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榊、街へ行く

 榊の一打で豪鬼が沈むと同時。

 カテナの槍が銀鈴の音色を奏でて、ひょろ長い男のナイフを弾き飛ばした。翻った石突がひょろ長の首を打ち据える。

 フランが地面に叩きつけた拳から火焔がはしって魔獣を焼き払っていく。腕を上げて土を振り払った。


「こんなところか」

「片付いたようだな」


 榊は深く息を吐く。

 同時に加護の炎が吹き消えていく。


 ぴんと耳を立てて周囲を窺った環が、ふっと肩の力を抜いた。


「はぁふ……。他の山賊は逃げたようじゃ。無事に終わったの」


 そして榊を見る。

 榊は安堵に力の抜けた顔で環を振り返っていた。


「はいはい気を抜かない! まだ縛ってないでしょ。ちゃんと拘束するまで油断しないの!」


 セナがすたすたやってきて、気絶するひょろ長を手際よく縛る。

 カテナもまた傭兵の手際で豪鬼を拘束していた。縛り上げた豪鬼を座らせる。


「縛って終わりでもないわ」


 言うが早いか豪鬼に向かって平手打ち。


「起きなさい。そして白状しなさい。白状したら弁護してあげる」


 朦朧とした豪鬼は目を薄く開け、動かない手足に一瞬で状況を悟った。

 絶望した表情を不敵な笑みで覆い隠してカテナを見上げる。


「なにを白状してほしいって?」

「あんたのボス。ブラッディ・リンクスのこと」

「知らないね。ブレッドリンクス? なんのことだい?」


 隠していると丸わかりの空とぼけ。

 カテナが「ふむ」とうなる。一同を振り返った。


「しばらく貸してもらっていい? 傭兵流の尋問術で聞き出してみせる」

「なにする気じゃ……拷問はダメじゃぞ?」

「ちぇっ」


 環の忠告に「ちぇっ」と言った。

 顔の強張ったフランが豪鬼を見下ろす。


「吐いたほうが身のためだぞ。業を煮やして裏で始めるかもしれん。お前のために言っているんだ」

「知らないね」


 豪鬼は皮肉に笑う。

 カテナが環をもう一度振り返った。


「お試しコースもあるよ。それならどう?」

「なんか小粋なサービスみたいに言うのぅ……」


 尋問したくて仕方がない感じのカテナだが、豪鬼の目を眺めていた榊が頭を左右に振った。


「やめておけ。拷問しても無駄だ。首領とやらに心酔しているのだろう、こいつは吐かない」


 む、と目元を歪めたカテナに、榊は言う。


「俺と同じ目をしている」

「……そりゃ吐かなさそう」


 セナが答えて肩をすくめる。


「大人しく街に連行しましょ。市壁もある大きな街だから、勾留所もあったはずよ」

「それしかなさそうじゃな」


 環の評決を受けて、カテナが名残惜しげに豪鬼の首を探る。

 ドッ――と豪鬼の体が震えて再び失神した。


「……あんまり気軽に脳を揺らしちゃダメよ? ヤバイわよ……?」


 というセナの独語は、そもそも豪鬼の身を思いやる気のないカテナに届かなかった。

 榊がフランを見る。


「これで目的は達成か?」

「当面はな。逃げた連中や元締めも気になるところだが……しばらくは大人しくなるだろう。それに、お前を鍛える約束もある」

「……よろしく頼む」


 応じる榊に、満足げな微笑を見せた。

 さて、とフランがひょろ長の男を荷物のように肩に担ぐ。


「榊はそっちを持ってくれ。神の加護があれば容易いだろ?」

「無論だ」


 榊が豪鬼を軽々と担ぎあげた。

 無動作、無詠唱で加護を四肢に宿らせる姿にセナは相変わらず呆れ、カテナが少しだけ目を丸くする。


「……ほじゃ、行こうかの」


 環の声を合図に、山道へ戻っていく。

 フランがハッとなった。


「なんで号令役を環に任せているんだ?」

「当然だ」榊は表情を欠片も動かさない「環様だからな」


 あまりにも確信的に言うものだから、フランは説得されたふうな雰囲気になって、納得した気がしてうなずいてしまった。




「次の街はどんなところなんだ?」


 山越えの道を歩きながら、榊はセナに尋ねた。


「んー……のどかな街よ。街道に位置する交易都市で、肥沃な牧草地帯を支配してる感じ」


 川や港湾施設ほどの規模ではないものの、大きな商館がいくつも支店を構える陸路交易の中継地点になっている。

 木と石を組み合わせた素朴な街並みが広がっており、牧羊や畜産が盛んなためひたすら肉が安い。


「パンと肉とチーズの街なんて呼ばれてるわね」

「それは楽しみじゃの!」


 ぴるぴると耳を震わせる環に微笑んで、セナは言葉を続けた。


「なにより、あの街は領主が穏やかでね。税が安いのよ。だからこぞって商人が集まった。山が近くて魔獣が多いのが難点だけれど、これからも発展するでしょうね」

「いい街みたいだな」

「もちろん! …………」


 笑顔で振り返ったセナは、

 むさ苦しい大男とひょろ長の男を肩に担ぐ師弟を見て顔をこわばらせた。


「……絵面がヤバすぎるわね」


 §


 山の稜線を超えて市壁の影が見えた頃に、一行はその日の行程を終了とした。

 焚き火を囲んで。


「環様。お夕食です」


 榊が木の器を恭しく環に献上する。トロトロと膨れたゲル状のスープに、茹でた野菜が沈んでいる。


「これはなんじゃ?」

「パンを崩してスープに溶かした、粥の一種というところでしょう。味気はありませんが渋みと酸味のある風味が独特です。今日は人参と玉ねぎ、野生のハーブも加えていてなかなかですよ」


 ふむ? と首を傾げながら受け取った環は木のスプーンで口に運んだ。ほむほむと噛んで飲み込む。

 困ったように笑って榊を見た。


「……わらわは、榊ほど味覚の順応性が高くないようじゃ」


 石のように固くなったパンは保存食だ。


 それでも食べ進める環に微笑んで、榊は隣に腰掛ける。自分の器を食べ始めた。

 焚き火の向こうでフランたちも穏やかに過ごしている。


「榊。少しよいか?」


 ふと、食べる手を止めて環がつぶやいた。


「どうしたら、わらわはお主を助けられる?」


 榊は環を見下ろした。

 環は小柄な身体をさらに小さくして、膝の器を見てうなだれている。


「……見てるだけは、歯がゆいのじゃ」


 繰り返されたやり取り。

 環はそれだけ無力感に苦しみ、あえいでいる。

 神が在る。その心強さはきっと伝わらない。いつもの答えでは不足だった。

 榊はしばらく考えて、口を開いた。


「……私では話にならないような。太刀打ちできない相手――それこそ、神が相手であったときでしょう」

「神のごとき人間は? たとえば――フランのような」


 フランはあれで全く本気を見せていない。

 火焔も大層な火力だが、どこまで威力を高められるのか――彼女の強さは底が知れない。


「難しいですね」


 榊は眉をしかめて考え込む。

 今の榊がフランに勝つことは万に一つもありえない。そして唯一最大の信徒である榊を失えば、環は存在の根幹が揺るがされる。

 榊が生き残ることは、環の生命線でもある。


「お願いすることになりましょう」

「……そうか」


 環は少し安心するようにさじを口に運んだ。

 少しだけ沈思した榊は首をふる。「ですが」と置いて言葉を続けた。


「私が死んだ後も環様が健在であるならば、私はたおれることを選んだと思います。少なくとも相手がフランであるなら。フランは彼女なりの正義を持って臨む。我々に敵対する理由があってのことでしょう」


 環は口を尖らせる。


「ずいぶん高く買っておるではないか……」


 器の底を木のスプーンでカリカリとなでて、環は勢いよく顔を上げた。


「ええい、わらわは納得がいかぬ! なぜフランには頼れてわらわはダメなんじゃ! なぜお主は会ったばかりのフランを信じておる! ……いやさ。なぜフランは、お主を気にかけておるのじゃ!?」


 榊の胸元に手をついて「がるるる」と噛みつかんばかりに詰め寄っている。

 驚いたように身を引いた榊だが、


「私の理由になりますが」


 落ち着いて環の肩を押さえて宥める。


「特に、裏切られても支障はないと思ったからです」


 は? と環はポカーンと榊を見上げた。

 あくまで榊は落ち着いて、変わらず真顔のまま補足する。


「彼女の望みは戦いに集約されている。打ち合ったとき、湧き立つような歓喜が全身からほとばしっていました。あれが演技だというなら――それこそ、なにを疑っても徒労です。環様を害する理由がないなら、どうでもいい。どうでもいいなら、信用したほうが話が早い。その程度の理由です」


 環は分かるような分からんような顔で曖昧にうなずいた。


「……では、なぜフランはお主を鍛えるなどと言い出したのじゃ?」

「フランが私を気にかけるのは――暇だからでしょう。カテナはあの無愛想。セナは得体の知れない相手に胸襟きょうきんを開くほど呑気ではない。なら、榊でいいや、となるのも道理かと」


 頷きかけて、環は首を左右に振った。自分の顎を指差す。


「なぜわらわではダメなのじゃ?」

「私が許しません。敬う気もないのに近付こうなど」


 即答。

 ぱちくりと瞬きをした環は、はあっと大きくため息をついた。


「……なんか、バカバカしくなってきたの」

「ご気分は晴れましたか」

「お陰様での。わらわは寝る。お主もちゃんと休むんじゃぞ」


 恭しく頭を垂れる榊。

 環はしばらく、忠実なのかそうでもないのか、仕方のない信徒の頭を眺めていた。

 物思いは吐息にほどいて、環は毛布に包まって丸くなる。

 榊はその背中を微笑ましく見つめていた。焚き火に薪をそっと投げ込む。


 §


 翌日。

 進行を再開した一行は太陽が中天にさしかかる前に街に着いた。

 馬車の行き交う門を前に、見上げる高さまで石の積まれた市壁を見上げて榊はうなる。


「これが件の街か」

「そ。ほら、お金出して署名して。入国税を払えば、旅人という身分を保証してくれるから」


 番兵とやり取りする旅慣れない主従とそのガイドを前に、門を抜けたカテナは布で巻いた槍を担ぐ。傍らのフランに一声かけた。


「私、先にちっとばかし買い物してくるわ」

「ん? おい待て、どう落ち合う?」

「適当な酒場で――おっと」


 ひらり颯爽と歩き出したカテナが足を止め、


「ひゃあっ!?」


 アイスキャンデーを手にホクホク顔で歩いていた少女が、カテナに気づかずぶつかった。

 すってんころりん、少女はどんくさくひっくり返る。細工の洒落たスカートを大開きにすっ転び、アイスをお腹で抱えてしまっている。


「冷――っった!!」

「あら。大丈夫? 前をよく見て歩いてよ」


 すげなく流すカテナに、びっくりした顔の少女はむくむくと顔を赤くして眉を釣り上げる。


「逮捕よ! この女を逮捕して!!」


 唐突な告発に、カテナは目を丸くした。

 番兵とやり取りしていたセナや榊が驚く間に、ヒートアップする少女はカテナを指差す。


「逮捕よ逮捕! そこの番兵! はやくこの女を捕らえなさい!」


 名指しされた番兵はバツの悪そうな顔をした。困惑するカテナに歩み寄る。


「これはどういう――」

「すまんな、お嬢さん。しばらく我慢してくれ」


 カテナの手を丁寧に取ると、

 手錠を掛けた。

 好きなもの


 保存食食ってるシーン。

 性格出ますよね。今後も続けるために今回は控えめにしました。

 目の詰まった重たいパンは保存食だったと聞きましたが、味はどうなんでしょうね?

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