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1. 再びの荒野に

現在、アルファポリス様の恋愛小説大賞にベルフェリートに咲く花を応募させていただいております。

バナー欄のリンクから投票が可能ですので、どうか皆様の貴重な票を当作品にいただけましたら幸いです。

 ベルフェリート王国の使節団と別れてそのまま真南に進んでいけば、必然的にその先にはこの間までの戦乱によって新たに我が国の一部となった広大な荒野が広がっている。

 麾下の兵達を率いて疾駆しているうちにいつしか街道は途絶え、私の目に映っているものは何にも遮られることのない石と砂の世界。

 大雑把に表現するとすれば、現在私達がいるのは国土の南東部ということになる。

 私が王都に戻る前にどうしても解決させておきたい問題は、およそ農耕民が居住するには全く適していない環境であるこの地に存在していた。


「そろそろかしらね」


 規則正しい蹄の衝撃に身を任せている私は、カルロにともヴァトラにとも特に決めることなく呟く。

 いくら不毛な世界が広大なものだとは言っても、そこに限りはあるのである。

 こう何日も駆け回っていれば、何かしらの集団の一つや二つとそろそろ遭遇してもおかしくはなかった。

 定期的に馬を休ませながら進み続けていると、やがて地平線の向こうに数百頭にも上る馬群が見えてくる。

 数百頭と言えば多いようにも感じられるけれど、規模から見てせいぜい一家族程度の人数で遊牧を行っている人々だろう。


「あ、貴女は!」


 エルリックとの別れを済ませれば、最早礼服を纏っている必要はどこにもない。

 馬群の方へと真っ直ぐに近付いていくといつもの真紅のドレスに身を包んでいた私の姿を馬上に認め、向こうが驚愕の様子を見せた。

 私の真紅のドレスというのは味方を鼓舞するためであると同時に、敵に私の存在を知らしめて畏怖を覚えさせるためのものでもある。

 この荒原の覇者たるレヴギル自ら率いる軍勢が散々に撃破された記憶は彼らにとってまだ真新しいものであるはずである、その当事者が再び姿を見せたとなれば驚かれるのも当然のことだろう。

 私としても、わざわざ自己紹介をする必要が無く済むので話が早い。


「チェレル族の長エドゥレンに会いに来たの。彼の居場所を教えて頂戴」


 軽く首筋を撫でて数百頭の馬群のどの馬よりも大きな体躯を誇るヴァトラを男の目の前で停止させると、私は今しがた驚きの声を上げた男に訊ねる。

 私がわざわざ使節団から離脱するという政治的リスクを犯してまでこんな辺境まで足を運んだのは、戦乱が終結した際に別れて以来である彼に会うためだった。

 フェーレンダール滞在中にクララがわざわざ運んできた知らせ、この地を領土として与えられた貴族との間で起こっているという諍いを解決するためである。

 私に名指しでどうにかしてほしいという書簡が送られてきたのだから、ここで見事に問題を解決してみせれば私の政治的手腕を貴族社会に広く知らしめることが出来るという訳だ。

 幸いにして、方法はもう思いついている。

 レヴギルは私にしか従う義理は無いと主張しているそうだが、それは裏を返せば私の言うことにならば従うということを意味している。

 農耕民の領主と遊牧民の領民、放っておいては軋轢が今後も続くことは目に見えているのだから彼らを我がロートリベスタ家領に引き取ろうと思うのだ。

 そうすることでこの地の領主には恩を売ることが出来て戦乱が収まったことでこれからの主戦場となるであろう政争の際にカードの一つとして使えるし、短期的に見ても有事の際に彼らを動員出来るようになることで軍事力が大幅に強化されるという大きなメリットがある。

 これはひとまず正使となって一時的に王家の後ろ盾を得ることで問題を先延ばしにしているとはいえ、領土の広さに対しての絶対的な兵数の少なさに頭を悩ませている現在の私にとっては願ったり叶ったりというところだった。

 問題は、特に連絡を取り合っていた訳ではないので当のレヴギルの居場所が分からないということである。

 得てして騎馬遊牧民というのは季節によって飼っている家畜の餌場を変えるために移動するもの、原則として家という固定的な帰るべき場所を持っている農耕民とは根本的に生活様式が異なっているのだ。

 なので私は、荒野の中で適当な遊牧民を見つけて彼の居場所を尋ねなければならなかった。

 そして荒野へと私達が足を踏み入れてからたまたま最初に遭遇したのが、現在目の前にいる小集団だった。


「エドゥレンの居場所は分かりませんが、チェレル族ならば今の時期はここから西に滞在しています」

「そう、ありがとう」

「よければ馬乳酒を出しますが」

「いえ、気持ちだけ受け取っておくわ。急いでいるから、また機会があればいただこうかしら」


 当然のことだが、同じ騎馬遊牧民という生活形態を取っていても部族が異なれば使用する言語も異なることになる(とは言っても遊牧民同士では相互の接触も多いので互いの言語をある程度使えることが多くコミュニケーションにさしたる問題は生じないのだけれど)。

 どうやら違う部族に属しているらしくレヴギルが用いていたそれとはまた別の言語で言葉を返してくる男に対して、私はその言語に頭の中のスイッチを切り替えてやり取りをしていく。

 私も実際に密接に関わったことがある訳ではないので本で読んだ知識だけれど、この地の騎馬遊牧民達は客人へのもてなしを重んじる文化を持っているらしい。

 馬乳酒をこちらに勧めてくる男の好意をなるべく早く用件を済ませなければならないので気持ちだけ受け取っておいた私は、再びヴァトラの背を撫でて意志を伝えるとレヴギルがいるという西の方向を目指して疾駆し始めた。


 ある場所を起点として西という方角が限定されたとしても、如何せんこの荒野は広大でありそれだけの情報で目当ての人物にまで辿り着くにはあまりに漠然としている。

 とはいえ情報集めを続ければ次第にターゲットが絞り込めてくるものであり、幾度か偶然に遭遇した集団と同じようなやり取りを続けた私はレヴギルがいるだろうおおよその場所の見当を既につけていた。

 ついでに頭の中にここまで通ってきた道の地形図を頭の中に構築して記憶しつつ、私達は割り出した一点を目指していく。

 時折街に立ち寄ったり遊牧民に分けてもらったりして食料と飲み水を補給しながらではあっても、一度目的地が定まりさえすれば遮るものが無いが故に進撃は実に速い。

 すると、やがて遠目には遥か地平線を埋め尽くさんばかりの莫大な数の馬の群れが姿を現す。

 ベルフェリート王国を含む農耕民社会において金銀財宝の類いがその持ち主の権勢を示すように、遊牧社会では保有する家畜の頭数が権勢の大きさを測るバロメーターの一つとなる。

 即ち、見渡す限り到底数えきれないくらいの馬群はその持ち主がそれに相応しい程の有力者であることを意味していた。

 生憎と私は現在のこの地の遊牧民の権力構造には詳しくないものの、私が知っている荒野の権力者といえばただ一人しかいない。

 ここまで集めてきた情報を総合すると、目の前の大規模な集団こそがレヴギルが率いる部族である可能性がかなり高いと言えるだろう。

 そもそもが、大まかな人口試算からして彼の部族以外にこれ程の規模の集団が存在しているとは思えない。

 そして当然、こちらが土煙を派手に立てながら接近していけば相手も私達の存在に気付くことになる。

 色彩感に乏しいこの荒野には似つかわしくない鮮紅に多くの衆目を集めていることを感じながら、私は構わずヴァトラを疾駆させる。

 クララがくれたドレスの印象は彼らに嫌という程に記憶されているだろう。

 今頃レヴギルの元には私が近付いてきているという報告が届いているのではないだろうか、或いはあちこちの集団に訪ねて回ったことで既に報告が行っているかもしれない。

 私としては、レヴギルに会うという目的さえ果たせるのならばどちらでも構わないのだけれど。

 ともあれ既に私に対して降伏していることもあってか、大集団はこちらに対して特に警戒するような様子を見せない。

 或いは私達が少数であるが故に数を頼んでいるのかもしれないけれど、それもまたどうでもよいことでしかなかった。


「確か……サフィーナだったか。お前も月の祭りに加わりに来たのか?」

「祭り? そう、だからこれ程の人数が集まっているのね。私はエドゥレンに会いに来ただけよ、彼に取り次いで頂戴」

「分かった、ちょっと待ってろ」


 そうしているうちにコミュニケーションが可能な距離にまで近付くと、私の名前を発音し辛そうに口にしたチェレル族の一員と思しき男が尋ねてくる。

 どうやら、今チェレル族は祭りの真っ只中らしい。

 農耕民にも例えば収穫祭のような年中行事があるので、恐らくはそれの遊牧民版のようなものなのだろうけれど。

 だが祭りの時期と私の来訪が重なったのは全くの偶然であり(そもそも私は現在祭りが行われていること自体知らなかったのだ)、単にレヴギルに会いに来ただけに過ぎない。

 男に対して私が酋長に取り次ぐように言うと、彼は少し待つように告げて山を背に設置された無数の移動式住居の中へと消えていく。

 遊牧民の日常を実際に観察する機会など滅多に無いので、近くで見ればなおのこと壮観な目の前の光景を眺めて待つことにする。

 カルロや我が麾下の兵達も、物珍しさと圧巻さとが入り混じったような感覚で各地から集まってきたのであろう膨大な人間と家畜とに目を奪われているようだった。

 これだけの絶対数を領内に移住させるにはどれくらいの土地が必要だろうかと頭の中で計算しつつ、私はかえってこの地では珍しいだろう私達の装いを見て目を丸くしている遊牧民の子供に向けて笑顔を向ける。

 すると、その女の子は泣きそうな顔をして逃げるように走り去ってしまった。

 ……そんな反応をされるのは私としては実に不本意なのだが、私はこちらでも『血塗れ女候』と似たような異名で呼ばれていたりするのだろうか?


「俺に何の用だ?」

「久しぶりね、エドゥレン。貴方を探していて随分と駆け回ったものだから、まずは馬乳酒でも貰えないかしら」

「ああ、構わん。こっちだ、ついてこい」


 そんなことをしながら戻ってくるのを待っていると、ヴァトラと然程変わらない体躯の馬に乗ってその筋肉質な姿を見せたのはレヴギル張本人。

 無論のこと、重要な話を衆目のあるこの場所で行う訳にはいかない。

 馬乳酒がほしいという要求を建前として二人きり(正確にはカルロが控えているので三人だけれど)になれる機会を暗に用意するように伝えると、それをきちんと察してくれたらしいレヴギルは頷くと馬を翻す。

 いくら遊牧民の社会が農耕民の社会程には階級制度がはっきりと発達していないとはいえ、荒野の覇者である彼の進む道を遮る者などいるはずもなく。

 人馬の群れの中に拓かれた道を、レヴギルの私の何倍も大きいだろう背中に続いて私達は進んでいったのだった。


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