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榊、環の正体を知る

 森に差す朝日は、靄を神々しく染め上げて神聖さを強調していく。しんとした神のおわす森の深さも、神の遺骸たる狐塚の聖性も時ごとに強まり、場に満ちる神性は高まっていく。

 神の気配が強くなる。


「あぁ……肩こりが取れた気分だ」


 ()が身にまとう武者甲冑を鳴らしてぐるりと肩を回した。

 彼女を振り返るカテナが目を見開く。


「……神性? おまえ、神だったのか?」


 (ナギ)は答えず、愉悦に口許を緩ませて、環に侮蔑の視線を向ける。


「お前の脳天気には呆れる。この塚を見てもまだわからないか?」

「……なんのことじゃ」

「いや、そもそも。問題はそれ以前のことだろうよ。お前は神として破綻している」


 戸惑う環を、かばうように榊が立ちふさがる。

 なんのためらいもなく最大の警戒を差し向けて、拳を構える寸前の姿勢で応じた。


「我が神の侮辱は許さんぞ。梛」

「侮辱など! ただ事実を述べるだけさ」


 大籠手の指を立てて、環を指差す。


「神力はあるが信仰はない? 信者はいるが教理がない? そんなものは神ではない。少なくともこの世界においては」


 この世界において。

 信仰の力を集め、加護や祝福として信徒に神力を授ける、その活動を以て神と呼ばれる。

 教理(ドクトリン)なしに神は信仰を集めることはできない。なにを望み、願うのか定まっていなければ、神と祈りは結びつかない。


 梛の嘲笑に気おされる環は、表情に怯えすらにじんでいる。


「な、なにをいう。わらわが神でないはずはない!」

「然様。お前は破綻していながら神となっている。どうしてもというなら、教えてやってもいい」


 すがるような目をする環に、優越感と軽蔑を満面に表して、梛は唇の端を吊り上げた。


「知りたければ――()()しろ」


 魔手が伸びる。

 環の頸に伸びた大籠手を、横あいから伸びた手が当然のようにつかむ。榊は醒めた目で梛を見下している。

 榊の目は梛を捉えたまま、環に声をかける。


「わかりますよ。ヒントは充分にあった」

「なんだ。気づいたのか。わかっているなら話は早い」


 手から吹き上がる炎が梛を()く。

 神殺しの火を受けて梛の笑みは凶暴に深まる。紫焔の混ざる笑声を吐く。


「神殺しの狐火――狐塚ができる原因になった、大狐(きさま)の遺骸を焼いた火だ!! 貴様自身を焼いた炎は、神殺しの逸話を得た!!」


 梛が右手を大籠手から引き抜いた。

 籠手を投げ捨てようとした榊の手を、虚ろな籠手が逆につかむ。紫焔を噴く大籠手が独りでに動いている。


「貴様の備える戦闘能力も、村人と殺し合った貴様の権能! 榊は貴様の戦闘技術を引き写しているにすぎん!」


 残った左の大籠手を虚空に浮かべる梛は、すらりとした素の腕で佩刀する太刀を引き抜く。

 大籠手を振り払って、榊は舌打ちして環に願った。


「環様!」

「やむを得ぬ……ッ!」


 環は着物の背を焼き破り、ほっそりとした背から無数の柄を生え伸びさせた。

 榊の手が柄の一つを選び取る。

 大太刀を環から抜き放つ。


 羽のように軽く、どんな銘刀よりも鋭い神器の刀。


 その威容を見てこそ梛は口の端から紫焔を吐いて笑う。


「何より貴様が背から生み出す神器。それもすべて遺骸(きつねづか)に刺さった武器――神の血に濡れた弑神祭器よ!!」


 崩れた狐塚の残骸には、かつてそこに突き刺さっていた無数の武器、農具、それらの朽ちた残骸が散らばっている。

 神器の原典を隣に置いて、権能を引き写した太刀を握って榊は構える。


「梛……お前は何者だ?」

「気になるか? 某の正体が」


 梛は凶暴に、皮肉に、愉悦に笑う。


()は、貴様(たまき)に成り損なった()()()だ」


 環には記憶がない。

 示すべき教理も、力の源泉たる信者もいない。

 神として重要なものが欠けている。


()()()にはある。記憶も、この世界との連接も、貫く教理(オモイ)も。……怨みも無念も虚しさもな」


 そうだろうな、と榊は口の中でつぶやいた。

 環の背中に無数に生える柄。

 あれが全て、突き立てられたものならば――その痛みと苦しみが本質となってもおかしくはない。


「貴様は()()()を切り捨てたのだ。異界の神にあてられて」


 とん、と榊の背中に軽い衝撃。

 よろめいた環が榊の背に手をついている。榊は環に首を振って見せる。


「道理でしょう。そんな怨みを抱えたままなら邪神にもなる。稲荷様は環様の善を成す心を救い上げて、佳き神にしようとなさったのです」

「は! 善の心が笑わせる。邪神だよ。貴様は、どんなに善くあろうとしても本質はそれだ。結果は狐塚(これ)だ。貴様のような、善行と信じて成す邪道が最も質が悪いのだ」


 にいぃ、と笑みを吊り上げ、火の粉を吐いて、梛は太刀を沈めるように低く構える。


「ならば()()()と習合して、ただの邪神に堕ちたほうがいい」


 刹那、

 梛が周囲に浮かべた籠手がロケットのように紫焔を噴いて飛来した。空の拳を打ち払った榊の野太刀をくぐって、梛の身体が滑るように環に迫る。

 足を()るような幻惑的な踏み込み。

 一瞬にして迫った環を串刺しにする刺突。


 その刀身を榊の手が握って止める。


「……ああ?」


 不快そうに目元を歪ませて、梛の目が榊を見る。

 梛の太刀を、刃ごと握った指は落ちる寸前の重傷だ。それでも加護に増幅された無茶な握力が梛の刀を押し留める。


「痛みを感じないわけではないのだろう?」

「死ぬほど痛いし気持ち悪い。痛みで視界が飛びそうだ」


 榊は吐き捨てるように答えた。肉体的な感覚が煩わしいとでも言うように。

 息をするように献身する。

 話を聞いていないわけでもなく。それどころか、環自身よりも先に環の正体に感づいていたのに。

 環は()()だと知っているのに。

 梛の視線は不愉快と無理解、そして興味を織り交ぜた色を帯びた。


「なぜ信じる。そんな神を」

「二面性のある神など珍しくもない。その程度で神のなにかを暴いた気になるなど、それこそ傲慢だ」


 は! と梛は笑い飛ばして、刀を()()()

 榊の指が吹き飛ぶ。


「思慮に欠けた信仰など! 盲従も同じだろう!」


 血を引く刀を振り上げて上段から袈裟懸けに刃を振り下ろす。

 榊は指の吹き飛んだ断面から血を噴きながらも、神器の太刀で受け流した。


「私は環様を信じる!」


 切り返し。

 反撃の剣戟は梛の刀を半ばほどまで切り込んだ。


「環様を見出した稲荷様を信じる!」


 切り返し。

 翻った野太刀は榊の背後から迫る大籠手を打ち返す。


「環様を信じると決めた私自身を信じる!!」


 野太刀を横殴りに梛へと叩きつける。梛は弾いたものの刀を折り飛ばした。


「私は私の信仰を信じている!」


 さらに一打、かぶせるような追い打ちの刃を梛に振り下ろす。

 梛は肩の装甲を斬り飛ばされながらも、己自身を焼くような紫焔の噴射で吹き飛ぶことで致命の斬撃をかわし切った。


 体から煙を立ち上らせて、梛は立つ。

 紫に灯る炎が足元の草を舐めるように燃えている。

 昏い瞳が榊の姿をとらえる。


「聖人。神の在り様を再現する人間か。これが貴様の在り方か、環?」


 環は答えない。蜂蜜色の瞳を見開いて、榊と梛を見比べている。

 環の姿を視界に収めた梛は静かに目を伏せた。


「……貴様の考えはよく分かった。どうあっても神徳を譲るつもりはないか」


――いずれ返してもらうぞ、その力を。


 梛の身体が紫焔の火柱に飲み込まれ、

 次の瞬間にはその姿がかき消えていた。


 榊は膝を突く。だくだくと血を垂れ流す手を挙げて震わせた。


「はァ……ッ! はァー……ッ!」

「無茶をしすぎ。死ぬつもり?」

「死ぬつもりはないが、死ぬ可能性は織り込んでいた」


 カテナに応じる榊の目は、変わらず紫焔の焦げ跡を見つめている。

 姿のないその場所から再び梛が現れることを恐れるように。


「本気で戦われたら勝ち目はなかった。あれは私の知る敵ではない。最後まで私のことなど眼中になかった」


 指を拾うカテナが神言を唱えて治癒にかける。幸いにして切断の結合は神なる癒しで叶うようだった。

 榊は傷の治癒も終わらないうちに振り返る。


「環様、ご無事であらせられますか」


 終始、榊の背に庇われていた環は戦闘を終えて今、腰が抜けたようにへたり込んでいた。

 愕然と震える瞳で自身の両手を見つめている。


「わらわは」


 声が震えていた。恐怖に。

 怖れおののく視線が動く。榊ではなく、梛の痕跡でもなく。身を隠していた村の狩人に。


「わらわは、お主らの同胞を殺戮した神なのか?」


 狩人は、

 目を逸らした。


 彼は勘づいていたのだ、と榊は気づく。環はこの里の神だと。彼ら自身の伝承で。

 でなければ、環に向かって「祈りたい」などと思うまい。


 環は恐懼(きょうく)に顔を引きつらせて、榊にすがりついた。

 額をこすりつけるように榊に埋める。


「こわい……こわい……っ! わらわは、わらわは……ッ」


 尻尾を丸めて縮め、耳を垂れさせて、泣くように喉を絞って。

 環は震える。


「わらわは『理由さえあれば殺戮をする』神なのか……!?」


 榊は慰めの言葉を詰まらせた。

 所詮は伝承だ。神が、環の前世が理由なく村人と争うとは思えない。

 だが。

 村人と殺し合いを演じ、その果てに殺されて――だから神となったこともまた、紛れもなく事実。


 環の前世は、かつて村人を滅ぶ寸前まで殺し尽くしたのだ。


「稲荷様のご信頼に背いてしまう……お主に殺戮を強いるかもしれぬ! わらわは……そういう神っ! なのかも……っ!」


 やじゃあ、とかすれる声で鳴く。

 カテナが榊の手の治癒を終えて立ち上がった。榊の視線を受けると、知らぬげに肩をすくめる。

 自分で何とかしろ、ということだ。


 榊は目を伏せた。

 そして、環の肩に手を乗せる。


「大丈夫。そのような神に、私がさせません」


 ……きっと稲荷神はすべて承知の上で、榊を遣わせた。

 だからこそ。

『神の在り方は、神と信者と互いに決める』という言葉を榊に授けたのだ。


「私が信じているのは、環様のなりたいと願う在り方です。環様が今、そう感じていらっしゃるならば――なにも恐れることはありません」


 ぐず、と鼻を鳴らす環に向けて、榊は笑いかける。

 祈りを捧げる。

 いつもの通りに。


「大丈夫です。あなたは、私が信じていますから」

 好きなもの!


 浮遊する巨大腕。


 小柄な少女が巨大な武器を扱うのとか最高に好きなんですが、その派生で、腕だけの巨大な浮遊武器を操るやつがギガトン性癖です。最高かな?

 梛ちゃんすこ。

 いや梛さんべつに「小柄な少女」ではないですが。でもすき。


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