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榊、動乱を終わらせる

 館内に連れ戻された榊を、駆け下りてきたセナが迎えた。

 傷つけられた榊の腕と、何よりも再び開いた脇腹の傷に素早く治癒の祝詞を捧げる。ふと目を細めた。

 パッパッと榊の眼前で手を動かす。

 榊の目は、その手の動きを捉えきれていない。


「……本当に、なにもできなくなってるのね」


 榊は黙する。

 セナはため息をついて治癒を打ち切った。かろうじて血が止まった程度の応急処置だ。


「下がってなさい」

「いや。今こそ動くべきだ」


 榊は言った。

 セナもカテナも、正気を疑う顔で榊を見る。力をなくして戦えないときに、戦場に出たがる?


「妄想に狂ってる……って感じじゃないのか」


 カテナはしげしげと榊を見る。少し面白そうに口の端を持ち上げた。


「なんで動くべきだって思うの?」

「環様は相手の神、雅と戦っている――抑えてくださっている。今なら雅の妨害が入らない。今なら、敵の大将首に手が届く」

「大将首って……どれのことよ、それ」


 榊は黙考する。

 制圧すべきものはどれだ?

 相手の狙いはなんだ?

 この戦いはなにを目的とし、互いにはどのような勝利条件が設定されている?

 敵陣で表立って指揮している人間は少ない。声の大きいもの、山賊の一部、あと冒険者ギルド店主のハゲが率いている。

 あのハゲはセバスチャンが……領主が頼ろうと考える程度には発言力があったらしい。


「ハゲを仕留めるか、説得するか。どっちも無駄よ」


 榊の視線を追ったセナが渋面で言う。

 市民の中じゃ顔を知られてるから、多少声が通るだけ。ハゲの指揮通りに暴徒が動いているわけではない。


「大将首は無い……か」


 敵の全軍としての動きは、館を制圧し領主を弾劾することだ。

 その際に館を乗っ取るのは、一部が腹に抱える副目標に過ぎない。


 相手の勝利条件は、悪辣な政治の手から街の姿を取り戻すこと。


 ――であるならば。


「やはり大将首を取りに行こう」


 榊は戦場を見る。

 ビリビリと大地に響く神々の戦いに、市民はすっかり気勢を削がれて萎縮している。

 今しかない。


「モモカはどこにいる? 彼女が鍵になりそうだ」


 §


 モモカを庇いながら戦場の隅に身を隠す。一段低くなっている用水路の脇だ。

 先導するカテナが鋭く周囲をうかがって、誰にも見られていないことを確認する。 

 榊はタイミングを窺いながらモモカの様子を気にかけた。


「行けそうか?」

「平気よ。任せて! きっとやり遂げてみせるわ!」


 モモカは怖気づく気配もなく胸を張った。

 恐れ知らずでも、暴徒に狙われることを予期していないわけでもない。

 ただ、榊たちを信頼しているだけだ。

 榊はカテナと目を合わせ、うなずく。そしてモモカの背に手を添えた。


「よろしく頼む」


 モモカは立ちあがった。


「みんな!! もうやめて! こんな戦いをまだ続けるつもり!?」


 声の大きさに関わらず浸透する声。

 ギョッとする民衆が振り返る。全軍の注目を浴びてモモカは喉に手を添えた。

 セナから貸し与えられた太陽神の祝福――はるか大陸全土まで名声の響く太陽神の力のカケラ。『声を届かせる』加護だ。


「お父様は間違えた。それは事実かもしれない。でも! それでも街のために動いていたのは間違いないの!」


 モモカはゆっくりと民衆に歩み寄りながら、切々と声を張る。

 その存在感は榊とカテナを霞ませるほど。


「カラマンダが軍拡して、この近くまで兵を出してる。着々と準備が進んでいる。やっべぇのよ今!」

「だからって足元をお留守にしていいわきゃァねぇ!」


 物理的な大音声。

 民衆のなかから言葉を投げ返したのは大老だ。彼はドサクサに紛れて民衆の近くに忍び寄っていた。

 大老はまるで市民団を代表するように、しかめっ面でしゃがれ声を張り上げる。


「そもそもお前がさんざんかけてくれた迷惑は、どう帳尻つけるつもりだ!?」


 モモカは悲しそうな顔を作って、痛ましく顔を伏せる。

 サッと顔を上げたかと思いきや、勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!!」


 ひときわ大きな謝罪。


「もうしない。あたしがバカだったの。街で異変が起こってるってお父様に意識を向けてもらいたかった! あたし」

「勝手なこと言うな!」


 カテナが槍を振るう。

 投げられた石を打ち落としていた。


「相手ァ小さい子どもだぞ! 手荒なことァすんな」


 大老が石を投げた青年を叱りつけた。


「あのじじい、名演」カテナがこっそり笑う「すっかり敵の味方みたい」

「こんな形でぶつかることはないわ! 話をする機会を作りましょう! だから、今日は引いて! お願い!」


 モモカは続ける。

 そして、手で戦場の中心を示した。


「だって、これ以上続けるなら……巻き込まれるのよ……!?」


 神々の戦い。

 地を裂き、空を震わせる激突は未だ衰える気配もない。

 誰もがたじろいだ、そのときに。


「ふざけるなっ!」


 ハゲは沈黙した攻城兵器をお立ち台に、腕と声を振り上げる。


「こんなのは俺たちを下がらせようっていう策略だ! お前ら、こんな三文芝居に騙されんな! そもそも

ドワーフのジジイは敵だ……」

「おいハゲお前。山賊とつるんでいるそうだな」


 大老が低い声で(おど)かす。

 こみ上げる怒りを抑えきれない――そんな表情でハゲを振り返った。


「さも街の有志でございっつー顔で、なにを企んでいる?」


 ハゲの顔が引きつった。――お前が言うか、という思いが溢れすぎたあまりに。

 刹那、

 カテナが電撃的な踏み込みで民衆の頭上を跳ぶ。

 風のように攻城兵器をよじ登ると、ハゲを素早く組み伏せた。ハゲの胸元から首飾りを引きちぎって掲げる。

 雅の象徴。


「ブラッディリンクスの団員証だッ!」


 カテナの声は雷鳴よりも広く戦場に轟く。




 豪鬼のような大柄な男が館の裏で笑う。


「やりやがった」


 少数の手勢を連れて回り込んでいた豪鬼は、怪訝そうな部下の視線を受けて笑みを深める。


「建前のほうを引っ込めることで、俺たちが襲う大義名分を奪ったんだ。もう襲ってまで戦う理由が市民にはない。俺たちがここで館を占領しても、小娘や大老が引き止めれば大衆の足は止められちまう」


 大人数が連携して動くから軍隊と呼ぶのだ。

 ひとつの目的のために動けないなら、それは暴徒ですらない。

 ただの群衆だ。


「引くぞ。俺たちがいたら、我々の女神は下がれない」


 豪鬼は素早く命令を下す。

 そして同時に、民衆に混じっていた山賊たちも何気ないふうを装って立ち去っていく。戦場を構成する人数が半減していき、民衆もまた釣られるようにして帰り始めた。

 その動きを、モモカはやや呆気にとられながら見守っていた。


「……終わった、の?」

「ああ。モモカ、キミのおかげだ。頑張ったな。ありがとう」


 榊が告げて、モモカは安堵に肩を落とす。

 気が抜けたようだ。

 肩を震わせて泣き始めた彼女を、榊は優しく撫でた。


 かくして。


 動乱は劇的な決着を迎えた。――多分に演劇的な、ヤラセによる誘導の結末を。

 好きなもの!


 迷惑なかませ犬っぽい出オチキャラが、最後の最後でキーマンになる展開!


 あともう一つ。

「引くぞ。俺たちがいたら、我々の女神は下がれない」

 こんな感じの以心伝心ぽいムーヴもすこすこ。

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