榊、令嬢を口説く
モモカに熱っぽく見つめられて、榊は怪訝に目を細める。
そんな所作でさえ、メガネで邪悪さが大幅に減ぜられて、クールで底知れないミステリアスな雰囲気を演出していた。
「隣、いいか?」
「えひゃっ!? ふぁい! どうじょ!!」
ろれつの怪しいモモカの隣に腰を下ろし、榊は会話するポジションにつくことに成功した。
「と、とりあえず第一関門はクリアしたわね」
広場の端。
カフェの立て看板を盾に身を隠すセナ、環、フランが連なって様子を見守っている。
「遠くからならいつもの榊に見えるわね」
「いつも榊は榊じゃろ?」
「分かんないならいいのよ、そのままで。たぶん環ちゃんのほうが正しいから」
メガネ一つで人の見る目を変えるセナは悔しげに言った。
視線の先で榊は言葉の接ぎ穂を探すように目が泳いでいる。モモカは榊が気になってそれどころではないようだ。
「あんなんで、ちゃんとカテナの話に持っていけるんでしょうね……フランもいつまでも笑ってないの!」
振り返ったセナに叱責されるフランは、未だにイケメン榊がツボっていた。かみ殺した笑いに肩が震える。笑いをこらえて顔を上げた。
あのモモカが、借りてきた猫のように縮こまって髪先を気にしている。
「くふぅ――っ、くっくっくっくっ……!!」
「フランはもうダメね」
セナは榊に視線を投じる。音聞きの加護も向ける。
噴水に腰かける榊は口を開いた。
「きみは神とか興味あるか?」
「ありましゅ」
セナはガッと看板に頭をぶつける。
「忘れてた、あいつバカなんだった……! いきなり宗教勧誘を始めるか普通……!?」
怪しい勧誘のお兄さんと化した榊は、信仰して人生が変わった体験談など聞かれてもないことをべらべら話して、
ふと言葉を切った。
「アイスが溶けそうだぞ。食べるペースあげたほうがいい」
「え? あっ、わっ」
ぱくぱくとかぶりついて、モモカは榊の視線に気づいて顔を真っ赤にする。
榊は微笑もうとするように表情筋を震わせた。
「そのアイス好きなのか? 今朝も食べていただろう」
「っんぐ!? ぅええ!? なんっ、なんでっ!?」
「門の近くで、たまたま居合わせた」
狼狽するモモカに簡単に答える。
モモカは恥じらうようにうつむいた。
「……このアイス、大好きなの。どんなに落ち込んだときでも、これを食べると元気になれたから」
そう言って、アイスを見つめて寂しそうに微笑む。
ぱくっと最後のひとくちを食べた姿を見て、榊は優しい声をつくる。
「なにを悩んでいるんだ?」
「っ、え、どうして……」
「見ていればわかる」
元気になれる好物を食べたくなるくらい――いや、食べても気が晴れないということは、今も悩んでいる。
「俺でよければ話を聞こう。声に出せば、気も晴れる」
「あ、えっと……う、うん……」
縮こまるモモカ。
二人の様子を眺めるセナがガリガリと立て看板をひっかく。
「なに普通に口説いてんのよあのバカ……!」
「頼み事をするのじゃから、まずは距離を詰めてからでいいんではないか?」
「そうだけれども! アイツほんとに大丈夫なんでしょうね……。って、フランももう大丈夫?」
「ああ。心ゆくまで笑った!」
看板の影で会議するセナと環とフラン。立て看板の店主が、軒先にできた団子を嫌そうに見つめていた。
広場では、噴水の縁石に腰かけるモモカは首を垂れている。
「実は……実はわたくし、お父様に嫌われているような気がするの」
沈痛に切り出した。慌てたように顔を上げて首を振る。
「ううん、気のせいだと思う。お父様はいつもわたくしを第一に考えてくださるし、大切にしてくれている。でも……でも。最近、距離を感じるの」
「それは、嫁に出そうという動きのことか?」
核心に切り込んだ榊を、モモカはハッとして見上げる。榊は静かにうなずいた。
「噂になっている」
モモカはうつむいた。ぎゅっとアイスの棒を握る指に力を込める。
「……そうよ。でも急ぎ方が普通じゃないの。不安定な情勢を収めるため、というわけでもない。かえって不安定になっているくらい」
不安に揺れる目で市場を見る。
商売の活況に賑わう風景は、しかしモモカの目には治安が悪化した影が見えているのだろう。
「本当に優先しなきゃいけないことなのって、言いたいけど言えなかった。わたくしがどんなムチャクチャをしても、本当にお父様は領地を後回しにしていて……」
声が震えた。
ずっと気丈に、傲慢に振る舞っていた肩が、今は年相応に小さい。
「わたくし……わたくしを、そんなに」
顔を隠すようにうつむく。その拍子にしずくが落ちた。
石畳の水滴を見つめて声を絞り出す。
「厄介払いしたいのかなって……」
榊は黙って聞き届けた。噛みしめるようにうなずいて、
モモカの肩に手を添える。
「では、尋ねに行こう」
「えっ?」
モモカは顔を上げて榊を見上げた。
榊はいつも通りの、謎の自信と確信に裏打ちされた真顔で、当たり前のようにしている。
「きみはお父上の娘だ。そしてお父上を愛している。尋ねる権利は充分にある」
「でも、もし……もし疎まれていたなら」
自ら口にした言葉に怯えて手を震わせるモモカを。
榊は当然のように受け入れる。
「そのときは――神に祈ろう。信仰はそのためにある」
「……普通、逆じゃないの? うまくいくようお祈りするでしょ?」
「人の気持ちを神に決められたくないだろう? お父上のきみへの思いは、きみが積み重ねてきた行動の結果で決まるべきだ」
榊の断言に小さく笑ったモモカは、首を傾げる。
「それじゃあ、ダメだったときに、神様になにをお祈りするの? 復縁を?」
「さて、それは神の御前に立たないとわからない。だが――すれ違った不幸を嘆きながらも、愛する父の幸福を願う。そういう話もたくさん聞く。きみがそれを願えない人間だとは、俺には思えないな」
「そんな立派な人間じゃないわ」
「それが普通だ。邪険にされたら恨むし、冷たくされたら嫌になる。仕打ちの報いを神に祈ることは悪ではない。マイナスになれ、と願っているわけではないからな」
榊の直截な言い方に笑い、モモカは振り返った。
領館、領主のほうを。
モモカは榊の手を握る。
「……一緒に来てくれる?」
「もちろんだ」
榊は即座にうなずいた。
立て看板から顔を離し、セナは苦い顔でフランを振り返る。
「アイツ、あんなに優しい人間だったっけ?」
「信者になりそうだからじゃないか?」
「ああクソ、納得したわ……」
好きなものー!
覗き側がなんかわちゃわちゃやってるやつー!
めちゃ身勝手なことを無責任に言うだけ言って満足する、無害な感じがすごくよき。
……自分がやられるのは嫌ですけどねw




