榊、冤罪を目の当たりにする
離れ、表に出て数歩。
待っていたフランと環に顔を合わせるなりセナは漏らす。
「きな臭い」
「というより、シンプルだ」
榊は環の耳をふさいだ。
「カテナはあの顔立ちだからな。権力をかさにきた腐敗保安官がカテナに言い寄ったんだろう。そして、カテナはあの実力者だからな。捕縛されたまま叩きのめしたんだろう」
腕の痣は、転んだりぶつけたりした程度のものではなかった。
痛みや違和感も少なく人体に破壊を浸透させるなど、いかにもカテナの得意そうなことだ。
「拒絶された腹いせに、罪を捏造したんだ。今なら調書などろくに精査されない。被害者も目撃者も、実在するかどうか分からん」
「実際に調べてやれば、ボロはいくらでも出てきそうね」
セナが敵意に燃えて拳を握る。
フランがため息をついた。
「やれやれ。正面から壁を破って脱獄させるなら楽なんだが」
「冤罪を実罪にしてどーすんのよ」
さて、どうするか……と話し合っているときに。
「騒がしいと思ったら。またあんたたち?」
声だけで高慢が鼻につく。
領主の娘モモカが、お供も連れずテクテク徒歩でやってきた。抱える小さな木箱から果物の甘い香りが漂う。
「道を開けなさい。モモカ様の機嫌を損ねたら逮捕よ、逮捕」
榊たちの中心を突っ切って押し通ろうとするモモカに、環は慌てて声をかける。
「モモカ、ちと話をせぬか?」
「さっきも話したじゃない。あたくし様の貴重な時間はもう売り切れよ!」
奇跡的に環を名指ししての恫喝をせず、命拾いしたモモカはそれ以上目もくれずに保安所に姿を消した。
「お疲れさま、差し入れよ。まだ忙しいの?」
「は! どうもモモカ様、いつもありがとうございます。ええ、相変わらずですね」
保安官が媚びた声で応じている。
目を丸くしたセナが声をひそめて囁いた。
(差し入れ……? 諸悪の根源が?)
(よく分からぬ娘じゃのぅ)
所内の会話は続いている。
「ところで先ほど逮捕した無礼者ですが」
「無礼? 誰だっけ」
「調べたところ、非力な飢えたる貧者を殴り殺したようなのです!!」
「な、なんですってー!? 本当なのそれは!?」
「ええ! いかがなさいますか!」
「死刑よ死刑! そんな極悪非道な人間を許しておけないわっ!!」
一同に激震走る。
「ちょっと待ちなさい! 無茶苦茶言ってんじゃないわよ!?」
「うわびっくりした! なによあんたたち!」
思わず保安所に突っ込んだセナの絶叫に、モモカが飛び上がって驚いている。
死刑宣告を下した直後の呑気な反応に、セナは泡を食って慌てふためいた。
「死刑ってそんな軽率に執行していいもんじゃない! そもそも冤罪よ!」
セナの必死の訴えに、モモカは困ったような顔で保安官を振り返る。
「でも……調べたんでしょ?」
「もちろんです。証拠はそろっています」
「だそうよ」
「嘘に決まってるでしょ!」
「警察が嘘つくわけないでしょ! 警察が嘘ついたら誰が取り締まるのよ!!」
「今まさにその話をしてるんだけど!!?」
保安官の言葉を頭から信じ込むモモカに、セナはガーッと頭を抱えた。この街に正義はない。
不満げに唇を曲げたモモカは面倒臭そうに手を振る。
「そんなに言うなら、嘘だという証拠をもってくればいいでしょ? よく分かんないけど。そーゆーのが法治国家だって聞いたわ」
「放置国家にしてる張本人が言うかそれ……!」
ぎりぎりと歯噛みするセナ。
若い保安官が顔を上げる。
「令嬢の名前で死刑命令を準備しました。いつ執行しましょう? ちなみに処刑は新月の日に行われる慣習があります」
「じゃあ次の新月の日」
「明日ですね」
「ちょおおおおおおおおおっっっ!!!」
会話をガン無視して話が進む。
悶絶するセナをうるさそうに見て、モモカは口を尖らせた。
「喚いてないで、証拠を探しに行けばいいじゃないの。嘘ついてないならすぐわかるでしょ。知らないけど」
「この……この……っ!!」
セナは頬に神の加護たる光の隈取りを浮かべて、全身全霊であらん限りの罵倒の言葉を飲み下した。
引き結んだ唇を開き、
「おっ、覚えてろぉ!?」
「やなこった、だわ! べーっ!」
子どものような応酬を残して、セナは戦略的撤退を敢行した。
好きなもの!
思考回路をすっかり把握されて言葉一つで転がされる猪突猛進な女の子!
アホっ子というんですか。可愛いですよね。
今回のエピソードは彼女が中心になり申す。




