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榊、暴れ馬の捜索に乗り出す

 祝福弓士セナが暴れ馬に蹴り飛ばされた。

 セナが自らの治癒を唱えられるようになるまで、回復に専念させなければならない。

 屋根に薬草を炙った煙がのぼる。

 即席の治療室となった宿部屋でセナの手当てが行われていた。寝台に横たわるセナに付いて、行きがかりの筋肉神官ジンが大きな背を丸めて薬草を調合する。


「ほう。大した腕前だ」


 うなるフランを、(さかき)が無感情に見る。


「それほどのものか?」

「ああ。我も野伏の知識を弁えてはいるが、あれほど抽出と配合を繰り返さん。あの専門的な技術は薬師のものだな」

「手慰みだよ」


 ジンは薬草を炙りながら苦笑する。


「神に頼れない以上、自分でできることをやるしかなかった。治癒の使える信徒がいれば無駄な技術さ」

「だが現にいない。その知識は貴重なものだ」


 フランは深くうなずき、ジンの隣に屈み込む。


「手伝おう。我は熱を操れる。どうすればいい?」

「助かる。その溶液を、蝋の融け出す温度で温めてくれ」


 重ねられる治療を横目に、榊は女傭兵カテナを振り返った。


「あの暴れ馬。あれはお前の馬で間違いないか」

「間違いない」


 カテナは金髪碧眼の美貌を暗い表情に閉ざす。


「草原を駆けるだけじゃない、山道さえ踏みしだく強い足はこの地域で見られるものじゃない。それに私の声を分かって無視した」


 ふぅむ。狐耳を震わせた(たまき)が顔を上げる。


「なぜ無視したのじゃ?」

「わからない。けど……この辺りに留まっていたのだから、きっとなにかあるのだと思う。わざわざ私の前に姿を見せたのも、私を呼ぶためだ」


 曖昧な言葉でありながら、どこか確信を抱くような言い方だ。

 カテナと彼女の愛馬にだけ通ずるものだろう。

 その馬に蹴り飛ばされたセナを一瞥して、榊は尋ねる。


「なにかとは……なんだ? セナがああなるだけの価値があるのか」

「価値はわからないけど。あるのはおそらく」


 カテナは疑いのない口調で、言う。


「戦乱だ」


 §


 森に閉ざされた見通しの悪い山道を検分してきたカテナが戻ってきた。武装を感じさせない身軽さだ。


「馬の足跡はこの先まで続いている。一本道だ」


 榊、環、カテナはセナの治療をフランとジンに任せて、暴れ馬の解決に乗り出していた。目撃証言をまとめた情報を冒険者ギルドが持っており、一同は草原を越えて山に分け入っている。

 カテナの報告に応じ、声が上がる。


「誘われてると見て間違いなかろうな。馬が登山道を好んで選ぶはずもない」


 カテナが声の主を見る。

 榊と環もまた彼女を見た。

 一党に混じって立つ、兜のない甲冑武者。紺に濡れたような暗い髪を一つ縛りに長く垂らし、血色の瞳が薄笑いを宿す。

 女武者が腰に差した太刀の柄頭に手を載せていた。

 カテナが胡乱そうな視線を送る。


(ナギ)……って言ったっけ。馬を見つけても斬るなよ」

「承知している。だが、一般人に危害を加えようとしたときは別だ。構わんな?」


 念を押す確認は、カテナではなく環に向けられた。

 環は困った顔をしてカテナを見上げる。


「そういう場合は……仕方ないのではないか?」


 くっと顔をそむけるカテナ。

 女武者――(ナギ)は知らぬげに鞘を揺らして音を鳴らす。

 宿場町から出発するとき。


「暴れ馬の解決か? 某も協力しよう」


 そう声をかけて梛は同行を申し出た。

 カテナは渋ったものの、環の鶴の一声で臨時の一党となり四人は協同して事にあたっている。

 山を進みながら、榊は女武者に並んだ。


「なぜ協力するか聞いてもいいか」


 おや、という顔をした梛は不敵な笑みを深める。


(それがし)も冒険者証は持っている。依頼に出ている事件を請けるに不思議もなかろう?」


 と言って見せてから、肩をすくめる。


「……というのは嘘だ。建前よの」


 榊は反応を見せない。

 流し目を向けて低く笑い、女武者は前を見た。

 山道を進む小柄な少女。

 稲穂と同じ髪色をした少女の姿を借りた神、環を見る。


「端的に言って、興味があるのだ。汝と、汝の神に。汝らがなにを思うのかに」

「なにを思うか?」


 榊の顔に怪訝がよぎった。

 続けようとした質問を、


「止まって」


 カテナの短い指示が遮る。


 立ち止まったカテナは鋭い視線を道の先にある樹上に送った。

 静寂の間をおいて。

 枝から人間が飛び降りた。


「うわ! ビックリした……人が潜んでおったのか」


 目を丸くして素直に驚く環を一瞥し、男は冷淡にカテナを見る。

 若い男だ。緑と茶の迷彩色で帽子をかぶり、ずた布を巻いたようなポンチョを着ている。山駆けにも耐える頑丈な穿き物と長靴(ブーツ)を履いていた。

 鷹の目になんの感情も見せず、男はおもむろに口を開く。


「……何用だ」


 敵意が見え隠れする声音にカテナが答え方を悩む。

 女武者、梛が歩み出た。


「某らは害意ある来者ではない」

「当然だ。故に聞いている。お前たちは無害な隣人か? 悪意なく荒らす外敵か?」

「近くに馬が来たはず」


 カテナがようやく調子を取り戻し、梛に並び立って主張する。


「私たちは馬を連れ戻しに来ただけだ」


 すっ、と空気が干上がるように。

 男の視線が圧迫感となって場を満たす。榊でさえ息苦しさを覚えるほどの緊張が張り詰めた。 

 ひりつくような数秒間。

 男は半身を引いた。


「暴れ馬が現れるのは確かだ。村の立ち入りを認めよう」


 緊張感が一気に解かれた。

 土臭い山の空気にあって男は平然と背を向ける。険しさを増した山道を平地のように歩いて、振り返った。


「来い。案内する」


 厳しさの揺るがない態度で言い放つ。

 好きなもの!

 言わずもがな、女武者。

 甲冑武者ってめちゃ好きなんです。いろんな武者がいて、それぞれ好き。たまらん。

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