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16.侯爵家の秘密(10)

お久しぶりです。

少しお休みをいただくつもりだったのですが、少しと申すにはいささか長くなってしまいました。

休養の間は創作から完全に離れていたのですけれど、昨夏同人サークル「Sequela Lunae」を結成したことを機に創作活動を再開しました。


皆様をお待たせしてしまったお詫び……になるかは分かりませんけれど。

5章5話の戴冠式にてサフィーナが演奏したピアノ協奏曲を書きましたので、よろしければお聴きくださいませ。

さすがに10分のカデンツァは再現しませんでしたが、それ以外の部分は演奏時間も含め全てサフィーナの楽想に忠実に仕上げました。

ピアノを演奏するサフィーナのイラストは、共にサークル活動をしている相方による描き下ろしです。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm33748094


現在私は所属するサークルにてテキスト、音楽、スクリプト、ウェブデザインを担当しております。

先日のAPOLLO 08では作詞/作編曲を手掛けたコンセプトアルバム「Sepulcrum」を頒布しました。

今もBOOTHで通販をしておりますので、こちらもぜひどうぞ。

ゴシックメタルを中心に17曲収録、総演奏時間94分9秒のフルアルバムです。

試聴もございますので、お聴きいただけましたら幸いです。

http://www.sequelalunae.com/Sepulcrum.html


そして今はAPOLLO 09で頒布予定の東方projectのアルス・スブティリオル風アレンジアルバム(タイトル未定)と、女神と恋するADV「Sortis」を並行して制作中です。

それらの作業量が膨大なので往時のような毎日更新は難しいですけれど、週に一度の更新はしていけるようにベルフェリートも再び書き進めていく所存です。

書籍化を目指してこの作品の執筆にも全身全霊で取り組みますので、改めてよろしくお願い致します。

「さて……参りましょうか、カトリーヌさん」


 私の不在は、カルロの欠場によって否が応にも知れ渡ることになる。

 今頃、都城では私の姿を探して大騒動になっていることだろう。

 ベルフェリート王国から私と共にやって来た使節団はもちろんのこと、同盟国からの正使の行方が知れなくなったフェーレンダール王国の首脳陣ももしも私の身に何事か起きていたらと考えると気が気ではないはずだ。

 血相を変えている第三騎士団長やエルリックの表情が目に浮かぶようである。

 敢えて何も告げずに単独行動を取ったが故に多大な心労をかける形になった彼らには申し訳ないと思うけれど、これが現状私に降りかかっている事態を最も穏便に片付けるための手段なのだから許してほしいところである。

 ともあれ、怒られることを覚悟しつつも出立のための準備を済ませた私は今回の事件の当事者の一人であるカトリーヌ女史を促していた。

 紫のドレスを纏い貴族の女性らしく着飾った彼女に続いて私がカルロのエスコートで馬車へと乗り込むと、私達を載せた木造の車体はゆっくりと動き始める。


「サフィーナさんも分かっているでしょうけど、あの男はただ陛下と幼馴染というだけで我が国の宰相を務めている訳ではないわ。紙切れ一枚でどうにかなるとは思わないことね。もっとも、聞こえてきた『血塗れ女侯』の噂でさえ色褪せて感じられる貴女には要らぬ忠告かもしれないけど」


 往路でも目にした景色が窓枠の外を流れていくと、ふとカトリーヌ女史が期待と諦めとが入り混じったような微笑みを見せる。

 仮にここが遺伝子関連の科学技術が発達して以降の地球であったとすれば、ラファエルとカトリーヌ女史の血縁関係を証明するなどごく容易いことだっただろう。

 単にDNAを検査して一致度を判断すればいいだけなのである、わざわざ最先端科学を用いるまでもなくとうに枯れ果てた技術で十分過ぎるくらいだ。

 しかしながらここは地球ではなく、文化水準も遺伝子という概念が登場することでさえもまだまだ程遠いレベルである。

 無論のこと今から検査キットを作っていてはあらかじめ設計図を知っていても何年を要するか分かったものではないし、現在私が置かれている状況において科学的なアプローチから母子を和解させることは不可能だと言っていい。

 なればこそ、カトリーヌ女史が口にした懸念は至極もっともなことだった。

 そもそも論として、如何に主張の証拠たり得る書類と言えども彼女が口にしたように紙切れ一枚でどうにかなる問題ならばここまで抜き差しならない状況にまで悪化したりしなかったはずなのである。

 カトリーヌ女史はさすがラファエルの母と評すべき非常に頭脳明晰な人物である、その程度で片がつくのならば彼女自身がとうの昔に解決していただろう。

 最早並大抵の手段ではどうすることも出来ないからこそ、こうして私が巻き込まれる羽目になっているのだ。


「ご安心ください。正しきことは神が証明してくださいます」

「神が? ふふ……大空の輝きが正義を導いたりしないことなど、貴族である貴女ならばよく分かっているのではないかしら」

「あら、神が正しきを証明してくださるのが貴族ではありませんか?」

「それもそうね。サフィーナさんのお手並みを拝見するわ」


 だが事態をどうにかするための道筋は既に見えているし、逆に言えばだからこそわざわざ危険を犯してまでカトリーヌ女史の元に乗り込んで来たのである。

 自信を籠めて私が言葉を返すと、彼女はひどく皮肉げに笑みの色を変化させた。

 女史の反応は至ってもっともなものだ。

 確かに様々な柵に一言一句を縛られながら政争の中で生きている私達貴族にとっては、絶対的な正しさなどあって無いようなものである。

 仮に誰もが神を信じ常に正義が為されているような世界があったとすれば、その世界にはそもそも政争などという概念自体存在出来ないだろう。

 生粋の貴族であるカトリーヌ女史が私の言葉を嘲笑ったのはごく当然のことだった。

 とはいえ私とて本心から神がどうこうと言っている訳ではない、神すらも我田引水のためとあらば平然と利用するのが貴族という生き物である。

 口では如何にも敬虔そうなことを紡いでいても、それが単なる空虚な美辞麗句の類いでしかないことは分かりきった話だ。

 そして、それは言うまでもなく私とて例外ではなかった。

 私は精霊神殿の神官ではなく貴族なのである、必要ならば神を利用することを躊躇うことはない。


「お任せを。きっと上手くいきますわ」


 こちらの返答に興味深げな反応を見せたカトリーヌ女史に、私はにっこりと笑みを返す。

 どうすれば現状のような条件下において今回の面倒事を解決出来るのか、おおよその算段はもう既に立っていた。

 唯一問題があるとすれば、それは私達が事を起こすに相応しいタイミングに間に合うかどうかである。

 私が思案した方策には明確なタイムリミットが存在している以上、彼女と窓の外を眺めながらゆっくりと異国を旅気分という訳にはいかなかった。


「そうなるとよいのだけど。ところで……そちらの可愛らしい侍女ちゃんにも礼を言わなくてはいけないわね。名は何というの?」

「別に、俺はお嬢様の命令で動いただけですから。……クローディオ・エーレネストです」


 私が仄めかす解決の可能性に期待したいけれど、事の難しさを考えれば期待しない方が無難だという心情だろうか。

 冷淡ささえ滲んで見えるような無表情で私の言葉に頷いた女史は、一転して少し皮肉の混じった笑みを浮かべるとメイド服のまま馬車の中に座っているクララへと視線を向ける。

 私を毒殺しようとしたことを未だ引きずっているのか、或いは女装していることをからかわれているのが気に食わないのか。

 誰何されたクララは、彼にしては珍しくあからさまに不機嫌さを露わにさせた態度で渋々と名乗った。


「ご覧の通り、この子は私の警護をしてくれておりますの。可愛いけれど、カトリーヌさんもご覧になった通りの腕利きですのよ」


 本当は密偵であるクララの存在はなるべく公にはせずにおきたいのだが、カトリーヌ女史の自害を阻止するために仕方なかったとはいえああも鮮烈に姿を見せてしまっては最早隠しようがない。

 仕方なく、私は彼のことを簡潔に紹介する。


「では、毒を看破したのもその子?」

「ええ。おかげで、こうして貴女に会いに来ることが出来ました」

「そうね。貴女の国風に愛称で呼ぶならクララちゃんかしら、おかげでサフィーナさんに会えたのだから感謝しなくてはね。クララちゃんのことも覚えておくわ」

「……どういたしまして」


 相変わらず不機嫌そうな表情を化粧が施されていてどこからどう見ても美少女以外の何物でもない顔立ちに浮かべさせているクララと、そんな様子を観察して楽しんでいる様子の女史。

 どうやら、彼女は自らの命を救ったクララに対して関心を持ったらしい。

 関心を持ったというか、気に入ったと言う方が適切だろうか。

 他所の使用人の名前をわざわざ覚えるというのだから、貴族としては相当な気に入りようであることが分かる。

 クララとしては私を暗殺しかけたことへの怒りを表現しているのだろうけれど、如何せんどこからどう見ても美少女メイド以外の何物でもない今の姿でそれをしても残念ながら可愛らしいだけだった。

 それだけメイドの姿になりきっているという彼の変装技術の高さの証明でもあるのだけれど、そのせいで迫力が全く無いというか。

 私と同様に、カトリーヌ女史にとっても不機嫌なメイドの表情は眼福なのだろう。

 今回の問題が解決したらメイド姿のクララを給仕役に彼女と今度こそお茶をするのも楽しそうだという考えが頭に浮かぶが、本人が嫌がるのは目に見えているので仕方なくその考えを消すことにする。


「もしサフィーナさんの目論見が成功したら、貴方にも何か褒美をあげる。今度は毒など入っていないから楽しみにしているといいわ」

「まあ。クララのためにありがとうございます」


 浮かべられた機嫌の悪さを気にした様子も無く。

 くすくすと目を細めてクララを見つめながら上機嫌に言葉を紡いでいく女史に、むすっと黙り込んだ彼の代わりに返事をする私。

 元より失敗するつもりなど毛頭無いけれど、クララへの褒美が懸かっているとなればなおのこと私の責任は重大だった。











 件の書類を手にカトリーヌ女史の居館を発ってから数日。

 往路よりも人数が二人増えている私達一行は、相変わらずの強行軍でこの国の都に到着していた。

 とはいえ、先を急ぐことにはすっかり慣れきったもの。

 そうではない女史はさすがに疲れている様子を隠せていなかったけれど、こちらの方がむしろ平常運転と言っても語弊が無い私達は休息もろくに取らずの行軍にも平然としていた。


「サフィーナさんはさすがに若いわね。私は少し疲れたわ」

「単に慣れの問題ですわ。私は陛下の戴冠のために国中を駆け回っておりましたもの」

「ふふ、さすがは『血塗れ女侯』ね」


 基本的に居館で日々を送っている女史と、戦場を散々駆け抜けてきた私達では旅への慣れ方が違うのも当然のことだろう。

 そんな会話を交わしながらも城門を通り抜けて真っ直ぐに王宮の方向に進んでいく私達の存在を認めると、途端に慌ただしくなる兵士達の動き。

 突如として行方知れずになっていた同盟国からの正使が姿を見せたのである、騒ぎにならない方がどうにかしているだろう。

 当然、それは王宮へも伝えられる訳であり。

 しばらくすると、人混みの間を縫うように一騎の馬が正面からこちらへと駆けてくるのが見える。

 その背に跨っているのが果たして誰であるのかは彼の人の姿を見れば遠目にも一目瞭然だった、正使としてこの国を訪れた私の護衛として同行してくれた第三騎士団長である。

 まるで絹糸にプラチナを散りばめたかのようにさらさらと白銀に煌めく髪を風に靡かせた美しい容姿を、一体どうして他人と見紛おうものか。


「彼はそちらの国の方? 随分と麗しい見目をしているけれど」

「ええ。あの方は我が国の第三騎士団長、ベリード・クラスティリオン様です」

「ふうん……彼が『月の愛し子』なのね。『血塗れ女侯』と並ぶ英雄として、噂は聞こえてきているわ」


 言うまでもないことだけれど、長い髪を派手に煌めかせた第三騎士団長の姿は遠目であっても非常に目立つ。

 訊ねてきたカトリーヌ女史に私が彼のことを軽く紹介すると、名前を聞いたことがあったようで彼女は納得したように頷いた。

 徹底的に鍛え上げられた精鋭の中の精鋭であり、先日までの内乱でも大活躍を見せた第三騎士団の名はこの国にまで轟いているということなのだろう。


「『月の愛し子』ですか。この国らしい異名ですね」

「ロートリベスタ殿!」


 私と女史との会話に大声が割り込んでくる。

 窓の向こうに目線を向ければ、そこには馬上からこちらを見下ろすとても珍しい表情、そして声色。

 常日頃物腰穏やかで落ち着いている第三騎士団長は、馬車に到達すると切迫した口調で呼びかけてきた。


「ご無事でよかった」

「心配をかけてしまい申し訳ありません。けれど、私にはどうしても為さねばならないことがありましたの」


 そして、窓枠越しに私の手をそっと取ると無事を確かめて安堵を浮かべる騎士団長。

 言うまでもなく、彼にそのような表情をさせてしまったのは私である。

 そのことに関しては少なからず申し訳無さを覚えるけれど、事情を鑑みればやむを得なかったことであるのも確か。

 優美な顔立ちを真っ直ぐに見つめ返すと、私はそう宣言する。


「貴女を信じましょう、ロートリベスタ殿。貴女がそう言うのならば、決して悪しきことではないはずだ」

「ありがとうございます、クラスティリオン様」

「貴国の騎士殿は血相を変えて貴女を探していた。その間どこで何をしていたというのですか、正使殿? よりにもよってその女などを連れて」

「……それは私も聞きたいな。ベルフェリート王国の正使殿は果たして何を企てているのか」

「いいえ、陛下。我が身には何も隠さねばならぬ事柄などございません。むしろ、この場で全てを露わにするために参ったのです」


 私がこちらへの信頼を示してくれた騎士団長と言葉を交えていると、少し遅れてラファエルとエルリックも姿を見せる。

 必然的に、二人の視界には私だけでなくそのすぐ隣に座っているカトリーヌ女史の姿も映る訳であり。

 苛立ちの感情を隠す気すらも無く剥き出しにさせている宰相と、どこか面白げに唇を歪ませていながらも決して目は笑っていないこの国の王。

 一体何を思っているのだろうか、憎み合ってきた相手を前にしても黙ったまま年齢相応の美を湛えた顔立ちに悠然とした微笑を浮かべるカトリーヌ女史。

 隣国から訪れた正使が突如失踪したかと思えば政敵と共に姿を現したのだ、国賓の失踪という第三騎士団長どころではない焦燥にここ数日襲われていただろう彼らからすれば現状に強い疑念を抱くのもいたって当然のことだった。

 ともあれ、斯様な反応を受けること程度は私としても予想の範疇の内である。

 天高く昇った太陽の光が都の街並みを照らし出す中で、周囲を一度見回した私はいよいよ役者が揃ったことを見て取ってそう宣言した。

 ――もうすぐ日が陰る。

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