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榊、旅人に暴れ馬の話を聞く

 翌日、朝食も済ませて街道を進む。

 手綱も握らず御者台をベンチ代わりにして座るセナが、能面のような顔でぼやいた。


「飽きたわ」


 変わらず御者台で手綱を握る榊がたしなめる。


「まだ二日目だぞ」

「まだ二日目だからよ。これから先ずっとこの代わり映えしない景色が続くんだと思うと気が滅入って仕方がないわ」


 荷車のカテナが街道沿いの森を見ながら口を開く。


「漫然と座ってるからよくないんじゃない?」


 のっそりと振り返るセナに、金髪碧眼の傭兵は手元の紐を示す。


「歩く旅なら、森に気を向けて今夜の獲物を探すでしょう? 馬車だから探さないってのは思考停止よ」


 カテナは石を包んだ紐(スリング)を片手で握っていた。

 獲物――兎や猪を見かけたら投石で仕留めるつもりなのだろう。

 ふうんと気がなさそうに鼻を鳴らしたセナは、自身の弓を取って弦を確かめる。

 不敵に笑った。


「なるほどね。ちょっと楽しそうじゃない」

「ほどほどにな。商人の馬車とすれ違うとき気まずいぞ」


 フランが苦笑して忠告する。

 今日の彼女は昨日ほどの非武装ではないが、フル装備とは程遠い。胸当てや手甲だけの軽装だ。残りの装備は重ねてまとめて置いてある。


「商人ではないが、」榊が言う「気をつけたほうが良さそうだぞ」


 言葉に反応して環が榊の肩に手をつく。


「なにかあったかの?」

「前方に人影が。男です」


 見れば確かに男がいる。

 彼の姿を見たセナがうめく。


「なにあれ」


 男は筋骨隆々の肉体を誇っていた。筋肉で分厚い手をこちらに振りながら歩いてくる。

 肩は厚く、胸板は大きく、腕周りは太い。

 ぎゅっと引き締められた腹周りは上半身で逆三角形をつくり、また野太い腰と足が大樹の根のごとく地についている。

 筋肉の鎧を着ているかのようだ。


「やあ兄弟。商人……ではなさそうだな」


 男は荷台にくつろぐ女性陣を見て苦笑した。積み荷よりも女性を乗せる馬車など、奴隷商人くらいのものだ。


「どこぞの姫のお忍びか、それとも冒険者か?」

「冒険者だ」


 榊が応じた。


「なにか困りごとか?」

「そうなんだ。実は水を切らしてしまってな」


 セナが急に目を険しくして男を見る。

 怪しい男は困窮を示すように顔を曇らせて頭をかく。


「聖都に向けて帰るところでな。冒険者の真似事で外回りに出たが、本職は冒険者ではないんだ」


 聖都の語にカテナが興味を惹かれてスリングを下ろす。


「聖都の神官?」

「ああ。役職なしの下っ端だけどな」


 そう言って首に下げるネックレスのチャームを掲げた。間違いなく太陽神の意匠だ。


「聖都が目的地ならわらわたちと同じじゃな。太陽神官の縁もあるし、乗せてやったらどうじゃ?」


 善良そのものの環の言葉に、筋肉男は肩をすくめて首をふる。


「いや結構だ。俺は筋トレを兼ねて走っている」

「速筋が多すぎて燃費悪そうだが大丈夫か」


 榊の斜め上な心配に、男は驚き、苦笑いした。


「確かに、持久走の得意な体づくりになっていないが。だから鍛えたいんだ。食料ならあるし、宿場町もそろそろ近い」

「そんなことやってるから水足りなくなるんじゃないの」


 セナが心底くだらなさそうに言った。

 男は目を見開く。

「そういうことだったのか!」と叫んで一人で大笑いした。




「旅路の日数分ということで水を準備してもらったんだが、足りなくなっておかしいと思っていたんだ」


 結局男は馬車に並んで歩きながら、分けられた水をうまそうに飲む。

 宿場町までという話で男の荷物を荷車に載せて同道することにしたのだ。男自身は「馬車が傷むから」と辞退した。


「俺はジン。ジン・コロナだ」


 ジンと自己紹介した男に一同はそれぞれ名乗り返して、榊が尋ねる。


「聖都の神官ということは、聖都のことも知っているのか」

「それなりにな。観光しただけの旅人よりは知っている」

「では、聖都に『神のもたらす加護』を占う巫女がいるというのは本当か?」


 ジンは片眉をあげて榊を、そして榊に寄り添う環を見た。


「あんたがたは神と信者か。なるほどな」


 ジンは太い指で顎を撫でて思案する。


「その噂は、正直あまり正しいとは言えないんだが……聖都には太陽神の加護を余さず身に引き写す聖女がいる。太陽神の『真実を見抜く』権能で、ある程度のことはわかるだろう」


 環の耳がピンと立つ。

 その期待に恐縮したようにジンは表情を曇らせた。


「だが、所詮は他の神が占うだけだ。あんたがたに必要な託宣が下るとは限らんぞ」

「構わぬ」


 環は笑う。


「わらわはわらわのことを知らぬ。気に入らぬなら、榊と一緒に望ましい信仰へ変えていけばよい」


 当然その通りである、と言わんばかりに榊は重々しくうなずいた。

 ジンは小さく笑う。


「聖女の名はサン。聖女サンだ。探す必要もない、聖都につけば嫌でも耳にするだろう。通じるかはわからんが、俺の名前で口利きしておくよ」


 彼の申し出に嫌そうな顔をしたのは流浪の太陽神官であるセナだ。


「ヒラ神官でしょ? 口利きなんて立派なものかしら」

「なんじゃ。微妙に刺々しいのう。同じ太陽信仰のよしみではないのか」

「聖都の神官はキライなのよ」


 けっ、とセナがやさぐれる。


「寄ってたかって神殿に祈るだけで、衆生を救おうともしないんだもの」

「まあ、気持ちはわからんでもないな」


 ジンが苦笑する。


「だが、そうやって信者を擁する聖都の権威づけがあるからこそ、大陸全土の神殿運営がうまく進むんだ。祈ってる姿は一面だけで、彼らの信仰の本分は大神殿の維持管理と膨大な事務仕事だよ」


 現代社会を知る榊などはその説明でうなずくが、実践派のセナはつんけんして納得していないようだ。ジン自身もあまりわかってもらおうとしていない節がある。

 ジンのほうから話題を終わらせて、榊に尋ねる。


「そういえば……暴れ馬のことは知っているか?」

「暴れ馬?」

「知らないか。こんな話があるらしい」


 この辺りに暴れ馬が出る。

 魔物に襲われていた商人の前に、馬が駆け込んできて蹄で魔物を蹴散らしたとか。

 夜に焚き火を囲んでいると馬が突っ込んできて野営を踏み荒らされたとか。

 風のように駆けてきた馬が旅人を襲って水と食料を奪ったとか。


「いずれにしても、馬は大きく精悍で恐れを知らず、飛ぶように足が速いという話だ」


 話のまとめを聞いてフランが眉を寄せる。


「馬というと……カテナが馬を探していたが」


 振り返った先で、金髪碧眼の女傭兵カテナが愕然と目を見張っていた。


「私の馬だ……」

 好きなもの!


 マンガ筋肉のもっこり浮き出たジャイアントナイスガイ。

 ボディビルダーだってあそこまでスジがくっきりしてないですよ。いいキャラしてるのが多くて好きです。

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