榊、山中の村にたどり着く
榊たちが追う暴れ馬は山奥の村に出没するらしい。
案内を買って出た村の狩人は、まるで案内する気のない速度で山を進んでいる。このまま榊たちがはぐれることを望む態度が透けて見えた。
榊は早足に山道を登りながら、鼻にしわを寄せる。
「ずいぶん閉鎖的な村のようだな」
「余所者に開かれた村ばかりじゃない」
淡々と登るカテナがそう吐き捨てる。
「ほれ、よそ見しておると遅れるぞ。足元に気を付けるのじゃ」
環は小柄な体に意外なほどの健脚で村狩人の速度に易々と付いていった。彼女がこの程度の無礼で気を害するはずもない。
梛もまた対応に不満はないようだ。
榊もまた異論なく男の不愛想を受け入れ、一行は男の案内に従って山を進む。
「梛」
榊は道行きの途中、女武者に声をかけた。
カテナでさえ榊の手を借りる険しい山道で甲冑武者の梛は息ひとつ乱していない。
「お前は、この村を知っているのか?」
「無論。だがこうして訪れるのは初めてだ」
「なぜ余所者を警戒しているんだ?」
さてな、と梛は肩をすくめる。
「余所者のせいで村に病が流行ることもある。余所者が番の決まった娘を誑かすこともある。だがこの村について言えば」
「この山は神なる地だ」
遮るように男が言った。
誤謬も語弊も許さない断固たる言葉で。
「神の御前で粗相は許さん」
「……ということだ」
梛は薄笑いに榊を流し見る。
環や雅のように姿を見せる神ではない。
太陽神のように姿を隠し力を授ける神でもない。
榊はつぶやいた。
「この世界に『信仰』が存在するのか……?」
門のつもりらしい丸太材の枠が、山道に建てられている。
建物の影が見えてきた。
どうやら村のようだった。
わっと大声が爆発する。
反響する声の中、狩人は変わらぬ仏頂面で口を閉じた。いんいんと響く山彦が遥か遠くまで染み込んでいく。
目を白黒とさせる環が、一行のなかで一番早く尋ねた。
「い、いきなりどうしたんじゃ?」
「来訪者を報せた」
ぶっきらぼうに告げる男の言葉を裏付けるように、村からまばらに人が顔を出した。
次いでその家族が続き、村の奥から人がやってきて、気づけば榊たちを十数人の村人が囲んでいる。
「やあ。これは大変なことだ。まさかこの村に客人がくるとは珍しい」
「遠かったでしょう。山道で疲れていませんか。おい、湯を沸かしてやれ」
「やいお前お客人に失礼はなかっただろうね? 村で一番無愛想なお前だから心配だよ」
老若男女さまざまな村人が出迎えて珍しい客人を歓迎した。
狩人の偏屈な態度とは打って変わった温厚な態度に環が面食らう。驚いた表情を笑って男性が狩人の肩を叩いた。
「いや失礼。こいつは村一番の狩人なんですが、同時に村一番の偏屈でね。どうか大目に見てやってください」
「それは、うむ、構わぬが……」
気圧される環の返事にうなずいて男性はすぐ村人を振り返った。
「彼らの世話はクテラの娘に任せようと思う。どうか?」
「異議なしだ。あれは器量良し料理の腕良しでうってつけだ!」
「ちょうど鹿を獲ったと言っていた。お客人に振る舞ってやるといい」
「ウチから布団を持っていこう。クテラの家に布団は四組しかなかったはずだ」
やいのやいのと話し合い、榊たちの面倒を見る話が進められていく。
榊が手をあげて歩み出た。
「お構いなく。私たちは用事があって立ち寄っただけだ。皆さんにお手間をかけるつもりはない」
「そんな寂しいことを仰らずに。山の日が暮れるのは早いのですよ」
挙げたその手を老婆に取られて、榊は村に引っ張られた。
「む。む……」
「ふぅむ。そういうことならお世話になろうかの? どうあれ話は聞かねばならぬし」
環が榊を追いかけていく。
狩人の仏頂面を一瞥し、カテナが梛に目を向けた。
「どうする?」
「某には、選択の余地があるようには見えぬなあ」
どうでもよさそうに肩をすくめ、梛は村に歩いていく。話しかけてきた村人とにこやかに対応しながら村に入っていった。
カテナは山に目を向ける。
山の気配は静けさに満ちて、馬の通る気配はない。
細く息をついて三人に従う。
門前にひとり残る狩人。
彼は険しい目で村に入っていく四人を見届ける。それから別方向へと立ち去っていった。
好きなもの!
ひと目を逃れ、静かな信仰を守っている秘境の村!
RPGなんかで、ボス戦とのキーになるなんやかんやを伝承するアレに選ばれますよね。実に良き。
まぁ……現実の辺鄙な村はエゲツない話になりがちなのですが。民俗学で扱うのもそれはそれで。




