表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/87

榊、聖都に到着する

 翌朝。

 榊たちは朝一番に聖都門前へと到着した。

 だが入門審査には時間がかかる。なにせ門前で宿泊した商人や、榊たちと同じく到着を調節した旅人たちが「朝一番」に軒を連ねていたからだ。

 ようやく門番に身元を証明して都市内に入れたころには、正午を過ぎていた。


「はぁー面倒くさいわね! 陰湿なのよこの街の連中は!」

「旅人とはいえ、太陽神のお膝元で過激なことを言わないでくれ」


 不機嫌なセナをジンが苦笑してなだめる。

 馬車を街外縁の馬屋に預けてすぐ。

 木製の梁が渡された日陰の裏路地を歩いている。石造りに白亜の漆喰を塗り固めた街並みは路地裏すら明るい。

 街中にも関わらず真紅のフルプレートアーマーを全身に帯びたフランは拍子抜けしたように首を傾げた。


「それにしても、結局、何事もなく到着できたな。隣国カラマンダと戦争寸前というから両軍が平原で睨み合っているかと思ったが」

「それ、『もう始まってる』っていうのよ。軍隊は向かい合っていいもんじゃないの……」


 とぼけた訂正をしながら裏路地を出て、

 意図せずセナは足を止めた。


 白光が燃え上がるような街だった。

 丘に密集した白亜の建物が身を寄せ合い、頂点の大神殿に統べられて壮烈に並び立っている。

 大通りにあふれる人々も太陽の笑顔を輝かせる。賑々(にぎにぎ)しい青空市場の喧騒でさえ、どこか格調高い。

 いかに美しいか。いかに格調高いか。詩人が競い合って謳うのも頷ける、聖都の姿が広がっていた。


「これが聖都か。大したのもだ」


 ほうと唸ったフランが面白そうに言った。

 我に返ったセナが悔しそうに顔を背ける。


「ほんと。見てくれだけは良いわね」


 環は口を引き結んで景観を、そこかしこに掲げられる太陽神の紋章を見上げている。

 宗教都市。

 大陸で最大の規模を誇る「神の街」の有り様だ。


 これだけの人々が。

 同じ一つの神を信じるが故に(つど)った人々が、これほどまでの規模を築いている。


 圧倒されているのか、思うところがあるのか。環は唇を引き結んだまま何も言わない。


 榊は丘の頂上にそびえる大神殿を見上げた。

 尖塔は三つ。尖塔に囲まれた大きな鐘楼が礼拝堂を兼ねていて、荘厳な大理石建築は窓が多く開放的だ。自然光を多く取り入れつつ、建造物の堅牢さを高めるべく独特の進歩を重ねたものだろう。

 鐘楼が閃いた。

 身構える榊の前で大気が揺らめき、像を結ぶ。


『あなたたちが、女神環とその同行者たちですね』


 少女の虚像──()()()だ。

 小柄で細身、幼さの残る若年には大仰な神官礼服。太陽の光を集めたような眩い金髪と、青空と同じ色の瞳が映える。

 柔和な顔立ちにむりやり厳しい表情を作って榊たちに臨んでいた。


『わたくしはサン=コロナ。この街の神殿長を務めさせていただいております』


 サン=コロナ。紛れもなく聖女その人だ。

 驚きを見せる一堂から率先してジンが歩み出た。気さくにサンに手をあげる。


「ようサン。調子はどうだ? ちゃんと休んでいるか?」

『お陰様で大忙しです。誰かさんみたいに、横から新しい用事を詰め込んでくる人が多くて大繁盛しています』


 バッサリと切り返されてバツが悪そうに口ごもるジン。サンは表情を緩めて彼を見上げた。


『おかえりなさい、ジン。神殿の仕事もいいですが、たまには兄弟たちに顔を見せてあげてください』


 微笑み合う二人を、榊は無表情に眺めている。

 サンは慌てて咳払いをして、緩んだ表情を引き締めなおした。


『こほん。──みなさんが私と面会するためには、試練をクリアしなければなりません』

「ハ。ずいぶんお高貴であらせられるのね」


 太陽神の信徒にして実践的な冒険者でもあるセナが、神殿に引きこもる聖女にたっぷりの嫌味を吐いた。

 サンは真正直に受け止めてびくりと怯える。

 サンと幼馴染の聖都神官ジンがすかさず間に入った。


「そりゃあ仮にも太陽神の聖女。大神殿の宝だ。面会するに邪な意図が無いことを証明してもらわにゃならん」


 だがセナはその弁明にこそ不満とばかりに、大袈裟に顔をしかめてみせる。


「そんなもん、本人が出れば一発でしょうが。聖女なら太陽神の権能のひとつ『真意を白日のもとに曝す』看破の祝福くらい使えるでしょ」

『もちろん使えますし、相対したときには使います。試練は、その看破に晒される資格があるかどうかを見極めるのです。これは必要な手続きです』


 やたらと強調するサンに訝しげな目を向けるセナ。

 サンは気弱げに眉尻を下げて、ぼしょぼしょと白状した。


「だって……看破して何が視えるか分からないじゃないですか……」

「あぁ……いきなり過去のグロい記憶とか視えちゃっても辛いもんね……」


 私が悪かったわ、とセナが謝っている。

 神官同士の対話が終わったと見て、榊が口を開く。


「で、試練とはなんだ?」

『裏山……いえ、霊峰の頂上に、太陽神の御使いがおわします。お目通りが叶えば私は面会を受けましょう』

「御使い?」

『はい。心の(いや)しいものには誘惑を。心の弱いものには選択を。そして、戦いに(おご)る者には戦いを。……御使い様は、相応しい試練をお与えくださいます。ゆえに試練を越えたものを大神殿は等しく客人と扱うことができるのです』


 ふむ、と納得をみせる榊。

 榊を見上げる環に振り返って視線を合わせる。


「よろしいですか? 環様」

「む──う、うむ。そのために聖都まで来たのじゃしな。行かぬほうが変であろ」

「サン。俺もついていって構わないな?」


 ジンが歩み出てサンに言った。


「榊たちを推したのは俺だ。俺自身が面会するも同じ。であれば試練を受ける資格はあるはずだ」

『……認めましょう』

「ついでに私たちも行きましょ。ジンの理屈が通るなら、私たちもアリでしょ」


 セナが皮肉っぽく笑って言う。

 サンは呆れ顔を隠さず、平然と応じてみせた。


『お好きになさってください。挑戦するのは自由です』



 §



 真っ黒い岩がギザギザと隆起して峻険な山となっている。

 快晴の空の下、頂上付近に薄く雪化粧の筋を乗せる霊峰は、大いなる荘厳さをもって訪問客を迎える。

 二本の柱で登山道の入り口が示されていた。ここから山を登り、己の心と信仰心を確かめる旅路を始めるのだろう。


「……あれ本物?」


 祝福弓士セナがポツリとつぶやく。

 試練の霊峰へとたどり着いた榊たちの前に、燃え盛る翼を持つ巨大な(カラス)が降り立ったのだ。

 太陽神の御使いは翼を畳み、入り口からほど近い岩に留まって、熱のない瞳でじいっと榊たちを見つめている。

 女戦士フランがセナを小突いた。


「どうする太陽神のしもべ。これでも榊たちの試練に割り込むか?」

「ふん。わざわざ出迎えに来てくれたのよ。歓迎の証じゃない?」


 虚勢を張ってセナが登山道に近づく。二本の柱に近付こうとすると。

 ごうっ。


「うわ熱っつ!?」


 燃え盛る翼を開いて、熱波のごとき風がセナをあおる。飛び退ったセナは体中をはたき回して火傷寸前で服の熱を逃した。


「これが試練か?」


 つぶやいた榊が登山道に向かう。

 御使いは翼を畳んで、榊の歩みを見守った。榊は二つの柱を通り過ぎる。

 続いて榊の後を追った環も山に入る。

 警戒しながら近づくジンにもまた反応しなかった。

 セナには翼を広げた。


「熱い熱い! あっづぅ!!!」


 転げ回るセナにフランが苦笑する。


「御使いは相応しい試練を与える、と言っただろう。挑む理由を持たない我々が、これほどの試練を越えられるはずがない。諦めろ、セナ」

「これお目通りかなったんじゃない? 見られたわよ、すでに」


 悔しげに立ち上がるセナに、山道から榊が答える。


「わざわざインチキする必要はないだろう。素直に試練を受ければいい」


 ぐぬぬと口を引き結んで、肩を落とす。


「そうね。案内するとは言ったけど、手助けするとまで約束してたわけじゃないし。……頑張ってね、二人とも」


 セナの励ましに榊はうなずく。環もためらった後に手を振って応えた。

 フランもまた幸運を祈る代わりに拳を掲げる。


「榊、環。お前たちならどのような試練でも乗り越えられるだろう。なにを試されるのであれ、己を信じろ」


 ばさり、と威風をはたいて太陽の鴉は飛び立った。

 巨鳥は山の高みへと飛び去っていく。

 火の粉の残滓を見届けて、榊は山道の先に目を向けた。


「行こう」


 榊とジン、そして環は岩山を登る。

 好きなもの!


 霊峰。

 異世界ファンタジーを書くとき必ず何らかの霊峰を出してる気がしますw 言葉の響きも概念も好き。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ