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6. 南進

 全軍で南進する私達一行、計一万四千。

 周囲の宰相派貴族の軍と戦うには十分以上だが、敵が態勢を整えて本腰を入れてきたらあまりに心許ない微妙な兵数だ。

 ともあれ、兵力に関してはそう簡単に増やせたりはしないので当面の間はこれだけの数でどうにかするしかない。

 アグニュー侯爵、オルグレン伯爵の軍が壊滅したという凶報を数日前に受けてから、急遽出立の準備を整えた軍勢は夜が明けるのを待って朝にはカスタニエ子爵領を出発していた。

 それからは途中で幾度か野営を繰り返しつつもう六日程度が過ぎているため、現在地はとうに子爵領の外だ。

 周囲は丘陵地帯であるため見晴らしはいいものの起伏がそれなりにあり、中には小山と言っても差し支えが無い程に高く盛り上がった丘も存在していた。

 上手く地形を使えば逆落としで敵の陣形をかき乱すことも可能であるし、背が高い草もあちこちに覆い茂っているので兵を埋伏させておくことも可能だ。

 起伏が多いために騎馬隊を活用することが難しい地形であることも、こちらにとっては有利な点か。

 そのようなことを考えつつ、人によっては酔ってしまってもおかしくない程度の揺れを横乗りに身体を預けた黒馬から伝えられながら、隊列の中央付近を進む私。

 少し前には、並んで馬を歩かせる王子と近衛隊長とそれを取り囲む近衛兵の姿があった。

 とはいえ全員が騎乗しているのは近衛隊だけであり、言うまでもなく貴族達が率いてきた私兵の中には徒歩の者も多く含まれている。

 なので先日のように全速で疾駆することは出来ず、隊列はそれなりに長く伸び歩兵の速度に合わせて緩やかな進軍となっていた。

 威風堂々と戦いに赴く前ならばそれでも何も問題は無いのだが、しかし背後からの攻撃を気にしながらとなると速度の遅さは不安を抱かせる要素となる。

 敵軍の襲来を恐れ気持ちは急いているにもかかわらず、隊列は遅々として進まない。

 気持ちだけが先走ることによって焦燥が生まれ、それが怯えに繋がってしまうのだ。

 幸いなのは道中の村落において穀物を買い上げてきたため、兵糧不足に陥る心配が無いことか。

 殿軍役として、もしもの際には兵を二千程借り受けて敵を食い止める手筈になっているが、逆に言えば何事も無ければ私が兵の指揮権を手にすることはない。

 恐らく敵襲は無いとは思うが、もしそうなった時に私があっさりと突破を許してしまえば、兵達の心中の不安が膨れ上がりそのまま壊走してしまってもおかしくはないので責任は重大だった。

 とはいえ、他の貴族達は皆私が敵を止められるなどとは思っていないだろうし、きっとこちらを囮にして襲われている間に逃げようと考えているのだろう。

 こちらは無位無名の身、その辺りは今後実戦の中で功績を挙げていって信頼と名声を勝ち取るしかない。


 やがて正面の方向に街が現れ、立ち並ぶ建物がちらほらと瞳に映る。

 街並みはそれ程大規模ではないが、しかし繁栄のために計画的に整備されて碁盤の目のように建造物が作られている王都とは異なり乱雑に立ち並ぶ木造の建造物と住民の姿は数多い。

 整備されていないのは決して放任されているからではなく、敵からの攻撃を受けた際に道が複雑に入り組んでいれば防衛戦を行う際に有利だからだ。

 街の外周から真っ直ぐに道が通っていればすぐに城壁にまで到達されてしまうが、迷路のようになっていれば途中で敵を食い止めたり奇襲を仕掛けたりするのに有利であるし、上手く敵を深い地点にまで引き込んで外周の方に兵を回り込ませつつ火攻めをすれば、寡兵でも敵が混乱しているうちに逆包囲を仕掛けて殲滅することも可能である。

 そんな敢えて燃えやすい木で作られた建物が多い街並みの中心部には四角く切り出した石を積んで作られた、装飾すら施されず灰色のままの外観の無骨な印象を受ける建物があり、周囲を同じように石を積んで固めた城壁に囲われていた。

 王都や、先日まで滞在していた子爵の館とは異なり、居住機能や都市機能を求めていない純粋な軍事拠点としての城だ。

 子爵領から真っ直ぐに南下した場合に通ることになるここは王家の直轄領であり、あちこちに分散してはいるものの合計すればかなりの面積に上る直轄領の各地には万一の事態に備えてこのような城砦がいくつも作られていた。

 もっとも、国の実権を完全に公爵家に奪われている現在は、直轄領とは名ばかりで実質的には公爵家の領地のようになっている状態なのだが。

 前世の私が処刑された後に勃発した内戦においてエルティ卿が敗北することとなったのも、当時のベルファンシア公爵がクーデター後に素早く直轄領の兵力を支配下に収めており、自らの私兵に加えてそれらも動員出来たことが要因の一つだろう。

 歴史書を読んだ限り(もちろん直接的にそうしたことが書かれていた訳ではないが)では、さすがに当時ベルファンシア公爵側についた貴族は少なかったらしく、ラーゼリア王国との密約の結果辺境伯家こそ動かさせず辺境に釘付けにしていたものの四面楚歌に等しかったので、直轄領の兵力が無ければ兵力差で押し潰されていたことは疑いない。

 どういった仕組みなのかは分からないがこうして転生して再び戦うチャンスを手にすることが出来たのだから、非業の死を遂げることになった彼女のためにも必ず勝利を収めて仇を取りたかった。


 白昼堂々と進軍している以上あちらも私達の接近に当然気がついているはずだが、城内には遠目に見た限りでは特にこれといった反応は確認出来なかった。

 戦いが始まるならば事前に街の住民を城内に収容しておくのが通常だが、街並みの中に残ったままの市民達はこちらに注目こそすれども慌てて逃げ出したりする様子を見せぬまま平然として暮らしを送っており、城壁の内側にある櫓には哨戒の兵が立っているが壁の上に兵が出てきたりもしていない。

 直轄領とは言っても統治者が国王本人であることを除けば特に貴族の領地と違いは無く、もちろん兵も置かれているのだが、直轄領の兵は王といえども間接的にしか指揮出来ない貴族達の私兵とは異なり王が直接的な指揮権を持つ国軍とでも言うべき存在だ。

 第一から第五まで合わせて騎士団が五万、各地に散らばる国軍が十万で、本来は王家はおよそ十五万程度の兵力を動員出来る。

 東の国境で我が国の宿敵であるラーゼリア王国に対する国防を一手に担うヴェルトリージュ辺境伯家の私兵ですら十二万、クーデター前のベルファンシア公爵家やエクラール公爵家で十万程度だっただろうか。

 王家が有力な諸侯を上回る兵力を持っていたこともあり、あの時までは王家を中心とした政治がきちんと成り立っていたのだ。

 もっともその指揮権も今は実質的には現宰相にあるのだが、少なくとも名目上において直轄領の兵が王家のものであることに違いはない。

 現在進行形で目の当たりにしている城の様子を素直に受け止めるならばこの地の軍の指揮官にこちらと敵対する意志は無いということになるし、先述の事情もあって私と王子は兵力を吸収出来ることを期待していた。

 この直轄領に置かれた兵力は五千人強であり、一行の現在の兵力と合わせれば二万人に達する。

 しかも現在は直接指揮出来る兵が近衛隊の百ちょっとしかおらず、集まった諸侯の兵力に頼らざるを得ないためにこちらの陣営内においても政治的に弱い立場に置かれている王子の発言力も、直接指揮が可能な五千の兵があればかなり強まることになる。

 全体の兵数から見れば四分の一に過ぎないが、五千という兵力は現在王子の下に滞陣しているどの貴族の私兵よりも数が多いためそれ以上の意味と重さがあるのだ。

 少なくとも、現状においては王子の立場が強くなることは私にとってもかなりメリットが大きいので、出来ればこちら側に引き入れておきたかった。

 私は艶やかな漆黒の毛並みを撫でて速度を少し上げるように伝えると、歩調を速めた黒馬が王子の方へと近付いていく。


「殿下、私が使者として参りますわ」


 私が身体を預ける黒馬にも全く劣らないくらいに体躯の大きな馬に乗った王子に追いつくと、そのまま馬上で簡易的な礼をして提案する。

 自らの兵のところにいなくてはならない他の諸侯とは違い、こうした時に誰にも邪魔されることなく話し掛けることが出来るのが身軽な身であることの唯一の利点だろうか。

 もっとも、たとえ他の貴族達がこの場に居合わせたとしても、まずこの提案に反対されることはないだろう。

 あっさりと殿軍の役目を得ることが出来たことからも分かるように、無位無官であり私兵も率いていない私はこの陣営から見れば死なれたところで何ら困らない人間だ。

 最悪の場合には捕らえられ処刑される可能性のある使者という役目を果たしたい者はいないだろうし、そうであるからにはたとえ放置していてもいずれ私に役目が回ってくることは目に見えていた。


「いいのか? ここの指揮官の動向は掴めていない。捕らわれても救出出来る保証は無いぞ」

「もちろんですわ。殿下に従って王都を後にした時から、覚悟はとうに済ませております。……ところで、一つお許しをいただきたいのですが、無事にこの地の兵力を吸収することが出来ましたら兵を五百程お預けいただけませんか?」


 既に一度死んでいる身なのだ、再び戦うと決めた時から覚悟など決めてある。

 そう伝えると共に、私は吸収した兵を少しこちらに回してくれるように依頼する。

 まだ成人すらしていない私には成人している貴族との親交がほぼ無いため兵を貸してくれるような伝手など持っていないし、どこかで徴兵するとしても軍として機能するレベルにまで訓練をしている時間を得るのは難しいので、兵を手にするためには今くらいしか機会が無いのだ。

 この先軍功を重ねていけばもっと大部隊の指揮を任されることもあるだろうが、それとて元となる部隊が無ければどうしようもない。

 もし許されなくともどうにか他に兵を得るための手段は頭にあるが、そちらだと実現するのがそれなりに先のことになってしまうので、出来ればこの機に得ておきたかった。


「ああ、それくらいなら問題無い。―――ディートハルト、全軍に停止を命じろ」

「感謝致します。では、早速出立致しますわ」


 少しだけ思案した後にあっさりと私の願いを受け入れてくれた王子は、そのまま傍らを進む近衛隊長に行軍を停止させるように命じる。

 それに従い部下の兵を各貴族の下に伝令に遣わしている隊長の様子を横目に見つつ、私は馬首を翻して一度カルロとクララの元へと戻った。

 戦闘中ではないので全軍が密集している訳ではなく、兵達はそれぞれの指揮官ごとに纏まって緩やかな集まりで行軍しているため、すんなりと通り抜けることが出来る。


「カルロ、これから使者として城内に赴くことになったわ。護衛をお願い。クララ、貴方はもしも私が捕らえられそうになったら、脱出の手引きをしてもらえるかしら。方法は任せるわ」

「畏まりました」

「お嬢様の仰せのままに」


 二人にそう命じると、私は黒馬の首筋に触れて城の方へと向かうように伝える。

 交渉の条件としてはどのような感じになるだろうかと思いつつ、すぐ後ろに従っている二人と共に私は軍勢の列から前へと進み出たのだった。









 騎乗のまま三人で進んでいくと、少しして木造の家屋が左右に立ち並ぶ通りへと出た。

 辺りを眺めてみると物品や食料を扱う商店の数は少なく、あるのは大半が民家ということから、この街の規模がそれ程大きなものではないことが分かる。

 裏通りであろう脇道と比べて明らかに広いのでどうやらここが表通りであるらしいが、行く手を遮るように建物が立っていることが多く、もう何度も道を曲がっていた。

 こういった都市構造は都市の繁栄と発展という観点から見れば明確にマイナスだが、しかし地球におけるフランス革命からパリ・コミューンに至るまでの歴史が証明しているように、防衛戦においてはかなり役に立つ。

 要はそのどちらを優先するかということなのだが、発展を優先させた(というよりも防衛力をあまり重視していない)王都は都市全体を丸ごと城壁で囲って城市にしてあるのに対し、軍事拠点としての機能が強く求められるこの街の場合は防衛力を優先させているのだろう。

 地理的に見た場合この地は南方から王都へと向けた敵軍の進撃があった場合にそれを食い止めるための要所であるので、ある意味で必然だった。

 先程外から眺めていた限りでは立ち並ぶ建物はかなり多く、故に城を中心として円状に広がった街もそれなりの広さになっていたのだが、全ての建物に人が現住しているとは思えないので、恐らくだが中には軍の手によって建てられた誰も居住していない建物も相当数あるのではないだろうか。


 私達は街の中へと足を踏み入れてからそれなりの距離を進み、もう何度も曲がり角を過ぎているが、未だに城側の兵は姿を見せていなかった。

 市外まで見渡せるだけの高さを持った櫓の上にいる物見の兵からは軍勢の中から進み出る私達の姿が確認出来たであろうし、まさか気付いていないはずはない。

 端に寄って騎乗のこちらに道を開けてこそくれているものの住民達も普段のように通りを行き交っており、注目して目線を送りつつも混乱したりせず平然としている彼らの姿が、この地の指揮官に交戦の意思が無いだろうことを如実に示していた。

 騎乗とは言っても住民がいる上に道が複雑に曲がりくねっているので駆けさせることは出来ず歩かせており、そのためにそれなりの速度しか出ていないが、平坦に均された土の地面を馬蹄が踏み鳴らす度に街並みが流れ、家屋の上から垣間見える上部の部分を目印として城へと少しずつ近付いていく。

 そのまましばらく進んでいくと一つの曲がり角を右折したところで唐突に街並みが途切れ、目の前には聳え立つ石の城壁が姿を現す。

 街と城との間にはそれなりの広さのある間隙が存在しており、その空間には城側の兵達が百人に届くかどうかという人数ながら隊列を組んでいて、中心には指揮官と思わしき上等の鎧を纏った騎乗の男がこちらを見据えていた。

 私はカルロとクララをすぐ背後に従えつつも黒馬に歩みを進めさせて一定の距離にまで近付くと、正面から向かい合う形で馬上の礼をする。


「お初にお目に掛かります。この度王太子殿下より交渉役の栄誉を賜った、サフィーナ・オーロヴィアですわ」


 誰かと会話をする際に王子の呼称をどうするべきかというのは、なかなかに難しい問題だった。

 先王が崩御した以上はこの国の正当な統治権は王太子である王子の下にあり、であるからには先王が崩御した時点で既に彼はこの国の王であると考えることが出来るが、しかし一方で彼は内乱が終結するまでは即位の儀を執り行うことが出来ない状態にあり、即位の儀が終わった時点で王座に就くものであると考えることも可能なのだ。

 ましてや今は現宰相によって王都を追われている身なのでなおさらに事態がややこしいのだが、少し悩んだ末に無難に王太子という呼称を使っておくことにする。


「サフィーナ殿ですな。俺は陛下よりこの地の兵をお預けいただいている、アトーチェ守備軍指揮官のバルブロ・アルヴィドソン。是非お見知りおきを」

「ええ。今後ともよろしくお願い致しますわ、アルヴィドソン様」


 互いに挨拶を交し合いながら近くで観察すると、バルブロ・アルヴィドソンと名乗った男は要所であるここアトーチェを任されているだけはあってそれなりの力量を持った人物であると思われた。

 歳は四十代半ばくらいだろうか、短く跳ねた髪は黒く口元にはそう長くはないが髭を生やしており、頬にいくつか傷が見える顔立ちは歳相応ながら引き締まっている。

 互いに騎乗の状態であってもこちらが見上げなくてはならないくらいの体躯に、今の私二人分くらいの横幅があるがしかし決して太っている訳ではない胴体。

 恐らくは兵卒上がりなのだろう、その仕草や口調には貴族らしさが全く無く荒々しい印象を受けるが、一方でかなりの強者であろう身のこなしと指揮官に重要な明晰な判断力を持った人物であることがよく分かる。

 小貴族達が官吏を務めているのと同じように王家の直轄領の軍勢の指揮官に貴族が任じられることは別におかしなことではなく、要所であるからには第一騎士団の団長職のように現宰相とその派閥の中から役職に任じられてもおかしくはないのだが、それをしないのはこの地が田舎であるためだろう。

 地方であっても大都市ならばともかく、ここのような田舎の兵の指揮官に任じるのは左遷になってしまうので現宰相は自分の派閥に属す人間を送り込むことが出来ないのだ。

 しかし、軍事的な要所であるからには自らに敵愾心を持つ貴族を任命することも出来ず、それら二つの問題を解決するために兵卒から将軍を抜擢することにしたのだろうと考えられた。


「王都の情勢は俺も聞き及んでいる。外の軍勢には殿下がおられるようだが、殿下よりのお言葉を伝えていただきたい」

「この場でよろしいのですか?」

「ああ、構わない。俺は貴族の方のような腹芸はどうにも苦手でしてな」


 そう言うと大声を上げて豪快に笑うバルブロ。

 腹芸が苦手だというが、こうして言葉を交わしてみた限りはどうにもそうは思えなかった。

 たとえ平民上がりであろうとも、アトーチェ守備軍の将軍という歴とした一軍の指揮官の地位にある彼は実質的に貴族と同じ地位や権限を持っているし、それを自覚し有効に利用する才覚もあるのではないだろうか。

 まあ、誰かに盗み聞きされて困るようなことでもないので、向こうがよいと言うのならば別にこの場で伝えてしまっても構わないだろう。


「殿下は王都を占拠した逆賊達と戦うための兵を求めておられます。逆賊を討つため、アルヴィドソン様の力をお貸しいただけませんか?」

「諾―――と言いたいところだが、俺も兵達の命を預かっている身だ。易々と頷く訳にはいかないな」

「お気持ちは分かりますわ。もちろん殿下の指揮下に入っていただきますが、部隊の指揮官は依然としてアルヴィドソン様にお任せします。軍功に関しては、殿下の正式な即位後に領地を以て報いさせていただきます。それと、兵を五百程私にお預けいただく。この条件で如何でしょうか」


 ここに来るまでの道中で思案していた条件を伝えると、彼は顎に手を当てて考え始める。

 王子が陣を離れる私に何も言わなかったということは交渉条件をある程度私の判断に委任してくれたということだが、この程度ならばどちらにとっても損は無いし無難な落とし所だろう。

 だからこそ、もしこれで難色を示されるようであれば私も腹を括らなければならないのだが。


「承知した。元より我等は王室に仕える者だ。殿下の剣となり、逆賊と戦おう。―――ただし、サフィーナ殿に預ける兵も私がこれまで手塩に掛けて鍛えてきた兵だ。くれぐれも無駄死にさせることは避けてくれ」


 密かな心配をよそに頷いてくれたバルブロだが、彼はこちらをじっと見据えると殺気のようなものを送ってきた。

 戦場に出た経験の無いただの令嬢ならばきっと気絶してしまうくらいの気迫。

 私の前に出ようとしたカルロを手で制すると、表情に微笑を浮かべて彼の目を見つめ返し、それを正面から受け止める。

 部下を思う彼の気持ちはよく分かる、だからこそ正面から受け止めてみせたかった。


「もちろんですわ。殿下とアルヴィドソン様よりいただいた力添え、必ずや有効に生かしてみせましょう」

「人は見かけによらないとはよく言うが、サフィーナ殿はどうやらその極みのようだな。いずれ、指揮を見せてもらいたいものだ」


 軽く笑いながら口にする彼。

 どうやら、眼鏡には適ったらしい。


「勿体ないお言葉です。こちらの軍勢も休息を取らせていただきたいのですが、このまま殿下をお呼びしても構いませんか?」

「ああ。その間に準備はしておこう」

「分かりました。では、また後程お会い致しましょう」


 軽く打ち合わせをして、私は王子に成り行きを報告するために一度別れを告げて馬首を翻す。

 十歩くらい馬を進めると、先程通ってきた街並みに再び足を踏み入れたのだった。


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