13. 砂塵の幻影
兵達と共に酒盛りをした翌日から、それにより大いに士気の高まった軍勢を率いて私は再び北東へと向けて行軍している。
次の日には二日酔いのために若干辛そうな様子を見せている者も多かったので進軍速度もかなり緩めていたが、二日目以降にはそれも収まったために本来の速度へと戻していた。
もし可能ならば全ての戦線に救援に赴いて勝利を得たいところだが、私は一人しかいないし部隊を分けようにも指揮下にある兵力が限られているので、そのようなことは不可能である。
どこに救援に行くかの判断については王子から権限を任されているので、レールシェリエでクララから受け取った各地の戦況についての情報を元に考えた結果、彼我の兵力差が大きい順に救援に回ることに決めていた。
兵力差を覆した勝利をすればその分だけ私の名声も上がるし、敵に与えられる損害もより大きくなるし、機械的に劣勢に陥っている順ということで他の貴族達との間に無用なしがらみを作らずに済む。
救援に赴くということはその貴族に対してこちらが貸しを作るということであり、その順序が不明瞭であれば必然的に私を中心として様々なしがらみや関係性を貴族達の間に生んでしまうことになる。
平時ならばある程度各々の貴族の立場がはっきりとしているのでそれでも構わないのだが、今はまだ事態が動き出したばかりであるためにこちら側に集まったばかりの貴族達の立場や利害関係、それに伴って生まれるだろう派閥も全く定まっていない状態であり、先行きが非常に不透明なので今無用なしがらみを抱えてしまうことは内戦の終結後のことを考えればあまり喜ばしくはない。
その点、兵力差が大きい順であれば理由が分かりやすく、また選定が機械的であるために他の貴族達との関係への悪影響を最低限に抑えることが出来るのだ。
それだけでなく寡兵で大軍を撃破すれば兵力差が大きければ大きい程それに比例した大きな功績と名声を手に入れることが可能であり、また数の多い敵軍を撃破していけばその分だけ現宰相側の力が落ちることになるので、まさしく一石三鳥といったところだろう。
ということで現在私が目指しているのは、王都の南東にあるキュリエラ男爵家の領地である。
あちらには既にクリングヴァル伯爵の率いる兵三千四百が救援に向かっているが、周囲を現宰相側の貴族に囲まれているためにヴェレチェニン侯爵、ランツァ伯爵、マヌリッタ伯爵を中心とした諸侯の連合軍四万七千程と対峙せざるを得ない状態に陥っていた。
三千四百という数でもこちらの総兵力からすればかなりの大盤振る舞いなのだが、キュリエラ男爵家の私兵はおよそ二百人程なので、都合彼我の戦力差は十二倍以上にも及ぶ。
敵もそれだけの大軍だけに編成に時間を要したらしく、救援に赴いた軍勢が男爵家の館の中に入り篭城する時間があったことが幸いだが、とはいえこれ程の兵力差があっては長期間の篭城などとても望めないだろう。
私が率いる二千が加わったとしてもなお兵力差は九倍にまでしか縮まらないが、それでもここで勝てなければ私達に未来など無い。
言うまでもなく正面からぶつかっては勝ち目など無いので、どうやって勝つかの試案を頭の中にいくつも思い浮かべつつ、部隊はその間にも進んでいく。
そして、しばらくの進軍の末私達は目的地であるキュリエラ男爵家の館の近くへと辿り着く。
館そのものは平地に建てられているが、それなりの距離の場所に取り囲むようにして山々が聳えており、私は軍勢を少し離れた場所で待機させるとカルロと少数の兵のみを従えてそのうちの一つに登り、戦場の様子を観察する。
基本的に起伏の激しいこの辺り(むしろ、防衛のために男爵家の領地の中でも山がちな場所に館が建てられていると言うべきか)は四方を山に囲まれており、開けているのは館から見て南西の方向のみだ。
山の表面は多くの木々に覆われていて緑一色となっており、それが隠れ蓑となってくれるので敵からこちらの存在に気付かれる恐れは無い。
空間を埋め尽くす枝葉に視野を遮られつつもその隙間から館の方向を見下ろすと、城壁の外側に陣を敷いて包囲している敵軍の姿が見えた。
四万七千の数ともなれば地表にずらりと兵が並ぶ様子はそれなりに壮観であり、どうやら彼らは四方をそれぞれ担当する者に分けて布陣しているらしい。
掲げられている旗の家紋からすると、西側にはこの連合軍の纏め役だろうヴェレチェニン侯爵、北側にはマヌリッタ伯爵、今私達がいる山の近くである南側にはランツァ伯爵、そして館の城門が存在する東側にはその他の貴族が布陣しているようだった。
一番数が多いのは単独で一万四千程を動員しているヴェレチェニン侯爵のいる西側であるようだが、その他の三方も遠目に見た限りだがそれぞれ一万を超えているように見える。
こちらは歩兵と騎兵を合わせて二千、館に籠城している味方を含めたとしても六千人にも届かない程度でしかないので、さすがにこれだけの兵力差があっては先日のように単純な奇襲と伏兵だけで勝利を得るのは不可能だ。
二千全てで奇襲を仕掛ければどこか一方を壊滅させることは出来るだろうが、それをしたとしてもまだ無傷の三万が残っているし、兵を分割して陣を整えている敵勢複数に同時に攻撃を仕掛けることは僅か二千では到底無理である。
とはいえ、王子側と現宰相側に絶対的な総兵力の差がある以上、その不可能を何度も成し遂げなければ最終的な勝利を手にすることなど出来ないのだからやるしかない。
「大体分かったわ。部隊の元に戻りましょう」
ひとまず敵の状況や、周囲の地形などは把握出来たので、それらのデータを基に具体的な戦術を立案しながら私はカルロ達にそう伝え、麓への道を戻っていく。
傾斜の大きな斜面でも全く気にした様子も見せずに歩を進めるヴァトラの大きな背に身を預けながら下り坂を下に向かっていると、ふと左斜め前の方向から鳥の囀りが聞こえる。
耳にしているとフルートの音色のような、というような比喩が思い浮かぶ美しい鳴き声をしたその鳥は、枝葉に遮られて姿こそ見えないがベルフェリート語でリュピル鳥と呼ばれている鳥類だ。
この国のあちこちに多く生息するこの鳥は囀りが美しい鳥の代名詞の一つとして知られており、解剖したりしてきちんと調べた訳ではないので断言は出来ないが、泣き声や外見上の特徴からするに生物学的には恐らく地球で言う黒歌鳥に近縁な種なのではないだろうか。
徒歩であればそれなりの時間と労力を要しただろうが、騎乗の身なのでそのどちらもほとんど費やすことはなく、鳴き声に楽しみながら斜面を下ると私達は程なく待機させていた軍勢の元へと辿り着く。
いくら山を挟んでいるとはいえ通常であればこれだけ近付けば敵に存在を気付かれてしまってもおかしくはないが、山上だけでなく麓の平地に掛けてもこちら側には広く森が広がっており、その中の比較的開けた場所に対陣しているため、二千の兵は敵の目から逃れることが出来ている。
山のあちら側は平地になっており木々が生えていないのは、恐らく館を建てるために森を開拓した結果なのだろう。
「あの山の向こう側を崩すわ。麓側から山頂付近に土を掘り運ぶのに千人、土嚢を作るのに五百、残りの五百人は石を近くから切り出してこちらまで運んできなさい。山の掘削の指揮は私が、他方の指揮はそれぞれ貴方と貴方に任せます」
私は兵達にそう命令を伝え、五百人の分隊の指揮官を将校の中から指名しつつ、今しがたまで私が登っていた山の二つ東側にある山を指し示す。
敵に存在が発覚することを避けるために、通常時のような返事をしないように事前に命じてあるため、彼らは無言で頷いてそれに従う。
言うまでもないが、正攻法で勝ち目が無いのならばそれを覆すだけの奇策を用いなければならない。
人工的な土砂崩れを起こさせることを目的としたこれはそれなりの規模の工事になるが、幸いにも敵陣とはある程度距離があるし鬱蒼と生い茂った木々がカーテンとなってくれるので、斥候への警戒を怠らなければ気付かれる危険性は少ないだろう。
工事が完了するまでにはそれなりの日数が必要となるが、遠目に観察した限り敵は戦意が薄いし館に攻撃を仕掛ける気も見受けられないので時間の心配はしなくても構わない。
それは彼我の間に大きな戦力差があるからであり、あちら側の貴族からすれば僅か四千の敵軍を撃破したところで大した功績にはならないし、ましてや諸侯の連合軍という形になっているのでただでさえ多くない功績が各々に分散してしまうため、戦って私兵に犠牲を出した場合の損害を考えれば館に攻撃を仕掛けるメリットがほとんど無いのだ。
ましてや私兵が二百程度しかいない小貴族である男爵家の館の規模は相応に小さいため、クリングヴァル伯爵の率いる軍勢が入ったことによって内部は兵でほぼ満たされており、無理に力攻めをしようと思えばかなりの犠牲を覚悟しなければならない。
外敵が相手であれば自らの権益を護るために全力で戦うのが貴族であるが、今回は内乱であることもあってそういった事情とは無関係であり、そうであるからには現宰相側の貴族達の戦意はかなり薄かった。
私も含め、追い詰められており勝利しなければ後が無いこちら側の貴族とは、戦意という面だけを見れば雲泥の差がある。
連合軍を主導する三人の私兵がそれぞれ北と西と南に布陣し、もし城内の兵が打って出た場合に真っ先にぶつかることになるだろう東側にはその他の貴族が配置されているのも、無用な犠牲が出ることを嫌って小貴族達にその位置を押しつけたためだろう。
ともあれ、そういった有り様なので当分は館に攻撃を仕掛けられる心配が無いし、もし仕掛けられたとしても一週間程度の防戦ならば可能なはずであり、作戦のための準備を整える時間は十分にある。
そうして私は千人の部隊を率い、目標の山へと向かい進んだのだった。
工事を開始してから八日が過ぎ、人工的な土砂崩れを発生させるための作業は全て完了していた。
昨日一日は休息に回したのでもう兵達の疲労も取れているだろうし、夜陰に紛れて崩そうとしている斜面の側へと回り込んでいるので、日も昇り始めた今はいよいよ作戦を実行するのみである。
「これより館に向かい、ランツァ伯爵の軍勢が崩れたら打って出て館の東側の陣営を攻撃するようにクリングヴァル伯爵にお伝えしなさい。残りの者は私達の軍勢があの辺りに差し掛かったら山を崩しなさい」
私は、集めたクララ配下の密偵達にそう指示を出していく。
彼らにはこれまでこちら側の存在が敵に発覚しないように斥候を警戒する役目を任せていたが、謂わば潜入のプロである彼らならば包囲を受けている城の中に入り連絡を取ることも可能である。
そして館へと向かう者を除いた他の者には斜面を崩す役目を命じる。
彼らが頷いてからそれぞれ自らが任された場所へと離れていったのを見届けると、私は既に整列している兵達の方へと向き直り、馬上から彼らを見回す。
「さあ、勝利を掴むための準備は整ったわ。今こそ旗を掲げなさい。貴方達救国の英雄の姿を敵に、そして味方に知らしめるのよ。歩兵隊、突撃!」
まず歩兵千人に突撃を命じると、彼らが発した鬨の声が大きく反響して巨大な音量となり辺り一帯に響き渡る。
敵の目を逃れるために南部を出てからここまで掲げていなかったダリアをあしらった旗が大きく翻り、指揮を任せた将校の下彼らがランツァ伯爵の陣へと向けて進み始めると、私は残された騎兵千と共に東の方向へと回り込んだ。
工作をしておいた山の麓から味方が全員離れると、予定していた通りに斜面が土砂崩れを起こして周囲に地響きのような轟音と、見晴らしを大きく奪う土煙が広がっていく。
風声鶴唳という故事が地球にあるように、カメラのような記録装置が存在しないこの世界においては音や声というものは使い方によってかなり大きな効果をもたらすことが出来る。
たとえ小勢であったとしても、上手くそれらを使えばこちらが実際以上の大軍であると装うことが可能なのだ。
前世では設計図を描いて作らせたカセットレコーダーに事前に兵の喚声を録音しておき、それを戦場において大音量で再生することで大軍であるように装い、数百の軍勢で敵軍を五日間足止めすることに成功したこともある。
とはいえ爵位を継いでもいない私にそのようなものを作る力など無い(あるにはあるが、現状でそれをすれば他の貴族に設計図が漏洩してしまう可能性が高い)し、仮に力があったとしても悠長に作っている時間など無いので、その代わりに思いついたのが今回の作戦だった。
言うまでもないことであるが音は対象が固いものである程よく反響するため、斜面を崩すために必要である山の上部に溜めた土の支えを切り出してきた石で作り、削り取った斜面の両側と正面に配置したのだ。
三面鏡のような形になった石に先程の鬨の声が反響して実際の何倍もの大きさになり、間髪を入れずに斜面を崩したことにより、その轟音と土煙をこちらの大軍の進撃によるものであると敵に誤解させる。
少し横にずれているので私の位置からは土煙に遮られることなく敵陣の姿を視認することが出来るが、彼らはこちらを大軍であると誤認して見事に慌てふためいていた。
そして両軍が接触すると、奇襲でありかつ土煙で視界が不自由であるために敵は僅か十分の一の数の軍勢に為す術もなく押し込まれる。
混乱のあまり同士討ちも始まっているらしく、後背を突破された敵勢は瞬く間に本陣までの侵入を許す。
指揮を任せている将校には西の方角へと向けて押し込むように事前に命じておいたのだが、歩兵隊はその通りに攻撃を仕掛ける。
相手をランツァ伯爵の私兵だけに限ったとしても兵数でこちらが圧倒的に劣っていることに変わりはないので、素早く勝負を決めてしまわなければ勝ち目はない。
斜面を崩してから二、三分程度が過ぎただろうか、態勢を立て直される前に伯爵を捕縛することに成功したらしく、完全に戦意を失った私兵は追い立てられるままに西へと逃走していく。
そう、ヴェレチェニン侯爵の軍勢が布陣している西側へと。
「騎兵隊、私に続きなさい」
最良の好機を掴むためにわざわざ傍観していたのだ、動くならばここしかない。
城門から打って出たクリングヴァル伯爵の軍勢が東側に布陣した敵に襲い掛かり突き崩していくのを横目に見ながら、私は兵達にそう告げてからヴァトラの首筋を一度撫で、潰走する敵の背中を追って疾駆する。
もちろん、目標はようやく混乱から立ち直りかけたところに味方が雪崩れ込んだことによって大きく陣形が乱れているヴェレチェニン侯爵の軍勢だ。
当然ながら人間よりも馬の方がずっと速度が速いので、すぐに逃げていく敵兵の群れに追いつくと、その只中を水流を掻き分けるように突破してそのまま侯爵の陣へと突入する。
さすがに味方を相手に武器を振るうことは出来ないので敵陣はかなり無防備な状態になっており、容易に内部に入り込むことに成功した私達は真っ直ぐに翻っている旗を目指して進んでいく。
兵数で圧倒的に劣るこちらが勝つには、この勢いのままに敵の連合軍を主導している侯爵を捕縛してしまうしかないのだ。
一万以上の兵力を単独で動員しているヴェレチェニン侯爵家は大貴族の部類に属しているので軍備にも優れており、伯爵の周囲を護衛と思わしき千騎程の騎兵が囲んでいるが、同数の勝負であれば勝ってみせる。
横合いからランツァ伯爵の軍勢の残党を追い立て終えた歩兵が攻撃を仕掛けているので混乱は更に拡大しており、もはや伯爵家の軍勢の中でまともに指揮が届いているのはこの千騎のみとなっていた。
分が悪いと見たのか後方へと逃げ出そうとした護衛部隊の背中に追いつくと、鬼神の如き強さで剣を振るうカルロを先頭にした私達が強引に突破していく。
カルロが腕を動かす度に数人の敵兵が落馬し、残った者も後続の兵によって次々と倒される。
そして奥に進んでいくと貴族らしい派手な装いをした男の姿が見え、首筋を剣の腹で打たれて気絶した彼がこちらに拘束されたことによって唯一抵抗を続けていた千騎もまた統制を失ってこちらに降伏し、或いはどこかに逃げ去っていく。
―――とはいえ、これで終わった訳ではない。
まだすぐ北側にはマヌリッタ伯爵の軍勢が無傷で残っており、侯爵を捕らえるために仕方がなかったとはいえここまで壊乱していては先程と同じように残兵を雪崩れ込ませるのは難しいので、正面からどうにかしなくてはならない。
放っておいたとしても友軍が全て撃破された以上は撤退していくだろうが、それでは駄目なのだ。
館を挟んで反対側でもどうやらクリングヴァル伯爵の軍勢が勝利を収めたようなので、合わせて六千対一万一千である。
当初よりはずいぶんとましになったとはいえ、まだ二倍近くの兵力差があるのが悩ましい。
幸いにも敵は未だこちらが大軍であると思っているはずなので、私は旗手を務めている兵に旗を振らせて兵達に合図を送るように指示を出すと、それに従って歩兵隊がこちらに合流してくる。
既に逆側では友軍がマヌリッタ伯爵の軍勢と交戦しているらしく、向こうの方が数が多いこともあってか敵の意識がそちらに取られているのが分かった。
それでも数で勝っているが故の余裕でこちらが接近するとそれに対応する部隊を出してくるが、正面からぶつかることなく歩兵にそれをあしらわせる。
要するにこちらになるべく多くの敵兵を引きつけたいのだが、その思惑通りに徐々に兵が増えていき、やがて四千程に達した。
「さあ、あの軍勢を撃ち破れば貴方達は英雄よ。行きましょう」
こうして前後に兵を割り振っているということはその分だけ陣の内部が空洞化しているということであり、再び左にあしらった隙を見てまず敵の第一陣と二陣の間を駆けて分断し、そのまま逆側に弧を描くように曲がり南側から敵陣に突入する。
元々の戦意の差だけでなく、これまでの展開によるものも加わって彼我の兵の間にはあまりに大きな士気の差が存在しており、別に混乱している訳でもないにもかかわらず既に逃げ出している者の姿さえも見受けられた。
というよりも、予期せぬ劣勢に恐れをなしていたところに私の突入が止めとなったのか、マヌリッタ伯爵自身が護衛の兵とを伴って逃げ出し始めている。
未だ兵数に二倍の差があったのだから戦い方次第で十分にこちらを撃退することは可能だったと思うのだが、しかし指揮官が逃げ出しては残された兵達がその場に踏み止まれるはずもない。
まだ彼我の間にはそれなりに距離があるが、これくらいならばすぐに追いつける。
完全に追撃戦の様相を呈した戦場を横目に駆け抜け、敵の背中と旗を目印としてひたすらに前に進む。
既に当初の土砂崩れによる砂埃は晴れており、代わりに戦闘によって起こった砂が舞っているが、しかし視界はずっと良好になっているために旗に描かれた紋章もはっきりと視認出来た。
周囲を森と山に囲まれているこの付近では、逃げ出そうとするならば南西の方向からしかない。
私は敵の進路を先読みしつつも疾駆を続け、旗で歩兵に指示を出して前方に回り込ませる。
無論歩兵と騎兵では機動力に大きな差があるので簡単に回避されてしまうのだが、しかしそれでも足止めとしての効果は抜群であり、程なく追いつくことに成功した。
先程と同じようにカルロを先頭にぶつかると、逃げ切れないと悟ったのかすぐに掲げられていた旗が降ろされ、こちらに降伏の意思を伝えてくるマヌリッタ伯爵。
それを受け入れ、歩兵が追いついてくるのを待って彼らを拘束し、捕虜とする。
こうして、私は十倍以上の兵力差を覆しての勝利に成功したのだった。




