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12. 侯爵家の秘密(6)

 次の日の昼間、第三騎士団長の応援のために剣技大会の会場へと来ている私は、彼の出番を待つまでの間、相変わらずカトリーヌ女史の思惑について考えを巡らせていた。

 先程クララが現時点で分かった情報を報告していってくれたので、思考のための材料、正しい答えに辿り着くためのパーツは昨日に比べればずっと充実している。

 せっかくならば今日中に答えを見つけてしまうくらいのつもりでいた。

 とりあえず、現時点で分かっていることは彼女の詳しい素性や、セルージュ家の内紛のざっくりとした経緯くらいである。

 カトリーヌ・ミュトラールという女性は、その姓が示している通り、ミュトラールというフェーレンダール貴族の出身なのだそうだ。

 貴族とは言っても、然程大きな貴族の生まれではないらしい。

 決して小さくはないものの、かといって大貴族と言える程の領地の広さも兵力も持たないミュトラール伯爵家の先代当主の次女として生まれた彼女は、前セルージュ侯爵の先妻が病死してすぐ、三十一歳の時に後妻として嫁いだ。

 まず、この辺りの事情にも少し引っかかりを覚える。

 セルージュ侯爵家とミュトラール伯爵家の権勢の差を考えれば、両者の間に政略結婚が交わされたことも異例といえば異例であるが、再婚という形であれば家格に差がある婚礼もそれなりにあるので、これに関してはそう考えればいいだろう。

 しかしながら、カトリーヌ女史が嫁いだ年齢に関しては不思議だった。

 もちろんこれについても再婚という形であればこの年齢での結婚も珍しくはないけれど、クララの報告によれば彼女は初婚である。

 言うまでもなく、貴族社会における結婚年齢はかなり早く、例えばベルフェリートであれば遅くとも王立学園に在籍中の十九歳までに婚約者を決めた上で、卒業したらすぐに結婚するのが通例である。

 学園に子弟を通わせない大貴族の場合であっても婚約の年齢や結婚の年齢は然程変わらない。

 当然完全に自由という訳ではないけれど、王立学園が存在するので貴族の子女がある程度自分の意志で婚約者を決めることが出来る我が国でもそうなのだ、況や、学園制度が存在しないフェーレンダールをや。

 この国においても、権力闘争に明け暮れて結婚している暇が無かったらしいエルリックやラファエルのような人物はかなりの例外であり、彼らの年齢であれば既に結婚している人物がほとんどである。

 貴族社会においては、死別したというのなら別だけれど、一定以上の年齢になっても未婚であるとなれば悪い風評が流れてしまう。

 もちろん何か事情があることも考えられるけれど、そういった話も聞いていない。

 そのことを考えれば、彼女がその年齢までどこにも嫁いでいなかったことも、前侯爵が先妻と死別してすぐにカトリーヌ女史を後妻として迎え入れたことも不思議だった。

 恐らくは両家の間に何らかの取引があったのだろうけれど、別に自分と関わりのない他国の貴族の事情を詮索するつもりはないので、これに関しては置いておこう。


 次に、セルージュ家の構成と内紛の経緯について。

 前侯爵には男子が四人おり、そのうち長男のラファエルと次男のヨルンが先妻の子、三男と四男がカトリーヌ女史の子なのだそうだ。

 ラファエルが二十五歳でヨルンが二十歳、下の二人がそれぞれ十五歳と十三歳であるらしい。

 カトリーヌ女史はラファエルを爵位から引きずり下ろして、代わりにヨルンを侯爵に据えようとしているのだという。

 私が最も不思議に感じているのもこの点だった。

 実子ではないラファエルが侯爵になっているのが許せず、彼を廃そうとしていることは理解出来る。

 しかしながら、だとすればやはり同じく実子ではないヨルンを代わりの侯爵として祭り上げていることが不可解だった。

 確かに三男はまだ十五歳であるというから少し若いけれど、大貴族の生まれなのだから家庭教師によってきちんと教育は受けているだろうし、現に十四歳である私が普通に侯爵をやっているのだから、年齢的には侯爵に据えても何の問題も無いはずだ。

 普通に実子である三男を旗頭に据えればいいにもかかわらず、カトリーヌ女史が敢えてラファエルの同母弟であるヨルンを推している理由が分からなかった。

 何でも、元はそれなりに仲が良かったラファエルとヨルンは彼女がヨルンを推し始める少し前から急に険悪な仲になり、逆に元はヨルンのことも同じように嫌っていたカトリーヌ女史は、その頃から仲が良くなったのだという。

 案外、その辺りの事情に彼女の不可解な行動の理由が隠されているのかもしれない。

 カトリーヌ女史の行動の理由が分からないことは、当然彼女がヨルンを推している理由が分からないこととも直結しているだろう。

 逆に言えば、それにさえ辿り着いてしまえば、彼女の行動が読めるかもしれないということだ。

 ……と、そこまで考えたところで、視界の隅でエルリックがこちらに近付いてきたのが見え、思考を中断する。


「お会い出来て光栄にございますわ、陛下」


 彼へと挨拶をする私。

 本音を言うならばまだ問題に片がつく見込みが全く無い現状では、ラファエルの盟友である彼と顔を合わせるのもあまり歓迎すべきことではないのだけれど、まさかここで逃げる訳にもいかない。


「ああ。それよりも、あの女と会ったと聞いた。ラファエルのところの事情は知っているのだろう?」

「はい。ご本人から伺いましたが」

「ならば、あいつの力になってやってくれ。お前の助けがあれば、片を付けられるはずだ」


 いきなり話を切り出してくるエルリック。

 昨日言葉を交わした時に、本人が力を貸してくれと言わなかったのは少し意外だったけれど、彼らも何が何でも私を巻き込みたいくらいには苦境に陥っているのだろう。

 いかに苦しい状況にあるかは、容易に想像出来る。

 何しろ、ラファエルから見れば、ただでさえ主君の側近として国内の大半の貴族と対立しているにもかかわらず、それと同時に自分の足元でも一族内での争いが起きているのだ。

 私がフォルクス陛下の治世で実質的な宰相を務めていた時もベルファンシア公爵達と激しく対立していたけれど、もしもその時にロートリベスタ家で一族の誰かが私に反旗を翻していたらと仮定してみると、考えるのも恐ろしいくらいである。

 多くの貴族と対立しているということは、即ち直接的な利権以外にも他の貴族には内紛に介入する目的が生まれるということだ。

 何故ならば、もしラファエルが爵位を失えば、必然的にエルリックは側近を失うことになり、王家の力がかなり減衰することになるからである。

 つまり、恐らくカトリーヌ女史の側にはこの国のかなりの貴族が味方しているということであり、一族を統べる立場にあるラファエルといえども容易には鎮圧出来ない状態なのだろう。

 国政を執りながら、同時に家中でも争わなければならないという時点で凄まじい激務だろうし、それをこなしてみせている彼はさすがとしか言えない。

 とはいえ、いくらラファエルの実務能力が高くとも、内にも外にも敵を抱えては苦境に陥らざるを得ないので、どうにか状況を打破するために私を味方につけたいということだろうと思われた。


「家族で争わなければならないとは、悲しいものですね」

「あの女を排除出来れば、ヨルン―――あいつの弟も目を醒ますさ。何をどう騙されているのかは知らんが、今はまるで本当の親子のように振舞っているそうだが」


 何故だかある時期から二人の関係が改善していると聞いていたが、そこまで好転しているとは―――


「……っ!」


 閃きが走るとはこのことなのだろう。

 私の脳裏に、一つの推論が組み立てられていた。

 果たしてこの推論が正しいかどうかは確かめてみなければ部外者の私には分からないが、少なくともこれならばカトリーヌ女史の一連の行動をスマートに理解出来る。

 問題は、それをどう証明するかだ。

 世の中には、答えを知ることよりも辿り着いた答えが正しいことを他人に証明する方が難しい事柄もある。

 この場合もまさしくそれだった。

 きちんと証明しなければ、たとえ私の推論が正しかったとしても事態を収拾するのは不可能だろうが……まずは、その前に確かめることからだ。


「どうかしたのか?」

「どのようにすれば彼の窮地をお助け出来るかを考えていたのですが、一つ閃いたことがありますの。手を打つために、席を外しても構わないでしょうか?」


 このように言えば、よもや駄目だとは言わないだろう。

 試合を見ることが出来ない第三騎士団長には悪いけれど、部屋に戻ってクララに人を探させてあることを確かめさせなければ。


「無論、構わん。主君を王位に導いた手並みを見せてもらおうか」


 やはりと言うべきか、それに頷きを返したエルリック。

 彼に礼をしてその場を後にした私は、カルロを従えて部屋に向かったのだった。

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