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17. 響

 ある程度軍の編成が終わり、私は兵を率いてまた戦場へと向かう。

 向こうがこちら側の貴族の領地に攻撃を仕掛けていたように、私達も現宰相側の貴族へと攻撃を仕掛けるためなのだが、先日までの出撃時とは大きく異なっていることがあり、それは指揮下の兵が一万数千に届いていることである。

 別に私の麾下の兵が増員された訳ではなく、指揮官を務める私の軍勢に他の貴族達の私兵も加わっているのだ。

 これまでの私の功績が評価されたことに他ならないが、だからこそこれまで以上に肩に掛かる責任は大きくなってくるし、もしも敗れた際のダメージも兵が増えた分だけ大きくなっている。

 とはいえ、敵はステュアート侯爵のおよそ八千であり、私とてこれまで散々寡兵で大軍を撃破しているのだから油断は禁物であるが、兵力ではこちらが上回っているのだから余程のことがない限りは敗れることはないだろう。

 侯爵家領はこちらから攻撃を仕掛けるのだから当然ではあるが王子側の勢力圏の付近に位置し、ルヴジェントから北上しておよそ四日程で到着する。

 これが私の麾下の騎兵だけであれば半分の二日で到着出来たところであるが、歩兵の数がかなり多くなっている上に、諸侯の連合軍という形なのでその分だけ統制も取りにくくなっているので仕方のないところだ。

 実際には、船を下りた初日には船酔いをしている兵に気を使って速度を緩めながら進軍したので、もう一日余分に時間が掛かり今日はそれから五日が過ぎたところだった。


「報告致します。前方、館を背後としてステュアート侯爵の軍勢およそ八千が布陣しています。加えて、北西からは敵の援軍一万五千が接近中。二日程で合流する模様です」

「ありがとう。では、引き続き周囲の様子を調べて頂戴」


 やがて侯爵家の領地の境界付近に近付くと、物見に向かわせていた密偵が敵軍の存在を知らせてくる。

 当然というべきか、向こうも攻撃を受けた貴族に対して援軍を送っている(でなくては現宰相が貴族として必要な信用を失ってしまう)ようで、残り二日の距離にまで軍勢が近付いているらしかった。

 単独ではどちらも脅威ではないが、もしも合流されると彼我の兵力差が広がってしまう。

 それでも勝つ自信はあるものの、私の直接的な指揮下にない兵が半数以上を占めている分これまで繰り返してきたような奇策は実行しにくくなっており、十分な準備期間も無い以上正面からぶつかるしかないので犠牲が大きくなってしまうだろう。

 つまり、このまま侯爵の軍勢に攻撃を仕掛けて今日中に撃破するのが最善であるということだ。

 石畳で舗装された街道の上を進む私達は、そのまま館の方向へと進んでいくと敵軍を視認して向かい合う。


「全軍横に並んで前進。このまま殿下に武器を向けた逆徒を討伐します」


 そして私はすぐさま攻撃の命令を下し、その旨を伝令に命じて他の貴族達にも伝えさせる。

 この軍勢は諸侯の連合軍という形であり、指揮官を任されている私以外にも何人もの貴族が私兵を率いて従軍しているが、このような形態には問題点があった。

 一つは指揮官は他の諸侯の兵に対してはその上に立つ貴族を通した間接的な命令しか下せないため、一体的な動きや緻密な動きが事実上不可能であることであるが、もう一つより大きな問題としては指揮官が諸侯に対して気を遣わなければならないということがある。

 例えばこの戦いに勝利して当初の戦略目標であるステュアート侯爵家の領地の占領という役目を無事に成功させれば指揮官である私はそれを功績とすることが出来るが、同じように従軍しているほかの貴族もまた当然ながら功績を求めているのだ。

 いくら勝つためであったとしても、誰かに犠牲が大きくなる場所を任せればそれにより出血を強いられた貴族は指揮官に対して不満を持つことになるし、軍功を上げ難い場所を任された者もまたやはり指揮官に対して不満を抱くだろう。

 他の貴族との関係が悪化することは即ち自らの家にとってマイナスになるので、なるべく参陣している諸侯の犠牲や功績の機会が等しくなるように心掛ける必要がある。

 そのため、諸侯の連合軍を率いる者は戦の流れを読みながらもそういった点にまで気を遣った上で最善手を打つという、相当に難しい指揮を強いられることになるのだ。

 ましてや今の私は爵位を持っていない。

 王子が気を使ってくれたのか、今回は参陣しているのが先日私が救援に赴いた貴族達ばかりなので今のところ彼らとの関係は良好だが、そうでなければ軍勢を一群として統制することさえ苦労しただろう。

 また、今回はそういったことは無かったが、作戦の立案において貴族同士が対立した場合には上手くその間を取り持ったりもしなくてはならない。

 これが私単独であれば先日までのように勝つために手段を選ばずある程度好きに戦えていたが、少なくともこの戦いにおいてはそうはいかなかった。

 幸いにも、兵力においてはこちらが大きく上回っているので敗れる要素はほぼ無いであろうし、全軍を縦に伸びた隊列からそれぞれの私兵ごとに横に並ばせた形に陣を変えさせると、それが終わったのを見計らって前へと進む。

 本当は複雑な陣形を使うことが出来ればよいのだが、それをすれば必ず誰かは後ろに回される貴族が出てくることになるので、そこに割り振られた者が不満を抱いてしまうことになる。

 指揮官が大貴族であれば見返りとして個人的に自腹を切ることで納得させることが多いが、生憎と私は領地などまだ持っていない身であるのでそれも出来ない。

 相手の方が兵力が多いのであれば敗戦の可能性を説いて納得させることも出来ただろうが、少なくともこちらが兵力で勝っており優勢である今は最も公平である横並びの形で敵に攻撃を仕掛けさせるしかなかった。

 ほとんどが歩兵である諸侯の一万とは異なり、私の麾下である五千は全軍が騎兵である。

 故に同じように横並びに攻撃を仕掛けても意味が無いし、それこそ騎兵の無駄遣いというものだった。

 こちらは全てが騎兵であるのに対して、敵は歩兵を中心とした八千。

 彼我の数にあまり差が無いので、私達の突撃が止められることはまずない。


「突撃するわ。我が部隊ならば敵陣を貫くことは容易いはずよ」


 一定距離にまで近付いたところで横に並んだ各部隊の中央に位置している麾下の騎兵に命じると、私は愛馬の首筋を撫でて意思を伝え、疾駆を開始する。

 可能な限りの駿馬を揃えた騎馬隊はかなり力を抑えているとはいえヴァトラの速度にしっかりとついてきており、掲げられたダリアの旗が天高く翻ると共に瞬く間に出せる最高速へと達した。

 数秒数える間に敵陣に接触し、その質量と速度を以てあっさりと突破して反対側へと突き抜ける。

 中央を突破された敵は当然であるがかなり脆くなっており、反転して立ち止まった私達が後ろから圧力を掛けていることもあって、少し遅れて接触した味方の歩兵によって簡単に突き崩され、押し込まれていく。

 本来取り纏めている私がこちら側にいるために統制があまり取れておらず個々の部隊がただ前進していくだけなのだが、そのただ前進するというシンプルな行為を止められない程に敵は混乱しているのだ。

 あちらには敗勢を悟って逃げ出す兵が続出し、停止して戦況を見守っている私達のすぐ側を通っていく。

 侯爵本人が逃げ出すのでなければわざわざ手を出す必要が無いので静観していると、退路を塞がれた状態の彼は前方から迫る軍勢を前に敗北を悟ったらしく、自ら掲げていた侯爵家の旗を降ろして降伏の意を示す。

 他の諸侯に手柄を立てさせつつ勝利することに成功したという訳だ。


「皆様にお伝えしなさい。捕虜を取り終え次第侯爵家の館に入城して休息。明後日の戦闘に備えます」


 我先にと抵抗を止めた者達を捕虜にしていく友軍を眺めながら、私は彼らへの指示を伝令達に届けさせる。

 当然館にも少数とはいえ守備兵は残されているだろうが、既に侯爵自身を降伏させて身柄を抑えているので包囲してしまえば抵抗せずに門を開くだろう。

 救援すべき対象を失ったとはいえ、数で言えばあちらの方が多い上に、何もしないままに退却しては現宰相の面子が潰れてしまうので敵の援軍は侯爵の身柄を取り戻すために戦闘を挑んでくるはずだ。

 どれ程本気で向かってくるかは分からないが、少なくとも一戦も交えずに退却することはまずあり得ないので、それまで兵達を休ませ、迎撃の手際について諸侯とも話し合っておきたい。

 私は全軍が集結するのを待って、城壁に囲まれた館の方へと進み始める。









 そして、館の中で夜を二度明かした私達は外に出て陣を築き、接近する敵軍を迎え撃つ準備をする。

 準備とは言っても、ステュアート侯爵家という大貴族に分類される家の領地だけはあって周辺に繋がる街道の幅はかなり広く、伏兵を置いたり工作をしたりする余地が無かったので堅く陣を組んでおく程度だった。

 しばらく待っていると広い街道の向こうに軍勢が遠目に見え、こちらへと近付いてくるのが分かる。

 逃れた兵の一部を吸収したのか、或いは侯爵の敗退の報を聞いて近隣の諸侯からの更なる援軍を得たのか、ざっと見た限りではあるが敵は報告にあった一万五千という数よりも多くなっているように感じた。

 こちらもそれに応じて前進を開始し、彼我の軍勢が衝突を開始する。

 私の騎馬隊は鶴翼状に展開された陣形の左側に位置し、敵騎兵の撃破と本隊である歩兵の牽制に当たる。

 五千という数を揃え、多くの場合には奇襲を仕掛けて相手の混乱を利用することによって補っているが、実際のところ私の麾下であるこの部隊の突破力はそれ程高い訳ではない。

 機動力をより重視しているために、こちらに対する戦闘準備が整った歩兵の陣形の中を無理やりに突破出来る程の重装備ではないのだ。

 その上、今は向こうにも三千騎程の騎兵がいるためにそちらを先に撃破してしまわなければ、歩兵にかまけていては側面を突かれて大損害を出してしまう可能性がある。

 なのでまず先に敵の騎兵を撃破しなければならず、そちらへと向けて疾駆する。

 ぶつかる度に大きく押し込んでいくが、向こうも騎兵であるためになかなか完全に崩されてはくれず、すぐに態勢を立て直されてしまう。

 本隊である歩兵の数では向こうの方が上なので、恐らくはそちらで自軍が勝利を収めるまで時間を稼げればいいと思っているのだろう、なるべく距離を取って私達を引きつけるつもりらしかった。

 馬の質ではこちらが勝っているようで、疾駆すれば背中に追いついて突き崩すことは出来るが、一気に敗走させるまでには及ばない。

 主戦場である歩兵の方を見ると、鶴翼状に布陣しているために後退することなく押し合ってはいるもののやはり兵力差があるために苦しそうだ。

 牽制のために騎兵と距離が遠ざかった隙に敵の歩兵に攻撃を仕掛ける振りをし、時には本当に攻撃をして陣形の外側を崩すことによって勢いを削いでいるが、それでも互角にせめぎ合うのがやっとだった。

 これもまた現状の編成の問題点の一つなのだが、私が騎兵の指揮を執っていて向こうへと指示を出せないために、歩兵を纏めて動かしてくれる者が誰もいないのが痛い。

 かと言って私が歩兵の指揮に回ってしまえば、代わりにそういった役目を果たしてくれる人間を育てている時間など無かったので今度は騎兵を動かせる者がいなくなってしまう。

 以前の戦いで伏兵の指揮を任せた将校は歩兵の指揮経験しか無いので騎兵を任せることは出来ないし、かといって貴族身分ですらない彼らが本隊に残って諸侯に対して指示を出すことはこの国の制度からして不可能だ。

 結果、事前に陣形だけを決めて細かい部分はそれぞれの諸侯に任せ、私自身は騎兵の指揮に専念する現在のような形にならざるを得なかった。

 これで歩兵の指揮を任せられる者がいれば、それだけでもかなり戦略の幅が広がるし私も楽になるのだが、貴族身分でありかつ私の副官のような役割を果たしてくれる人材に心当たりなどあるはずもない。

 今の私に出来るのは、一刻も早く敵騎兵を完全に突き崩して本隊に突入することだけだ。


 そんな折、ふと敵の歩兵の隊列が大きく乱れていることに気付く。

 多くの兵のいるこの場の見通しはお世辞にもよいとは言えず、舞い上がった砂埃によって視野は大きく制限されている。

 無論それは私達の手によるものではないし、かと言って兵力で劣っているこちらの歩兵が陣形を乱させる程に押し込めるとも思えないので、つまり敵陣の乱れは何らかの事態によるものだということだ。

 そしてその乱れはいっこうに収拾される気配を見せず、むしろ私が気付いてからも徐々に大きくなり続けている。

 一体何によるものなのかは乱戦の最中であることもあってよく把握出来ていない(騎兵を疾駆させているので密偵からの報告も受けられない)が、少なくともこれ程に大きな隙を敵が見せているのならばみすみす見逃す理由など無かった。

 私は一度敵騎兵の方へと大きく攻めかかって距離を取らせると、そのままヴァトラの背を撫でて巨躯を反転させ、勢いに乗せて敵陣の中へと突入する。

 対象の陣形がしっかりとしていればこちらも手痛い反撃を覚悟しなければならないが、緩んでいるのならば話は別だ。

 疾駆した私達は、瞬く間に接近するや敵中に突入する。

 こちらの動きを見て敵の騎兵は慌てて追撃しようとしているが、これだけの距離があればしばらくは追いつかれることは無いだろう。

 その間に決して速度を緩めることなくどんどん奥へと進み、深く陣形を抉っていく。

 どうやらそれが止めになったようで、決定的な崩壊を見せた敵はただ後ろへと退るだけとなり、中には旗を翻して離脱し逃げていく貴族もいた。

 一度綻び始めた軍勢が崩れるのは早い。

 目に見えて抵抗が薄れたことによって勢いに乗った味方はますます盛んに前進し、逆に敵は時間を追うごとに逃げ出す者が増えていく。

 だがそれでもあちらの指揮官であるクルシュクレ侯爵はどうにかその場に踏み留まっており、確固とした核があるために完全に軍勢としての形を失うことはない。

 逆に言えば彼らを崩せばこちらの勝利が確定するので、騎兵の突破力を用いて突き崩すべく馬首を向けるが、その直後に翻っていた侯爵家の旗が引き倒される。

 敵兵の様子を見れば分かるが、どうやら抵抗を諦めて降伏したという訳ではないようで、つまりは誰かが侯爵の身柄を拘束したということだ。

 諸侯の軍勢は未だそこにまでは到達していないので、一体誰が捕らえたのかという疑問は生まれたが、ともあれそれはこちらが勝利したということである。

 追撃は味方に任せ、私は先程旗が降ろされた地点にまで部隊を接近させる。


「久しぶり、サフィーナちゃん。会いたかったよ」

「ア、アヴェイン様?」


 すると、予想だにしていなかった相手から声を掛けられ、思わず驚きの声を上げてしまう私。

 そこで私を出迎えたのは、先日まで通っていた王立学園で知り合った友人であるユーフェル・アヴェインだった。


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