えるだろう。

 感謝の旨を言葉にしつつ、私は彼としばらくの間細かな打ち合わせを続けていた。









 そして、四日目の夜を迎えた。

 予想通り特に何も起きることなく今日になり、日が落ちて周囲が暗くなると、城側に気付かれないよう気をつけつつ全軍に動くための準備を命じる。

 門が開いた際には兵を城内に入れるためにも可能な限り早くその近辺を制圧する必要があるので、そのために先頭で突入すべく麾下の騎馬隊の準備も整えておく。

 いつになるかはこちらからは分からないので、注意深くその時を待つ。

 太陽の熱を失った冷たい大気に、夜の無機質な静寂。

 そんな中でしばらく待っていると、城門の近くに立って様子を窺っていた密偵の一人がこちらに合図を送ってくる。


「ついてきなさい。門の付近を占拠するわ」


 厚く重い鉄の扉が開いたならば、そこを兵達で固められる前に素早く突入して占拠しなければならない。

 兵達にそう声を掛けると、私はヴァトラの首筋を撫でる。

 五千の騎馬隊は一つの塊となって疾駆を始め、その先頭を往く私の頬を強い夜風が打つ。

 開け放たれた門の内側には既に兵が集結しつつあるが、まだ防衛のための準備が整っていないうちに駆け込むと、勢いのままに蹴散らす。

 それによって視界に映った城壁の向こうの光景は二百年前と何も変わっておらず、四隅に円筒状の塔が高く聳える石造りの城塞も記憶の中にあるそれと全く同じだ。

 先陣を切って突入した私達であるが、歩兵を中心とした残りの軍勢はユーフェルが指揮しつつ続いて城壁の内側へと進む手筈となっており、主力である歩兵が無事に内部に入れるよう援護するのがこちらの役目である。

 城門を潜ってすぐ先に広がる広場を駆け回り、敵を混乱させて集結するのを阻止していく。

 城壁の上へと逃れた敵兵がぱらぱらと矢を撃ち掛けているが、まばらであるためにそれによる被害は皆無であると言っていい。


「ありがとう、カルロ」

「いえ、お嬢様を護り抜くのが私の責務ですから」


 たまたま私の方へと迫ってきた矢を、私のすぐ右を駆けるカルロの剣が斬り払う。

 そのうちに城壁の内側は味方の兵で満たされ、元々四倍以上の兵力差があったので城という盾を失った彼らは瞬く間に追い詰められていく。

 既に視界に映っている大半をこちら側が制圧し、城壁に囲まれて建つ城塞本体の中にも味方が突入している。

 やがて、必要が無くなったために広場の中央で停止していた私の元に、敵が降伏したというユーフェルからの言伝が届く。

 かくして、この国の要地の一つであるオルタナシア城の制圧は終わったのだった。

本日よりしばらくの間毎日更新致します。

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