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榊、妾の女神を追う

 ふわりとローブの裾を翻した妾女神は、フードを目深にかぶって美貌を隠す。


「ククク。どうあれ、見つかったのでは計画を急ぐしかないのぅ。スズ、この場は任せるぞ」

「は。お任せを」


 鋭く応を返す女蛮族を見下ろして、豪鬼は鼻で笑った。


「侮るなよ。あいつら、特に赤い鎧のと青いヘルムの、バカにならんぞ」

「ではおんしも残ることじゃな」


 豪鬼は目を丸くする。

 妾女神はすでに興味を失って立ち去ろうとしていた。

 豪鬼は苦しげにひょろ長に目配せする。ひょろ長は肩をすくめてスズの隣に歩み出た。豪鬼の代わりに助っ人を受けるつもりのようだ。

 彼を横目に一瞥し、スズは鼻を鳴らす。


「足を引っ張るなよ」


 言って、じゃらりと腰に刺した柄を引き抜く。

 抜き放たれたのは、剣ではなかった。

 鞭――それも鉄環で作られた鉄鎖(チェーン)だ。


「我が女神よ。スズ・ハミントンに勝利の加護を!」

「くれてやる。せいぜい、妾の役に立つことじゃ」


 行くぞ、と女神は立ち去っていく。豪鬼を脇に仕えさせて。

 ひょろ長と女蛮族はそれぞれナイフと鉄鎖を構えた。旺盛な戦意が榊たちに向けられる。

 姿勢を落とした榊は、二人の持つ得物を見て環に声をかける。


「環様、お願いしてもよろしいですか」

「仕方ないのぅ」


 環はおもむろに諸肌をはだけた。

 ギョッとするフランとカテナを振り返る環の背から、いつの間にか無数の武器の柄が生えている。

 榊は太刀の柄に触れた。


「待て榊。この狭い場所で長巻を振り回すと危ないじゃろう。その右脇の小さいやつにせい」

「かしこまりました」


 榊は打刀を逆手に抜く。

 その様子をフランは呆然と見つめている。


「……それは」

「神器、お借り受けいたします」


 フランの声を意に介さず、榊は逆手に構えて右足を引く。醒めきった眼が相対する二人を見据えた。

 女蛮族、スズは強気に笑う。


「面白い。木っ端な神と我が女神とどちらが優れているか、知らしめてやろう!」


 鞭のように鎖を振り上げ、鎖はひとりでに動いた。

 鎖がバチバチと音を鳴らして互いに密着する。

 結合し、固定され、一本の鉄鞭と化していく。

 武器に宿る燐光は、紛れもなく神の加護。

 ほう、と榊は声を漏らす。


「そんな信仰の形もあるのか」

「武力こそ我が女神に捧げる信仰の証よ。ただ口を開けて慰みをもらう貴様のそれとは比較にならん!」


 榊の構える神器――神力のおこぼれをせせら笑った。

 榊の目が殺意に冷える。

 その足が駆け出す寸前に。


「あ――――――――――っ!!!!!」


 アホみたいな大声がモモカの口からほとばしった。

 目も口も全開にしたモモカの目がスズを食い入るように見つめている。


「あなたっ! 見たことあるわ!! お屋敷で、お父様とセバスチャンと話してた!!」

「なんですって!?」


 セナもつられて驚愕を叫ぶ。

 モモカは自信満々に大きくうなずいた。


「あの人がアナルさん(・・・・・)よ!!」

分析官(アナリスト)だッ!! 二度と間違えるなアホ娘!!!」


 顔を真っ赤にして怒鳴り返したスズは、やがてハッと身を仰け反らせた。


「自白してしまった……!? おのれ巧妙な」

「なによ、ちょっと間違えただけじゃない! もう間違えないわよ、穴掘り(アナホリ)ストさん!!」

「そのアホな口を二度ときけなくしてやろうか!!?」


 があっと鉄の棍を振り上げて怒るスズの前に、

 榊が迫る。

 ごうと打ち合い。

 トロルを一刀に切り捨てた環の神器が、鉄鎖に宿る加護と相殺されてギリギリと噛み合った。

 武器ごと切り裂こうとする榊の腕は押し返され、榊ごと振り払おうとするスズの腕は食い止められる。

 鍔迫り合いに顔を寄せて、榊とスズはにらみ合う。


「どうやら、お前に聞かねばならないことがあるようだ」

「ふん。できるものなら……やってみろッ!」


 スズは両腕を振り上げて鍔迫り合いを弾き飛ばす。


「さあ……女神の覇道を阻む背信者に鉄槌を!」


 鉄鎖は一度ほどけ、先端を丸くするように固まっていく。鎖に鉄球をつないだ武器――モーニングスター。

 からくも打ち返した榊の眼前で、鎖が長さを縮めながら鉄球を膨らませていく。メイスだ。


「多芸なやつだ!」

「潰れろッ!」


 鎖の鉄球が振り下ろされる。

 榊は逃げない。鉄球を織り成す鎖の隙間に打刀を叩き込み、打撃を逸らす。身をかわすようにしてスズの内懐に間合いを詰めた。


「な――?!」

「甘いな」


 ゴッ! と肘打ちがスズの顎を打ち抜いた。

 身体強化の加護が乗った肘打ちに、スズは頭を大きく仰け反らせる。

 追い討ちをかけようとする榊は、ふいに右手を振り上げる。

 ひょろ長男が押し込むように割り行ってきた。

 榊は飛び退り、打刀でひょろ長男の右手にあるナイフを切り捨てる。直後、左のナイフで腕の裏を切られた。血が散る。


「む」

「深追いしすぎだ。突出するな」


 横から向けられた呆れ声。

 機敏に反応したひょろ長は、波が引くように榊の前から退がった。

 空いた空間を舐めるような炎と、その炎さえ追い越すような紅い踏み込み。


「せぃっ!」


 胸郭を穿つようなフランの掌底は、ひょろ長の腕に防がれた。大きく吹き飛んだひょろ長はスズに目を向ける。


「く……油断した……っ。すまない、退け! 私に構うなっ!」


 顎を打ち抜かれたスズは、意識を朦朧とさせて膝を突いている。その彼女の前に立つカテナ。

 榊も態勢を立て直し、フランは燃える拳を構えている。

 ひょろ長は忌々しそうに顔を歪め、背を向けて撤退した。鮮やかな引き際だ。


「追わなくていいわ。今はこっちが優先よ」


 弓を下ろしたセナが言う。

 榊はだくだくと流血する己の腕を一瞥し、スズを見下ろす。彼女はガックリと項垂れて悔しげに声を震わせた。


「申し訳ありません、我が女神よ。ご期待以上の役割を示すことができませんでした」

「期待……以上?」


 榊が怪訝に顔を曇らせた、

 そのとき。

 街中にけたたましい警鐘が鳴り響く。

 カテナがうるさそうに顔をしかめて首を縮めた。


「なにごと?」

「あれ! 見て!」


 モモカが叫ぶ。だが誰もモモカの指す方を見なかった。

 どこを見ていても、モモカの示したいものがわかったからだ。


 噴き上がる黒煙と、屋根を舐める赤い火の手が。


 セナが愕然と顔色を失う。


「街が……街中が、燃えている!?」

 好きなもの!


 形態変化する武器!!

 機構で可変するやつもいいですが、不定形を固定させるのも好き。

 しかしながら、鎖を鎖のまま変化させるのは氷や土のそれとは違って力技感が強く、趣深くてめっちゃ好きです!

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