16. 推挙
リヒャルトと謁見してから数日が過ぎ、商人達へと追加で注文した資材の調達の目処が立ったという連絡を受けたので、描き直した設計図を元にしてかつてのようにこの街の中心部に館の建設が開始された。
実際に作業を行うのは、領地から集めた工匠達と私の麾下の兵の一部である。
本来ならば領主としては仕事を与えるためにも建設を生業としている工匠達に全て一任したいところなのであるが、しかしそれには問題があった。
問題とは、貴族が領地に滞在している際に滞在する館が単なる家としての機能だけではなく、有事の際に敵の攻撃から立て籠もったりするための役割を持った軍事施設としての機能も備えていることである。
我がロートリベスタ家領は二百年前のクーデターの後に領地をいくつかの当時のベルファンシア家派の諸侯に分割されて、先日まで統治されてきた。
工匠の収入の内訳において領主からの仕事の割合は過半数を占めていることが多いので、ということは領内にいる工匠達は先日の論功行賞の前までこの地を統治していた家と関係が深い可能性が高い。
貴族が館に客人を招くことも多いとはいえ外部に見せてよい部分とよくない部分があるものであるし、いざという時に自分や家族、臣下が立て籠もることになる場所の正確な構造を、他家に漏洩する可能性を高める訳にはいかなかった。
故に、彼らには特別な構造の無い城壁や軍事的な用途の無いリヒャルトのための音楽堂や画室などの建設のみを任せ、館本体を含めたそれ以外の部分に関しては麾下の部隊を一部割いた兵達に任せることになる。
そのため、工匠達には該当部分のみしか描かれていない設計図を渡していた。
同時に、領地の全土で募兵が始められる。
内乱が終わると共にアヴェイン男爵家の領地へと戻っていったユーフェルの代わりに副官へと昇格させた将校にそちらは任せているが、先程彼から受けた報告によればそれなりに順調であるようだった。
この調子であれば、数ヶ月もあれば当面の目標の三万人に到達するだろう。
とはいえただ人数を集めただけでは意味は無いし、ある程度の訓練を施すことも必要となるので、その分の時間も考慮に入れておかなければならないのだが。
ともあれ、喫緊の懸案であった館の建設と募兵がどちらも開始されたからには、その次に優先順位が高い事柄は人材を集めることである。
末代まで我が家に仕えることとなる者を探すのだから、これに関しては誰でもよいという訳にはいかず大々的に募集することは出来ない。
武官に関しては現在の麾下の軍勢の将校をそのまま登用すればよいので、主に集めなければならないのは文官であった。
これまで他の貴族に統治されていた領地内において、無論彼らとの繋がりがあった者を採用する訳にはいかない。
その辺りに関してはクララ達に調べてもらえばよいので、能力が高く優秀な属吏や街にある学校の教師など、実務能力に長けていると考えられる者達の中から適任であると思われる者をピックアップする。
今は調査中であるので、それが終わり次第順次登用の話を持ち掛けることになるだろう。
他にも料理人や庭師なども必要になるが、それらの人材に関しては館が完成してからで構わなかった。
「入って」
自室でそんな思考をしていた折、外から叩かれた扉。
入室を許可する旨を伝えると、開いた扉の向こうからアネットが姿を現す。
いつものように、彼女は一片の乱れも無い美しい礼を見せる。
「レナータ・エクラール様の侍女長の選定が完了致しました。こちらが資料となります。認可をいただきたく存じます」
「そう。お疲れ様」
彼女は、王都にいる頃から続いていたレナータ嬢付きの侍女の選定が完了したという報告をする。
労いの言葉を掛けると、私はその手から資料である書類を受け取った。
そのまま、紙面を眺めて内容に目を通していく。
曰く、選定された人物の名はドロテア・ハイメンダール。
必要条件であるエクラール公爵家領となる地域の出身であり、アネットよりも二つ歳下で現在は小さな食堂の看板娘として働いているらしい。
書類にはアネットによるレポートの他にクララによる報告も記されていたが、他の貴族や商人などとの繋がりも特には無いようで、これといって問題になるような点は見つからなかった。
「特に問題は無いわね。認可するわ」
レナータ嬢付きの侍女になるということは将来エクラール公爵家の侍女長というそれこそ家臣団の中でも最も高い地位の一つに就くことを意味しており、王族などの身分の高い来客があれば応接を受け持つことになるし、他の侍女達を管理したり職掌で任されている範囲の物品の管理において書類を扱ったりすることも多い。
そうした職務を食堂のウエイトレスという全く異なった仕事をしている女性がいきなりこなすことが可能なのかという点は問題としてあるが、そこが厄介なところであった。
これが通常の仕事であれば無論経験者の方がよいところであるが、しかしながら侍女という仕事の場合経験者であるということは既に他の貴族の屋敷での勤務経験があり、その家との繋がりがあることを意味している。
故に経験者を選ぶ訳にはいかないし、実務能力という観点であれば商家で働いている女性なども選択肢に挙げられるところであるが、やはり同じようにその店との繋がりがあることを意味しており、商人は将来利害関係者となる可能性があるためにやはり選定から外れることになる。
つまりは、全くの未経験者をレナータ嬢の教育が終わるまでに侍女として教育することが最も望ましいのだった。
当然、アネットによる選定基準もそれらの点を踏まえている。
ドロテアという女性との面識は当然ながら無いが、しかし信頼するアネットが見出したのならばきっと侍女としての高い素質を持った人物なのだろう。
私は、彼女の選定を認可する。
「では、早速使いを送る手配を致します」
「任せたわよ。それと、館の完成時に備えて数人程侍女の教育を始めておきたいのだけれど、可能かしら。負担が大きくなるでしょうし、優先は先程の方であるから、もし難しければ断っても構わないわ。これは命令ではないから、貴女の判断で返事をして頂戴」
館の完全な建築完了は当面先のことになるだろうが、しかし建物がある程度完成すれば完成を待たずとも居住することが可能となる。
近いうちに私は時間を稼ぐために一度領地を後にすることになるが、それから戻ってくる頃には住めるようになっているだろう。
しかしながら、その際に侍女がアネットと教育中のドロテアの二人しかいなかった場合、侯爵家の館として相応の広大さになる建物を僅か二人で維持することは間違いなく不可能だった。
なので出来れば今のうちに最低限五人程度の屋敷で働く侍女の養成も始めておきたいのだが、それを任せられる人材は残念ながらアネットしかいない。
彼女の能力の高さは私が一番知っているが、しかしドロテアという女性の教育という大きな仕事を別に受け持つこととなるアネットに館の侍女の養成までも任せてしまえば、その身に掛かる負担はそれなりに大きなものとなってしまうだろう。
そのため、もしも負担が大き過ぎるというのならば無理をさせる気は無かった。
「問題ありません。それでは、そちらの選定も行っておきます」
「ありがとう。必ずや、相応の報いはするわ」
働きには相応の恩賞を、というのは相手が誰であっても変わらない。
大丈夫であるというアネットに対して、私は請け負っている仕事に相応しい恩賞を約束する。
「もう一つご報告を。ヴェロニカ・インサーナ様がご婚約なされたそうです」
「何かお祝いをしなくてはね。相手はどなたなの?」
侍女絡みの話題が途切れると、それに続いて彼女はそんな報告をする。
王立学園において私の級友であった、インサーナ伯爵家の令嬢であるヴェロニカ嬢が婚約をしたらしい。
途中で出奔したために然程長い期間ではなかったが、在学中はそれなりに親しくしていたし、何か祝いの品を送ることを決める。
とはいえ、まだ在学中に婚約が決まったというならばそれは政略結婚であろうし、友人の結婚を喜ぶべきかどうかを判断するのは相手が誰であるのかを聞いてからだ。
「ノーリッシュ伯爵であられるそうです」
「そう。彼ならば、きっとヴェロニカさんを幸せにしてくださるでしょうね。とても喜ばしいことだわ」
そうした意図による私の問いに対してアネットが返した答えを聞き、私は喜びの意を口にする。
彼女のフィアンセとなったのは、中規模程度の領地を持った家であるノーリッシュ家の当主、アドルファス・ノーリッシュ伯爵であるらしい。
確か、私から見れば(つまり同い年であるヴェロニカ嬢から見れば)七つ歳上だっただろうか。
その人物との間に面識は無いので噂で伝え聞く限りではあるが、彼は領主としても有能である一方非常に穏やかな人格者であると伝えられており、悪評のようなものは全くと言ってよい程聞いたことがなかった。
数年前に病気で死別した夫人のことを深く愛していた愛妻家としても名高く、ノーリッシュ家はそれなりの規模の貴族であるために夫人の病没後次々と舞い込んだ再婚の縁談を全て断っていることは広く知られている。
私は面識が無いがかなり優れた容姿の持ち主でもあるようで、先述の夢想的なエピソードと合わせ若い女性の間での人気が極めて高く、憧れの存在として学園の女子生徒達が彼に関しての話を語り合っていたのを思い出す。
そんな人物が急に再婚することとなったのは元々ノーリッシュ伯爵家とヴェロニカ嬢の実家であるインサーナ伯爵家との間に繋がりがあったことに加えて、先日の論功行賞によって国内の情勢が大きく変化したためだろう。
再婚とは言っても、まだヴェロニカ嬢は学園に在籍中であるため実際に婚姻が結ばれるのはこれから数年後、彼女が卒業してからのことになるのだが。
ともあれ、ノーリッシュ伯爵が噂通りの人物ならば、彼女のことを無碍に扱ったりすることは無いはずだ。
「では、私は使いを送る手配をして参ります」
「ご苦労様。負担を掛けてしまってごめんなさい。学園を出奔してから、貴女にはどれだけ助けられたか分からないわ」
報告を終え、退出の旨を伝えてきた彼女に対してそう言葉を掛ける私。
両親への情報操作やレナータ嬢の捜索など、アネットは本当によく私を助けてくれた。
「いえ……お嬢様のようなお方に仕えることが出来ましたことはこの身にとって大きな栄誉にございますれば」
そう言って礼をし、彼女は室内を退出していく。
レナータは幼い頃から私付きの侍女として仕えてくれているが、有能であり信頼出来る存在でもある彼女の存在は、私にとって非常に大きなものであった。
彼女も含めた者達が支えてくれるから、私はこれからも歩いていける。
中編を投稿しました。
『レジェンド・オブ・イシュリーン』などの人気作の作者である木根 楽さまとの共作です。
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