24 眠い朝(side Sherlock)
「……シャーロック。お仕事行かなくて良いの?」
エレノアは壁にある時計を見てから、俺にそう言った。滑らかな肌の手触りが手放すには惜しく、ずるずると時間が過ぎていってしまった。
あと、十分……あと、五分……そう何度が言い続けて、そろそろ限界が来てしまったのだ。
「はー……行きたくないな……」
気合いを入れて温かな毛布から抜け出せば、肌に冷たい空気が触れ、立ち上がるついでに両腕を伸ばした。
昨夜は眠りについたのは遅かったし、今日は朝から勤務が入って居るとわかっていても、俺の方が会いたかったので仕方ない。
とは言え、勤務時間に遅れれば、かなり辛いことになる。騎士団で新人と呼ばれるのは、三年間で俺はあと二年間残っていた。
早く終わらせたい。
「ふふふ。私は今日は、休みだけど……いってらっしゃい」
「……うん。いってきます。ゆっくり休んで」
口まで毛布で隠し横になったままのエレノアに上目遣いに見つめられて、あまりの可愛さに『仕事なんか辞めれば良いのに』と言いそうになり飲み込んだ。
エレノアが今務めている商会の仕事を楽しんでいることを知っているし、それをすることによって自分に対しマイナスな印象を与えたくないと思ったからだ。
嫌われたくない。絶対に。
余計なことを言いそうになったら、素早く離れてしまうに限る。俺は後ろ髪引かれながら、部屋を出ることにした。
あの調子だとエレノアはこのまま昼近くまで眠るだろうし、俺は明日の夜まで勤務時間だ。
不規則な勤務体制なのも、すべては役職を持たない新人騎士だから。幹部連中は昼から出勤しても、当然のように誰にも何も言われない。
先端が尖ったいびつな三角形の頂点、そこにさえ行けば、こんな思いはしなくても良い。
顔を洗ってから手早く着替えを済ませ、昨日買っていたパンを取って一口で飲み込んだ。正直言えば、食事をしているような時間はもうすでにないんだが、食べていなかったら昼まで持たない。
もう一度部屋に入ると目を閉じていたエレノアの頬にキスをしたら、彼女はぼんやりとして目を開けて微笑んだ。
……やばい。もう行かないと、本当にやばい。
無意識の彼女の誘惑をどうにか振り切って扉を開けると、気持ちの良い外気が頭をスッキリさせてくれた。
エレノアの住む単身用の集合住宅は女性が多いようで、俺とすれ違った何人かの住民たちが、わかりやすく驚いていた。なんだか、申し訳ないなと思う反面、彼女に安全な環境で良かったなと思う。
俺の邸も買ったばかりで、まだまだ二人で住むには足りないものばかり。それに、俺と早く結婚したいと何度も言っているエレノアも、現実的に考えて結婚式までに時間が掛かることには納得していた。
……もちろん。俺だって、彼女と結婚はしたい。すぐにでも、結婚式をあげたい。それも、盛大なものだ。
エレノアが涙を流して喜び一生の思い出となるような、そういうとっておきの式を挙げるのだ。
それを叶えたければ、どうしても、時間は掛かってしまう。
エレノア本人はそれはしなくても良いと言うだろうが、俺は商会の主である彼女の祖父の顔も立ててあげたかった。商人としての人脈を招待するのなら、会場も大きな場所が良いだろうし、料理や飾り付けにも気は抜けない。
それに、エレノアの結婚式用のドレスを特別で最高級のものを用意するとなれば、良い生地から買い付ける必要がある。
邸を購入したことで色々と金銭的に厳しくはなってしまったけれど、邸がなければ結婚も出来ない。
結婚後の生活を考えれば住む場所を先に買っておいて雇う使用人などにも慣れておいてもらった方が良いだろうと考えたし、今だってその決断は間違えたとは思っていない。
俺としては彼女との結婚式に関して親からの援助など絶対に受けたくはなく、だとすると、毎月の俸給をわかりやすく上げるしかない。
その方法は、俺の所属する銀狼騎士団には、ひとつだけ用意されていた。
銀狼騎士団には設立当初から『色付き』は、特別に扱われている。
俺の先祖である初代『銀狼』だって、色付き騎士のはじまりの一人だ。父さんも『銀狼』と呼ばれたが、今は引退して、ガヴェアの王の騎士として国王の側近となり仕えている。
そうだ。『色付き』になれば、俸給は跳ね上がる。
銀狼騎士団が精鋭揃いと呼ばれているのは、単に基本的な俸給が高いから強くて優秀な奴が集まるからだ。その中で『色付き』として抜きん出れば、庶民には一生稼げぬお金も簡単に稼ぐことが出来るようになる。
現在、銀狼騎士団に在籍している『色付き』は『茶狼』『金狼』『赤狼』『黒狼』『銀狼』それに、『白狼』が居る。あまり会わない『白狼』の白髪は加齢によるものではなく、生まれつき白いらしい。
俺の髪色は銀色なので、次なる『銀狼』を狙う。どうせ周囲からはいずれそうなるだろうと思われているだろうし、それが少々早くても誰も文句は言われないだろう。
なんだ出世を頑張るのは女のためかと言われようが、俺には本当にどうでも良い話だ。言いたい奴にはなんとでも言ってもらって良い。口では国のため主君のためとでも言っておく。その辺りの処世術はわきまえているもので。
誰にだって何を言われても、譲れないものはある。それは、俺にとってはエレノアだっただけだ。
銀狼騎士団の『色付き』が交替する時は、現役を引退する時か、現『銀狼』の功績を塗り替えた時だけ。
今の『銀狼』は俺があまり好きではない人であることも、好都合だった。嫌いな奴なら、蹴落としても胸は痛まない。どうぞ俺に負けて、悔しくて泣いてくれ。
「走るか……」
とは言え、もうすでに時間は遅刻ギリギリだった。馬車を使っても良いのだが、それを待つ時間も惜しかった。
なかなか時間が合わないエレノアとの朝は終わらせてしまうには惜しく、もう少しもう少しとベッドでの時間を延ばした結果、学生時代のように遅刻を恐れて走って通勤することになる。
だとしても、幸せな朝を後悔してやり直そうなどと、絶対に思うことはないので……それはそれで良いんだが。
ななな、なんとこちらの作品コミカライズ化が決定いたしました~!
私自身も本当に、びっくりしております。
また、詳細などは後日の発表になりますので楽しみにお待ちいただけたらと思います。
続編はピチピチの新人騎士が『銀狼』と呼ばれるまでを書きたいと思っております~!
そして、もう少し……26日の0時に私の作品『素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる』のコミカライズ6話が先行シーモア様にて発売になります~!
これでコミック一巻分になりますので、良かったら読んでみてくださいませ♡
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