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榊、領館に足を踏み入れる

 領主の居城は街の正中からやや東に寄った、丘の中央にあった。

 モモカの手引きで招かれた榊は、威容に比してシックな城の廊下を見回す。

 磨かれた壁、飾られた美術品、主張の強くない赤絨毯。どの調度品も高い教養と街の文化水準を示すよう計算されている。


「ありがとう、榊様」


 隣を歩くモモカがささやいた。


「わたくし一人では、とても直接尋ねる勇気なんて出せなかったわ。お父様が叱ってくれるのを待つなんて――間違っていると、本当はわかってたのに」

「人は道を誤るものだ。誤りを認め、引き返し、改めることがただ難しい」

「ふふ。神父様みたい」

「似たようなものだ」


 榊は調度品を見て目をすがめた。

 主の格調を示すよう、計算され尽くした配置。

 この懐の広さは、モモカとは似ても似つかない。


「あっ。いたわ! セバスチャン! セバスチャーン!」


 廊下の先を歩く燕尾服の老紳士に、モモカはドタドタとやかましく突撃していった。

 鷹揚に振り返る老紳士を見上げて、モモカは胸を張って告げる。


「お父様に、どうしても聞きたいことがあるの! 取り次いでちょうだい!」

「お嬢様。お言葉ですが――」


 老紳士はピンと背骨を伸ばしたまま腰を折って優雅に一礼。


「領主様はただ今ご多忙でいらっしゃいます。面会は事前にお伝えいたただくか、よろしければお言付けを預かりましょう」

「なんですって!?」


 モモカは飛び上がって驚いた。


「いくらあなたでも、話せないことはあるわ! いいからお父様にお話だけでも通してよ! 時間は取らせないわ!!」

「お嬢様。今、領主様はご領地のための大切な仕事をなさっています。お聞き分けください」

「なによ、邪魔しないでよ! いくらセバスチャンでも怒るわよ!」

「領主様はご多忙にあられます」


 頑なに応じないセバスチャンが、モモカの後ろに付く榊を恨めしげに見た。モモカのとんぼ返りは榊がけしかけたと見抜いているのだろう。


「失礼ですがお嬢様。こちらの男性は?」

「榊様……榊さんは、あたしの悩みを聞いてくれたの。お父様に嫌われてるのかどうか、直接聞いてみたらいいって」


 セバスチャンは瞠目して、いたわしそうにモモカを見る。

 そのセバスチャンを見て榊は口を開く。


「話を通してみてほしい。断られたら引き返す」

「そうよ! 聞くだけ!」


 モモカは尻馬に乗って叫んでいるが、榊とセバスチャンはわかっていた。

 頑なにこの場で断ろうとしていたのは、きっと彼女の父親が多忙を押して娘に会う時間を捻出するだろうからだ。

 モモカの父がなぜそこまでするのかというと、おそらくは。

 セバスチャンは諦めたように顎を引く。


「かしこまりました。応接間の前でお待ちください。御予定を確認してまいります」

「お父様に直接ね!」

「もちろんですとも」


 長い足で贅沢な絨毯を歩き、足早に去る。


「セバスチャンは頼りになるわ。きっとお父様につないでくれるわね! 行きましょ榊様、応接間はこっちよ!」


 モモカに案内されてだだっ広い屋敷を歩き、榊が応接間に着いたときには、セバスチャンはすでに扉の前に戻ってきていた。


「……? 双子か?」

「いいえ。領主様が即決したため、その足でこちらに向かっただけです」


 お掛けになってお待ちください、と応接間の扉を開けてセバスチャンは二人を通す。

 応接間は中央にソファとローテーブルのある間取りで、落ち着いたベージュの壁に金細工があしらわれた細部まで豪華な部屋になっていた。

 対面側の椅子は豪華だが、玉座のように居丈高ではない。商人との対等な交渉の場などとして使われているのだろう。

 二人を来客側のソファに座らせてセバスチャンは念を押した。


「領主様の予定は多く、時間は限られています。これ以上休息を削らぬよう手早くお願いします」

「わかっている。本題だけ話そう」

「そ、そうね……わかっているわ……」


 先んじて応じた榊の顔色を見るようにして、モモカが緊張してうなずく。

 ――と。

 ドアノブがひねられた。ノックはない。彼はこの館の持ち主であり来客ではないからだ。

 ドアを開けて現れた、気品ある礼服をまとう背の高い男。やつれているが目元の印象はモモカと同じだ。

 立ち上がろうとした榊を手で制し、ローテーブルを挟んだ向かいのソファに泰然と腰を下ろす。

 モモカの父。


「ソウジロウ・スドー・アレクサンデルだ」


 渋い声で彼は名乗った。

 好きなもの!


 セバスチャンと娘大好き渋いパパ。

 プライスレス。

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