榊、戦場に殴り込む
榊とフランが館を駆け下りたときには、セナの狙撃が知れ渡って混乱が広がり始めていた。
「我々も急ぐぞ。我は右翼を押さえる。榊、お前は左翼をかき回せ」
「わかった」
フランと二手に分かれ、榊は愚直に人の壁へと突っ込んでいく。
身一つにて武器もない。四肢をぶん回すようにして市民を次々とちぎっては投げ、ちぎっては投げる。
と、
榊の手が泳ぐ。
市民の陰から突き出された槍の柄を握って止めた。
驚く青年の背後で憤怒の表情を作る粗野な男。
「お前もブラッディリンクスか?」
「失せろ、異教徒がッ!」
「それはこちらのセリフだな」
榊は男の腕を引き、足を払って泥の中に投げ倒した。握ったままの腕を、レバーでも倒すように引いて肩関節を破壊する。
「ッがァああああああ!!?」
「そこで寝ていろ」
さらに死角から槍が突き出される。
榊は半身にかわして槍を握り、強引に引く。よろめいて出てきた山賊の腹を拳でえぐった。
一瞬たわんで留まった山賊の体は、弾かれたように宙を吹き飛ぶ。
「もう油断はしない」
全身を濡らす雨を気にもかけず、拳を確かめる榊。
明らかに格の違う殺意に、市民はうろたえて身を引き始める。
「チッ、どけお前ら!」
市民を押しのけて斧や剣を構えた男たちが泥を散らして現れた。場慣れした殺意が榊を包囲する。
市民の偽装をやめて、ブラッディリンクスがなりふり構わず榊を抑えにかかっている。
居並ぶ敵を見回して榊は感心したように鼻を鳴らす。
「意外と、強面ばかりではないのだな」
市民に偽装できるような顔立ちだ。
挑発されたと感じたらしい山賊たちが顔を真っ赤にして飛びかかってくる。
榊はそのすべてをいなし、かわし、打ち落とし、殴り返し、足を払って転ばせる。
いとも容易く蹴散らしてみせた。
腕からたなびく神威の白煙。雨中にあっても変わらず浮き上がる陽炎はいっそ不気味に輝いている。
「このクソ野郎が!」
「む」
飛びかかってきた剣の側面をフックで打ち砕く。上体を反らして破片をかわし、下がりながら榊は目を見開いた。
「お前は……カテナの見張りをしていた偽の保安官か」
「顔を覚えられてんなら、殺すしかねえな!!」
短髪の青年は半分に折れた剣で切り返し。榊は一歩足を引いて再度よける。
「ブチのめす」
「されるわけにはいかないな。我が神に勝利を誓ったのだ」
「けっ」
青年はつばを吐き、両手に加護の陽炎を立ち昇らせる。
「あんな馬鹿そうなチビ獣神なんざに、我が女神の加護がもとるものかよ!」
榊は目を開いた。
雨のしずくが弾け飛ぶ。
十六発の拳を受けて胸郭をボコボコにへこませた男が、鼻血と折れた歯を吹いて転がった。
雨の消えた空間を埋め尽くすような土砂降りのなか、榊は振り切った拳を下ろす。
「貴様の神も今に我が神の御前に下る」
「ほう。それは困るのぅ」
蕩けるような甘い声。
しゃなりしゃなりと歩くだけで、雨さえ神秘を避けて降る。
土砂降りのなかを歩きながら一滴も濡れていない女は、紫紺に濡れる目を細めた。
「妾が戦場に出るはずはなかったのじゃが……これはおんしらを称えるべきかの」
ブラッディリンクスを守護する女神。
姿を見せた邪神を前に、榊は構えを取る。
だが邪神は榊の戦意を意に介さない。
「けども――最後の手札までは返せまいよ」
余裕を崩さない神に向けて拳を構え、姿勢を落とす。
いつでも飛び出せる体勢で榊は口を開いた。
「聞きたいことがある」
「好きにせよ。答えるかどうかは妾の気分次第じゃ」
「お前は狐で相違ないな」
女神は笑った。
「然り。妾の耳は狐のそれじゃ。決して山猫のものではない」
だろうな、と榊はうなずく。
猫耳と犬耳そして狐耳の違いを榊が見間違うはずもない。
そして奉じられる女神が狐耳であるならば。
「血まみれ山猫の首領は、別にいるのだな」
女神は不吉に微笑っている。
好きなもの!
右翼の動きがどうとか、左翼を支えるのがどうとか。戦記物の描写が好きです。
ま、なに書いてあるのかサッパリ理解できないんですけどね(
古今東西の戦術にうといもので……
余談なのですが、けも耳美少女イラストで猫耳と犬耳と狐耳の違いって意外と分からないですよね……w




