表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/172

4. 開幕

 人間の行動や意思とは無関係に、天体の巡りは遥かなる時間続いていく。

 数日が過ぎ、いよいよ剣技大会の開幕の日を迎えていた。

 大抵の国において年間最大級のイベントの一つである王家主催の大会は、数十日もの期間を使って行われることになる。

 初日でもある今日は貴族部門と平民部門それぞれの一回戦の一部が行われる日でもあった。

 しかしながら、同じ一回戦とは言っても、両者では参加する人数が大きく異なっている。

 ある程度参加者の数が限定されている貴族部門とは異なり、平民部門は国中から騎士や将軍となることを夢見る参加者が集まるためだ。

 加えて、剣技大会においては事前の予選などは行われない。

 効率を重視するためには各諸侯の領地毎に予選を行い、そこで優勝した者のみを参加させるのが最もよいのであるが、しかしながらそうした形式を採用した場合参加者が出身地の領主の息が掛かった者ばかりになってしまう可能性が高い。

 もちろん現状の形式においてもそういった者が優勝する可能性はゼロではない(仮定の話ではあるが、例えば私が密かにカルロをベルフェリートの剣技大会に出場させたとして、一体誰が彼に勝てるだろうか)のだが、諸侯が代表者の強さを競い合うための大会ではなく王家が実際に用いる人材を発掘するための大会である以上、そのような可能性はより少ない方がよいのだ。

 ということで平民部門のトーナメント一回戦はとても紙には書ききれないような数の試合が行われることとなり、全ての試合を一日で終わらせることはとても不可能であるために、カルロの初戦も二日目へと回されることとなっていた。

 だが、そのことは裏返せばそれだけの試合数を期間中に終わらせなければならないということでもあるので、平民部門の参加者の日程は大会の後半になればなる程過密になっていく。

 貴族部門では初戦から決勝まで数日の間隔が必ず設けられているのに対し、平民部門では初戦を五日、二回戦を三日かけて全て終わらせた後、五回戦辺りからは決勝まで毎日試合を行うこととなる。

 参加者の多寡によっては(年によっては例年より千人以上参加者が多いこともある)一日に数試合行うことを強いられることも決してあり得ない訳ではないため、ただ強いだけでなく、二十日以上に渡ってそのような過密日程で試合を行い続けながら体調を維持することも平民部門の参加者に求められる重要な能力であった。

 幸いにも、その辺りに関しては地球の運動生理学や栄養学などの知識を使って私がサポートすることが出来る。

 強さという点では何も心配する必要は無いので、それ以外の部分でカルロを支えるのが私の役目だろう。


 ともあれ、そういった理由により今日はカルロの試合が無く、騎士団長の試合のみである。

 まあ万が一があるなど全く思っていない(彼の戦いぶりを間近で見ているのだから当然だ)が、試合を見るためにカルロと共にそちらの会場の方向へと向かう私。

 会場は、普段はフェーレンダールにおいても人気があるという馬車競走などのために使われている建物であり、我が国の王都にあるものよりはやや小規模(これに関しては都市そのものの地形の問題だろう)であるもののそれでも八万人以上は座ることが可能だろう観客席は、既に民衆の姿で埋め尽くされていた。

 とはいえ、もちろん私達がその中に混ざる訳ではない。

 ベルフェリートからの正使という名目でこの国を訪れている私は王族などが見物するための最も見晴らしのよい席へと招かれており、もう会場中に広がり始めている熱気を感じながらもそちらへと歩を進めていく。


「よき日和にございますね、陛下」

「ああ、サフィーナか。そこに座るといい。すぐに葡萄酒なども用意させよう」


 既にいつも通りの自信に満ち溢れた様子で椅子に腰掛けていたエルリックに対して挨拶をすると、彼はこちらを見て鷹揚に頷き、近くにいた侍女を呼び止めた。

 彼に勧められた通り隣の席に腰を下ろすと、程なく侍女からワインの入ったグラスが差し出される。

 軽く周囲を見渡すが、どうやらラファエルの姿は無いようだった。


「せっかく大会が開催される折に我が国へ来たのだ。お前も楽しんでいくがいい」

「はい。陛下のお気遣いに感謝致します」


 そのようなエルリックと会話を交わしながら、私は適当に会場を見回す。

 すると、貴族のための席も既にほとんど埋まっているのだが、ベルフェリートで行われる大会に比べて(と言っても比較対象は二百年前なのだが)随分と女性貴族の比率が多いことに気付く。

 もちろん女性も皆無である訳ではないが、しかしこういった催しを好むのは比率として男性の方がより多い傾向にあることは言うまでもない。

 実際に我が国の剣技大会においてはそうであるのだが、果たしてこれは国風の違いなのだろうか。


 そんなことを考えていると、いよいよ初戦が始まるらしい。

 特に開会の挨拶なども無く、楕円形になったアリーナ(馬車競走のコースが楕円であるためアリーナも楕円になっているのだろう)の中央部に長辺の対極から馬に乗って進み出てきた二人の男が向かい合うと、そのまま戦いは始められる。

 片手で手綱を握り自らの身体を預ける馬に指示を出して操りながら、もう片方の手の剣を相手へと振るう両者。

 優勝すれば騎士や王軍の将軍という高い地位に迎え入れられることが約束される平民部門とは違い、貴族部門においては優勝したとしても物理的に得られるものはほとんど無い。

 別にわざわざ出場せずとも貴族であれば本人が望めば騎士となることが出来るし、一応優勝賞金のようなものはあるものの、しかしそれは既に貴族という身分にある者にとっては然程大きな魅力とはなり得なかった。

 にもかかわらず、剣技大会には貴族の出場者の数もかなり多い。

 それは、彼らが物理的な褒賞ではなく名誉を求めているためであった。

 単純に大会に優勝することは貴族にとって大きな名誉であり他の諸侯から一目を置かれることになるし、優勝したのが小貴族であれば優れた武人であるとして、大貴族から好条件で自らの派閥に迎え入れられたりすることが出来る。

 同様に、大貴族である場合もやはり優れた武人であると見做されるので、例えば王家主導で大規模な他国への遠征軍が組まれた際にその指揮官に任じられる可能性が高くなったりするのだ。

 そのように、形がある訳ではない名声というものが大きな力を持っている貴族社会においては剣技大会の優勝者という肩書きは非常に強力な武器となり得、故に腕に自信があれば積極的に参加する者も多い。

 もちろん当主自身があまり腕に自信が無かったりする場合には代わりに腕利きの一族や息子を出場させることになるので、例年大会のレベルはかなり高いものとなっていた。

 そういった理由により眼下で戦っている二名の腕前もそれなりのものであり、先程から好勝負が続いている。

 とはいえ、勝敗が強さだけでなく時に運にも左右され得る以上、どれ程両者の実力が拮抗していたとしてもずっと戦い続けていればいつかは必ず決着がつく。

 アリーナでも、私から見て左側から出てきた男が落馬し、それによって相手の男の勝利が宣言された。


「まあ、初戦としてはこんなものか」


 勝敗が決したのを見届け、ラファエルがそう呟くように口にした。

 トーナメントという形式である以上、日程が進めば進む程戦いのレベルが上がっていくのは必然である。

 それは逆に言えば初戦のレベルはどうしても例えば決勝や準決勝に比べれば劣ってしまうということでもあるのだが、しかし今しがたの試合は彼の言う通りよい試合であったと思う。


 そして、その後もワインを飲みながらカルロとエルリックと共に観戦を続ける私。

 長引く試合、数秒で終わりを迎える試合、様々な試合がありつつも日程は進んでいき(長引くと言ってもせいぜいが十分も掛からないのでまだ時刻は昼食時にもなっていない)、やがて目当てである一人の剣士の出番となる。

 戦場で私と敵同士として戦った際にも騎乗していた馬に身体を預け、全身に白銀に輝く鎧を纏って姿を見せた男性。

 ここが戦場ではないためか冑を被っていない頭からは腰に至るまで長い髪が伸ばされ、ともすれば鎧よりなお眩い銀色をしたそれは陽光を反射して本物の銀糸のように輝きを放つ。

 そんな容姿をした彼が誰であるかは言うまでもないだろう。

 ベルフェリート王国第三騎士団長、ベリード・クラスティリオンである。

 優れた容姿によって物理的に目立つというだけではなく、まだ若年であるにもかかわらずその地位に相応しい威光のようなものを放っている彼は、姿を見せると共に会場中の視線を一身に集めていた。

 同時に、貴族用の席の方から高い歓声が上がる。

 どうやら、そこにいた若い女性達が一斉に声を上げたようであった。

 そんな客席の反応を一顧だにすることなく、腰の鞘から剣を引き抜くと構える騎士団長。

 それだけで、彼から放たれる圧力が目に見えて色濃いものとなる。

 無論、こんな遠くにいる私にもはっきりと感じられるのだから、正面から向かい合っている者にとってはなおさら凄まじいものに感じられるだろう。

 対戦相手の男は既に圧倒されているのが明らかであり、貴族として逃げ出す訳にはいかないというそれだけでどうにかこの場に留まっているのだろう様子が見て取れた。

 確かに、初戦からいきなり騎士団長のような人間離れした強さの相手と向かい合わなければならないことは悪夢だろう。

 正直なところ、私としても相手の男への同情を禁じ得なかった。

 しかし、そんな事情とは無関係に無常にも開始の合図は告げられる。

 絶対に勝ち目の無い相手を目の前にし、しかし絶対に逃げ出す訳にはいかないとなった場合には、人間は半ば自暴自棄のようになって相手に突撃していくことが多い。

 乗っている馬の腹を蹴り、男は剣を持った右腕を振り上げるような形で突撃を開始した。

 だが、それに対して騎士団長は自らが乗る馬を軽く動かして衝突を避けると、大上段から振り下ろされた剣を容易く斬り払う。

 剣を大きく弾かれ、その勢いのまま落馬する男。

 一方的な決着に束の間静まり返る会場だが、次の瞬間には天を貫くような大歓声が上がる。

 事前に予想していた通り、貴族部門の初戦は一瞬にして騎士団長の勝利に終わったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ