榊、夜話を交わす
虫の音の騒ぐ夜更け。
みなが寝静まった中、焚き火の前には二人の影があった。
夜番を榊と環が務めている。
環の膝には、眠気覚ましに頬張る香草たっぷりのパン粥がある。
「榊や」
焚き火に当てて乾かした薪を投げ入れる榊に、環は声をかけた。
「なぜお主は、あの邪神を気にかけておったのじゃ?」
雅が自らを神だと明かしたとき。
榊は真っ先に言った。
友好関係にならないか、と。
「あれが神だからです」
薪に集めた生枝を並べ替えて、榊は環に向き直る。
「肉体を持ち俗世に交わる神を、私は知りません。稲荷様ですら顕体を持って日常的に活動したことはありませんでした」
環のように、神が神の姿を持って地上を歩き、祈りを捧げられて祝福を授ける世界。
この世界に相応しい神の在り方は、誰も知らない。
「だから雅と友好的になりたかった、なれたらよかったと考えました。良きにつけ悪しきにつけ、知れば指針の助けになりますから」
環は榊と膝をあわせて、榊の顔をじっと見つめる。
焚き火の揺れる赤に照らされる榊の横顔は、相変わらず表情に乏しい。
だから。環は言葉を使った。
「雅が神だと知る前に、神職に誘ったのは?」
榊は黙る。
「お前の感情がないといえるか」
榊は沈黙を守る。
「ああいう女子がお前の好みか?」
「必ずしもそういうわけでは」
ペーんっっ! と木匙が榊の額を打った。
環は匙で掬った粥を舐めながら、ツンと榊から顎をそらす。
「まあよいわ。現実には雅はブラッディリンクスを守護する女神であったし、山賊行為を称揚する邪神であったわけじゃからな」
ブラッディリンクスと雅、彼らと榊たちは敵対した。他者から奪う行動を雅は容認し、環は否定したからだ。
だが……。
そんな雅に榊は不思議と気に入られた。
幾度となく──直接拳を交えるそのときでさえ、榊を勧誘したほどに。
環はうつむいて視線を落とす。
「……なびく気はなかったか?」
「まさか」
榊はいっそ驚いてその質問に応じた。
気落ちした環の姿を見て榊は頭を下げる。
「わずかなりと疑念がよぎるとは私の信仰の怠慢です」
「いや。わらわの修行不足じゃよ。ああも執心されておると、少しな。お主の信仰に、わらわが釣り合わぬように思えてしもうた」
「環様」
榊は焚き火を向いて、乾いた枝を差し入れた。枝は炎に舐められると、やがて燃え移り折れ曲がっていく。
「雅の信仰は、ああ見えてとても素朴なものです」
自分の仲間を守ること。
女神の信徒、豪鬼のごとき大男はそう言った。
「だから山賊行為も厭わないし、街を占領して自分たちのために利用しても構わない。信者のためなら神体がケンカに出てきたって善いことだ」
仲間を守るためなら、何をしたって構わない。
「……でもそれは、己の世界を内側に向け、小さく留めるものです」
仲間は少なければ少ないほど守りやすい。
他者と関わらなければ、諍いが起きることもない。
「ブラッディリンクスの首領が巻き込まねば、"雅という信仰"は日の目を見ることなく静かに窒息したことでしょう」
そのような信仰に好んで飛び込む理由はありません、と榊は締めくくる。
環は黙ってうつむいていた。
雅を選ばない理由はある。
では、環を選び続ける理由は?
「私はかつて、信仰を示すために日本中・世界中を旅していました」
静かに口を開いた榊を、環が見上げる。
「楽ではありませんでしたし、正直肉体的にも経済的にも死ぬほど厳しかったです。実際それで死にました」
しかし榊は死ぬまで続けた。
なぜかといえば、やはりそのように信仰することが楽しかったのだろう。
そのような信仰を許す神の形が快かったのだろう。
「私はきっと、神を通して世界を見ることが楽しかったのです」
榊は小さく微笑んだ。
狐耳だから。わらわと言うから。それだけで信仰を選ぶほど榊の信仰心は浅くない。
「環様の御心は世界を見据えたもの。出会ったときから、あなたは二つの世界を跨いで等しく慈しんでいた。だから――おそらく、私は環様を願ったの……だと思います」
「なんじゃ? いいことを言ったのにハッキリせんのう」
「申し訳ありません。己の心うちなど気にしたこともなかったもので」
「お主らしいの」
からからと笑って、環は焚き火に目を向けた。
焚き火を見ながらもう一度笑った。照れくさそうに。
「のう榊」
環はわずかに微笑んで榊を見上げる。
「お主は、わらわになにを願う?」
「環様のさらなる栄えを」
それだけは迷いなく、榊はきっぱりと言い切った。
好きなもの!
夜会話イベント……///(懐かしゲーム感
ともあれ、事件をしっとり振り返って仲良くなるプロセスは実際好きです




