1. 春和景明(1)
そして四月。
手荷物を纏めて準備を終え従者達と共に領地を出立した私は、馬車で半月ほどかけた旅の末に王都の近くへと辿り着いていた。
隊列は別に豪華ではなく、馬車は私や従者達の乗っているものと荷物を積み込んだものの二台だ。
荷物とは言ってもそれほどの量や種類がある訳ではなく、せいぜいが服と書物くらいしか積まれていない。
基本的に豊かではない貴族の子女しか学園には通わない(余程王家への忠誠心が強い大貴族がいれば話は別だが)ので、どこもこれと同じくらいの規模だろう。
王族はともかくとしても高位の貴族の子女がいないため、変に派閥のようなものが出来る心配が無いのは安心だった。
それならそれで巻き込まれないように動くだけだが、面倒事の種はなるべく少ない方がいい。
振動に揺られながらも窓から外を見れば、私達が乗った馬車は白銀の鎧を纏った十人ほどの騎士達に囲まれながら進んでいる。
彼らは私達の護衛の役目を担っていた。
学園への入学が決まると、王都から騎士の部隊が派遣されて移動する子女の護衛に当たるのだ。
大貴族とは異なり、子女を学園に通わせるような貴族達はそのほとんどが領地からの収入だけでは食べていけない状態にある。
当然そんな状態では大規模な私兵を養うことなど出来るはずがないので、代わりに騎士団が護衛を担っていた。
国としても人質の役目も果たすことになる子女達を万が一にも危険な目に遭わせる訳にはいかないため、そのための経費を惜しむことは無かった。
仕方の無いことだがこの国にも賊の類は普通に存在するので、こうして護ってくれるのはとてもありがたい。
私の視線の先、すぐ窓の外の私が座っている位置の隣辺りの位置に馬を並べて進めているのが、この部隊の隊長だそうだ。
出発する前に、軽く自己紹介を受けていた。
名前はベリード・クラスティリオン。
年齢はまだ十六歳で、クラスティリオン伯爵家の次男らしい。
腰近くまである透明に輝く銀色のロングストレートに、澄んだ水色の瞳。
肌は見ていると羨ましくなってくるくらいに白く、顔立ちもまるで作り物であるかのように彫りが深く美しい。
身体はすらりと細身で本当に鍛えているのか疑わしく思えてくるほどだが、相当に重い騎士の鎧を身につけながら平然としているからにはかなり鍛えているのだろう。
実際、その身のこなしは騎士として洗練されており、まだ十六歳であるとはとても思えないほどだった。
動作に隙が全く無い上に礼節においても完璧に近く、相当な実力の持ち主であることが容易に窺い知れる。
人格も、私が見た限りでは実力に違わぬものを備えているようだ。
クラスティリオン伯爵家といえばかつてのクーデターをベルファンシア公爵家と共に首謀した主犯であり、今なお公爵家と共にこの国の実権を壟断している貴族だ。
私にとっては怨敵の一人ということが出来るのだが、そのイメージとは裏腹に道中で幾度か言葉を交わした彼はとても清廉な人物であるという印象だった。
何だろう、鳶が鷹を産むとでも言えばいいのだろうか。
私の視線に気付いたらしい彼が、こちらに顔を向けた。
横顔に限らず、正面から見る表情までもがとても整っている。
「どうか致しましたか?」
「いいえ、何でもありませんわ。景色を眺めておりましたの」
私に向けて尋ねてきた彼に言葉を返す。
外見だけでなく、声までもがしっとりとした美声なのだから大したものだと思う。
「左様ですか。間もなく王都に到着致します。どうか後少しのご辛抱を」
そう言って彼は再び視線を前に向けた。
その言葉通り、窓越しに見る左前方の方向には長大な城壁とその上部から覗く建物達が見える。
城壁は高さこそ普通であるが、広大な王城を全て囲っているが故にここからでは端が見通せないほどに長い。
強い既視感。
やはり年月に伴いある程度の変化は蒙っているようだが、記憶の中にある姿と大きくは変わってはいない。
紛れもなく、それはこの国の王都だった。
都は街全体を城牆で囲った城市部分と、街の中央に建造された王城の二重の防衛構造になっている。
王城の中で、フォルクス陛下と共に政治を執った日々を思い出し、強い懐かしさを覚えた。
私の右隣、柔らかなクッションが敷かれた座席の少し離れた位置には、カルロとアネット(私付きのメイドの名前だ)が座っている。
御者や私の荷物を寮に運び込む役として十人ほどの使用人が同行しているが、彼らはそれが終われば馬車で領地へと戻ることになっており、寮の中にまで私と同行するのはこの二人だけだった。
学園には相当な人数の使用人がおり、彼ら彼女らは余程無茶なものでなければ自家の使用人と同じように要求をこなしてくれるそうなので、どこの家も同行する使用人の人数は数人程度なのだそうだ。
あの日から六年の時を経て私と同じ十三歳になったカルロは、かつてお忍びで我が家に訪れた際に目にした第一王子にも劣らないだろうと思うほどの強さに成長していた。
ふらつきながらあれほど頼りなく振っていた真剣も今や軽々と振り回せるようになり、数年前から始まった隊長との打ち合いでももう負けることは一切無くなっている。
それ故に隊長からは合格が告げられ、以降は庭先で一人で訓練を積み重ねていた。
これからは、侍従として本格的に私の護衛に就くことになる。
身長こそまだ百六十センチ台の半ばくらいだが、まだ成長期は終わっていないのできっと後数年もすればもっと背は高くなっているだろう。
ちなみに、私は去年百五十四センチで成長が止まった。
恐らく、もうこれ以上は伸びないだろう。
前世の私は百七十四センチあったので、都合二十センチも縮んでしまった計算になる。
どうやら、両者とも都に来るのは初めてらしい。
私は前世で既に見ているので驚かなかったが、二人は地平まで延々と続く城壁の威容に目を奪われているようだった。
馬車が進むにつれて周囲の景色も少しずつ変化していくが、しかし城壁だけはどれだけ近付いても終わりが見えない。
実際に一面につきそれぞれ十キロほどの長さを誇っているので、たとえ中央付近に作られている城門の辺りからでも端を窺い見るのは困難だろう。
私が追懐、二人が驚愕と、目の前の光景に対して全く違った感情を覚えている間にも馬車は進む。
そして、城門を通り過ぎて馬車は王都の内部へと入った。
騎士団が同行しているので、特に門に配置された兵達に妨げられたりすることもなく私達は門を通過する。
視界に映るようになったのは、石畳の大通りと繁栄する市街だった。
さすがに通りを人が埋め尽くしたりしている訳ではないが、それでも人々の姿はそれなりに見受けられ、またいくつもの店が立ち並んでいる様子は都の活気と繁栄を感じさせる。
店や建物の配置などはさすがに大きく異なっているが、それでも活気や建造物の構造などは私の記憶と全く変わっていない。
市街地であり避けてくれるとはいえ市民が進行方向に大量に存在しているため、城市内に入ってからは馬を駆けさせることなく速度を落としており、それらの風景はゆっくりと視界を通り過ぎていく。
ちょうど馬車が向いている正面、大通りの奥には太陽を反射して白く輝いている城が見える。
あれが王城だろう。
だが、外見は前回目にした二百年前とは大きく異なっている。
あちこちに散見される半円状の構造が特徴的だった素朴で重厚な城とは異なり、曲線や彫像、彫刻などが特徴的な豪奢な印象を受けるものになっている。
色も石の本来のそれそのままだったかつてとは違い、壁面のほぼ全てが純白に塗られているようだ。
威風と高貴さを兼ね備えたそのデザインは、まさしく王家の城に相応しい威容だった。
何せよ今の姿の王城は初めて見るので、こればかりは隣の二人と同じ驚きを共有している。
「サフィーナ嬢、間もなく到着です」
そんな私に、窓の外から声が掛かる。
騎士としての礼節に完璧に則った流れるように美しい仕草と共にそう口にした美声の主は言うまでもない、護衛の騎士達の指揮を執っている銀髪の彼だ。
私が視線を正面から彼の方に移すと、そちらには広い門と巨大な建造物。
記憶にあるのとほとんど同じ姿のままの、学園の校舎が聳えていた。
「護衛ありがとうございました、クラスティリオン様。感謝致しますわ」
私が彼にそう言葉を返している間に、馬車は門を通り過ぎて敷地の中へと入る。
当然ここにも門番の兵がいるのだが、やはり騎士の随行が学生であることの証明になるため止められたり確認されたりすることはない。
やがて馬車は所定の場所に止まり、私はカルロに手を引かれながら外に降りて大きな校舎を見上げる。
ここが王立学園。
これから数年間、私が通うことになる場所だ。
これから数年間住むことになるだろう寮に荷物が全て運び込まれると、私は騎士団と馬車を見送って居室に入っていた。
別に寮だから相部屋ということもなく、学生達には一人一部屋が与えられている。
寮には家具があらかじめ用意されていると聞いていたので家具の類は別に持ってこなかったのだが、この部屋にあるそれは私の実家にある家具よりも遥かに高級なもの達ばかりだった。
家具に限らず、廊下や部屋に敷かれている絨毯、壁面に飾られた絵画、天井から吊り下げられた豪奢なシャンデリア、そのどれもが実家では到底買うことが出来ないだろう代物だ。
さすがは王立というべきか、この学園は王家の権威を誇示するのが目的の一つであるため、調度品への費用は全く惜しまれていないらしい。
確かにここに子女を通わせるような貧乏な弱小貴族が相手ならば、十分に心理的な効果が見込めるだろう。
絵画は明暗や色彩感などが重視された写実的で力強い印象を受けるものであり、写実性を嫌い世界観を重視する傾向にあった二百年前のそれとは大きく異なっている。
私はふかふかのベッドの縁に腰掛けつつ、扉の付近で控えていたカルロとアネットに自室で休むように言う。
生徒用の大部屋だけでなく、使用人用の小部屋が三室ほど付属しているのだ。
先程ちらりと確認してみたが、小部屋とは言っても貴族用である大部屋と比べたら小さいというだけで、それなりの広さがある上に箪笥とベッドと机は用意されており日本人の感覚で見れば十分に快適で過ごしやすいだろうものだった。
単に大部屋が豪華すぎるだけで、小部屋も十分に昔仕事で一度だけ泊まったことのある五つ星ホテルのスイートルームくらいの豪華さはあった。
小貴族であれば、他の貴族が訪れた時にこのレベルの部屋を宛がっても相手への失礼にはならないほどだ。
これもまた、貴族どころか使用人にもこれだけの待遇をする余裕があるのだという王家の力の誇示なのだろう。
あるいは、使用人に対するメッセージも籠められているのかもしれない。
部屋の構造としては、まず入り口に玄関のような部屋があり、そこからそれぞれ大部屋と小部屋に繋がる扉が配置されている。
二人は玄関に出ると扉を開き、それぞれの小部屋へと入っていった。
大部屋で一人になった私。
所々改修こそ施されているとはいえ築数百年にも及ぶ石造りのこの建物は壁も相当分厚く作られているらしく、部屋が全くの無音に包まれる。
せっかくの静寂なので、今のうちに今後の方針でも考えておこうか。
学園に通っている間に、この領地の振興策を形にしておくのがいいかもしれない。
今のままでは、私が爵位を継いでも父のように官吏としてあちこちを飛び回らなければならなくなる。
それでは日本人だった頃に得た知識を生かして領地を発展させる時間など到底取れなくなってしまうだろう。
父が当主として官吏をしてくれているうちに、卒業して領地に帰ったら代役としてどうにか私が執政して官吏をする必要が無い程度の税収を確保しておく必要があった。
そもそも前世での私が亡きフォルクス陛下から宰相補佐に抜擢されたのは自らの領地を領主としてかなり大規模に発展させることが出来たからであり、更に言えばそれは元々実家が税収だけで生活出来るほどの大貴族だったからだ。
今回はそうではない以上、まだ初めの一歩であるとはいえその辺りのハードルは前世とは比べ物にならないほど高かった。
さあ、どうすべきだろうか。
私は漠然と視線の先の壁に飾られた絵画を見ながら、しばしの沈思に耽る。
白いこれまた高級そうな額縁の中に入れられているそれは、油彩で花畑か何かの風景を描いたものだった。
彩色豊かに描かれた花々は、眺めているとともすれば本物の花よりも美しいのではないかとさえ思ってしまう程の出来だ。
誰が書いたのだろう。
是非ともこれを書いた画家の名前が知りたい、今度調べてみようか。
そんな風にまどろみにも似た時間を私が過ごしていると、廊下から扉がノックされる。
特に来客の心当たりなどは無いので首を傾げる私だが、相手が分からないからといって応対しない訳にもいかない。
門には警備兵が立ち、更にはこの寮の入り口にも兵が立っているのだ。
万が一にも危険な相手である可能性は無いだろう。
そう判断して、私は近くの紐を引っ張り別室のアネットを呼び出す。
軽く大部屋のドアにノックをすると、彼女はそれほど待たないうちに姿を見せた。
「失礼致します、お嬢様」
「お疲れ様。お客様が来ているみたいだから、名前と用件を尋ねてきてくれないかしら」
「畏まりました」
そう言うと彼女は大部屋の扉を閉め、玄関の方へと向かう。
厚い木の扉を隔てているので内容は聞き取れないが、アネットと誰かが会話を交わしているらしい声が幽かに聞こえた。
私はその間に、ベッドから立ち上がって軽く着たままだった青いドレスの皺を手で伸ばしておく。
ついでにシーツの乱れを直しておくのも忘れない。
これで応対は大丈夫だろう。
茶葉などはまだ購入していないので無いが、それはそれで仕方がない。
私が立ったまましばらく待っていると、アネットが再びノックして部屋に入ってきた。
「来客はどなたかしら」
「隣の部屋に入られた、ユーフェル・アヴェイン様です。お嬢様にご挨拶したいと仰られておりました」
ユーフェル・アヴェイン……アヴェイン男爵家の子息か。
特に実家と交流などが無いので私と同い年の子供がいることは知らなかったが、爵位が示している通りかなりの零細貴族なので、子女がいれば学園に入学させるのは当然だろう。
別に隣人に挨拶するのは貴族の礼法でも何でもないが、まあ別に断る必要も無い。
「分かったわ。入っていただいて」
私がそう判断してアネットに伝えると、彼女は一度退出して扉を閉める。
そして数秒後、再び開いた扉から入ってきたのはどこか軽薄そうな印象を受ける華奢な少年だった。
彼の後ろに続くように入ってきたアネットが扉を閉める。
視界の先にいる少年を観察する私。
身長はそれなりに高いが、百八十センチには達していないだろう。
ピンクベージュのような色の髪は前髪の部分が丸くウェーブして額が露わになっており、その整った彫りの深い顔にとても似合っている。
彼は私と目が合うと、その美貌に人懐こそうな笑みを浮かべさせた。
「初めまして、サフィーナ嬢。ユーフェル・アヴェインと申します」
そして口を開くと共に膝を折って礼をし、彼は私の手を取ってその甲に口づけをした。
前世で初めてこれをされた時は顔を真っ赤にして軽くパニックになったものだが、貴族の礼法として正しいものなので今ではもう慣れてしまっている。
少年の唇の柔らかな感触が、触れている場所から感じられる。
そして両者が離れると、彼は折っていた膝を伸ばして立ち上がった。
正面から向かい合うような形になる、私とユーフェル。
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。私はサフィーナ・オーロヴィア。オーロヴィア子爵家が娘ですわ」
私も、スカートの裾を掴み膝を曲げて彼に挨拶を返す。
そして、言葉を続けた。
「今日はご挨拶に来られたそうですが、まだ茶葉等を買っておりませんのでおもてなしが出来かねますの。申し訳ありません」
謝罪の言葉を彼に告げる。
無い袖は振れないというか、こればかりは仕方がないだろう。
元々隣の部屋の住人に挨拶をすることは礼法ではないので、準備不足できちんとしたもてなしが出来ずとも非礼には当たらないはずだ。
「いや、構いませんよ。それはそうと―――僕は君と友達になりたいんだけど、いいかな?」
彼は少し笑みを浮かべた後、口調と表情を一瞬でがらりと変えさせた。
……なんだろう、これは口説かれているのだろうか。
いきなり距離を詰めてきたことに戸惑うが、どうにか平静を保つ。
元日本人でかつ精神年齢の高い私だから戸惑いだけで済んでいるが、これが普通の同年代の貴族の令嬢達が相手であれば少年の美しい容姿も相まって一発で落ちてしまうだろう。
どうにも口説き慣れていそうな、手馴れた印象を受ける。
とはいえ、生憎と私はそんな手には乗らない。
「ええ、構いませんわ。お友達になりましょう」
私がにっこりと笑って彼に告げると、彼が内心で動揺するのが仕草や表情から見て取れる。
無理もない。
今まで彼が口説いた相手は、皆真っ赤になってあたふたとしていたことだろう。
だが、私は日本人だった頃に街中でこの手のナンパを受けたことは何度かある。
軽くワーカホリックだった当時の私は無論全て断っていたが、それでも純粋培養の少女達とは違い十分に耐性があるのだ。
「あはは、さすがは辺境の花だね。まさしく手の届きそうにないところに咲いている花だ」
「……ごめんなさい、辺境の花とは何のことですの?」
もう開き直ったらしい、笑い声と共にそんな言葉を口にした彼に尋ねる。
本当に心当たりが無いというか、文脈的にはきっと私のことなのだろうが、何故私をそう呼んだのかが分からない。
「ああ、第一王子が君のことを辺境の花と呼んで絶賛しているんだよ。殿下もこの学園に通っておられるから、もう学内は君が入学してくるという噂でもちきりさ。僕も君のことを一目見たくて挨拶に託けてこうして来てみたけど、殿下の言っておられたことは正しかったようだね」
……あの人、どんな噂を広げたんだ。
勘弁してくれとも思うが、よく考えてみたらこれは逆に人脈を広げるチャンスかもしれない。
領地を発展させるにしろ、元が小貴族の実家単独では何かを為すことは出来ないだろう。
ならば、誰かの力を使うしかない。
というか、そうポジティブに考えておかないとやっていられないというのが本音だ。
「それじゃ、君のことも見ることが出来たし、僕はこれで失礼するよ。それじゃ、今日から友達としてよろしくね」
そんな私をよそに、彼はそう言って再び膝を折って私の手の甲にキスをすると部屋を退出していった。
なんというか、一言でいうとかなりチャラい子だという印象だ。
しかもさりげなく友達としての立ち位置を確保していったので、これ以上下手に踏み込まれないように気をつけておかなくては。
ああ、それともう一つ。
「アネット、これからまた誰かが挨拶に来たら、お引き取りを願っておいて頂戴。疲れているから、少し休むわ」
「畏まりました、お嬢様」
「それじゃ、貴女も自室で休んでいなさい」
彼女にそう言いつけて、部屋を退出させる。
さっきの少年が言っていたことが本当ならば、これからもこの部屋に他の生徒達が訪れる可能性がある。
悪いが、そんなものをいちいち相手にしてはいられない。
向こうが邪な理由で来ている以上、こちらが門前払いしても無礼には当たらないだろう。
部屋の入り口の扉が小さく音を立てて閉まり、再び私は一人になる。
長い馬車旅で疲れているのは確かだ。
夕食の時間までしばし休んでいることにしよう。




