榊、協力者を得る
「街の危機じゃねぇ。お前らの危機だろうが」
大老の突き放す声に、セバスチャンは目を見開いた。
「な……」
「あの連中が領館を乗っ取とろうが、役人に成り代わって喚こうが――この街は変わらずこの街であり続ける。儂の目が開くうちは好き勝手なんざさせねェよ。おっと早とちりするなよ? 儂ァあの連中の仲間になるつもりァねぇ。街を守るだけだ」
「勘違いしているのはあなたのほうだ! 首長がすなわち街の未来を決めるんですよ。あの連中をのさばらせてしまったら、いずれ地名が同じだけの変わり果てた街になる。山賊の街になるのですぞ!」
「先刻承知よ。儂ァ何年この街を見守ってきたと思っとる」
セバスチャンの熱弁も興味なさげに小指で耳をほじくって、大老はぎろりと眼を動かす。
「今代の領主になってから、景気が良くなった街は土木建築ォ繰り返して『見違えるほど』整ったろうがよ」
セバスチャンは絶句した。
領主は領地の運命共同体だが。
領地は領主がいなくともあり続ける。
大老は、街が変わり移ろうことを受け入れているようだった。
「今の領主も愚鈍なもンだ」
深々と大きなため息とともに吐き出された言葉。モモカはハッとして顔を上げる。
切々と見つめる眼差しに気づかない大老は、虚しげに口の端を吊り上げて笑みをかたどった。
「街がこんなになるまで気づきもしねェで外交外遊。戦争だか政略結婚だか知らねェが、てめぇの足元も見えねえヤツが行き先の舵取りなんざできるわけがねェだろうよ」
「お父様はそんなひとじゃないわ!」
絶叫が酒蔵に響く。
モモカは目に涙をいっぱいに溜めて拳を握っていた。小さな背をピンと伸ばして眉を釣り上げる。
「お父様は街のためにと働いてくださっていたのよ! 街のために尽くしてきたのよ! ずっとずっと、お体も顧みずそうしてきたのよ! だから今の街があるの!」
目を丸くした大老がひげをもぐもぐと動かした。その喉がなにも発しないうちに、モモカは感情の堰を切る。
「そんなお父様を、利用するだけ利用して切り捨てるなんて……そんな非道をして恥ずかしげもないやつこそ、舵取りなんかできっこないわ!!」
叫びきった。
モモカの肩に触れようとしたフランの手を逃れて、モモカは身を翻して走っていく。フランがモモカを追いかけた。
取り残された大老は、打ちのめされたように瞑目する。
フゥーと身体の底からこみ上げたような息を吐く。
「……ありゃあ、領主の娘か。なんでこんな場所にいる。館の安全なところに匿っとくもんじゃないのか」
「私もそう申し上げました。しかし領主様は、街に入り浸るお嬢様こそこの状況に知見があると仰って……避難させない決断をくだされました」
大老はしばらく物言いたげに黙して、「そうか」とだけつぶやいた。
パチリと目を開ける。
「儂もあの連中が信用ならんことは知っておる。だが、昨日今日で街を台無しにするような手合いではないことも分かった。街を焼かれるわけではないと」
天井を見上げたまま、悔いるようにつぶやいた。
拠点となる街として『運用』する。連中の狙いはそこだ。
ゆえに市民を徒に害することはない。経済圏を回すために必要な人材は確保し続けるはずだ。
だが。
市民の暮らしを尊重することは決してない。
「利用し尽くしたら見捨てる。きっとそうなんだろうな。儂らがそれをやったら、そっくりきれいに返ってくる。儂らのためにも、ここは引き下がってはならんのだろう」
セバスチャンが息を呑む。
機先を制するように指を立てて、大老は不満を示すように口を曲げた。そのあと、ニヤリとした笑みに変える。
「他の連中は貸せない。この老骨でできることはなんでも協力しよう」
嗚呼、とセバスチャンは胸に手を当てて肩の力を抜く。
話が動いたと見たセナが仲間を見渡し、榊、環、カテナという寡黙なメンバーを確認して肩を落とす。代表して口を挟んだ。
「そもそもどんな協力をしてもらえるの? ノセられて領館に集まった市民を説得してくれるとか?」
「それもやぶさかじゃねェが……話ォ聞く精神状態じゃァねェだろうよ」
太い指でぐいぐいと顎をしごきながら、大老は椅子から降りた。背が縮んだ。
ドワーフの短足でのしのし歩く彼は、顎ひげに包まれた口を不敵に笑ませる。
「門に集まってる集団は半分がサクラだ。つまり山賊のお仲間だな。突入を前提にしてっから、戦闘要員をあてとるんだろう」
そして大老はセバスチャンの隣、榊たちの正面に立った。
挑戦的な眼差しが一同を舐める。
「街の新入りはひと目でわかる。儂なら山賊だけを見分けっことぁできらァな」
セナは顎を上げた。
山賊だけを見分けられるということの意味。
榊は堂々と、揺るがぬ事実を伝えるように告げる。
「ここにいるのはいずれも劣らぬ使い手ばかりだ。倒していい相手が誰だか分かれば、選んで戦うくらい容易い」
大老は満足そうにうなずいた。
そして、ふっと苦笑いしてセバスチャンに目を向ける。
「やれやれ。儂ァ、隣の倅を沈みかけた船から連れ戻しに来ただけなんだがなァ」
セバスチャンはピクリと片眉を上げたが、澄まし顔で目を伏せる。
「お生憎ですが、郷里を愛する気持ちは私めとて変わりません。山賊の船に乗り換えるなどありえませんよ」
「けっ。すかしやがる」
セバスチャンと大老は親しげに含み笑いを交わした。
と。
駆け下りてくるフルプレートアーマーの騒音。血相を変えたフランがモモカを連れて戻ってきた。
「おい!」
切迫した声。
ただならぬ声音に張り詰める。フランは一行に報じた。
「戦闘が始まった! 連中、館の門を破ろうとしているぞ!」
好きなもの!
アホっ子が突然、事態を打開するキーキャラとなる流れ。
見せ場は必須ですね。




