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1. 異国の風

 訪れた者を圧倒させるように広大な庭に迎えられて進み、ラファエルの案内で王宮の建物へと足を踏み入れる私達。

 当然であるが、前回訪れた際と内装などは何も変わっていない。

 窓枠の向こうから注ぐ陽光を反射して様々な文様の刻まれた石の壁面や床は美しく輝き、こちらの目を楽しませてくれる。

 階段を上り始めると、絨毯が敷かれていないので隣を歩く騎士団長が履いている硬い乗馬用の靴が直接石を打つ高い音が空間に響いた。

 その音を耳にしながらも階段を上り、二階を奥方向へと進んでいくと、前回歩いたのと同じ道順を通りながら四階へと到着する私達。

 しかしながら、こちらを先導する彼が向かったのは前回案内された迎賓室の方向ではなかった。


「早速ですが、扉の向こうに陛下がお待ちになられています。陛下は我が国にまで名高いお二方と謁見することを非常に楽しみにされてこられました」


 王宮であるこの建物は極めて広大であり、廊下もここからでは端が視認出来ない程に長大である。

 そんな廊下の壁面に無数に並んでいる扉のうちの一つの前で立ち止まったラファエルが、振り返ると無表情のままでこちらにそう告げた。

 どうやら、扉の向こうはエルリック王の私室か執務室になっているらしい。


「セルージュ卿、私はまだ鎧を纏ったままなのですが」

「構いません。気にしないとの仰せです」


 今の私達は到着したばかりで滞在する部屋にもまだ案内されていない状態であり、当然着替えなどもしていないために道中において護衛としての役目を務めてきた彼は第三騎士団に支給されるタイプの全身鎧(武器や防具のデザインは五つある騎士団でそれぞれ異なっている)を纏っている。

 礼装や軍服であれば問題は無いものの、鎧のまま他国のとはいえ国王に謁見することはいささか礼節上の問題があるので、騎士団長はその旨をラファエルへと伝えるものの、彼はそう答えを返した。

 まあ、向こうがそれでよいと言うのならば問題は無いだろうが。


「陛下、お二方をお連れしました」


 そして、ラファエルが扉を叩いてその向こうへと声を掛けると、中からは入室を許可する旨の言葉が返される。

 それを耳にした彼が扉を開けて室内へと入っていき、私と騎士団長もその細身の背中を追うようにして足を踏み入れた。

 室内に入ると、そこではラベンダーブラウンの髪の男がソファーに身体を預けながらこちらに視線を向けている。

 その男の左目は眩く輝きを放つ黄金のようであり、一方で右目は夜の湖のように深い静けさを湛えた青色。

 そう、彼こそが前回この国を使者として訪れた際に顔を合わせている、エルリック・フェンドロードという人物であった。

 全身から自信を漲らせているような態度もまた、前回顔を合わせた際と全く変わっていない。


「サフィーナ。―――いや、今はロートリベスタ卿と呼ぶべきか。あらかたの戦況に関しては報告を受けているが、友軍を勝利に導いてみせたそうだな。見事だ」

「陛下にそう仰っていただけますこと、身に余る光栄にございますわ」


 ワインらしき透明の液体が入ったグラスを片手に持ちながら、ソファーに深く背を預けてこちらを悠然と眺めていたエルリックが、そう口にする。

 彼に対して礼をし、絨毯の敷かれた床に膝を突くと言葉を返す私。


「クラスティリオン卿、お前の騎士団の精強さはこちらにまで届いている。さぞレオーネ殿も心強かろう」

「はっ。この身は剣であり盾でありますれば」


 同様に、彼は共に入室してきた騎士団長にも声を掛ける。

 内乱の前までは長年平和が続いていたために活躍の機会はあまり無かったとはいえ、それまでにもベルフェリート王国最強の軍勢として知られ、かつ内乱の最中には圧倒的な戦闘能力で勝利を重ねてその前評判が偽りではなかったことを証明した第三騎士団の武名は近隣諸国に轟いており、当然エルリックも知っているのだろう。

 声を掛けられた彼も先程の私のそれとはまた違う騎士式の礼をすると、私のすぐ隣で膝を突いた。


「よく来たな、二人の英雄よ。我が国はお前達を歓迎しよう。そこに座れ」


 続いてエルリックがこちらにテーブルを挟んで彼の正面に置かれたソファーに腰を下ろすように促すと、それに従って立ち上がった私達はまるで水面に沈むようにひどく柔らかなそれへと身体を預けた。

 ベルフェリート王国においては騎士団長という地位は貴族の爵位に換算した場合公爵に匹敵するので、そういった意味で言えば侯爵である私よりも彼の方が格上であるのだが、しかし現在の状況においてはベルフェリート王国の正使は私であり騎士団長はその護衛として同行している形になるため、私がエルリックの正面に座ることとなる。

 私の隣には鎧を纏ったままの騎士団長が腰を下ろし、彼の正面、即ち王の隣にはこの国の宰相であるラファエルが着席した。

 こちらが座ったことを確認すると、エルリックは壁際に立っていた侍女に私達の分のワインを持ってくるように命じる。

 それに従って廊下へと姿を消した彼女がグラスを載せた盆を手に程なくして戻ってくると、それらを机上に並べてから退出していった。

 外交という性質上使用人達を同席させる訳にはいかないので当然だが、室内には私達四人のみとなる。


「飲むといい。今年の葡萄酒は出来がいいのでな」


 エルリックに促されてグラスを手に取り傾けると、中に注がれているそれを口に含む。

 すると、濃い葡萄の香りと甘味が私の口腔へと広がっていく。

 彼の言葉通りそれは非常に上質であり、とても美味しかった。

 そのまま、グラスを片手に会話を交わす私達。

 とは言っても然程重要なことを話している訳ではなく、雑談の範疇に含まれるような事柄ばかりである。

 そもそもこちらはエルリックに招かれていたから来ただけ(正使として時間を稼ぐ名目になったので私にとってもかなり助かったのは確かだが)であり、特に話さなければならないようなことは少なくともこちらには無いのだが、どうやら向こうにはこの場で重要な話をする気は無いようだった。

 内乱の際に行われた戦いについてやベルフェリート王国の文化などについて尋ねられ、答えても問題ない点のみだが答えていく。


「クラスティリオン卿は剣術の腕でも並ぶ者がないそうだな。実際に戦場で相見えたサフィーナから見てどうであった?」

「はい。まさしく当代最高の剣の遣い手であられると存じます」


 そんな会話を交わしていると、ふと騎士団長の剣術の腕についてへと話題が移る。

 彼と一度のみであるが戦場において敵同士として向かい合い、そして戦った私であるが、第三騎士団の恐ろしいまでの精強さはもちろんのこと、それを率いている騎士団長自身の強さには脅威を抱かずにはいられなかった。

 カルロであるからどうにか一騎討ちで互角に戦うことが出来たものの、もし彼がいなければ誰も騎士団長を止めることなど出来なかっただろう。

 それ以前にも片手で私の身体を抱きかかえながら何人もの刺客を一方的に倒してみせたこともあったし、彼がベルフェリート王国の七百年の歴史の中でも傑出した剣の遣い手であることは疑う余地が無かった。


「では、どうやってそのような相手を止めたのだ?」

「私の侍従がどうにか一騎討ちで食い止めてくれました。そうでなければ、とても勝利することは不可能でしたでしょう」

「侍従……。ベルフェリートにはそのような慣習があるのだったな。つまり、その者も比類なき剣士の一人であるということか」


 そう口にすると、彼は少し考え込むような仕草を見せる。


「ちょうど、数日後から我が国の剣技大会が開かれる故、クラスティリオン卿とその者も参加するがいい。音に聞く卿の剣、それと互角に戦ってみせた者の剣には大いに興味があるのでな。無論、優勝しても構わん。出来るものならばだがな」


 視線を戻すと、グラスの中身を傾げながらそうこちらに告げるエルリック。

 剣技大会とはその名の通り剣術の腕を競うトーナメントであり、ほとんどの国において開かれている。

 もちろん我が国においても例外ではなく、確か騎士団長は王家主催のそれまだ第三騎士団長に任じられる前の十一歳の頃に初出場して以来、直近である去年の大会に至るまで一度の敗北も無く五連覇の偉業(それまでの記録が二連覇であったことを考えればこれがどれ程の偉業であるかが分かるだろう)を成し遂げていた。

 というよりも、彼が十代という異例の若さで騎士団長という地位に任じられることになったのも、(実家であるクラスティリオン家の力という部分も多分にあったにせよ)史上初の三連覇を成し遂げた偉業を称えられてのことだそうである。

 大会には騎士や貴族達が競う部門と平民のみの部門の二つに分かれており、前者においては優勝者は多大な名誉を得ることが出来、後者において優勝した者は正式な騎士や王軍の将軍となる(貴族の子弟であれば本人が望めば騎士になれるのに対し、平民が騎士になるには通常は騎士の従士となった上で働きが認められなければならないのだがその過程が免除される)ことが出来る。

 また、剣技大会を開くのは王家だけではなく、優れた武芸を持った者を発掘するために貴族達もそれぞれ独自に行ったりもするのだが。

 つまりは、騎士や貴族達が出場する部門に騎士団長が、平民が出場する部門にカルロが出場するようにという要請であった。


「畏まりました。彼には私から伝えておきますわ」

「ロートリベスタ殿」

「特に問題は無いかと存じます、クラスティリオン様」

「でしたら、私も出場致しましょう」


 カルロならばきっと優勝してくれると信じているし、他国出身の者が剣技大会に出場することは然程珍しいことではない。

 二人が揃って優勝すれば(あれ程の強さを持っている二人が不覚を取るはずなど無いと思っている)我が国の威信もより高まるというものであるし、あちら側の要望であるのだから断る理由は無かった。

 先に承諾の意を示した私に対して騎士団長が声を掛けてくるが、問題無いだろうという見解を返す。

 すると、然程乗り気であるという訳ではないようだが、彼も承諾の意を示した。


「ああ、当日を楽しみにしている。では、そろそろ部屋に案内させよう。長旅の後だ、休みたかろう」


 剣技大会に関しての話が主題であったのか、その話題が終わると場を開くことを宣言したエルリック。

 ここまで案内してくれたラファエルがソファーから立ち上がると、それに続いて私と騎士団長も立ち上がる。


「……あっ」


 だが、馬車の揺れによって少しずつ位置がずれてきていたのだろうか、その拍子に懐に仕舞っていた機械時計が床に落ちる。

 王家の紋章が刻まれたそれは、いつか陛下(当時の彼はまだ第一王子であったが)から貰ったものだ。

 思わず小さく声を上げる私。

 丸い形をした掌サイズの時計は落ちた勢いそのままに横に立った状態で動き始め、エルリックの方へと転がっていく。

 そしてそれは、身を少し屈めた彼の手の中に受け止められた。


「お手を煩わせてしまい申し訳ございません」

「時計か。紋章を見るに、レオーネ殿から下賜されたのか?」

「はい。陛下よりお与えいただいた物にございます」


 手にした時計を興味深げに眺めた彼から尋ねられ、私はそう言葉を返す。


「確かベルフェリートでは、機械時計を渡すのは相手への親愛の意を示すのだったか。―――ラファエル」

「はい」


 一言呟いた彼が宰相の名を呼ぶと、呼ばれたラファエルは部屋の奥に置かれていた机に近付くと、その引き出しの中から袋を取り出す。

 そして、それをエルリックへと手渡した。


「手を出せ」


 こちらを向いてそう告げた彼の言葉通り、その場に跪いて手を差し出す私。


「私からもこれをくれてやろう。持っているがいい」


 するとエルリックは袋を傾けて自らの掌の上にその中身を出すと、それを私の手の上へと更に落としていく。

 いくつも落とされる感触が伝わったそれは何だろうかと思いそちらを見ると、そこにはいくつもの青色に輝く宝石があった。

 青色の宝石と言ってもいろいろ種類があるが、輝きを見るに、これは地球においてカイヤナイトと呼ばれるものだろうか。

 綺麗にカットされたその表面には、よく見るとフェーレンダール王家の紋章が刻まれている。


「藍晶石にございますか?」

「ああ。我が国ではそちらで言う時計を送るのと同じような意味がある。一連の働きへの褒美だ、受け取るがいい」


 フェーレンダール王国は山がちな国土から石材資源が豊富であり、王宮のホールを見ても分かるようにそれを存分に生かしている。

 故に俗に石の国と呼称されることもあるのだが、しかし『石』と呼ばれるのは何も建築や彫刻に用いられるような石材ばかりではない。

 山がちであるこの国には鉱山も多く存在しており、宝石と呼ばれるような鉱石も多く産出されていた。

 そのため、宝石が例えば我が国などと比べより文化に密接に関連しているのだろう。


「では、夕食の際に呼びに行かせる故、それまで休んでいろ」


 受け取ったそれらを、共に手渡された先程落としてしまった(盤面を眺めるとそれまでと同じように時を刻んでおり、幸いにも壊れてはいないようだ)機械時計と共に懐へと仕舞うと、続いてこちらへと口にした。

 その言葉に従い、部屋を後にした私達。

 そうして、エルリック王とのいきなりの謁見は終わったのだった。

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