5. 嘉辰令月(1)
道中で話を聞いたところ、やはり少女は私と同じく学園の生徒だったらしい。
あんな目に遭ってすぐに話させるのも酷なので事件の背景については尋ねなかったが、明日の放課後に私の部屋で三人で茶会をしようという約束は取り付けた。
異性の前では話し辛いような話題になったら、悪いがユーフェルには少し退出していてもらうとしよう。
良くも悪くも女の扱いが手馴れている彼なら、その辺りの機敏は察してくれるはずだ。
その後何事も無く表通りへと出ることが出来た私達は、一人で帰すのは酷なので少女を自室にまで送り届け、そして別れた。
ちなみに、居室にも彼女の侍従の姿は無く、お付きのメイドも侍従の行方を知らないらしかった。
私の想定通り、やはり侍従が裏切っているのだろうか。
別れたとは言ってもユーフェルの部屋は隣なので、単にすぐ部屋の前で軽く言葉を交わしてから互いに自らの居室に入っただけなのだが。
カルロも玄関から自らの部屋に入っており、きっと今頃は血に濡れた剣を研いでいるのではないだろうか。
彼の使っている剣は別に名工の銘が入った名剣ではなくただの下っ端兵士が使うのと同じ剣だが、しかしそれは彼自身の卓越した腕前によりまるで名剣のような鋭利さと頑丈さを見せている。
手入れのおかげか、十把一絡げの安物であるにもかかわらずここ数年一度も彼は剣を買い替えたことがない。
ただの量産品の剣でもこれなのだから名剣と呼ばれるような質の高い剣を持たせればもっと強いのだろうが、生憎と辺境の貧乏子爵家に過ぎない我が家がそのような高価な剣を買えるはずもない。
優れた戦士に優れた武器を与えてやれないというのは主人としてとても心苦しいが、まあこればかりは私の力ではどうしようもないことだ。
いずれ名剣の類いに縁があればとは思うが、今は何も考えないことにする。
私は、少し前から衣装入れの扉を開けてその前に立っていた。
今日は当初の予定よりも少し早く戻ってくることになったが、夜からは入学を記念したパーティーが行われることになっている。
その準備に余裕を持って取り組めると考えれば、時間が余っていることは特に気にならなかった。
親しい友人だけを招いた小規模で私的な茶会などならばともかく、貴族の女がパーティーなどの公の場に出る際のたしなみというのは実に多岐に及ぶ。
髪を結ったりとても一人では着られないような普段着以上に豪奢で重いドレスを身に纏ったりするのはもちろんのこと、香水を選んだり装飾品の種類や量を考えたりすることなど、実にやることが多い。
髪結いやドレスの着付けに関してはメイドに手伝ってもらえば特に問題は無いのだが、香水や装飾品選びに関してはそうはいかない。
大貴族の令嬢ならば専門的な知識を持った使用人に任せるだけで済むものの、それは大貴族だからこそ言えることであり、別に私の実家に限らず田舎の中小貴族の使用人が香水や宝石に詳しいはずもないのだ。
もちろん令嬢にお付きの侍女となれば髪結いや着付け、化粧などの技術に関してはきちんと教え込まれているものなのだが、さすがにそれ以上の専門知識までは持ち得ない。
つまり、中小貴族の令嬢はそれらを基本的に自らの手で選ばなければならないことになる。
そのことは、今夜のパーティーでも例外でもない。
というよりも、恐らくはそれもまた生徒達の力を見るための授業の一環として考えられているのだろう。
恐らくは今後の授業で香水や宝石の知識についても教えられるだろうことは容易に想像出来た。
比較的小さな頃にお披露目のパーティーが行われたりして幼少期より公の場に出ることも多い大貴族の子息とは違い、この学園に通うような中小貴族の子息達の中には今夜が初めての公の場である者が大半であるはずだ。
となれば場違いであったり不自然なコーディネートで会場に来てしまう生徒も多いと予想されるので、今夜に限っては多少身なりがいい加減でも恥にはならない。
だが、とはいえ万が一他の生徒が皆きちんとした装いで来ている可能性を考えると、意図的に手を抜く気にはならない。
少し考えたが、別に正式な場で王族と面会する際のようには全力を尽くす気は無いにせよ、普通のパーティーに出席する時程度のきちんとした身なりは整えておくことにした。
そう高級なものである訳でも手持ちの種類が豊富な訳でもないが、実家から香水はいくつか持って来ているし宝石の方も同様だ。
私は衣装入れに吊るされている、同じく実家から持参したパーティー用のドレス達を眺めながら、それらとも組み合わせたコーディネートを考えていく。
着こなしの自然さや上品さといった意味でのドレスコードは当然あるにせよ、地球にあったような夜会では胸元の開いたドレスを着なければならないなどといった類のドレスコードは少なくともこの国には無いため、なおのこと服装には選び手のセンスが問われることになる。
この辺りのセンスについては、昔日本人だった頃に勤めていた会社の商品として衣服や宝石なども取り扱っていた経験が生きていると思う。
前々世の経験と前世の経験、そのどちらかが無ければきっと今のような事態には対処出来ていなかっただろう。
しばらく逡巡した末に私は頭の中でコーディネートを完成させると衣装入れの前から離れ、天井からベッドの枕元近くに伸びている紐を引っ張ってアネットを呼び出す。
普段着用のドレスは見た目は豪奢ながらも構造はシンプルであり一人でも着用出来るようになっているのだが、晴れ着用のドレスの構造は非常に複雑であり、とても誰かの手伝い無しに身につけられるようなものではない。
髪型に関しても、普段着に合わせて軽く簪を挿したり束ねたりするくらいならともかく、公の場に出る際にするような本格的な髪結いはやり方を知っていたとしてもとても一人では不可能な代物だ。
「入って頂戴」
部屋の入り口の扉が軽くノックされたので、私は外に立っているだろうアネットにそう声を掛けた。
きちんとした着付けをするには、特に急がなければおよそ今から三時間程度の時間が必要になると見積もられる。
まあ服を着るのに三時間もじっとしていなければならないというのは元が日本人だった身としては少しうんざりするが、これまた言っても詮の無いことだ。
今からであればパーティーの開始時刻より少し早めに準備を終え、若干の余裕を持って会場へと向かえる頃合いだろう。
少し音を立てて扉が開き、アネットがいつものメイド服姿で入ってくる。
彼女は両手できちんと扉を閉めると、私に向けて礼をした。
「失礼致します、お嬢様」
「お疲れ様。今日の装いが決まったから、髪結いと着付けを手伝ってくれないかしら」
「畏まりました」
私の頼みに彼女はそう答えると、服掛けからドレスを取るために衣装入れの方へと歩いていく。
その間に私は、ベッドとは反対側の壁際、暖炉の少し離れた左隣に作られた本棚から適当に本を取り出す。
長時間が必要な着付けや髪結いとは言っても、実際に私が何らかの動作をする時間はかなり短い。
さすがに三時間もの間何もせずにじっとしているのはあまりに退屈なので、何か本を読むことにしたのだ。
手に取った蒼い装丁の分厚いそれは、題名を読む限りどうやら隣のラーゼリア王国の歴史書らしい。
別に他国の歴史書を持っていたくらいで罰せられたりはしないにせよ、よくうちの実家は敵国の歴史書などを手に入れられたものだ。
部屋の壁には、こういった時に使うためだろう巨大な鏡が置かれている。
私は手にした本を一度近くにある小型の円卓の上に置くと、先に着付けを始めるべく鏡の前に立ったのだった。
それから約三時間後、着付けと髪結いを終えた私はおおよそ読み終えた本を円卓の上へと置く。
そして姿見を見ながら髪型と服装に特に問題が無いことを確かめると、アネットが手にしている宝石箱の中から宝石を選んでいく。
言うまでもなくどれも安物ばかりでそれほど高い宝石など持ち合わせていないが、下級貴族にそのようなものを身につけることは初めから求められていないので特に問題は無い。
私は身に纏った紅紫色を基調にしたドレスに合わせ、深紅に輝く石の填まった指輪を選び取った。
指輪を右手の指に通すと、アネットは役目を一旦終えた宝石箱を元の位置に戻しに行く。
その間に私は、近くに置かれた化粧箱の中を物色していく。
髪結いの際に既にいつもより少しだけ濃く化粧も施されているため、化粧品に関しては既に役目を終えている。
目的は、化粧品と共に中に入れられている香水達だ。
しばらく探った後目当ての瓶を見つけた私は、蓋を開いて少し甘い香りのする香水を足首へと適量振り掛ける。
決してつけすぎていないことを確かめると、私は瓶の蓋を閉めて元通りに化粧箱の中へと戻す。
既に靴もパーティー用のものを玄関に出しているので、これで準備は完了だ。
「それじゃ、行きましょうか」
時計を確認したところちょうどいい時間になっていたので、私は既に仕事を全て終え入り口の脇に立っていたアネットにそう声を掛ける。
彼女が開いてくれた扉を通って玄関へと出ると、もう準備を全て終えているカルロが立って待っていた。
アネットが私の背後で扉を閉める音がする。
パーティー用の踵が高くなった靴を私が履き終えて立ち上がると、そのタイミングで少年が廊下へと続く扉を開く。
そして彼の背中に続き、私とアネットも廊下へと出る。
もうそろそろ見慣れてきた気がする気品に満ちた内装の廊下には、ユーフェルの姿があった。
その後ろには今朝も姿を見た彼専属らしいメイドさんの姿もある。
どうやら、私のことを待っていたらしい。
だが、いつもならこちらが特に何も言わずとも気の抜けた口調で声を掛けてくるはずの彼は、今日は何故か呆然としているような表情をして話しかけてくることがなかった。
とはいえ礼法からして無視して立ち去る訳にもいかないため、仕方が無いので私から話しかけることにする。
「おはようございます、ユーフェル様。どうかなさいましたか?」
「……サフィーナちゃん、すっごい可愛い」
「……はい?」
私の挨拶と問いに、何やらぽつりとそんな言葉を口にするユーフェル。
思わず訝しげに聞き返してしまった私に罪は無いだろう。
もしかしたら私の偏見なのかもしれないが、どうにもこの子が言う可愛いは誰にでも言っていそうで素直には受け取れなかったりする。
そんな彼に、メイドが何か耳打ちをする。
するとその顔つきはいつもと同じような色を取り戻し、こちらへと笑みを向けてきた。
「あはは、あんまりサフィーナちゃんが可愛いから見蕩れちゃったよ。それじゃ姫、どうぞこちらに」
「ありがとうございます」
笑いながらそんな言葉を口にした後、彼は芝居がかった動きでこちらに手を差し出す。
私が一度礼をしてからその手を取ると、彼は私を先導するように歩き出した。
それに身を任せ私も歩を進めると、従者三人も私達に続いて足を踏み出す。
そうして、私達五人は舞踏会の会場へと向かったのだった。
通常は従者に場所を覚えさせて道案内させるものなのだが、どうやらユーフェルは事前に会場の場所を覚えて来ていたらしく、彼は場所を都度メイドさんに尋ねたりすることなくスムーズにエスコートしてくれた。
その辺りの手際がやたらと上手いのは、やはり場慣れしているためだろうか。
別に色恋沙汰に限らず、そうではないことに関しても彼はこの歳にしてはかなり場慣れしているというか度胸が据わっている気がする。
数時間前に裏路地で同窓生の少女を助けた時にも、流血沙汰になっていたにもかかわらず彼は特に顔色を変えていなかった。
学園を卒業するなりして一人前の貴族として甘いも酸いも知っている人間ならともかく、実家で箱入りで育てられているこの年代の子女が血に慣れているはずもなく、普通ならば怯えを抱いて顔色を真っ青にするはずだ。
思い返してみると教室でファルトルウが家名を名乗った際にも特にうろたえていなかったし、もしかするとユーフェルもまた若いとはいえ実はひとかどの人物なのかもしれない。
私が今いるのは、敷地内にある建物の前だ。
教室がある建物や寮の建物とはまた別の建物になっており、比較的扁平な造りになっている。
日本で例えるなら体育館くらいの広さと外観だろうか。
入り口に向かうための階段には見るからに高級な絨毯が敷かれている。
初めて見るのだが、どうやら建物を丸々パーティー用の広間として利用しているらしい。
学園に通っている子女はかなり多く、学園主催で行われるこういったパーティーにはともすれば中級以上の貴族しか出席しない王家主催のそれよりも多くの人数が集まることになるのだから、これくらいの広さが無ければ入りきらないのだろう。
ユーフェルに先導されつつ、私は階段をゆっくりと上る。
上った先、開け放たれている扉の両脇には護衛の騎士が立っていた。
私がそのまま屋内に入ると、内部は異様に広い事を除けば普通のパーティー用の大広間を模したような内装が施されている。
全校生徒向けともなれば、用意すべきものの量も膨大に上る。
全て合わせれば百個以上は並んでいるだろうと思える数の円卓の上には、大皿に乗って所狭しと今の実家では決して食べられないような超高級な料理が並べられている。
そういえば、いろいろあったので忘れていたが結局今日は昼食を取っていないのを思い出した。
ふと空腹感を覚える私。
侯爵家の跡取りとして生まれ育った前世の私ならその気になればいつでもこのレベルの食事をいつでも口にすることが出来たが、残念ながら貧乏な小貴族の息女である今はそうも行かない。
次に口にすることが出来るのはいつになるか分からないので、パーティーが始まったらせいぜい体型を気にしなくていい程度に食欲を満たさせてもらうことにしよう。
内心を密かに食欲一色にしながらも、それを表に出さぬよう私は前世で身につけた貴族としての仕草を装いながら歩いていく。
パーティーの開始時刻にはまだ少し早いので、学園に雇用されているメイド達は慌しげに準備に取り組んでいるものの、生徒の姿は疎らだ。
学園側から伝達が来ているのだが、今回は席次などは決められていない。
本来のパーティーならば爵位によってある程度位置する場所が決まってくるのだが、どの道下級貴族の子女ばかりであるためかそれもないらしい。
学年や実家の爵位などによらず、自由に場所を取れとの伝達がわざわざ学園側から届いていた。
こういった社交の場というのは、爵位と家を継いだ一人前の貴族にとっても他人との仲を深めたり人脈を作ったりするための重要な社交の場だ。
恐らくはこの機に、ある程度互いに親睦を深めさせようというのだろう。
改めて見回したところどこの卓上にも同じ料理が並べられており、せいぜい教師と生徒の席の隔てが明らかなくらいか。
やはりこれだけの準備をするというのはかなり大変な作業らしい。
未だ隅の方の円卓には配膳が終わっていないらしいところも多々見受けられ、メイド達が今も手に大きな皿を持って辺りを行き来している。
彼女らの邪魔をしてしまうのも忍びないので、私は既に準備が整えられている中央付近の円卓に位置取ることにした。
一度ユーフェルから手を離す。
「それでは、行ってくるわね」
そして振り返り、カルロとアネットに声を掛ける。
当たり前だが、卓上に並べられた料理の数々は貴族が食べるためのものであり、従者のためのものではない。
また、パーティーの類は貴族同士の社交の場であるため、その輪の中に従者達が付き添っていても邪魔にしかならない。
だからといって、別室に待機させてしまっては会場で主人に万が一の事態が起きた際に従者が対応することが出来ない。
そのため、従者達は四方の壁際に立ってパーティーの終了まで待機しているのが通例なのだ。
基本的に自室の外では決して主の側から離れない侍従も、唯一パーティーの時だけは主から離れて待つことになる。
従って、カルロとアネットには終了まで壁際で待っていてもらうことになる。
ユーフェルのところのメイドさんも同様だった。
あくまでも参加者をもてなすのは主催者の役目なので、給仕も参加者の雇っているメイドではなく主催者側のメイドによって行われなければならないのだ。
「どうかお気をつけを」
「お楽しみになって参られませ」
カルロとアネットがそれぞれ私に返事を返し、壁の近くに立つ。
数年前に第二王子の訪問があったりしたとはいえ、私が公の場に出るのはこれが初めてだということになる。
そのせいか、二人ともどこかそわそわとした雰囲気を見せていた。
中身の私自身にとっては別に初めてでも何でもないのだが、他人から見た私はまだ十三歳の子供なのだから無理もない。
初めてといえば、前世での初めてのパーティーは気が気ではなかったりしたな。
ロートリベスタ侯爵家という広い領地を持つ高位貴族の跡継ぎとして生まれたため五歳くらいの頃にお披露目パーティーが開かれたのだが、日本では貴族でも何でもなくただのOLとして生きていた私である。
厳格な母から貴族としての礼儀作法を一から叩き込まれていたとはいえ、当時の王族も来ていたので何か粗相をしてしまわないかと胃がとても痛かった。
それが今や王族と一対一で向かい合うことになっても平然としていられるのだから、慣れとは怖いものだ。
二人と軽く言葉を交わした私は、再びユーフェルに手を取られながらその背中を追う。
私の考えを察したのか、それとも単に働いているメイド達に鬱陶しいと思われたくなかったのか、彼もまた中央の方へと進んでいった。
舞踏会であれば会場の中心部分は大きく円状にスペースが開けられて踊る空間が確保されているのだが、今宵は立食会であるためそのようなスペースは作られていない。
会場の中央に吊るされた巨大なシャンデリアから少し左後ろ側の方にある席に私達は立ち止まった。
開始まではまだ二十分ほど時間があるので、適当に内装でも眺めながら待っていることにする。
建物の二階部分の高さの辺りには細いギャラリーが作られており、その奥の壁には絵画がいくつも並べられ飾られている。
絵画そのものはもちろんのこと、それを中に収めている額もまたかなり高級そうだった。
ここからだと遠目にしか見えないので、機会があればいずれ近くでゆっくりと眺めたいものだ。
実家の私室に飾られていた絵画、そして私が入った寮の部屋に飾られていた絵画、また王都の街並みを歩いている中で何度も垣間見た王宮。
全て芸術の範疇に属するものだが、どれも私が前回生きていた頃のものとはかなり異質だった。
日本人だった頃に仕事で必要になり身につけたため美術品の鑑定にはそれなりに自信があるのだが、単に作り手やモチーフが異なっているだけだとは到底思えない。
まず間違いなく、この二百年で作風の流行そのものが変わっているのだろう。
当たり前だがこの世界に美術館などというものは無いので、多くの美術品を目にしようと思えば招かれて王宮や大貴族の邸宅に足を踏み入れる時くらいしか機会が無いのだ。
実家が貧乏貴族であるため転生してからはあまり今時の美術品を目にすることが無かったが、せっかくの機会なのでその辺りも色々と見ておきたかった。
それにしても、今まで生活してみた感覚では人々の暮らしぶりは前世の頃と全く変わっていないのに、芸術の風潮だけが変わっているというのはなかなか不思議なものだ。
視線を壁から天井に移すと、そこには巨大で豪奢なシャンデリアがいくつも吊るされていた。
強い明かりで会場を照らすそれは華やかな装飾で絢爛に彩られており、どこか威光のようなものを感じさせる。
会場が広いだけあって数十個吊るされている中でも、会場の中心にある一つは特にサイズが大きく意匠にも凝られている。
あれ一つで実家の予算の一体何か月分になるのだろうか……などと考えてしまう私は、かなり今の生活と立場に馴染んできているのかもしれない。
そんなことを考えながら視界を元に戻すと、辺りはもうかなり生徒達で埋まっていた。
懐から機械時計を取り出して確認していると、私が美術品の数々に魅入っている間に随分と時間が過ぎていたらしい。
開始時刻も間近になっていた。
ユーフェルも私と同じように辺りを物珍しげに見回している。
アヴェイン男爵家という下手をすれば私の実家よりも更に小さな家の子息である彼はもまた、こういった品の数々を目にする機会はあまり無かったのだろう。
とはいえ、あまり興味がありそうな様子には見えないが。
そんな折、ふと会場の空気が明らかに変わった。
何事かと思い辺りを見回すと、建物の前方にある教職員用らしき出入り口からこの国の第一王子であるレオンが十人ほどの従者を従えて姿を現したところだった。
いくら学園の生徒であるとはいえ、王族である彼を他の生徒達と同じように扱う訳にはいかないのだろう。
彼は颯爽と会場を歩き進むと、当然のように最前列の中央右側の円卓に立った。
主催者が立つことになるまだ幕が下ろされている壇上に一番近い場所、つまりは最も格の高い席の一つである。
中央右側の席があれば、線対称になる形で同格の中央左側の席もある。
王子が立った円卓には他に彼の親しい友人達が立つことになるのだろうが、その対面の円卓には恐らく誰も立たないだろう。
下手に格の釣り合わない者が立てば、それこそ無礼だと受け取られても仕方がない。
とはいえ、それは今の私には関係の無いことである。
昼間は王子を放置して逃げるような形になってしまったが、既に辺りが人で埋まりかけている以上あの場所からでは私の姿を見つけられないはずだ。
私とユーフェルが立っている円卓も、初対面である他の生徒で既に埋まっている。
とりあえず、始まったら彼らと雑談でもしつつ適当に料理でも食べていることにしよう。




