榊、村の歓待を受ける
あからさまに貧しい山村だ。
閑散とした村は丸太で建てた古い小屋が、右手側と左手側に分かれて点在している。
「元はふたつの村だったんだ」
案内する村の青年が言った。
内側に建て増しているから、これでもだいぶ距離が縮まったけどね。そう笑って、村の外に広がる山を見渡す。
「狭い山でこの距離だ。狩場も同じ。水場も同じ。でも村は分かたれている。争いは絶えなかったよ。……流れる血が、呼び寄せてしまったのだろうな」
「話しすぎだ」
初老の男性が遮る。男性はにこやかな表情に翻って、榊たちに小さな家を示した。
「こちらでお休みください。皆さんのお世話はこの娘に任せましたので、何かあればご遠慮せず」
村娘が自己紹介して頭を下げる。
女武者梛が皮肉げに笑ってつぶやいた。
「どうやら村は本格的に某らを『接待』するつもりらしいな」
小屋に通されて、榊たちは囲炉裏を囲んで座っていた。
「日本の昔話のようじゃな」
環はふんふんと鼻を鳴らしてつぶやく。
囲炉裏のある本室と、だだっ広い玄関に据え置かれた竈、水道代わりの水桶。奥に物置があるばかりの小さな小屋だ。
「それでも豊かなほうだと思う。各家に竈があるから」
台所で食事の準備をする村娘の背中を見ながらカテナが言う。無愛想な女傭兵は、槍兵のヘルムを脱いで豊かな金髪を背に流している。
「村で共用のかまど場を置いて、限られた食糧を分配するなんて。そう珍しくもない話」
ほーん、と曖昧な返事をする環はわさわさと尻尾を震わせた。
「じゃが嬉しいの。こんなふうに歓迎されるとは思わなんだ」
「歓迎されてるわけじゃない」
今度もまたカテナが素っ気なく言う。
「よそ者を監視しにきたんだ。人垣で村を見せないように。よそ者の姿を前からも後ろからも見分するために」
「妙に辛辣だな」
榊の問い返しにカテナは嫌そうに顔を歪めた。
「村ってのにいい印象がないだけ。傭兵稼業と因縁深いから」
何かを誤魔化すような物言いに、榊はカテナの横顔を見る。カテナはため息をついた。
「そういう限界集落で生まれた」
「そうであったか」
環は深く踏み込まず相槌を打つ。
村娘の背中をちらと見た梛が膝一つ近づいた。
「聞かれぬうちに本題に入っておこう。これからどうする?」
「どうって……調べるのじゃろ? 暴れ馬のことを」
環の質問に、梛は呆れた目を向ける。
「暴れ馬が村の近くにいるのは確かだと狩人が言った。だが、村人は解決に積極的ではない。困っているなら、某らに勝手にやらせればいいのにな」
暴れ馬問題を任せるどころか、辞退する榊を押して強引に歓待した。見方を変えれば軟禁されたようなものだ。
甲冑武者姿の梛は、あぐらをかいて膝に肘をつく。にやにやと笑って手を開いた。
「『困ってはいるが、解決してほしくない』……少なくともよそ者には。なぜだと思う」
「……この村の神に関係している?」
榊が懸念を口に出す。
鷹揚にうなずいて梛は膝に手を載せた。
「ゆえに、どうする? 彼らの禁忌に踏み込むか否か」
カテナは迷わなかった。
「最大限の配慮はする。でも村人の自主解決を待つほど暇じゃないし、手ぶらで帰ることはあり得ない。選択の余地はない」
「結構! その方針でよろしいな?」
異論は出なかった。
「少し出る。先に暴れ馬の見回りを済ませたい」
歓待すると言って案内された家で、榊が村娘に声をかけて立ち上がる。
「まあまあ。すぐに出来ますから」
村娘はにっこり笑顔で拒否した。
榊は閉口する。
山奥の閉鎖的な村は、やはり榊たちをここに軟禁するつもりで「歓待」しているらしい。
女武者梛が榊を笑う。小声でささやいた。
「馬鹿丁寧に同意を乞うからそうなるのだ。どれ、某が手本を見せてやる」
そう言うと、甲冑を鳴らして荒っぽく立ち上がる。
「飯はあとだ。日が暮れる前までにすぐ戻る」
ずかずかと玄関に歩きながらの言葉だ。
驚いて止めようとする娘の手を跳ね飛ばす勢いで玄関を開けて、
「……ほう。意外な顔を見たな」
梛は足を引いた。
下がる彼女との間を詰めるように、背の高い男が入ってくる。
榊たちを村に案内した、よそ者への敵意を隠さない無愛想な狩人だ。
鷹の目を思わせる鋭い視線が榊たちをねめつける。
「なにをしている」
「あたしたちは暴れ馬を探しに来た。目的以外のことをするつもりはない」
カテナは敵意と善意を等しく含めて言い返す。
狩人はゆっくりとうなずき、端的に言う。
「彼女は頼まれただけだ。あまり迷惑をかけるな」
「気にかけてやる義理はないがなあ」
「心がけるとも! ……じゃが、わらわたちとてノンビリするわけには行かぬのじゃ」
梛の挑発には環がしっかりにらみを効かせて、狩人に訴えた。
狩人は相変わらず無愛想に、表情をピクリともさせずにうなずく。
「来い」
そう言い残して玄関を出る。
意図をつかみかねた榊たちを振り返った。少し考えてから、足りない言葉を補った。
「よそ者に見せられないものを片付けてきた。馬を見かけた場所に案内する」
好きなもの!
閉鎖的な村の因習。
仄暗い闇のような底知れなさを醸し出す、不吉な一体感。そこには絶望的な全体主義が横たわっていて、個人主義文化の根づいた私たちには理解し得ない価値判断が存在します。
そして日本はほんの百年、いえ数十年前まで、そのようなムラ社会が多数派でした。
ゾクゾクしますね……!




