榊、頼るを知る
左右から同時に襲われて対処が間に合わない。
榊は脇腹に剣を突き立てられた。
血の塊を口の端から転がしながらも、余裕綽々の顔のまま己に刃を突き立てる二人を殴り飛ばす。
「ちったぁ痛そうな顔しなさいよ! あれ? もしかして平気なのかな? って一瞬思っちゃったじゃない!!」
「死ぬほど痛いぞ」
「でしょうね!!!!」
セナが慌てて榊の腹に治癒の手を当てる。止血しながらゆっくりと剣を引き抜いた。
癒やされる真っ最中に、セナごと斬ろうと振られた剣の腹を榊は白刃取りに受け止める。突き返して柄尻で男の腹をえぐった。
「ありがと」
「いや。礼を言うのはこちらのほうだ」
乱戦が広がっていく。
荒れた店内で、環はスルスルと踊るように敵手をかわしている。あくまでも神の手は下さない榊の忠言を守って。
そう奏上したたった一人の信徒に向けて怒鳴る。
「榊! 殺すなとは言うたが、優先順位を間違えてはならぬぞ!?」
「承知しております」
「なら土手っ腹を刺されるな!」
「案外イケるような気がしましたがダメでした。素人が持っても武器は武器ですね」
「つーか農夫って、下手な冒険者より腕力は強いからね」
答えながらセナは榊の動きを制する。止血しているとはいえ重傷には違いない。
フランは閉塞した木造店内に得意の炎を封じられ、モモカを庇うだけで手一杯だ。
カテナも長柄の槍は扱いづらく、敵を持て余している。
カテナはちらりと環を見て、
「あたしはタマキの信者じゃないから殺してもいい?」
「ダメよ!」セナの叱責「市民を殺めたら、後の交渉に響く! 殺さず無力化して!」
「ハァ。ま、できる限りはね……」
いかにも億劫そうに応じてカテナは槍を短く握り直した。
よし、とセナが榊の脇腹を叩く。傷は薄く火傷痕のようなただれが残るのみだ。
「動くだけならなんとか。ちゃんとした治癒は脱してからね」
「助かった」
榊は無造作に手を伸ばし、振り下ろされる剣の柄を発止とつかんだ。
剣をもぎ取るようにして薙ぎ払う。
吹っ飛んだ男が酒場の机ごと倒れた。
「榊様かっこいいー!」
「いいから下がってろ小娘おまえは本当にもー!!」
モモカを守るフランを、カテナが巧みに援護する。危なげはないが進展もない膠着状態。
周囲を一瞥してセナは立ち上がる。剣を持って包囲するのはあと五人。
「榊、あんたはこのまま市民を無力化して。あたしの弓じゃやりづらい。その代わり、環ちゃんは守るから!」
セナが環を追い回す信者に組みつき、柔術の要領で床に叩きつけた。あと四人だ。
「ふむ。ならば否やを言うこともないか」
榊はつぶやいて、手にした剣を叩き折る。無手を開いて包囲する市民信者につかみかかった。
榊たちの大立ち回りを店のカウンターから眺め、店主が顔をしかめる。
「情けねえ、数を頼んでこのザマか。日頃からちゃんと祈ってるか?」
大げさに嘆く店主は余裕を崩さない。
彼の目配せに気づいて、セナが息を呑む。
「やば……時間を稼がれた!?」
「お祈りが終わったやつから行け。スズ以外は異教徒だ、殺して構わん」
乱戦から離れていた冒険者たちが、祈りを捧げていた拳を下ろして剣を抜く。
その刃に宿る燐光はまさに、神の加護。
セナが鋭く弓を取りながら喉の奥でうなる。
「こいつら、全員信徒か……!」
「そこで伸びてる市民どももそうなんだがな。無論、俺もだ」
店主はシニカルに笑ってみせた。
神なる加護をあらわす隈取のような輝きが、禿頭に噛みつくように映える。
助けてくれなかった太陽神から、
助けてくれる邪神へと鞍替えした。
店主の言はまさに加護の有無を指している。
榊は鼻で笑う。
「一度や二度、ご利益が足りなかった程度で宗旨替えなど。信仰の底が知れるな」
「いまツッコむところはそこじゃないから! くっ!?」
セナは身をよじって、振り下ろされた加護の刃を辛くも避けた。
邪神の加護を受けた剣は床を水でも切るように両断せしめる。
さらにもう一歩飛び退って、セナは額に汗をにじませた。
冒険者たちはわずかに四人。だが彼らは半包囲していた市民を手振りで下がらせ、得意の武器を構えてみせた。
明らかに隙がない、洗練された包囲網。
「逃げるわよ!」
叫ぶ。
「ただの腕利きならまだしも、さすがに信徒を一山いくらで押しつけられたら敵わないわ!」
榊は環を振り返る。
環もまたモモカの手を引いて、酒場の扉に手をかけていた。
「ここは不利じゃ。榊、退け!」
「わかりました」
床板が弾ける。
跳躍した榊は、回し蹴りで酒場の壁を一面まるごと砕いて打ち破った。
あっ……という店主の切なげな声を背に、こじ開けられた大穴からフラン、カテナが逃げていく。
すかさず冒険者の一人が追おうと壁の穴から飛び出して、
喉元に矢が突き立った。
「……ちっ!」
セナの舌打ち。
放った矢は陽炎を凝縮したような光の障壁に阻まれていた。矢避けの加護を神から受けていたらしい。
「だけど、動きは封じたわよ……!」
言い残して路地を折れる。
セナ、フラン、カテナ、榊、環にモモカの一行は街に逃げ延びていった。
好きなもの!
何気ない戦闘シーンで、培った絆が垣間見えるやーつ。
なんというか仲間としての進行を感じられていいですよね。




