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榊、情報収集に奔走する

 旅慣れたセナの方向感覚を頼りに路地裏から出て、すぐ。


「あ、やっぱ無理。ダメ」


 セナが立ち止まった。

 丘の上の領館はこの大通りからも見通せる。

 門前に群れなす群衆がうごめいていた。


「あれを突っ切って領主とコンタクトなんて取れないわね。下手に突っ込むと正面衝突が始まるわ」

「始まってはいけないのか?」

「あのね榊……市民と領主を決定的に敵対させたいの? 私たちにだって、集団心理に盛り上がってる民間人を叩きのめして許される特権なんか持ってないのよ」


 フランがモモカのツインテールに視線を落とす。


「モモカ、秘密の抜け道みたいなものは知らないのか?」

「知らないわ。そのあたりのことを記された秘伝書は、領主にならないと読んじゃいけないの!」


 カテナが横目にモモカを見る。


「とかいって、実は盗み見たりしたんじゃないの?」

「しないわよ!! ちょっと開いただけであのお父様がこれ以上ないくらい怒ったのよ!!? 二度と触れなかったわ!!!」

「やっぱり読んでたんじゃん……どんな内容だったの?」

「領主の寝室からキッチンに直接出れるらしいわ!! つまみ食いに最適ね!!」


 今なんの役にも立たない情報だった。


「忍び込まなくても、塀を飛び越えればいいんじゃないか?」


 榊はしらっと言った。

 なんの足がかりもない壁でも、越えられそうな加護や身体能力を誇るメンバーばかりがそろっている。

 しかしセナは渋い顔をする。


「多分だけど、やめといたほうがいいわね。市民たちがグズついてる横で壁を乗り越える姿なんて見られたら、群衆はいてもたってもいられなくなる。暴徒になって領館になだれ込むわよ」

「扇動の好機を見逃す相手でもないだろうしな」


 フランがうなる。

 静かに群衆の姿を見つめる環がうなずく。


「であろうな。間違いなく、先ほどの邪神はあの場におるようじゃ」


 彼女の背中を見て、セナは大きくうなずいた。


「考え込んでいても仕方がないわね。情報を集めましょう」


 環は静やかな所作で振り返りセナを見上げる。


「どうやってじゃ?」

「冒険者ギルドへ行くのよ」


 当然のように即答した。


「冒険者は街に属してるわけじゃない。けど緊急時に強い経験と技能がある。戦争や都市防衛が仕事の軍隊より、ずっとね。こういう状況では真っ先に話が回ってくる。助勢の依頼と、情報が」


 セナはどこか誇らしげに説明し、「行きましょ」と歩き出した。

 ふむと環は小首を傾げる。


「山賊が本分の連中が、そんな冒険者を放っておったのか? 間抜けな話じゃのう」

「環様、別行動を取られますか?」

「ああいや、すまぬ。ちゃんとついていくぞ、榊」




 冒険者ギルドに駆けつけるなり。

 セナは扉を蹴り破るように飛び込んだ。


「マスター、状況わかってる? 情報をありったけ教え……て……」


 怪訝に口をつぐむ。

 酒場を兼ねたギルドには、無数の人が集まっていた。

 冒険者のみならず、農夫や貧民と思わしき人々の姿もある。

 それだけの人が集まっていながら、ギルドはひどく不気味な静寂が降りている。

 奥のカウンターで頭のはげた店主がうっそりと身を起こしてセナを見た。


「来たか……」

「どういう状況? まさか冒険者まで人手不足なんて言うつもりはないでしょうね」


 不穏な店内に集まる市民はそれぞれ剣を帯びているものの、自警団と呼ぶにはいかにも頼りない。武器を提げ慣れていない危うさがある。

 榊はスズを肩から下ろし、モモカをフランの陰へ押しやった。


「裏切ったか」


 は? と疑問を顔に浮かべるセナに対し、店主は片眉を上げて面白そうに榊を見た。


「なぜそう思う?」

「隠す気もないだろう。酒棚に掲げられたレリーフはなんだ。その民間人たちはどうだ」


 言われてカテナは酒棚を見上げ、苦笑する。


「なるほど確かに。これは敵だ」


 セナは訝しげに酒棚を見る。

 酒棚の最上段に先ほどまでなかった飾りがある。


「それは宗教的な偶像だろう。仏教なら仏、キリスト教なら十字架のような。この世界においても太陽神を示す図柄がある。そして、」


 榊は淡々と指で指し示した。

 酒棚に掲げられた木の盾に似たレリーフには連環の図柄が描かれている。


「……それが何を示す図柄かは知らんが――今までは隠していた。そして素人が揃いも揃って武器と一緒に提げている。よりによってこの状況でと見れば答えは一つだ」


 ブラッディリンクスは――豪鬼は己の信仰を語った。

「仲間を守るため」と。

 仲間を守るためなら誰を犠牲にしても構わない、と。

 なんということもない。武器に提げられた聖印は、ただ許しを乞うものだ。

 保身のために他人を傷つける私をどうかお許しください、と。

 店主はにやりと笑ってみせた。


「そうとも。俺はもともと冒険者稼業で足を悪くしてな――守ってくれなかった太陽神にはうんざりしていたんだ。あの女神様は違う。俺たち一人ひとりを見てくださる」

「御託は知らん。要するに」


 榊の手に神威のゆらぎが宿る。

 とっさに信者たちが武器に手をかけた。

 緊迫する空気の中心にあって知らぬげに、いつも通りの無関心な真顔を保つ榊は、言った。


「お前たちは敵なんだな」


 にわかに匂い立つ戦意の気配。

 ひくりと耳を揺らして環が顔を上げる。


「榊、殺してはならぬ」

「無論です」


 答えたときには動いていた。

 剣を抜き放った農夫の顎を、裏拳がかすめる。的確に顎先を打って首を軸に脳を揺らした。

 酔ったように倒れる農夫を置き去りに、その隣の男へ半歩。

 顔面を鷲掴みにする。刈り取るように足を蹴り払った。男の身体を投げて迫る町人を倒す。


「今さら素人に遅れはとらな、」


 榊の身体が揺れた。

 左右同時に襲いかかった町民により、脇腹に剣が突き立てられていた。


 好きなもの!


 即落ち的な締まらなさ。

 だせぇくらいの主人公が逆にカッコいいんですよ。好き。

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