23. 決勝(1)
再開された剣技大会において、カルロも第三騎士団長も順調に勝ち進んだ。
こういった大会では大規模な賭け事を非公式に開催する者達(地球でいうブックメーカーのような)が出てくるのも常であるが、一瞬で勝負を決めてしまう圧倒的な強さ故に二人の試合ではまともに賭けが成立しなくなっているという。
――ちなみに、まだ予選が始まる前の時点でカルロと騎士団長が揃って優勝するという目に大金を賭けておいた私は大儲けが確定しているようなものなのだけれど。
ともあれ、今日は決勝戦が行われる日。
私が失踪していた影響で本来よりも十日近く遅れたその舞台に、見事二人は揃って勝ち残っていた。
「我が国と貴国、どちらが強いか勝負のようなものだな」
それがどんな椅子であっても自分が座ればそれが玉座となるのだとばかりに傲慢に足を組んで背もたれに身を預けたエルリックは、まだ主役たる四人が登場していないアリーナを見下ろしながら隣にいる私へと向けて告げる。
カルロと第三騎士団長が決勝まで勝ち進み、もう二人の決勝進出者はどちらもフェーレンダール人。
彼の言う通り、これから行われようとしているのはベルフェリート王国とフェーレンダール王国との威信を賭けた試合であると言っても過言では無かった。
「仰せの通りですね。我らが勝たせていただきますが」
単純にベルフェリート人であるからには勝ちたいというのもあるが、それ以前にこちらには勝利する必要性がある。
大会が順延されたのが正使たる私の唐突な失踪のせいである以上、何が何でも優勝を勝ち取って我が国の国威を保たなければならないからだ。
やむを得なかったとはいえ、私が失踪したことが貴族として大きな失態であることは言い逃れようのない事実。
そうであるからには優勝という華々しき栄誉で失態を埋め合わせなければならないという、ごく単純な足し引きだった。
「ふむ、そう上手くいくかな」
「予言しましょう――ベルフェリートが二勝すると」
「それは神の言葉か?」
「いいえ。しかし、神のお力をお借りしております。今、私には未来が見えておりますの」
私の目論見によって婚姻反対に転じた神殿をかなり厄介がっているエルリックは、神がかっているふりをする私に鋭い目を向けてくる。
彼とラファエルは現在、反対派である神殿と反国王派貴族への対処に追われているのだ。
だが、先に外堀を埋めようとしてきたのはそちらなのである。
私はその意趣返しをしたに過ぎない、文句を言われるような筋合いは無かった。
もっとも、向こうもそれが分かっているから直接私に文句をつけてきたりはしないのだろうけど。
「ならば、我が国が一勝でもすれば私は貴国に国書を送りつけるとしよう」
「構いませんわ。そのような未来は見えませんもの。陛下が国書を認める未来も」
「馬鹿馬鹿しい。単に未来など何も見えていないだけだろう」
「陛下は信仰心がお薄くいらっしゃるのですね。二人は必ず勝ちます、私には鮮明に見えますわ」
挑発するようなエルリックの言葉に、挑発で返す私。
確かに彼の言う通りそれ専用の機械も着けていない今の私には未来など見えはしない。
だが、私はあれ程の実力を持ったカルロと第三騎士団長ならば必ずや勝利してくれるだろうと確信していた。
私がしているのは予知でも予言でもない、今までに私の命を救ってくれたこともある二人への信頼だった。
「くく……まあ、すぐに分かるか」
「ええ、試合を見るのが楽しみですね」
仮に私が予言を外せば、太陽の聖女と呼ばれているという私の宗教的権威は一気に落ちることになる。
そうなれば連鎖的に神殿の反対する力も落ち、私への求婚の国書を認めやすくなるということだ。
そういった意味において、これは私とエルリックとの賭けでもあると言って構わなかった。
結果はそう遠からぬうちに、遅くとも今日中には分かることになる。
逆に言えば私が賭けに勝てばエルリックは今以上に国書を認め辛くなるということでもあるため、こちらにとってもメリットは大きい。
何も、笑顔とは親睦を示す意図ばかりが籠められたものではない。
私達が攻撃的な笑みを向け合いながら会話に興じていると、しばらくして平民部門の決勝の開始が告げられる。
うおぉーっと盛り上がる場内、当然の如くに満員の客席。
VR技術も無いこの世界において、こうしたイベントは人々にとってお祭りのような娯楽なのである。
まして決勝ともなればなおさらのことだった。
アリーナを挟んで、反対側からカルロと対戦相手とが馬に乗って姿を現す。
すると全般的にはフェーレンダール人である対戦相手への声援が多いのだが、貴族の令嬢達が陣取った一角からカルロに対しての黄色い声援が上がる。
幼い頃から見慣れている私から見てもカルロの容姿は優れている、その彼の顔貌はこの国の令嬢達の心を射抜くには十分なものだったということだろう。
ともあれいよいよこれで優勝が決まる、相手とて決勝まで勝ち残ってきたのだから決して弱くはあるまい。
それでも、私の侍従が敗れるなどとは微塵も思わなかった。
何しろあれ程の強さを誇っているのであるし、私とて食事等の面で様々とサポートしてきた。
私とカルロの絆に、死角などどこにもありはしない。
一定の距離を開けて向かい合うと、剣を鞘から引き抜く両者。
すると、気圧されたような様子を一瞬見せる対戦相手。
とはいえそこは相手も決勝まで進んできただけはあり、すぐに体勢を立て直すと殺気を放ち返した。
しかし、何事も無かったようにそれを受け流すカルロ。
第三騎士団長の本気の威圧を戦場で受けたこともあるのだ、それと比べればこの程度彼にとっては児戯にも等しいだろう。
「今のところこちらが優勢のようですわね」
「真剣勝負だ、やってみるまで分かるものか」
挑発するように言うと、高慢な口調こそいつも通りながらも表情から余裕がわずかに失せているエルリック。
二人の様子を見ていれば、こちらが優勢であることが嫌でも分かったのだろう。
ともあれ、そんな私達をよそに眼下では試合の開始がいよいよ告げられる。
馬の腹を蹴って、急速に相手へと接近していく両者。
一撃必殺、とばかりにカルロが右斜め後方に振り上げた剣を猛スピードで相手へと向かって振り下ろす。
恐らく、重力による助けも得て瞬間的な最高速度は三百キロにも達しているのではないだろうか。
剣技大会における今までの戦いでは、カルロによる一撃に反応出来る者はいなかった。
けれどもさすが決勝まで来たと褒めるべきか、対戦相手は私の動体視力では視認するのがやっとな一撃を辛うじてといった様子ながらも受け流してみせる。
そして両者はそのまま馳せ違い、馬を反転させて再び彼我の距離を急速に縮めていく。
縦に振り下ろす攻撃が駄目ならば横に。
今度は横薙ぎに振るわれたカルロの剣を、しかし相手はそれをもどうにか防ぎきる。
その後も圧倒せんばかりに一方的に攻撃する我が侍従、だが一見押しまくられているように見える相手を観察していて気付く。
彼は防戦一方に追い込まれているのではなく、意図的に防御に徹しているのだと。
彼我にかなりの実力差が存在している以上、対等に打ち合っていては到底勝機は無い。
そうであれば、防御に徹しながら相手の隙を窺った方が勝利の目が大きいという判断なのだろう。
実際、その判断はカルロの剣を誰よりもよく知っている私から見ても間違っていない。
カルロの剣の最大の長所はスピードだ。
自分から攻撃をせずにひたすら待ちに徹していれば、そのスピードに追いつくことは然程難しいことではない。
そして、防御と攻撃とでは攻撃の方が消費する体力が大きい。
つまりはこのまま戦い続ければカルロの方が消耗が激しくなるということであり、相手は消耗しきったところでの反撃を狙っているのだろう。
彼我の実力差を正確に理解して自らの勝率が高い作戦を立てられるというのは、それだけの能力を持っているということだ。
既に打ち合いは十合を超えている。
一方的にしか見えない展開に、場内からはブーイングと黄色い歓声が上がる。
とはいえ、カルロ程の剣速の攻撃をすんでのところで防ぐのだから相手の度胸も相当なものだと言えた。
このまま打ち合いを続ければじり貧なのは本人も分かっているだろうが、果たしてカルロはどうやって相手の整った防御を崩すつもりなのか。
お手並み拝見といった気分で私は観戦する。
「お前の侍従は攻めきれておらぬな。私の勝ちももうすぐか」
「彼ならばどうにかしてみせるでしょう。それ程攻撃一辺倒の剣士ではありませんわ」
戦況を正確に見定めているらしいエルリックが陰っていた自信を再び取り戻したように言うが、それに対して私は特に表情を変えずに言い返す。
例えばこれが陛下であれば圧倒的な剣圧で防御の上から相手を吹き飛ばしてみせるだろうが、クララはそういったタイプの剣士ではない。
その気になれば駆け引きが出来るだけの柔軟さは幼い頃に教え込んでいるし、後はいつそれを発揮してくれるかだ。
馬頭が翻り、また両者の剣が甲高い音を立ててぶつかり合う。
一方的に攻撃をしていても、肩で息をし始めているカルロが疲れ始めているのは見る者が見れば分かる。
彼が仕掛けるとすればそろそろ頃合いだろうか、一体どんな仕掛けを見せてくれるのか私も観戦してどきどきとしていた。
回数二十を超えた打ち合い、そこでカルロの腕が不意に速度を落とす。
相手は当然ながらそれに反応して弾き返すが、カルロの剣は一転して弧を描くようにするりと虚空を切り裂きながら相手の横腹を覆う鎧を打つ。
脇腹に衝撃を受けて体勢を崩す対戦相手。
ここが勝機だと判断したのだろう、乗っていた馬の背を蹴って後方にバク宙したカルロは空中で相手と正面から向かい合う体勢になると大上段から剣を振り下ろして鎧の正面を切り裂く。
そして左足で相手の右腕を蹴ると今しがたまで打ち合っていた剣を取り落とさせる。
最後に、何事もなかったかのようにしゅたりとアリーナの地面に着地。
未だ馬上にいるのは相手ではあるが、果たしてどちらが勝者であるのかは観戦していた誰の目にも明らかだった。
「大した身体能力だな。曲芸師にもなれそうだ」
「ふふ、我が自慢の侍従ですもの。これくらい当然ですわ。それに、この結果になることは初めから見えていました」
最後の動きは、同等の実力を持つ剣士であっても陛下や第三騎士団長には真似出来ないだろう(クララならば余裕で再現してみせるだろうが)。
それを目の当たりにして、エルリックは悔しがるどころか感心したようにアリーナを見下ろしている。
ともあれ、これで剣技大会の平民部門の優勝者はカルロということになる。
褒美は何がいいだろうかと考えつつ、私は表彰のセレモニーの準備が進んでいく眼下を眺めたのだった。
当然、その中心には私の侍従であり見事に優勝の栄光で私の失態を取り返してくれたカルロの姿。




