榊、仲間の釈放に成功する
「うちの娘が、本当に申し訳なかった」
関係各方面にカテナの死刑撤回と即時釈放指示を済ませた領主が、ため息をついた。
「恐怖統治など許されるはずもない。よもや、こんなことになっているとはな」
「わたくしもビックリしたわ!」
モモカが父にべったり張り付いたまま声を上げる。
「まさか本気にされるなんて思わなかった!」
「思わなかったでは済まされん。もう少し警戒心を持ちなさい。……榊殿たちにも、なにか詫びを示したい。必要なものはあるだろうか」
「いえ、なにも」
断りかけた榊は、ふと口を閉ざす。
「では僭越ながらよろしいでしょうか」
「なんでも言ってくれたまえ。できない相談ならまた改めて話し合おう」
「実は私は、神になったばかりの女神の信徒でして……聖都に向かっているところなのです」
すべてを語る必要もなく、領主は得心してうなずいた。
「なるほど、宗教施設を建てたいのか。わかった、土地を用立てよう」
「恐れ入ります」
「建築様式は決まっているかな。よければ、すぐにでも手配を進めるが」
「ええ。神社――」
言いかけて顔をしかめる。
神道なのは環の師である稲荷神だ。環は元より神式ではない。
「いえ。そういえば、決まっておりませんでした。我々は神社どころか、宗教の象徴をも決めていません」
「なに?」
領主は訝る。
「神として成立したのならば、象徴も様式も定まってくるはずだが……」
よぎった不審を、領主は頭を左右に降って振り捨てた。
「いや。成り立ての神ならばそんなこともあるだろう。……様式が決まったら教えてくれ。図面に起こせる建築士を紹介しよう」
「感謝いたします」
「なに、また困ったことがあれば言ってくれ」
鷹揚に構える領主に、榊は頭を垂れた。
「……では、少々聞きにくいことなのですが」
「ちなみに私は形だけ太陽神を信仰している。街の最大宗教だからな。で、なんの質問かな?」
先んじた回答に口をつぐんだ榊は、やや考えてから領主の目を見る。
「なぜ急に婿探しを急ピッチで推し進めたのですか? まだ焦るほどの年齢ではないと思いますが」
モモカはまだ16歳だ。
政略結婚ならば考慮に値するかもしれないが、適齢期とは言い難い。まして治世を放り投げてまで探す必要はないはずだ。
自覚はあるのか、領主は両手の指を組んで声を落とす。
「……分析官に勧められたんだ。情勢がこの先不安定になる、街も危険な気配に閉ざされる。だから今のうちがいい――とね」
「アナリスト……」
公開情報などを元に社会の傾向や動向を導き出す専門職だ。気象予報士のように、知識と情報で社会情勢を予測する特異な職能を担う。
なかなかに胡散臭い人材を取り揃えているらしい。
領主は厳しく表情を曇らせた。
「実際、動乱の気配はある。ブラッディリンクスなる胡乱な輩も跋扈しているしな。あれほどの規模、果たしてどこの誰がバックについているやら……」
「お父様、また難しい顔をしておられるわ。大丈夫?」
「平気だよ。ありがとう、モモカ」
表情を緩め、領主はモモカの頭を撫でる。顔を上げて榊を見た。
「迷惑ついでで申し訳ないが、榊殿。旅にモモカを連れて行ってくれないか。もちろん冒険者としての依頼を出す」
「構いません」
榊はうなずく。
環のために土地を確保するばかりか、頼んでもいないのに教会建築まで担ってくれようとする気前のいい領主の頼みだ。ここで断って気を害する選択肢は榊にはなかった。
榊の即答を見て、モモカは顔を輝かせる。
「本当? やったー! ありがとうお父様!!」
抱き合う父娘を、無表情で眺める榊。
親子愛の美しさなどちっとも響いていない。
§
「やぁ…………っっと出れたぁー」
茜色に染まる空に両手を伸ばして、カテナは大きく伸びをした。
普段の鎧を脱いだ鎧下姿は、しなやかな金髪もあって不思議なほど軽やかだ。
脱力したカテナは、拘置所の前に集った仲間を前に首を傾げる。
「どうしたの変な顔して」
「べつに……」
セナが不満げに言った。
不満たらたらダダ漏れな姿に、フランが苦笑する。
「榊がうまくやりすぎたんだ。手腕に嫉妬しているだけだから気にするな」
実際、館に踏み込んだ榊をおろおろと心配している横を、釈放の命令を持って使いが出て行ったのだ。セナは面白くなさそうに顔を背ける。
カテナは首を傾げるが、状況を察してうなずいた。
変装を解いた榊の右隣にはいつもの環が。
そして左隣には事の元凶、モモカの姿があるからだ。
モモカはカテナの前に歩み出ると。
「ごめんなさい!」
腰を直角に曲げて頭を下げる。
「軽い気持ちで、とんでもないことをしていたわ。とっても迂闊だった! 迷惑かけてごめんなさい!」
アホほど元気のいい謝罪がモモカの口からぶちかまされる。
毒気を抜かれたカテナは片目を閉じて思案する。しかし、すぐに肩をすくめた。
「たとえどんな気持ちで言ったとしても、あなたから発した言葉はあなたのものだ。無責任ではいられない」
「そう。そうね。身にしみたわ!」
「これからは気をつけてね」
話は終わり、というふうにモモカから視線を外す。
カテナは薄い表情のまま一同を見て、口を開いた。
「それより、気になることがある」
声に忍ばされた剣呑な警戒心。
弛緩した空気に冷や水を浴びせるように、カテナは告げる。
「一緒に捕らえられていた山賊たち、釈放されたわ」
好きなもの!
アナリストって単語。
なんか私の厨二病ゴコロをくすぐります。なもんで、ただ出したかっただけー! です!




