表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/87

榊、領主の救出をはじめる

 酒蔵の地下から表通りに出てすぐに異変は分かった。

 館の方から明らかに平時ではない(とき)の声と、鉄製の門扉を打つ音が轟いている。フランは音を聞いて顔をしかめた。


「攻城兵器でも持ってきたのか? それなら投石機で直接に館を打ち崩せばいいものを!」

「それじゃ勝っちまうだろォがよ。連中が欲しいのは勝利の美酒と熱狂であって、勝利そのものじゃァねェ」

「悪趣味極まるな」


 吐き捨てるフランをよそに、大老はモモカに歩み寄る。

 赤い目で鼻を鳴らしていたモモカは、近寄る足音に顔を上げた。


「モモカ・スドー・アレクサンデル」


 振り返ったモモカと視線をあわせ、


「すまなかった」


 大老は頭を下げた。


「儂が間違っていたようだ。お嬢ちゃんの言うとおり、街のために働いた人間を見捨てるなんざ市民のやることじゃァねェ。恩に報いるためにも、儂ァ領主を助ける」


 虚をつかれるモモカに、大老は語りかける。老人らしい老獪さで慰めを待たず顔を上げた。


「そんで、次にまたウカウカして足元お留守にした時ァ、ケツを蹴っ飛ばしてやると伝えるよ」


 自負と慈悲が等量に彩られた自信の笑み。

 モモカはプッと吹き出して軽やかに笑う。


「そんな太い脚で蹴られたら、お父様吹っ飛んじゃうわ」

「間違いは反省して、正して、生かさにゃいかん。それは、お嬢ちゃんもな」

「わかってる。もう目的のために手段を間違えたりしない。約束するわ」

「うむ。……だから……その」


 突然、大老は火が消えたように視線を泳がせた。

 びっくりするモモカに恐る恐る目を向けて、


「街を嫌いにならねぇでくれるか?」


 モモカは、声を上げて笑う。

 笑って、笑いながら大きく何度もうなずいて、自信にあふれた胸を押さえて高らかに誇る。


「頼まれたって無理よ! 私、この街が大好きなんだもの!!」


 大老は、焚き火の埋め火が風と薪を得て再び大きく燃え盛るようにぶるりと肩を震わせる。


「――よォし! そんじゃァ一発、腑抜けた思考停止の同胞どもに喝を入れッとすっかァ!!」




 郊外の森林公園、その外れに位置する一角。

 セバスチャンが逃れてきたという場所には、未だに隠し通路を探して三人うろついていた。


「ほとんど諦めて、探すフリをしているだけだけど――いる、ってだけで厄介ね」


 遠巻きに植木の陰で身を隠しながら、セナは一同を振り返る。

 榊、環、カテナにフラン。

 戦闘のできないモモカ、セバスチャン、大老も伴っている。


「この大人数じゃ隠れていくのも難しいわ」


 ぴんぴんっとセナが石を放つ。

 探し疲れていた民間人の男三人は軽率に様子を見に近づいてきて、


「よっ」(セナ)

「悪いな」(フラン)

「おやすみ」(カテナ)


 次々と捕まえて意識を落とした。


「物騒な連中だな」


 鮮やかすぎる手慣れた手際に、榊は思わずそう評した。



「隠し通路はここです」


 セバスチャンが指し示した場所を、すぐ理解できたものは少なかった。


「木の根だと? こんなとこ通れンのかい」

「人工物の通路があるなんて夢にも思わないでしょう?」


 カムフラージュされた階段を降りていく。

 やや天井は低いが、しっかりとレンガで舗装された地下通路が伸びていた。


「大した技術ね」


 カテナが素直に称えるほどきっちり作られたものだ。

 不安になるほど長い地下道を駆け抜けてキッチンへ。キッチンから領主の部屋に抜けられる。

「本当だったのね!」とわざわざ余計なことを言ったモモカがセバスチャンに叱られた。


「この先です」


 壁の中を這い進む隠し通路の最奥で、セバスチャンは壁を叩いた。


「領主様! セバスチャン、ただいま戻りました。失礼いたします!」


 ガコンと壁を抜くようにして隠し扉を開ける。

 領主は部屋の窓辺に立っていた。

 窓から見下ろす表の景色では、門が破られ、平服の市民が領主軍と揉み合っているところだ。

 だが均衡が破られるのは目に見えていた。

 戦闘技術を持つ山賊が市民に混じっているのだ。この膠着は演出の一環でしかない。


「来てくれると信じていたぞ」


 領主はゆっくりと振り返り、やつれた声でそう言った。


「お父様!!」


 真っ先に飛び出したのはモモカだ。彼女は弾丸のように領主に飛び込み、全身で抱きついていく。


「モモカ。怪我はないか? 怖いことはなかったかい?」

「平気よ! みんなが守ってくれたもの!」

「そうか。ありがとう――」


 領主が顔を上げて息を呑む。にわかに緊張した声で笑った。


「まさか、あなたが来てくださるとは。――大老」

「儂も来る気はなかったんだがよ」


 大老はモモカを見て目元のしわを深くする。

 領主もまたモモカを見て相好を緩めた。

 見られるモモカだけがキョトンとしている。

 領主は榊たちに目を向ける。


「状況は見ての通りだ。すまないが市民を傷つけず混乱を収めたい。頼めるだろうか」

「気軽に難しいことを頼んでくれるわね」

「そう言うな、セナ。わかっていたことだ、今さら請けないわけはない」


 榊の言葉に領主は(こうべ)を垂れる。


「すまない。我々を、どうかよろしく頼む」

 好きなもの!


 洋館の隠し通路。

 幼き日にコナ○ンで見たのがはじまりでした。建築物の安全性をガン無視したアリの巣構造にはドキドキしてしまいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ