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27. 足止め

 期せずして戦うことなく王都を取り戻すことが出来た私達であるが、しかしかといってこれで戦いが全て終わった訳ではない。

 依然として王国の東部には侵攻してきたラーゼリアの軍勢が存在しているし、領地へと逃れたベルファンシア公爵の軍勢も未だ存在している。

 それらを全て撃ち破って初めて、この国に平和が取り戻されたと言えるのだ。

 現宰相に関しては、最早脅威ではない。

 決戦で破れた上に王都からも落ち延びざるを得なかったことによって諦めたのか、決戦の段階ですらまだあちらの陣営に留まっていた極めて現宰相に近かった貴族達からもこちらに降伏する者が相次いでおり、最早彼に残されているのは五万程の兵のみとなっているためだ。

 とはいえ、だからと言って放置しておく訳にもいかない。

 ここまで追い詰められたならばラーゼリアを頼る可能性もあるし、それを許しては何かと面倒なので、早いうちに討伐の軍勢を送る必要があった。

 だが、一つ問題があるとすれば、それはフェーレンダールの本国侵攻の報せを受けて一時的に動きを停止していたラーゼリアが、いよいよ撤退しない方針を固めて侵攻を再開しようとしているらしいことだ。

 当然ながら、彼らにとっては我が国が割れていてくれた方が都合がいい。

 その前に王都を取り戻すことに成功した私達であるが、現宰相への討伐軍を出すとなれば確実に彼らも兵を出して妨害してくるだろう。

 討伐軍の他に、ラーゼリアの軍勢を止める役目も必要であった。


 そしてそれぞれに軍勢が編成され、王都から出撃していく。

 目標は現宰相の領地と対ラーゼリアの二つなのだが、私はそのうちの後者へと割り振られていた。

 本来であれば前者を指揮することになるはずだったところなのであるが、面白がったような表情の第二王子が指揮をしたいと言い出したことと、何故かは分からないがベルクール伯爵がそれを強硬に支持したことによって、私は対ラーゼリアの軍勢を指揮することとなったのだ。

 仮にも建国以来国内最大級の大貴族であり続けたベルファンシア公爵家の本拠である城は昔一度だけ目にしたことがあるが相当に堅牢であるものの、しかしここまで来たならば大丈夫だろう。

 それよりも、より厳しそうなのはむしろこちらの方だった。

 こちらに割り振られた諸侯の軍勢を率いて王都を出発した私達であったが、途中でラーゼリアが我が国の領内にいる四十万のうち三十万以上を動かして王都へと向かっているという報告がクララからあったのだ。

 王都を取り戻し現宰相がほぼ力を失った今、私達は殿下の名の下に国中の貴族を糾合出来るようになっており、このままもう少し待てば国中から貴族が集まってくることになる。

 そうなれば五十万程度の兵力を動員することは容易であり、ラーゼリアとの兵力比が逆転することとなるのだ。

 だが、現時点であればまだ彼らの方がずっと大軍である。

 そのため、今のうちに全力を以て私達を撃破しようと考えているのだろう。

 私の指揮下にある兵力はおよそ六万と少し。

 別に正面から戦ったり敗走させたりせずとも、あくまでもベルファンシア家の館が陥落するまで足止めすることが出来ればそれでよいというのが救いと言えば救いであるが、とはいえ五倍の軍勢と対峙して食い止めなければならないということになる。

 真っ向からぶつかれば兵数の差で押し潰されるだけであろうし、何か上手く足止めする方法を考えておかなければならないだろう。

 もう少し早く察知出来ていれば私の騎兵部隊単独で集結中の敵軍に奇襲を仕掛けて編成を遅らせるという手段も使えたのだが、後から言っても仕方がない。

 勝たなくても構わないのだから無理をして勝ちを狙いに行く気は無いし、いい具合に足止め出来る手段を頭の中で考えていく。


 まだあちらは開戦さえしていないので単なる私の見積もりであるが、恐らく七日もあれば館は陥落させられるだろう。

 ということは、つまりおよそ十日程度ラーゼリア軍を足止めをすることが出来ればそれが今回の作戦の戦略的勝利ということである。

 それだけならば地形を生かすことが出来ればそう難しいことではないのだが、しかし問題なのは王国の中央部は平地ばかりであり、防衛に適した地形がほとんど存在しない点だ。

 となれば、敵がまだ王国の西部から出ていないうちにこちらから出向くべきだった。

 兵数が多くなればなる程、それに比例して行軍速度は低下する。

 故に、彼らは未だ占領区域内である王国東部に留まっていた。

 東部であれば中央部とは異なり防衛に適した場所もそれなりにあるし、相手も自らの勢力圏内であるということで然程警戒を密にはしていないだろう。

 私は宰相としての仕事をしていた頃に王宮で目にしたことのある、街道の敷設と同時に作成された王国の地形まである程度描かれた地図を眺めながら、作戦を考案していった。


 重装とはいえ騎兵であり歩兵としての訓練を受けていない騎士団は、攻城戦においてはほとんど役に立たない。

 それ故に、六万の中には含まれてはいないものの、必要があれば手が空いている第三騎士団や第四騎士団に依頼して動いてもらうことも許されていた。

 また、長らく辺境伯家と協力してラーゼリアの侵攻と戦ってきた歴史があるために、開戦当初より彼らと共に私達の側へと旗色を鮮明にしていた第二騎士団もいる。

 第二騎士団は当初は現宰相側の諸侯と戦っていたものの、ラーゼリアの参戦以降は遊軍のような形でその軍勢と各地で交戦しているという。

 とはいえラーゼリアと辺境伯家の交戦は今や元々の国境沿いが中心となっており、我が国への侵攻を優先させるために西側の領地の境界には牽制の兵を置く程度で放置されているので、必然的に第二騎士団の仕事はかなり減っている。

 なので、彼らに動きを依頼することも可能だろう。

 余談ではあるが、最近まで旗色をはっきりとさせずに沈黙を保っていた北西部の第五騎士団も殿下への恭順の意を伝える使者をこちらが王都へと入ると同時に送ってきているし、第一騎士団は壊滅している。

 故に、この国に現在存在する騎士団の全てがこちらに味方している状態だった。

 もっとも、第五騎士団は本拠としている城がここから遠過ぎるので助力を頼むのは時間的に不可能なのであるが。

 だが、三つの騎士団の助力があるならば戦術の幅が広がり様々なことが行えるのは確かだ。

 元より、ラーゼリアの軍勢を国境の向こうまで押し返したとしてもそれで終わりではない。

 その後のことも見据えながら、私は三つの騎士団の団長へと宛てた依頼の手紙をそれぞれ記していく。


 現在三十万にも上るラーゼリアの大軍が王都へと向けて進んでいる訳であるが、その一方でそれは彼らの占領されている我が国の西部地域がかなり手薄になっているということでもある。

 我が国に攻め込んできた彼らの総兵力はおよそ四十万であり、編成された三十万を除けば残りは十万。

 その十万のうち五万はヴェルトリージュ辺境伯家への備えのために領地の境界付近に張りつけられており、広大な西部地域には僅か五万の兵力しかいない状態であるためだ。

 ベルフェリート王国は非常に広大な国であり、その約五分の一の地域と言ってもたった五万では護りきれるはずもない。

 こちらから攻撃を仕掛けていけば、簡単に奪還することが出来るだろう。

 現在は王都に駐留している第三騎士団と第四騎士団に対して、それぞれ別のルートを進んで東部に攻撃を仕掛けるように依頼する手紙を送る。

 それと同時に、第二騎士団に宛てる手紙もこの国の文字を使って書き記していく。

 彼らには、越境して辺境伯家と交戦しているラーゼリアの軍勢を背後から突くように要請する。

 北からの侵攻に対する迎撃のために兵を取られているというし、上手く挟撃すれば断続的に戦いが続いている敵の軍勢を撃破出来るだろう。

 そうなれば、これまでほぼ封じられていた辺境伯家の動きはかなり自由になる。


 これから手紙を届けさせて、それを受け取ってから動き出すとなれば、第三騎士団及び第四騎士団が東部に到着するのは今日から十日と少しといったところだろう。

 つまり、私達は二、三日敵をどこかに釘付けにした上で、退却する振りでもして中央部へと敵勢を引きずり出せばいい。

 後は軽騎兵で少し動き回れば、足止めという戦略目標以上の結果を得ることが出来る。

 他にも、クララを呼んでいくつか細工をしたりもせねばならないが、必ずや最良の結果を導いてみせよう。

 当初から思い描いている未来図を実現させるべく、私は書き終えた手紙を封筒に入れて蝋で封じ、配送の手配をするために鐘を鳴らしてアネットを呼んだのだった。

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