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榊、役に立たない

 交易都市に入った矢先。

 カテナに手錠がかけられた。


「――は?」


 唖然とする青い軽鎧の戦乙女カテナ。光を押し固めたような金髪と碧眼が困惑に揺れる。

 逮捕の号令を出した少女は、気の強い釣り目を高慢な笑みに吊り上げた。落としたアイスで汚れた臙脂色のワンピースは気にしていないようだ。赤紫のツインテールを揺らして傲岸に顎を上げる。


「当然の報いね!! いい気味だわ! 連れて行って!!」

「おい待て。納得できるか……」


 身を乗り出したフランのフルプレートアーマーで覆われた肩を、セナが引く。

 セナは弓士らしく片手だけガントレットに覆われた左手で、すでに榊の顔面をつかまえていた。榊は活きのいい魚のようにもがいている。


「待って。状況を見ましょう」


 セナが目配せする先には、入国応対をしてくれた番兵がいる。

 彼は疲れた表情でかぶりを振った――関わるな、というふうに。


「カテナも。状況がわかったらなんとかするわ。今は大人しくしておいて」

「……ヤだなぁ」

「こらえてってば。何か奢るから」


 カテナはしぶしぶ連行されていく。白昼に突然の逮捕劇にも関わらず、騒ぎは大人しい。

 ひと目をこそこそとかいくぐって、少女に歩み寄っていく小柄な影。

 稲穂色の髪に狐耳を立て、着物姿の環は声をかける。


「のう、娘子や」

「ぁ、このへんまだ食べられそ――わひゃう!? なななななによ!? 落としたものなんて食べるわけないでしょ!!」


 聞いてない言い訳を叫ぶ賑やかな少女。


「なぜ、あんなことを?」

「なによ、文句あるの? あんたも刑務所送りにされたい?」


――偉大なる太陽神よ! 我に力と平穏の加護を――!!

 四肢から熱のない炎を吹き上げる榊を、セナが本気の形相で抑え込む。


「やりすぎに思えてのぅ」

「ふん。べつにいいでしょ、どうでも」


 少女はツンとそっぽを向く。


「こんな無茶苦茶、通るわけないもの。すぐに釈放されるんじゃないの」

「……おぬし」


 目を大きくした環の反応をかき消すように、


「ああもう! 喋りすぎたわ! 出てって! アタシの前から消えて! さもなきゃあんたも逮捕するわよ!!」


 少女が両手を振り回して全身でわめく。


「最後にひとつ頼めぬか」

「なによ!!」

「名はなんという?」

「モモカよ!!」

「よい名じゃな、モモカ。わらわは環という。では、またの」


 穏やかに微笑まれて、モモカは面食らったように口をつぐむ。ムキーっと荒々しく足を踏み鳴らしながら立ち去っていった。

 残された環は、榊を振り返る。


「環様を、逮捕……逮捕と言ったのか……!」

「うぉおお……! 環ちゃん助けて、早く! もう、長くは持たないっ!!」

「鎮まれい、鎮まれい!」


 偉大な預言者のように手を掲げて環が呼びかける。

 それでようやく、猛獣のように燃え猛っていた榊の炎が収まっていった……。




 モモカ。

 モモカ・スドー・アレクサンデル。


「領主の娘よ」


 セナが冒険者ギルドを兼営する酒場のカウンターに肘を突いて、苛立たしげにミディアムボブの毛先を一房つまんでねじっている。

 落ち着きを取り戻した榊は浪人武士ふうの着流しの襟を正してセナに目を向けた。


「領主はいい人という話ではなかったか?」

「私が最後に立ち寄った半年前まではいい人だったのよ! 急に娘があんな無茶苦茶になってるなんて……」

「それだよなぁ」


 頭を抱えるセナに、グラスになみなみ注いだミルクを出しながらバーテンのおっさんがうなずいた。

 黒いチョッキに赤ネクタイでバチッと決めているが、前髪の後退した頭がどうしようもなく締まらない。


「確かにこの半年間で突然だ。より正確に言えば、娘が16歳の誕生日を迎えてからだな」


 ふむ?、とグラスの冷水を傾けるフランは片眉を上げる。


「なにがあったんだ?」

「あくまで、噂の範疇を出ないんだが……」


 ハゲバーテンは顔と声を低くする。


「領主様が、娘の嫁ぎ先を探してるらしい」

「……う、うぅーん??」セナは首をねじる「どゆこと?」

「わからんよ。でも娘は気に入らんだろ。奥方は夭折されて、領主様は独り身を守る誓いを立てられた。一人娘を政略結婚に出すってことは、誰か知らない後継者を民間から拾い上げるってことだ。そりゃ面白くねぇだろうさ」

「市民に当たってるってこと? いい迷惑ね」

「まったくだ」


 ハゲバーテンとセナがうなずきあう。

 環はコテンと首を傾げた。


「じゃが、モモカは自分の我が儘が一時的なものじゃとわかってるふうであったぞ?」

「そりゃあそうさ。なにも悪いことをやってないんだから裁きようもない。一日勾留されるだけでも充分に迷惑だろう?」

「そりゃま、確かにのぅ……」

「……ただ気になるのが」


 ハゲバーテンが表情を曇らせる。


「最近、本当に治安が悪くなっているんだ。急激に。警察組織に無駄な仕事が山ほど増やされててんてこ舞い――ってだけじゃない。保釈金を水増しされたって被害も話題になってる」


 榊は眉をしかめた。


「警察が腐敗してきた、と?」


 まあ、半年間も忙殺されたら気が荒むのも当然だろう。

 ハゲバーテンは厳しい表情で腕を組む。


「大幅に増員したが、予算の割当が増えたわけじゃないから給料も安い。増員も間に合ってなくて労働環境はすこぶる悪い。現場から監理部門まで忙殺されて目が行き届かない。腐敗する条件は満たしすぎている」


 うへぁ、とセナがうめいた。


「即刻やめてもらわないとだめね……」

「説得を聞くとは思えんがな。城内もかなり人事的に混乱があったと聞いている」

「いっそ凄いわね……。たった一人で都市国家をひとつ滅ぼそうとしているわ。領主はどうして止めないの?」

「娘を溺愛してるからなぁ。結婚相手探しが忙しくて、外回りも多いらしい。あとは、結婚に際して娘に条件を飲んでもらうご機嫌取りって説もある」

「超絶ダメ親父じゃん」


 あまりにもひどい話にセナは頭を抱える。

 フランはグラスの水を飲み干して立ち上がった。


「さっさと迎えに行こう。なんの罪もない人間を一時的に勾留するだけなんだろう? なら、もうカテナを閉じ込めておく必要はない」

「それもそうね」


 話がまとまりかけたとき。

 榊は酒場の入り口に顔を向けた。

 慌ただしく駆け込んできたのは、都市の保安を担う警備兵だ。


「カテナを名乗る女の仲間とは、お前たちで相違ないか」

「む? そうじゃ。今からカテナを迎えに行くところじゃが」


 環の素直な返事に、警備兵は頭を振った。


「それはできない。彼女には殺人の嫌疑がかけられた。お前たちも取り調べるから、身元をあかしてもらう。――旅人なら、おそらく問題ないだろうが。念の為だ」


 殺人容疑。

 傭兵なのだから当然ではないか? と榊はセナに目配せした。

 セナは肩をすくめる。


「あり得ないわ。()()()()についてはね」


 ということは警備兵が罪に問えるのは、市壁内部の犯行だけなのだろう。

 警備兵は無愛想に鼻を鳴らす。


「異議は法廷で言え。今はお前たち自身の身を証すのが先だ」


 かくして榊たちは保安所に連行された。


 とはいえ、入国税を払って身元を保証している。

 二日前に起こった殺人について関わる余地がなく、無罪放免とされた。


「なおさらおかしいわ!!」


 セナが吼える。

 取調室でさえない交番の相談席で、セナは机に拳を乗せた。


「一緒に来たカテナがどうして罪に問われているのよ!!」


 交番を一回り豪華にしたような小屋が、保安所だった。

 真新しい保安バッヂを胸につけた若い男は、前髪を気にするようにつまみながら片手で調書を書いている。


「証言があったんだ。カテナが殺したのを見たとな」

「どこのどいつよ! その節穴野郎は!」

「落ち着け、セナ」


 榊はじろりと男を見た。


「……その右手首、痣になっているな。いったいどうした?」


 前髪をいじる手をびくりと引いて腕を見る。制服の袖から覗く毒々しい色を一瞥して、男は激高した。


「話は終わったんだ! 出ていけ! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」

「な、なによ急に……」

「カテナに会わせろ」

「許すわけないだろうが。容疑者だぞ」


 榊の要求を鼻で笑い、話は終わりだと言うふうに二人に向けて手を払った。

 取り付く島もない。

 後ろ髪を引かれながらも、セナと榊は保安所を後にするしかなかった。


 好きなもの!


 新しい街に入った途端、イベントが動くやーつ。

 話がぐるっと動き出す感じで楽しいですね。

 ついでにキャラが増えすぎて回しにくいので一人減らしました。がはは。

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