8. 菓子と下賜
レールシェリエへと入ってから数日。
ようやくゆっくりと過ごせる時間を得た私は、クララの部下となった者達を各地に送り込んで現在の情勢の収集と、各地の貴族の意向の把握に励んでいた。
王都を出てすぐの頃にクララの下に配属された兵達は、行軍の合間に行われていたここ数ヶ月の訓練によって密偵としてそれなりの実力を手に入れていたのだ。
クララ本人は何かあった時に備えて城内に留まり私の近くに控えており、代わりに密偵の組織を構成する兵達を各地に潜入させ、彼自身は新たに付けられた兵の訓練と部下達から送られてくる情報の整理に専念している形だった。
そして私は今、街にある店で買ってきた針と糸と布を使って椅子に腰掛けながらエプロンを縫っている。
カルロの方には私が率いる五百の訓練をしてもらっているのだが、二人ともそれ程忙しくないのを知っていたのでここまでの労いを込めて茶会に誘ってみたところ、クララが茶菓子を作ると言い出したのだ。
果たして密偵としての技能に関係があるのか無いのかは分からないがどうやら彼は料理や菓子作りもそれなりに堪能らしく、長い行軍で疲れているだろうからと逆に気遣われてしまった。
彼の作る菓子に興味があったのは確かなのでそれ自体は承諾したのだが、ともあれ当初の目的が彼らを労うことである以上は、クララが茶菓子を作るに任せたままにしておく訳にもいかない。
故に、私は菓子作りの際に使うエプロンでも渡そうかと思い、こうして裁縫に励んでいるのだ。
鋏で白地の布を裁って大まかな形を作り、そこにフリルや紐を糸で縫いつけてエプロンとしての機能を成立させていく。
普段ならばこういった作業はアネットに任せていたのだが、現在彼女にはいろいろと動いてもらっており傍にはいないので、自らこなす形になる。
そもそも貴族が使用人を使うのは何も怠惰だからではなく、平民とは異なり一人で円滑に生活を送るのが困難な場面が多々存在するためだ。
例えば一人で着ることを前提に作られていない豪奢なドレスを自力で着替えることは不可能ではないにしろ困難であり、軍中であるために軽装でも問題無かったこれまでとは違い、レールシェリエに入ってからは私も着替えに毎回かなりの時間を掛けてしまっている。
特にアネットは相当に有能な侍女であるため、傍にいるうちはある程度の雑務は彼女に任せて策謀に没頭出来たし、やはり彼女の支えはとても大きかったのだと実感出来るところだ。
とはいえ、元々日本人だった頃から苦手ではない上に裁縫は貴族女性のたしなみでもあるため前世でも現世でも習っているので、今に関しては特にてこずったりすることはなかった。
残っていた最後の針を通し終えると、私は玉止めをして余った糸を切り完成させる。
使っていた針を針刺しへと戻して片付ければ、一連の作業は晴れて終了だ。
座ったまま、手にしたそれを大きく振り広げ全体を眺めてみるが、我ながらそれなりの出来であると思う。
せっかく作ったのだから喜んでくれればよいのだが、と思いつつ私はエプロンを円卓の上に置き、畳んでいく。
茶会の予定は何日か後なので、それまでに渡しておけばよいだろう。
椅子から立ち上がると今しがた畳んだそれを手にしてクローゼットへの前へと向かい、扉を開いて中へとしまい込む。
さすがに街に着いてから何着かは購入したものの、衣装を全て学園の寮の自室に置いたままにしてきたので手持ちのドレスがあまり無く、開けたクローゼットの中はまだ空に近かった。
ドレスは上から吊るしているため、他に何も置かれていない棚の上にエプロンを置くと、私は扉を閉めた。
そして二日後。
話を通して一時的に厨房を借り受け、私はクララと共に足を運んでいた。
借りるとは言っても茶菓子のために王子も口にする食事の準備を中断させる訳にはいかないので、使用人の食事を作る用の厨房なのだが、別に問題は無い。
とりあえず彼が出してくれた椅子に腰を下ろした私は、持っていた紙袋の中からエプロンを取り出す。
「クララ、これを使いなさい。貴方のために縫ってきたの」
「ああ、ありがとう、ってこれ女物じゃあ……。というかクララって呼ぶな!」
「いいじゃない。きっと似合うと思って一昨日手作りしたのよ。さあ、どうぞ」
「え、ちょ、ちょっと待って……」
畳んであったエプロンを広げると、椅子から立ち上がりそれを彼に押しつける。
残念ながら身長が足りないので背伸びをしても首筋のところまでは届かないが、それでも正面から腕を回して腰の部分の紐を背中の後ろで縛ってやると、女らしい格好をする気恥ずかしさのためか頬を染めつつも諦めたように自分で首筋の部分の紐を結んでいくクララ。
「ふふ、とても似合っているわよ、クララ」
「お嬢様からのプレゼントは嬉しいけど、この格好を褒められても……」
複雑そうな表情でそう口にする彼。
しかし、少し離れたところから眺めると、その姿はまさにこれから料理をする麗しの美少女といった感じでとてもよく似合っている。
こうも似合っていると、手縫いで作ってきた甲斐があるというものだ。
「とりあえず作るよ。お嬢様はそっちで座って待っていて」
「ええ。完成を楽しみにしているわ」
彼の言葉に従い、先程の椅子に再び身体を預けた私。
日本で厨房と表現されて思い浮かぶような狭く横に細長い構造の部屋とは異なり、使用人用とはいえ室内にはそれなりの広さがある。
髪を後ろで束ねて結んだ後、手早く調理器具を並べ準備を進めていくクララの手際はかなり流麗であり、少し離れた場所から眺める後ろ姿は現在の髪型も相まってまさしく菓子作りを楽しむ少女のようだった。
作ってきたエプロンにはフリルを豊富にあしらったので、これで頭部にホワイトブリムを着けていたら侍女に見えるだろう。
……ついでにホワイトブリムも作ってくればよかっただろうか。
そんな若干邪な考えを内心で浮かべつつも、何を作ってくれるのだろうかと楽しみに手元を眺めていると、彼は初めにオーブンへと近付いてその中に火を入れる。
底部にある燃料に着火して燃え上がったことを確認すると、材料が入れられている棚の中から小麦粉の入った袋を取り出した。
そして氷によって冷却された冷蔵庫の中からバターを出して袋を破り、使いやすいように四角く切られたそれを銀のボウルの中に並べていく。
通常貴族が口にするものは貴族用の厨房において料理人の手で作られるのだが、茶菓子に関しては茶会という場においての使用人の給仕性が強い(飲まれる茶を淹れるのは使用人であるためだ)ので侍女が作ることが通例となっている。
そして侍女は貴族用の厨房を使うことが許されないために使用人用の厨房を用いて茶菓子を作ることになり、故に茶菓子のための材料は室内に揃っていた。
クララが篩を用いてボウルに小麦粉を入れていくと、白い粉末はまるで雪のようにバターの上に降り積もる。
続いてその上から塩を軽く振り掛けると、彼はボウルを軽く傾けてフォークでバター片を潰しながら混ぜ合わせていく。
どうやら、スコーンを作ってくれるようだ。
小麦粉とバターを完全に混ぜ合わせた後、棚の中から砂糖の入った袋を、冷蔵庫の中から牛乳の入った容器を取り出すクララ。
両者をボウルの中に適宜加えると、素早く手でこねて生地を練り上げていく。
「本当は寝かせたいところなんだけど、ね」
そう呟きながら彼は木製の延べ板の上に小麦粉を敷き、柔らかなままの白い生地を乗せる。
その上から小麦粉をまぶしてから、まるでピザを作るように棒で平たく伸ばしていく。
彼が言うように本当は寝かせた方がよいのだが、そのような時間も無いので次の作業へと入っているのだろう。
私が同じことをすれば息を切らせてしまうだろうに、そんな様子一つ見せないところは美少女のように見えてもやはり中身は男の子なのだなと感じた。
……もっとも、その身に纏われているのは可愛らしいふりふりのエプロンなのだが。
しばらくそうして、上手く腹割れするように生地に層を作り終えたクララは調理台の引き出しから型を取り出し、丸く生地をくり抜いていく。
くり抜いた生地に残った牛乳を塗ってからトレーに載せていき、全てを終えると、彼はトレーをあらかじめ火を着けていたオーブンへと入れる。
後は焼き上がるまでの間しばらく待っているだけだ。
「お疲れ様。焼き上がりが楽しみだわ」
作業を終え、こちらに近付いてきた彼に声を掛ける。
「ありがとう、お嬢様。でも菓子を作るところなんて眺めてても退屈だったんじゃない?」
「いいえ、それなりに楽しかったわよ」
こちらを気遣うクララに対して、私はそう言葉を返す。
案外、調理過程を眺めているだけでも退屈はしないものだ。
「では、私は部屋に戻って茶会の準備をしてくるわ」
「分かった。じゃあ、焼き上がったら持っていくね」
普段ならアネットがしておいてくれるが、今は自分で茶器を出して準備をしなければならない。
まだスコーンが焼き上がるまでにはそれなりの時間があるので、今から準備を始めれば終わる頃にはちょうどこちらも完成しているだろう。
私は彼に一度別れを告げると、そのまま厨房を退出して自室へと向かったのだった。
部屋に戻った私は部屋に備え付けの棚の中から備品である茶器や茶葉を取り出し、茶会の準備を済ませていく。
それが終わってカルロを呼ぶと、席について彼と二人でクララの到着を待っていた。
実家の食卓ではこうして共に席を囲んでいたが、学園に入学してからは身分の違いもあって同席するのは今が初めてだ。
普通の令嬢であれば学園に在学中に同年代の貴族と婚約して卒業と共に結婚するのが一般的なので、平凡に生きていたらもう二度と共に同じ席を囲むことはなかった可能性が高い。
私の心の底にある恨みが平凡に生きることを許さなかった訳だが、今ここにいるのは良くも悪くも自らの選択の結果なのだということを改めて実感する。
一度は処刑された敗者である私だが、何の因果か雪辱と復讐の機会を与えられたのだから逃す気は無い。
―――もしも転生したのがこことは別の世界で、全てを忘れて隠居することにしたならば私はどんな人生を送っていたのだろうか。
無意味とは分かっていつつも、ふとそんなことに思考が向かう。
と、その時外から木製の扉が叩かれる。
学園やかつての王宮にあったものよりは劣るものの、それでも実家の屋敷で使われているものと比べれば遥かに良質な木材は、さすがに直轄領の城だけはあった。
「入って」
「失礼します、お嬢様。茶菓子を持ってきたよ」
左手と頭上にトレーを乗せ、右手で扉を開いたクララが姿を現し、頭上のそれを右手に持ち直すとそのまま美しい礼をする。
両手が塞がっていては扉が開けないとはいえ、頭上にトレーを乗せるという半ば曲芸のようなことをしつつも中身を零さないのはもちろん、釣り合ったシーソーのように綺麗に平衡を保ったまま全く揺れ動いていないのはさすがだった。
そしてこちらに歩み寄ると、当然ながらもうエプロンを脱いでいる彼は円卓の上にトレーを置き、乗せられたスコーンを銀食器へと移していく。
皿の上に並べられたそれはやたらと大量だが、まあ二人が食べるならばこれくらいの量が必要だろう。
「ありがとう。では、始めましょうか」
私も立ち上がり、沸騰させた湯をポットに注ぐと、カップとの間で何度か移し替えて両者を温めてから湯を捨てる。
そしてポットに茶葉を適量入れて、手を高く伸ばしてあらかじめ適温に暖めておいた湯を注いでいく。
注ぎ終えるとすかさずポットに蓋をして葉を蒸らし、その間に棚の中からスコーンに合わせるジャムをいくつかとクロテッドクリームと蜂蜜を取り出す。
ジャムはマーマレード、苺、ブルーベリー、白桃の四種類だ。
それらを卓上に置くとちょうど蒸らしが終わる時間だったので、一度蓋を開けて水色を確認する。
湯気と共に広がる艶のある甘い香りを感じながら、彩やかに濃厚な紅い色合いになっていることを確かめると、ポットを持ち上げて中身を均等になるようにカップへと淹れる。
「さあ、どうぞ」
空になったポットを置いて自らの席に着き、二人にそう告げると、彼らはカップを持ち上げて口許へと近付けていく。
カルロは実家にいた頃に母から作法を教わっているし、クララもこういった場での正しい振舞い方を知っているようで、二人とも所作は上品だ。
「うん、美味しい。さすがはお嬢様だね」
「お嬢様の紅茶をいただくのは久々ですが、やはり素晴らしい味わいですね」
この二人を労うための茶会なのだから、二人が喜んでくれなくては意味がない。
なので、紅茶の味わいに満足してくれてよかったと思う。
私もカップを傾けて中身を口に含むと、良質な茶葉であることを証明する甘く上品な香りが鼻腔を通り抜け、それと共に口腔に仄かな渋みを味わう。
飲み干した後に残る甘みを感じ、どうやら上手く淹れられたことを確認して安堵しつつ、私は皿に乗ったスコーンへと手を伸ばす。
まだ熱いそれを手に取って半分に割り、断面にまずクロテッドクリームを乗せてから白桃ジャムを掛け、口に含む。
スコーンの熱や固い食感と共に口の中に広がるトッピングの味わい。
熱でどろりと溶けたクロテッドクリームの濃厚ながらもさらりとしたミルクの味と白桃の優しい甘みが同時に味覚を刺激し、スコーンのさくさくとした食感や焼けた小麦の香りと絡み合い絶妙な風味となる。
「とても美味しいわ。素晴らしい出来ね」
「俺こそ、お嬢様に満足してもらえて嬉しいよ」
そう口にして、私はクララを賞賛する。
当たり前だが紅茶にもかなり合っていて、これならいくらでも食べられてしまいそうだ。
「……さて、そろそろ本題に入ろうかしら」
話を切り出すにはいいタイミングだろうと判断し、私は近くにある棚の扉を開いて中から袋を取り出す。
袋に入っているのは、鈍んだ色の鞘に入った一振りの剣と掌に収まるようなサイズの小型の暗器だった。
私はまず重い剣をどうにか取り出し、驚いたような顔をしているカルロに手渡す。
鉄で作られている剣の重量は当然ながらかなりのものであり、持ち上げることこそ出来てもとても振るえそうにはない。
やはり、今の私には戦闘は不可能なのだと痛感する。
「今までは実力に見合った剣を使わせてあげられなくてごめんなさい。これからは、この剣を振るうといいわ」
優れた剣士には、それに見合うような優れた剣が必要だ。
一流以上の剣士であるカルロに、これまで鈍とまではいかないものの量産型の剣を使わせざるを得なかったことがとても心苦しかったが、ようやく実力に相応しい剣を与えることが出来た。
「こ、こんな素晴らしい剣をよろしいのですか?」
「もちろんよ。貴方程の素晴らしい剣士にはこれくらいの剣でなければ見合わないもの」
剣を受け取ると少し鞘をずらし、刀身を確認して感嘆の声を上げたカルロ。
私も前世では剣を使っていたので分かるが、やや青みがかった鈍色の鞘に収められたこの剣はかなりの名剣だ。
並外れた腕の持ち主である彼には相応しい剣であると言えた。
「ありがとうございます! いただいたこの剣を以て、いついかなる時も必ずやお嬢様の身を護り抜いてみせます」
「ふふ、期待しているわ。これからもよろしく頼むわね」
カルロは椅子から立ち上がると私の元に跪き、剣を両手の掌に乗せた状態で拝礼する。
やはり剣士として実力を認められて優れた剣を与えられることはとても嬉しいらしく、彼はその整った顔立ちに喜色を浮かべさせていた。
「それでは、次はクララね」
そう言うと、剣の分の重量を失ったためにすっかり軽くなった袋の中から、私は小型の暗器を取り出す。
そして、持ったまま手を握ればクララの掌にすっかり隠れるだろうサイズのそれを手渡した。
「これは?」
「暗器よ。そこの凸部分を押せば小型の矢が発射出来るようになっているわ。手に握って隠したまま母指球で押せるように設計しておいたから、きっと貴方の役に立つと思うの」
女性の小指くらいの大きさのそれは中央付近にやや長めのボタンがあり、意図して手に力を籠めれば外部から動作を悟られずに矢を放つことが出来る。
もちろん不自然に思われないような仕草で狙いを定めたり、放つ際に上手く掌の中に隠したりするのにはそれなりの工夫が必要だろうが、それは一流の密偵であるこの子であれば特に問題にはならないはずだ。
投擲などの予備動作なしで使える飛び道具は何かと便利だろうし、きっと上手く使いこなしてくれるだろうと信じていた。
「これが専用の矢ね。短いけれど、その分発射の威力を保てるように工夫して設計してあるから安心して」
袋から木箱を取り出して、蓋を開けながら説明する。
中に入っているのは暗器で放つための専用の矢であり、少しでも空気抵抗を減らして速度を保ち、遠距離まで真っ直ぐに飛ばせるように重心のバランスや重さを調整しつつも、本体のサイズに合わせて小さなものになっている。
とはいえ、かなり頑張って設計したので発射時の矢の速度は数人がかりで番えるような巨大なクロスボウと変わらないはずであるし、威力面では特に問題は無いはずだ。
プレゼントに何がいいだろうかと思案している時に暗器というアイデアを思い立って以降、より彼の役に立ち、生存率を高められるものにすべくアトーチェを出立してからずっと頭の中で設計していたのだ。
小型化と威力の両立には苦労させられたが、数式と戦いながらかなり複雑な構造にした結果どうにか目標を達成することが出来た。
とはいえそのせいで当初の目標の一つだった連射化は断念することになったのだが、これは仕方が無いだろう。
或いは無理に万能化を目指すよりも、今手渡したものとは別に威力を抑えた代わりに連射可能にした暗器を作り、状況に応じて使い分けてもらう方がいいかもしれない。
今後の開発方針を内心で思案しつつ、私は箱をクララへと手渡した。
「面白そうな武器だね。これはこうやって差し込めばいいの?」
「ええ。力は必要無いように作ったから、奥まで差し込むだけで装填出来るわ」
箱の中から矢を一本取り出し、筈の方を先にして暗器へと差し込むクララ。
この世界には私が知る限りこういった武器は無いはずなのだが、どうやら一連の簡潔な説明だけで構造を理解してみせたらしい。
「これでいいかな。後でその辺りの木で試し射ちをしてみるよ。使い勝手を確かめなくちゃいけないしね」
「貴方の役に立ってくれることを願っているわ。―――それと、作るのに手間が掛かるから出来る限り持ち帰るようにしてほしいのだけど、もし手放さなくてはならなくなった場合は復元不可能なくらいに破壊するか、破壊する時間が無い場合は敵に回収されないような場所に隠してもらえるかしら」
「安心して。お嬢様からいただいた大切なもの、決して手放さないよ」
そのような状況に追い込まれる可能性は高くはないだろうが、念のため私は彼にそう命じておく。
この暗器は一言で表現すれば超小型の筒型ボウガンだが、内部にはこの世界には無い形の部品やこの世界ではまだ発見されていない理論による設計が使われた、謂わば一種のオーパーツだ。
設計にはOL時代に身につけた知識が大いに役立ってくれたが、万が一敵の手に渡って複製されてしまえば、最悪の場合敵の技術力が大幅に発展してしまう可能性がある。
そのような事態は可能な限り避けたかった。
「ありがとう、お嬢様。俺の最初にして最後の主であるお嬢様の瞳として、そして手足として力の限り励んでみせます」
「貴方のことも、頼りにしているわ。これからも私に力を貸してね」
先程のカルロと同じようにこちらに跪き拝礼したクララに対し、私は言葉を返す。
こうして忠誠を誓ってくれる者がいるというのは、一人では戦う力を持たない私にとってとても頼もしい。
この子達が忠誠を誓ってくれるから、私は戦うことが出来る。
「さあ、そろそろ茶会に戻りましょうか。早く食べなくては、紅茶と茶菓子が冷めてしまうわ」
ともあれ、彼らにそれぞれプレゼントを渡せば私の用件は終わりだ。
せっかくの良質な紅茶と美味しいスコーンを冷ましてしまうのは勿体ないし、彼らにもその味を楽しんでほしいので、私は彼らを促し三人での茶会に戻ったのだった。




