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榊、馬を捜索する


 村の奥から、さらに山奥へ続く細い道が伸びている。

 道と言っても、藪や横木がわずかに少ない山の隙間、という程度のものだ。


「村の狩場に通じている」


 ぽつりと狩人が言う。


「……つまり、貴重な食糧の確保場所だからよそ者を気軽に案内できなかった、と。道標やら罠やらを隠してきたと。そういうことかの?」


 環が眉間にシワを寄せて、狩人の言葉を翻訳した。

 狩人は「そうだ」と当然のようにうなずいている。


「それなりに信頼されてると見ていいと思うか?」


 女武者(ナギ)が枝垂れのような藪を手で払うふりをして、こっそり榊に耳打ちする。


「なにもない山の真ん中だ。狩場であることも伏せるべきだろう」

「それも建前かもしれない」


 榊はそっと言い返す。


「狩場という説明は、神の禁忌に関わることからのミスリードだ」

「ふむ。なるほど、的を射ている」


 楽しそうに笑って梛は顎を引く。榊はうっそりと梛を振り返った。


「楽しそうだな」

「クク。わかるか? どうやら某は、村人が必死に何かを隠そうとしているのが愉快で仕方がないらしい。次にどう動くのか楽しみで仕方がないよ」


 梛の視線が先導する狩人の背中を舐める。

 窮屈な山道を分け入って進んでいた村の狩人が、おもむろに足を止めた。


「この辺りだ」


 女傭兵カテナは首をめぐらせて呆れた。


「山のど真ん中」

「鹿がよく獲れる」


 説明とも思い出話ともつかないことを言う狩人が、カテナを振り返る。


「なるべく早く、暴れ馬を仕留めてくれ」

「殺さない。連れて帰る」

「……なんでもいい。馬をどこかにやってくれるならな」

「具体的に馬を見たのはいつ? どのあたりにいた?」


 簡潔が過ぎる狩人の話をまとめれば。

 数週間前から馬が突然現れて、以来毎日現れていた。

 最後に見たのは3日前。


「……私たちが馬車で近くまで来たからだ」

「勘のいい馬じゃな」


 カテナの断言は極端だが、時期的に一致することも間違いない。

 狩人の目撃証言をもとに実況見分して、馬がいたらしいあたりの土を検める。

 目を凝らしていた環がぺたんと耳を寝かせた。


「よくわからぬ。榊、わかるか?」

「申し訳ございません」

「じゃよなぁ」

(それがし)は出会ったところを斬るつもりでな。追跡に期待してくれるな」


 梛に至っては調べる気すらない。大木の幹に寄りかかって、地面に這いつくばる榊たちを愉快そうに眺めている。

 真剣な面持ちで土を撫でて、カテナが細くため息をつく。


「セナがいれば楽だったけど」


 熟達した弓士であり、同時に一流の野伏(レンジャー)でもある冒険者セナ。

 彼女はまさにその暴れ馬に撥ねられて重体だった。


「それでも、なんとなくわかった。馬は幾度も往復している」

「証言のとおりか」


 榊もまた同じ結論に至って納得する。

 鬱蒼と茂る山の藪を見回して怪訝に眉を寄せた。


「でも、なぜわざわざ? 馬はやはり草原を駆ける動物で、山に入るはずがない――とは間違いない意見だ」

「私の馬は山道程度でへこたれたりしない」


 カテナが誇らしく言い切る。


「でも、狭い山道が好きなわけない。だからこの先になにかがあるんだと思う。馬が自分でなんとかしようとしても見守るしかできなくて、私が来た途端に任せることを選ぶような――厄介事が」


 馬の巨体で藪が押し破られた、新しい獣道。

 斜面に閉ざされた道の先を見て、梛が木から背を離した。佩刀の位置を直しながら笑みを釣り上げる。


「では往くか」


 道を進もうと、足を踏み出した。

 まさにそのとき。

 狩人が道を遮って立つ。

 鷹の目を据わらせて榊たちを見ていた。何気ない立ち姿でありながら、動きに即応する緊張感が自然にみなぎっている。


「なんのつもり?」


 目をすがめてカテナが問うた。

 狩人は鋭い目つきのまま答える。


「この先には通せない」

「馬の足跡はこの先に続いている。暴れ馬を解決したいんじゃないの?」

「この先には仲間が常駐している。狩猟小屋があるからな。知らせに来ないなら馬はいない」

「今いるかどうかではなく、来たかどうかを調べるんだ」

「調べてどうする?」

「馬の目的を調べなきゃ。分かれば手は打ちやすくなる」

「畜生だぞ。考えなどあるものか」


 カテナが怒りの眼差しを向ける。


「獣に知恵はないと?」


 鷹の目はカテナをじっと見つめた。

 ゆっくりと、言葉を選ぶように口を開く。


「よそ者をこの先には通せない」


 反論しようとしたカテナに先んじて、続けた。


「見張りをもう一人送る。異変があったらすぐに知らせるようにしよう。それで手は打てないか」


 カテナは追及をやめた。

 よそ者は通せない。

 それは、彼の意志や意地悪ではなかった。村の禁忌に関わることだ。


「……どう報せる?」

鏑矢(かぶらや)で鳴子を射る。不足なら打ち鐘も持たせよう」


 狩人が樹上を指差した。

 木に的が渡されていて、鈴なりの鳴子仕掛けにつながっている。この連絡法は村で普段から使っているもののようだった。

 カテナはうなずいた。


「わかった」

 好きなものー!


 戒律に縛られる青年

 戒律と目的の二律背反は、ドラマが生まれるキーポイント! 欠かせませんね。

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