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榊、イメチェンする

 セナがモモカに言い負かされた後、ひとまず冒険者ギルド兼営の酒場に戻っている。

 カウンター席に腰掛けたフランが一同を見回す。


「さて、どうカテナの無実を証明する?」


 環の後ろに立つ榊が首を左右に振った。


「入国のアリバイさえ無視されるデタラメ司法が相手だ。潔白を示すのは手間がかかる」

「明日には処刑されるってーのよ! じゃあどうするってのよ!」


 セナはカウンターを叩く。

 カテナの処刑を宣言する布告状が早くも発布されていた。カウンターに広げられた布告状の写しには、きっちりモモカの名義で記されている。こんなときだけ仕事が早い。

 執行時刻は明日の正午。

 残された時間は、きっかり丸一日だ。


「手は一つしかないだろう」


 榊は動じない。

 応じてフランは頷く。


「処刑される直前に襲撃だな」

「違う」

「あれ?」


 榊は布告状を叩いて示す。

 命令者として記された、モモカの名を。


「処刑の命令を撤回させるんだ」


 セナはうなる。


「なるほど……でもどうやって? 話を聞くタイプには見えないわよ」

「わらわも挨拶すら拒絶されてしもうたからの。頑なじゃ」

「いや」


 フランは榊を見て、ニヤッと笑った。


「意固地ではあるが、性悪ではない。現にあの保安官とは会話ができていただろう? 敵対的な反応を見せなければ逆上しないかもしれん」


 敵対したつもりはない、と記憶を探った環は首を傾げる。

 門の前で話しかけたとき。

 モモカはこっそり落としたアイスの無事な部分をかじろうとしたところで、環に声をかけられた。


「……わらわが急に話しかけてビックリさせちゃったから、嫌われたのか……?」


 ドンマイ、とセナに肩を叩かれた。

 環を慰めながらセナは顔を上げる。


「私たちは面が割れてるけど、そういえば榊はまだモモカに話しかけていなかったわね。あんた行ける?」

「ああ。俺が行こう」


 榊は感情の欠落した真顔に、昏い光を爛々と宿す濁った瞳でうなずいた。

 セナと環がなんとも言えない顔をする。


「言っといてなんだけど……あんた、交渉ごとに死ぬほど向いてないわよ」

「そうだろうか」

「まぁ……でもフランも声かけてたもんね?」


 一言だけな、とうなずくフランに応じ、セナは腰に手を当てる。


「他に選択肢はないし、榊に任せましょうか」


 最悪でも逮捕されるのが一人から二人になるだけだからね――と失礼なことを言うセナだが。

 誰からも否定の声は上がらなかった。





「変装など必要なのか?」


 そう言いながらも、セナの渡した服に着替えた榊は酒場に姿を表した。

 綿のワイシャツにスマートなシルエットのボトムス、素朴な紐靴を合わせ、いかにも通りすがりの好青年という服装だ。


「そりゃ、印象を誤魔化すくらいは必要――なんだけど」


 酒場の丸テーブルに着くセナは、複雑な表情で榊を見上げる。

 セナの隣でフランが頬杖をついて楽しげに笑った。


「なんか、ケチな空き巣みたいだな」


 榊は人相が悪い。凶悪な眼光がすべての印象をさらっている。


「ずっと思ってたけど、何着ても似合わないわね」


 衝撃のカミングアウトに、さしもの榊も少しばかり顔をこわばらせた。

 フランの隣で環がキュッと拳を握る。


「わらわは、かっこいいと思うぞ!」

「ありがとうございます環様……」


 榊の返事も痛々しい。


「眼鏡でもかけてみたらどうかしら……」


 言いながらセナは度の入っていない伊達メガネを手に立ち上がり、榊にかける。

 だが。


「――はぇ?」


 手を離したセナの動きが止まった。

 至近距離で硬直するセナを、榊は不審げに見る。


「どうした?」

「……えっ?」

「なにを固まっている」


 ぽけっと見つめていたセナは、声をかけられて我に返った。


「ぅわッ!? ちちち違うわよ別に見てないし! あーふーんへーまぁ似合うんじゃない!?」


 セナは丸テーブルに戻っていき、机の足につまづいて椅子に膝を強打した。

 明らかに様子のおかしいセナから、榊に視線を移したフランが「ぶっ」と吹き出す。


「うは! わははは! なんだそれ榊!! すごいな!? めちゃくちゃ似合ってるじゃないか!!」

「そうか?」


 榊は環を見る。

 環はよくわからないと顔いっぱいに困惑を浮かべて「よく似合っておるぞ」と言った。

 うなずいた榊は着替えをまとめる。


「どうあれ、もう変装は充分だろう。おい店主、モモカの居場所を探せるか」


 首を伸ばして様子を窺っていたハゲバーテンは、急に振り返った榊を見て酒棚に激突した。



 モモカの居場所はすぐに分かった。

 市場に隣接する中央広場だ。古い噴水が情緒ある石畳のロータリー。水が止められて久しい噴水の縁石に腰掛けて、モモカは市場の喧騒を眺めている。

 広場の端に身をひそめて様子を窺う榊は、不満げにあたりを見回した。


「目立っている気がする」


 変装した榊を、通りがかった人々がチラチラと見ている。目の合った女性が顔を赤らめて足早に逃げていった。


「おいセナ。変装ではなかったのか」

「うるさいわね、こっち見ないでよ。それでいいの。要は榊だって分からなきゃいいんだから」

「そうか」


 榊はひとまず納得して、環に一礼する。


「それでは環様、しばし御身のお傍を離れる無礼をお許しください。くれぐれもフランから離れませんようお願いします」

「うむ。気をつけてな」


 少し不安そうに応じる環。

 任せろ、と拳を見せるフランと目を合わせたが、フランは榊の顔を見て吹き出した。

 渋面は引っ込めて、榊は堂々と広場の中央モモカに向かって歩いていく。


「こんにちは」

「……?」


 モモカが油断し切った腑抜け顔で榊を見上げ、

 電撃を受けたかのように身を震わせた。

 手の力が抜けたのか、持っていたミルクアイスバーが滑り落ち、


「危ない」


 榊はモモカの手を包むようにアイスバーを支えた。


「ッッッ〜〜〜!???」

「落としたらもったいないだろう」


 出会って最初に説教をかました榊を、


「……ふぁい」


 モモカは頬を赤らめて潤んだ目で見つめている。


 好きなもの!


 周りの評価がガラッと変わる主人公。

 イケメンチェンジだけじゃなく、女装主人公も転生主人公もこの一環ですね。好きです。

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