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3. 地に花を(2)

現在、アルファポリス様の恋愛小説大賞にベルフェリートに咲く花を応募させていただいております。

バナー欄のリンクから投票が可能ですので、どうか皆様の貴重な票を当作品にいただけましたら幸いです。

 チェレル族を中心として祭りのためにあちこちから集まった諸部族の移動式住居は、然程密集して建てられている訳ではない。

 レヴギルの直属の部下と思しき男達数名によって目の前で何もない場所に移動式住居が組み立てられていくという珍しい光景をカルロや麾下の兵達と共に眺めていた私は、私達のために幾つか設置されたそれらのうちの一つに入っていた。

 残りの分は、ここに滞在する間兵達が休息に使うための簡易兵舎にする。


「カルロ、どうやら今宵は貴方の出番は無さそうよ」

「それは……どのような意味でしょうか、お嬢様」


 使用言語をともすれば日本語以上に魂へと馴染んでいるベルフェリート語へと切り替えた私は、振り返ってカルロに伝える。

 レヴギルとのやり取りは全てチェレル族の言語で行っていたのだ、当然間近で聞いていたカルロにはどのような会話が交わされていたのかさっぱりであるはずだった。


「この地の遊牧民達が指導者を選ぶための儀式でね、すぐそこに山があるでしょう? あの山を馬で踏破するそうなの」

「まさか、お嬢様も参加なさるおつもりですか?」

「さすがはカルロ、話が早いわね。その通りよ、私もヴァトラに乗って彼らの儀式に参加することになったわ」


 幼い頃から共に育ってきただけはあって、さすがに私の言わんとするところをすぐさま察したらしい。

 比翼連理という言葉があるけれど、彼が侍従として支えてくれたから私はこれまで輝いてこられたのだ。


「危険です、私も同行させてください」

「駄目よ。こう言ってはなんだけれど、貴方の馬に速度を合わせていては勝負に勝てない」


 カルロが心配してくれるが故に反対することも私としては想定内だったけれど、事前の想像通りの彼の申し出を私は拒絶する。

 言うまでもないけれど、山中の地形を熟知しているであろうレヴギルと初めてここを訪れる私とでは相手の側に大きなホームアドバンテージがある。

 ましてや満月の蒼い光があるとはいえ、薄暗く周囲を見渡し辛い夜が勝負の舞台となればなおさらのことだった。

 普段から戦場でもスピードで劣るカルロの馬や麾下の騎兵に合わせて、ヴァトラには速度を抑え気味に駆けさせているのだ。

 決してカルロの馬が悪いという訳ではない(むしろベルフェリート産の馬として評価すればかなりの良馬であると言えるだろう)ものの、彼を伴っていては到底勝ち目が無いのが現実だった。

 レヴギルの乗っている馬は騎馬遊牧民選りすぐりの良馬なのだ、それに地の利で劣る状態で勝つためには何もかもを振り切るような勢いでヴァトラの滅多に出すことのない本気を見せつけなくては。


「確かに、私の馬ではヴァトラには追いつけませんが……」

「でも、貴方が心配してくれることはとても嬉しいわ。安心しなさい、明け方には勝者として必ず無事に戻ってくるから」


 身長差があるが故に、私の手は立っているカルロの頭にまでは届かない。

 代わりにその場で背伸びをした私は、彼の頬に両手を添える。

 私のことを心から思ってくれるカルロの気持ちは、素直にとても嬉しかった。


「かしこまりました。私はお嬢様を信じます。学園を出奔なさったあの日以来、信じられないようなことばかり成し遂げられてきたのがお嬢様ですから」

「ふふ、私が思い通りに生きてくることが出来たのはカルロの助けがあってこそよ。もし貴方がいなければ、私は絶対に今日ここまで来られなかった」


 勇猛果敢にしてその剣さばきの乱れることのないカルロの力が無かったとすれば、きっと私はどこかで敗れて前世での最期のように処刑されていたことだろう。

 或いは、何十回も足を踏み入れた戦場のどこかで敵兵の手にかかり戦死していたかもしれない。

 今日栄えあるベルフェリート貴族としてロートリベスタ家の当主にまで昇りつめることが出来たのは、カルロやクララ達の多大な助力あってこそだった。

 なればこそ、私は彼の忠誠と信頼に応えて何としても勝利を持ち帰らなければ。


「勿体ないお言葉です。私はお嬢様にお仕えすることが出来て心から幸せです」

「私もカルロを侍従にすることが出来て心から幸せよ。では、夜までの間侍従としての職務をこなしてもらおうかしら」

「どこかにお出かけに?」

「これは広大な荒野のあちこちから諸部族が集まった盛大な祭りなのよ。せっかくの機会なのにじっとここに引き籠っていては勿体ないじゃない。どこかで必ず物を売ったりしているはずだから、買い物を楽しまなくてはね」


 まあ、カトリーヌ女史の小説の翻訳も今の私がすべきことの一つではあるのだけれど。

 しかしそれは、何が何でも最優先で処理しなければならないタスクではない。

 それよりは、今しか楽しめない遊牧民達の祭りを素直に楽しもうではないか。

 彼らは近い将来私が統べる民となる人々なのだ、その暮らしぶりを自らの目で確かめるという意味でもちょうどいい。


「はい、お供致します」

「そうね。この地の文化や品々は貴方にとっても物珍しいでしょうから、気兼ねなく見聞を楽しみなさい」


 名目上は一応ベルフェリート王国の一部ではあるものの、我が国の法が及ばないこの地は実質的には異国も同然だった。

 そして、その異国は遠からぬうちに我がロートリベスタ家領へと吸収されることによって消滅することになる。

 要するに私達が儀式の行なわれる山の麓で開かれる遊牧民達の祭りに参加するのは、これが最初で最後なのだ。

 そんな場所を見て回ることは、さぞカルロにとっても鮮明な思い出となるだろう。

 素直に祭りを楽しむように告げて私が出口の方に歩を進めると、彼が開けた入り口部分の布を通って私は再び屋外に出たのだった。


 前回顔を合わせた時(即ち降伏してきた際)、レヴギルはおよそ十万の兵を連れてベルフェリート王国へと帰順してきた。

 だが、十万もの人々がいれば必然的にその一人一人に家族がいる計算になる。

 無論のこと兄弟で兵になっているというような例もあるだろうけれど、仮に一人の兵に両親と妻と子供が一人いるという仮定で考えても遊牧民達の総人口は単純計算で五十万に上ることになるのだ。

 必ずしも一つの世帯に子供が一人しかいないとは限らないので実数としてはもっと多いことになるだろうが、ともあれ一見過疎状態に見えるこの荒野にもそれだけの人々が住んでいるのである。

 プラスで、そこに彼らが飼育している家畜の頭数まで足せばなおさら数は膨れ上がる。

 そんな荒野中から諸部族が集まってきているだけあって周囲は見渡す限りどこもかしこも賑わっていたけれど、その賑わいぶりは均等という訳ではなくよくよく観察すると偏りがあった。

 即ち、単純に考えるならばより賑わっている方向が祭りの盛り上がりの中心であるということ。

 そちらに向かえば何かしらの商行為はされているだろうと当たりをつけつつ、私は向かうべき方角を決める。


「ヴァトラ、夜までここで大人しくしていてね。夜になったら、久々に二人で思う存分駆けましょう」


 私は、今しがた出てきた移動式住居の脇でじっとしているヴァトラの首筋を撫でながらそう言い聞かせる。

 こちらが撫でやすいように律儀に頭部を低く下げてくれた我が愛馬は、見事に生え揃った毛を撫でられる感触に気持ちよさそうに目を閉ざした。

 考えてみれば、名馬中の名馬であるこの子も私を乗り手として認め支えてくれた存在のうちの一頭だ。

 確かに意思疎通が出来ていることを感じつつ、手を離した私はもう少し柔らかな毛並みを楽しんでいたいという誘惑に耐えながらもこの場を後にする。

 私達だけが祭りに参加するというのもどうかと思うので、警備のために数十人単位のローテーションを組んで麾下の兵達にも交代で祭りに参加してもいいと言ってあった(もちろんくれぐれもトラブルを起こさないように厳しく言い聞かせて)。

 そのために、歩いていると鎧を纏っているが故に周囲から浮きまくっている人影を所々に見受けることが出来る。

 私のドレスの色を見てかぎょっとしたような反応を見せている遊牧民もいたけれど、少なくとも今のところはこれといったトラブルは起きていないようで何よりだった。

 やがて賑わいのより強い辺りに差し掛かると、そこにはあちこちで物を売り買いしている人々の姿。

 扱われているものは干し肉やチーズなどの遊牧民として一般的なものから、金細工や宝石のようなより文化的な物品の類いまで。

 よく見ると、中には我が祖国たるベルフェリート産と思しき装身具(デザインから見て恐らくそうだろう)も売られていた。

 農耕民から見れば騎馬遊牧民は略奪に明け暮れている非文明的な蛮族だというイメージが強く定着しているけれど、実のところ彼らは機動力を活かした交易による異なる文化間の仲介者という側面も持っている。

 つまりは、彼らの暮らしは貴金属や装身具という概念も存在する意外と文化的なものなのだった。

 私もこれまで見たこともないような遠い異国のものと思しきデザインの道具も売られていたりして、傍らのカルロも驚きと興味に表情を頻繁に揺らめかせている。

 そんなこんなで、人混みをかき分けるようにしてあちこちを見て回る私達。

 多文化的な商品の数々を前にしているとまるで世界がここに凝縮されているかのようで、ウィンドウショッピングをするだけでも楽しかった。

 既にアネットへのお土産はフェーレンダールで買ってあるけれど、使節団の後を託した第三騎士団長と馬に乗れないので馬車の中に置いてきたレナータ嬢への何かちょうどいいものが目につけば買っておくことにする。


「お嬢さん、それを一つ売ってもらえないかしら」


 そして、私が目をつけたのは荷車の上に並べられている珍しいデザインの銀細工の櫛だった。

 第三騎士団長といえば何といってもプラチナブロンドに輝く長髪、そして銀色といえば第三騎士団長である。

 手入れの行き届いたあの長い髪を梳くのに、この櫛はまさしくぴったりなのではないだろうか。

 私は思考の言語モードをベルフェリート語からチェレル族のものに切り替えると、路端に立ってそれを売っているまだ二十歳にはなっていないと思しき少女へと声を掛ける。

 動きやすいように後頭部でお下げ髪のように二つに結ばれた黒い髪に、全身を包む青色を基調とした民族衣装。

 民族的な違い故か少女の背丈はベルフェリート人の女性でも頭三つ分程身長が高かった前世の私と同じくらいはあり、まだ成長期前で小柄な私は見下ろされる形になった。


「ちゃんと対価を払ってくれれば別にいいけど、あんたがサフィーナ?」

「あら、私のことを知っているの?」

「そりゃ、真っ赤な服を着た金髪の小さな女の子って言ったら有名だからね。何しろ、あのエドゥレンに勝ったって」

「それは光栄ね。いかにも、私がサフィーナよ」


 私が戦場でわざわざ目立つ華やかなドレスを纏っている理由の一つは敵に対して私の存在を印象付けるためというものがあるけれど、どうやらその目論見は遊牧民の人々に対しても成功しているようだった。

 真紅のドレスと結い上げたブロンドの髪を見て私の正体に気付いたらしい少女に対して、私はいかにもと名乗ってみせる。


「ふうん、もしかして今夜の儀式に参加するとか?」

「鋭いわね、その通りよ。私は今宵の儀式でエドゥレンと勝敗を競うわ」

「えっ、本当に出るの!? それはびっくりだけど、きっと無理だよ。いくらサフィーナでも、儀式であの人に勝てる訳ないよ」

「自分で言うのもなんだけれど……こんな華奢な娘が率いる軍勢を相手にエドゥレンが敗れると貴女達は想像したことがあったかしら?」

「それは……確かに今でも信じられないけど」

「そうでしょう? だから、夜明けを楽しみにしていて頂戴な。明日の朝、貴女達の上に君臨しているのは私よ」


 少女を相手に雑談を交わす私。

 今のような立場になると、こうして気を遣われずにざっくばらんな会話をする機会もなかなか無いものである。

 この辺りの素朴さは何とも騎馬遊牧民らしいと感じつつ、私はこちらの正体を知りながらも態度を変えることのない少女とのコミュニケーションを楽しむ。


「自信があるのはいいことだけど、儀式は時々死人も出るくらい危ないからね。エドゥレンはもう慣れてるから暗くても平気だろうけど、サフィーナは初めてなんだし気をつけた方がいいよ」

「忠告ありがとう。あの山の中には危険な獣でも棲んでいるの?」


 例えば、大規模な狼の群れが暮らしているだとか。

 だとすれば、護衛であるカルロを伴わない以上非力な私は狼避けの対策を何か自力で用意しておく必要があるのだけれど。

 或いはわざと縄張りに踏み込んで追い駆けられる形を作っておいて途中で上手く獣達のターゲットをレヴギルへと変えさせ、その隙に距離を稼ぐといった戦術も考えられる。

 いくらヴァトラの健脚ぶりを全面的に信頼していると言っても、相手の側に大きなホームアドバンテージがある以上それを埋める努力もするべきだろう。

 私がこうして買い物に出てきたのは、儀式に関しての具体的な情報を人々の口から収集するためでもあった。


「ううん。特に危険な獣はいないけど、途中に深い崖があるんだよ。暗くて地面が見辛いから、一歩踏み間違えたら真っ逆さまって訳」

「かといって、崖を大きく迂回していると走らなければならない距離が膨らんで相手に置き去りにされてしまう。崖っぷちぎりぎりを駆ける勇気がある者が勝者となる儀式ということかしら」

「そういうことだね。だからあたし達は儀式の勝者を尊敬して、支配者として認めるんだよ」

「話が分かりやすくていいわね。私は農耕民だけど好きよ、そういうの」


 貴族社会であれば散々根回しを行って多数の人物の利害調整をしてようやく事が動かせるかどうか、というのがここではただ一駆けで何もかもが片付くのである。

 両者を比較すればこちらの方が実にシンプルというか、同じ政治という行為をするにしても遥かに苦労が少なくて好ましかった。


「サフィーナってそんな人だったんだね。貴族って言うからもっと偉そうな性格を想像してた」

「ふふ、私は貴族としては変わり者だと思うわよ。私の国でも、普通の貴族は大抵貴女の想像する通りの性格だもの」


 日本人として封建社会でも遊牧社会でもない全く別の社会構造を経験している私は、生まれながらにしてどっぷりと封建社会の海に浸かっている貴族達の中では異端者と表現しても過言ではないくらいに変わり者の類いだろう。

 思わず悪戯げな笑みを浮かべながら私が言葉を返すと、少女も快活そうにあははと笑った。

 公の場では間違っても口に出来ないような発言だが、今はある程度立場を忘れて砕けることが出来る。

 それに、今のうちに『貴族らしくないサフィーナ像』をこの地の人々の間に広めておけば後々の統治にもプラスになることだろう。

 ――そんな打算込みで気さくに振る舞ってみせている辺りは、私もれっきとした貴族的思考の持ち主と言うことが出来るのだろうけれど。


「へえ。偉そうな貴族が支配者になるのは嫌かもってちょっと思ってたけど、サフィーナみたいな性格ならエドゥレンに万が一勝っても安心かも」

「そう。では、儀式の時は私を応援してくれる?」

「それはどうかな。あたしはエドゥレンのことを尊敬してるから、サフィーナの味方は出来ないかも」

「残念ね。賭けを打つならば今のうちよ?」

「どういうこと?」

「もしエドゥレンが勝った場合、貴女が誰を応援していたとしても貴女の暮らしは良くも悪くも変化しない。せいぜい、少し肩身が狭くなる程度でしょう。けれど、私が勝った場合を想定してみなさいな」


 私はちょっとした謎掛けを少女へと出題する。

 いくらまだ年若いとはいえ商いを営む者ならば、これくらいの損得勘定は出来てほしいものだけれど。


「要するに、貴族らしくなく見えてもサフィーナもしっかり貴族だってこと?」

「まあ、そのような捉え方も間違ってはいないでしょうね。私は紛れもなく栄えあるベルフェリート貴族の一員よ。如何にそれらしくなく感じられてもね」

「あ、その言い方は確かに貴族っぽいね! でも、そういうことならあたしもサフィーナに一枚噛んでみようかな。何か欲しいものはある? あたしに出来るものなら用意するよ」

「あの山の中についてのより詳しい情報を。それから、何かベルフェリート人の女性が喜びそうな珍しい商品はあるかしら。あれば買わせてもらうわ」


 儀式の舞台となる山に関する情報と共に、私はレナータ嬢へのお土産にちょうどいいものが無いだろうかと尋ねてみる。


「情報って言っても簡単な地形図くらいしか持ってないけど、それでもいい?」

「それで十分よ。無いのと比べたら十分過ぎるくらいにありがたいもの」

「じゃあ、さっきの櫛とこれと……。あんたの国の女の人が好きそうなものっていうと、宝石とかかな?」

「確かに宝石も好まれるけれど、私が渡そうと思っている相手にはそれよりも日用品の類いの方がいいかしらね」


 荷車の中を覗き込んで少し中のものを漁ると、少女は一枚の紙を取り出す。

 紙と言っても木材を原材料として作られた私にとって馴染みのあるものではなく、獣の革を鞣して筆記具としての用途を果たせるようにされたものだったけれど。

 ともあれそれと第三騎士団長のために買っていくつもりの櫛を並べて置くと、彼女はレナータ嬢へのプレゼントについて尋ねてきた。

 未だ庶民感覚が抜けることのないレナータ嬢の性格からすると、宝石などをお土産として渡してもかえって恐縮されてしまいそうである(先日の剣技大会でカルロと第三騎士団長のダブル優勝に大金を一点賭けした私の懐は全く痛くないのだけれど)。

 そう考えれば、日常生活で使ってもらえそうな品物の方が彼女には素直に受け取ってもらえそうだった。


「日用品、ねえ。それじゃ、これなんてどう? 南東の方にある国から交易で流れてきたやつなんだけど」

「これは……花瓶かしら」

「あたし達は花をわざわざ摘み取ったりなんてしないけど、あんた達はそれが好きなんでしょ?」

「わざわざ咲いている場所まで見に行くよりも、花瓶に活けておいた方が楽だもの。その辺りは、私達と貴女達との生活様式の違いね」


 野外を馬で駆け回っている遊牧民からすれば、花とはどこにでも咲いていてその気になれば気軽に見に行けるものである。

 しかし街中で暮らす農耕民にとっては、わざわざ見に行く手間をかけるよりも摘んできて花瓶に活けて楽しむ方が気軽なのだった(もっとも貴族の場合は庭を造園させて窓から見下ろして楽しんだりも出来るのだけれど)。

 この価値観の差は、お互いの生活様式の相違に起因しているものだと言えるだろう。


「ともあれ、これなら彼女も喜んでくれそうね。買わせてもらうわ」


 少女が取り出したのは、ベルフェリート風ともフェーレンダール風とも全く異なったデザインで装飾が施された白い花瓶だった。

 見た目はもちろんのこと陶器としての出来も上質と言え、貴族が自室に飾っても全く恥ずかしくない逸品である。

 花瓶は庶民の女性でも持っていて珍しくないものであるし、これならばレナータ嬢にお土産として持ち帰っても喜んで受け取ってくれるのではないだろうか。


「それじゃ、商品はこの三点でいい?」

「ええ。おいくらかしら?」

「貴族だったら何か珍しいものを持ってるでしょ? それと交換でいいよ」


 常日頃であれば買い物は商人を呼びつけるか侍女に代わりに行ってもらうかのどちらかであるため、こうして自ら出向いて価格交渉をする機会もなかなか無いものである。

 元々はビジネスの世界に生きていた者として、交渉事はそれなりに好きなのだけれど。


「珍しいもの、ねえ。珍しくはないかもしれないけれど、これでは不足かしら」


 もちろん私も貴族であるからには珍しいものの一つや二つ保有していない訳ではないとはいえ、それを常に持ち歩いているかといえばまた話は別である。

 現時点での手持ちの中にはこれといって特筆に値するようなものが無かったので、私は代わりにベルフェリート王国の金貨を何枚か取り出す。


「これって、確かあんたの国の貨幣だよね。本物の金なの?」

「無論よ。我が国内の金鉱山で産出された金が用いられているわ。純粋に貴金属として見てもそれなりの価値があるはずよ」


 近隣諸国の中で鉱物資源といえばフェーレンダールが名高いけれど、我が祖国とて金を産出しない訳ではない。

 自国の貨幣の原材料を輸入に頼らずに賄える程度の鉱山はベルフェリート国内にも存在しているし、いずれより近代的な方法で調査をすれば未だ発見していない鉱脈も幾つか見つかるだろう。

 単なるメッキの類いではなくれっきとした金を用いて鋳造しているのだから、遊牧民達との交易でも対価として十分であるはずだ。


「じゃ、これで取引成立だね。持っていって」

「そうね、お互いにいい売買だったのではないかしら」


 少女が今しがた購入した三つの品物を手に取って差し出してくると、言語の違い故に会話の内容こそさっぱりでありながらもその仕草から状況を読み取ったらしいカルロが私の代わりにそれを受け取る。


「それでは、私達は適当に商品を見て回るわ。貴女も、今夜の儀式ではぜひ私を応援して頂戴ね」

「うん、ちゃんと見させてもらうよ。もしエドゥレンに勝てなくても、初挑戦で二位でも十分凄いんだから頑張ってね」

「ふふ、私は勝利の栄誉を掴み取ると言っているでしょう? こんなところで嘘を吐く理由なんて無いわ」


 そんなやり取りを交わしつつ、笑顔で別れる私と少女。

 周囲には人影が密集しているために、その中に紛れて彼女の姿は少し離れるとすぐに見えなくなる。

 さてこれで、買い物に出てきた目的の一つである二人へのお土産は確保することが出来た。

 後は更なる情報収集がてらにしばらく周囲を見て回り、頃合いを見て切り上げたら夜まで休むことにしよう。

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