榊、開戦を見る
大老が窓辺に寄って、小さい背を伸ばして覗き込んだ。低い声で唸る。
「見たところ市民軍で矢面に立ってんのは……若いのと馬鹿なのと貧しいのだな。みんな知ってる顔だ。山賊どもは、領主の兵が疲れた頃に出くるつもりだろう」
「時間はないな」
フランが評する。
私兵は盾で市民を抑え込んでいるが、魔獣相手と違って反撃で無力化できない。減る気配のない敵の意気に辟易している。
セナは榊の脇腹に手を添えて、
「今のうちに少しでも傷を治しましょうか。薄皮一枚でふさがってるだけなんだから無理しないでよ」
「前回と違って失血していないんだ。問題ない」
「大アリだっての」
それを横目に、フランが領主と話を詰めていく。
「戦闘を収めるといっても、どうするつもりだ? こういう状況での手は限られるぞ。きっちり反撃して力関係を見せるか、泥沼化させて市民が疲れるのを待って押し返すか、相手と交渉して落としどころを決めるか」
「市民を傷つけるのはなしだ。交渉も、この闘争は手段でしかなく、狙いは私の椅子だろう。市民を疲弊させるしかない」
フランは鼻にシワを寄せて、ため息とともにうなずく。
「我々はともかく、私兵の負担が大きすぎる。が……選択の余地はないか」
「勢いが弱まれば儂も呼びかけよう。何人かは世話してやったやつが混じっとる。そいつが儂の顔を覚えてりゃァ、機を改めるくらいはしてくれるかもしれねェ」
大老が名乗りを上げる。それで敵軍の数が減れば、それだけ守りやすくなる。
カテナは窓から見える空を見上げた。
「あたしは乗り込むより加護を使ったほうが貢献できると思う。ここに残る」
「えっ!? カテナあなた、信徒だったの?」
「ええ、敬虔なる神のしもべよ。太陽神だけが神じゃない。我らが天神様を崇めなさい」
言って、カテナは両手を合わせて握る。
「我らが偉大なる天神よ。迷える地の民に主の道を示されよ」
カテナが祈りを口にした途端。
窓が陰った。
空を分厚く閉ざす暗雲が館を覆う。陽射しが遮られ、昼とも夜ともつかない独特の暗がりに包まれる。
「示されよ、示されよ」
カテナが祈る。
その度に暗雲は厚くなり、雷鳴がうなり、風が凍えていく。
劇的な変化にセナは目を見開いて震えた。
「なんて規模……! 信じられない、こんなことありえるの!? あなた一体何者よ!?」
静謐に祈るカテナは答えない。
長いまつ毛を下ろして目を伏せ、細面に意志を満たし、祝詞を捧げる。
「示されよ。主の、ご慈悲を」
ざあっと。
大粒の雨が窓を打つ。
空の底が抜けたように土砂降りの雨が降り出した。雨嵐がうねりを上げて降りすさぶ。
「冷や水を浴びせられたら、嫌でも頭が冷えるでしょ」
カテナは皮肉っぽく笑みを浮かべる。その手は解かれず祈りを捧げ続けている。
窓からの景色を見て、フランは声もなく笑った。
わあと蛮声があがる。
負傷した私兵が後方に運ばれている。
武器を持った人間が市民に混じって、私兵との戦端を切った。
血の色を見て戦場の混沌は一挙に広がる。
状況が動いた。
敵に動きを強要した。
事態の主導権がにわかに転がり込んできた。
領主は緊張に強張った顔でうなずいた。
「最高の一手だな」
戦局を見つめる彼らの背後。
「よし、終わり! これ以上は私には治せないわ」
榊の治癒を終えたセナが、担いだ弓を手におろしながら大老に駆け寄る。
「大老。市民に指示したり、煽ったりしてる山賊を教えて」
「おん? あぁー雨で見えにくいが……攻城兵器の上に立ってるやつがそォだな。あの松明振り回してる赤シャツの……」
パン! と窓ガラスに穴が空く。
赤シャツが殴られたように攻城兵器から転げ落ちて地面に倒れた。胸に矢が突き立っている。
吹き込む雨にあんぐりと口を開けて、大老はセナを振り返った。
セナは矢筒から次の矢を引き抜いて弓につがえている。腕と目からは、神威を示す隈取りが浮かぶ。
「次は? 分かりやすく、見間違えないように教えてね」
呆けていた大老がぎこちなく笑う。脂汗がしたたった。
「こいつァ……責任重大だわなァ……」
スポッターとスナイパーが、嵐の戦場に死の雨を忍ばせる。
「環様。この戦、いかがなさいますか」
榊は尋ねた。
環は窓を見つめておもむろに口を開く。
「この騒ぎには黒幕がおる」
仕組まれた戦闘。煽られた敵意。
手のひらに転がして陰でほくそ笑む者がいる。
「わらわたちが立ち回って動きを押さえ込めば、必ず山賊が出てくるじゃろう。山賊の機先をも押さえれば、その次には出てくるはずじゃ」
豪鬼とその女神。かの邪神めが。
榊は当然、うなずいた。
「では釣り出して環様の前に差し出しましょう」
好きなもの!
示されよ、示されよ。なかなかケレン味のある祈りで最高です!
神父キャラっていいキャラしてる人、多くありません?




