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榊、二女傑とともに山賊と争う

「どうして山賊を狙ってるってバレたのかしら?」


 山賊のアジトに踏み込んだはずが、逆に包囲されて慌ただしく山中を逃げる。

 見通しの利かない藪に閉ざされた斜面の道行きでセナが嘆いた。


「包囲して仕留めるなんて、殺意が徹底しすぎているわ。普通の山賊じゃないわよコレ」

「思ったより根深い組織なのかも」


 青い戦乙女カテナは、槍を担いだまま山を先導する。


「あんまり隠さず、街で聞き込みしてたから」

「街に部下を置いていたってこと? それもう犯罪組織(ギルド)ね」


 環を抱っこして二人を追いかけていた榊が、ふいに側面に跳躍。崖下に消える。

 気付いたセナが慌てて立ち止まった。


「ちょ、榊! 踏み外したの? 大丈夫!?」


 答えの代わりに、飛んできたのは気絶した男だ。ひゃあ、と悲鳴を上げて仰け反ったセナの前にべちゃっと落ちる。


「問題ない。見張りの男がいただけだ」


 四肢に光を立ち上らせて、環を抱っこしたまま崖下からジャンプで戻ってくる榊。蹴りの煽りを食ったらしい環が耳をすくませている。


「失礼しました、環様」

「や、構わぬ。敵ならやっつけねばな。じゃが、一言くれると嬉しい……びっくりするのじゃ……」

「かしこまりました」


 会話を交わす主従を他所に、カテナが倒れる山賊を見た。


「……簡単な結界を張っていたみたい。陣地から出入りするものを見張る警報みたいなやつ。複数人で維持していたんだと思う」

「あたしたちは凶悪犯かなんかか……? あれ、複数人ってことはなに。一人倒したからもしかして」


 セナのつぶやきにカデナはうなずく。


「バレた」


 フランが立ち回っていたはずの敵陣中央から。

 ざわり――と物音の気配が翻る。

 榊は顔をしかめた。


「ずいぶん手が込んでいる。そこまで殺したいものか?」

「よほど勘ぐられたくない禁制品をさばいてたのかしら」


 同じくセナが嫌そうにうめく。

 カテナが槍を回して構えをとった。


「協力してもらってよかったかも。こんな敵とはおもわなかった」

「こんなのが敵だと分かってたら、協力なんてしなかったわ」


 セナはうんざり肩をすくめて、弓を取る。

 二人を見た環が「降りるのじゃ」と榊を叩く。狐耳少女を降ろしながら榊は言う。


「人殺しを厭わない敵であるならば――見逃す選択肢はなおさらなかった。結論は同じだ」

「フフ。――離れないように」


 カテナの声が通ると同時に。


 藪を貫いて大質量が迫ってくる。榊は環を背にかばい、藪に向かって構えた。

 豪鬼、

 飛びかかって全体重を乗せるような大ぶりの拳。

 藪を蹴散らして飛び込んできた巨漢の殴打を、榊は真っ向から受け止めた。両足を土に食い込ませ、ずり下がる勢いを環より前で踏み潰す。


「貴様が山賊の首魁か?」


 意外そうな顔をした豪鬼のごとき悪面の山賊は、ニヤリと凶暴にほくそ笑む。


「いいや、違うね」


 豪鬼が身を沈ませる。

 拳を受ける榊の腕を払い、同時に強烈な裏拳が榊の顎を打ち上げる。


「――っ、ぐ」

「遅い!」


 なにをされたのか、榊の目には映らなかった。

 ただ世界が切り取られ、次の瞬間には強かに幹に背を打ち付けている。吹き飛ばされていた。

 取り残された環が榊を振り返る。

 彼女の背後に豪鬼が立ち、その巨大な手で痩身をつかもうと振り下ろす。


「させ、るか……!」


 渾身の跳躍で一足に駆け戻り、

 豪鬼の手のひらが、榊の頭をボールのようにつかむ。地面に叩きつけた。榊の首がミシミシと軋む。息が詰まる。


「榊っ!?」

「どいて!」


 踊るように舞い込んだカテナの槍が降り落ちる。

 が、


 澄んだ金属音と火花が散る。


「一人じゃぁ、ねぇんスわ」


 ひょろ長の男が、しなやかに鍛えられた長い腕にナイフを掲げて槍撃を打ち払っていた。

 素早く振り下ろしたナイフが湿った音を立てて矢を打ち落とす。ひょろ長は細い目を開けて樹上を見上げた。


「環ちゃん逃げて!」


 枝にしゃがむセナが弓を引き絞り、矢を放つ。

 一矢は半歩引いたひょろ長にかわされる。

 ニ矢は仰け反った鼻先を通り抜けた。

 三矢――放つ前に、投げナイフがセナの肩当てを鈍く打つ。


「きゃあっ!」


 衝撃で姿勢が崩れ、セナが木から転げ落ちた。藪に沈む。

 カテナが割り込んでひょろ長と打ち合い、追撃を封じる。だが飄々《ひょうひょう》と風を受ける柳のようなナイフさばきをカテナは攻め切れない。


「空が見えていれば、こんな連中……!」


 苛立たしげにカテナは槍を振るった。

 二人の苦戦を見た環はもどかしげに尾を震わせ、倒れ伏す榊に叫ぶ。


「く……っ! 榊、来るのじゃ! 刀を抜け!」


 身を起こす榊の背を、豪鬼の草履が踏み潰す。


「がぁ――……ッ!」

「行かせるわきゃあねぇわな。信徒は何しでかすか分からねぇ。手早く殺すに限るぜ」


 ミシッと榊の背骨が軋む。どんな魔物に殴られても屈しなかった榊の身が沈みゆく。

 豪鬼の目が、カテナと打ち合うひょろ長を見る。退き続けるひょろ長の不利に、豪鬼は足の力を強めていく。

 環は息を呑んだ。

 豪鬼の四肢からは、榊同様、仄白い光がまとわりついている。


「榊――」


 はらり、と環の手から火の粉が落ちる。ふたつ、みっつ。

 よっつめが、肌から剥がれ落ちる前に。


「せぃやァ!」


 流星のように、フルプレートアーマーに覆われた回し蹴りが吹っ飛んでくる。

 機敏に応じた豪鬼が腕を振り上げて受け止め――樽のような腕が軋んで顔を歪めた。

 巨漢の腕に足を載せた形で、紅蓮の女戦士フランは鋭く背を反る。月面宙返りのような蹴り上げが豪鬼の顎を蹴り抜いた。

 着地と同時、雪崩を打つような掌底。


「ほう? なかなか……!」


 豪鬼は目の焦点が合わないまま、フランの追撃を肘で止める。

 だが、豪鬼の足は榊の背から退けられていた。


「楽しませてくれそうだ!」


 フランの瞳が戦意に燃える。

 息もつかせぬジャブとフック、ローブロー。泥臭い暴力の応酬が行き交う。

 しかし、ろくに武装もない山賊と、フルプレートアーマーに武装するフランとでは攻守ともに雲泥の差があった。

 殴られる衝撃は装甲面全体に分散してダメージを負わない。フルプレートアーマーで振るう体術はハンマーを振り回すに等しい。

 文字通りの鉄拳を受ける豪鬼は、痣に体が膨れていく。

 ふいに豪鬼の視線がフランから逸れる。


「好き勝手してんじゃぁねぇっつの!」


 フランの背後から襲う、ひょろ長のナイフ。

 それをフランは見もせずに避けた。

 同じく一瞥もくれない裏拳が、ひょろ長の肩を打ってよろめかせる。


「……? 顔面を打ったと思ったんだがな。いい身のこなしをするじゃないか」


 フランがひょろ長を振り返り、不敵に笑う。

 その美しい笑みに魅入られて、ひょろ長は一瞬動きを止めた。

 それだけあれば充分だ。

 フランの鉄拳がひょろ長の顎を砕く。直立のまま斜面を三回も回転して幹に打ちつけられた。


「さて――」


 豪鬼を振り返るフランの眼前に。


「――がぉあああ!」

「なにっ!?」


 これまでに倍する加護の光を四肢に宿す、豪鬼の拳が迫る。

 目をみはったフランは腕を交差させて打撃を受けるのが限界で、


 雷の弾けるような衝突音。


 爆発が膨れ、山に伸びて消えていく。


 炎が尾を引いて散る中で、

 フランは微動だにしない。


 それどころか、防御に構えた腕の下で、鮮烈に笑っている。


「――見事!」


 豪鬼は拳を握ったまま唖然とした。

 その拳の表面は焼けただれ、焦げついている。豪鬼の放った爆発ではない。

 フランのガントレットから炎が吹きあがる。


「我に炎を使わせるか! 見事なものだ!」


 火焔よりなお強烈な笑み。

 アメジストの瞳を輝かせ、フランはガントレットの拳を握る。

 豪鬼が焦燥を顔に浮かべて拳をフランに叩き込む。加護の輝きを放つ拳を、フランは片手で受け、爆発。殴打の衝撃力を爆発に移して吐き出している。

 フランは強い笑みを頬に刻んで、握った拳を脇に引く。


「――燃えろォ!」


 とっさに飛び退すさる豪鬼。

 その彼を追うように放たれた拳の先端から、炎が柱のように伸びて舐めあげた。

 豪鬼は炎を振り切って駆ける。いつの間に回収していたのか、肩にひょろ長の男を担いでいた。

 一目散に逃げていく。


 乾いた空気の中、枯れかけた藪の煙を見てフランは腕を下ろす。視線を落とした。


「榊、無事か」

「……ああ」


 榊は豪鬼に踏みつぶされ倒れている。顔をあげず、うつむいたままだ。土を握りしめる。


「今の敵は、加護を受けていたのか。神に認められているのか」

「そのようだな。神にもいろいろなものがいる。正義の代名詞などではないさ」


 環が心優しく善き行いを是とするのは、環がそれを好むからだ。

 己のため他者を踏むことすら良しとする神がいても、おかしくはない。教義の良し悪しではなく、力の有無で神性が決まる。

 力ある神が実在するこの世界では。


 悪しき神と、悪しき信徒がいたとして。

 加護を受ける榊の優位性が失われたならば。


「俺は環様を守れない」

「そうかもしれんな」


 フランはあっさりとうなずく。

 彼女が視線を振り向けた先で、セナが藪のなかから顔を出し、カテナが忌々しそうに槍を握っている。環も無傷のままで立っている。

 環は倒れる榊をじっと見つめていた。

 だから榊は起き上がれない。

 無様に負けた榊は、見せる顔がない。

 その背にフランは声を落とす。


「お前には圧倒的に技術が足りん」


 事実の確認だった。

 それなのに、榊は忸怩たる思いに拳を握る。

 山の若ドラゴンと戦った時も。街での騒動でも。榊は常に戦う術を知らないことが足を引っ張っていた。

 そのことを知らないはずのフランが、言う。


「我で良ければ教えてやるが?」


 榊はようやく体を起こした。


「――頼む」


 変わらない無表情。

 だが、その昏い瞳には決然とした意志が泥のように沈んでいる。

 笑みをにじませるフランに、槍を担ぐカテナが首を傾げる。


「教えていいの? 一子相伝的なやつっぽいけど」

「我の炎はそうかもしれんが、教えて与えられるものではない。惜しむ理由はないさ。見込みがある相手にならなおさらな。……いいか、神様?」


 問われ、環は立ち上がる榊に目を向けた。

 泥だらけで全身に打撲を負っている。以前に負った傷も治りきったとは言い難い。

 こちらの世界に来て間もないというのに、すでに幾度となく死にかけた。

 環はフランを見上げる。


「わらわからも頼みたい。わらわに武術の心得はないゆえ、体系立てて伝えることができぬ」

「請け負った」


 フランは微笑し、うなずいた。

 と、絡みついた雑草を払いながらセナが歩み寄ってくる。


「そりゃいいわ、教えてあげて。ついでに常識もね。……で、それよりも」


 セナの険しい目は、山賊が逃げていった斜面に向けられる。

 山賊の砦があった方角。包囲された一行が命からがら逃げてきた逃走経路だ。


「山賊なんて呼べる戦力じゃなかったわ。あいつら一体、何者なの」

 好きなもの!


 前回で無双した最強必殺技が、次の敵で速攻使い物にならないやつ。

 ままならない感じが熱いです。さらなるジャンプアップの予感にワクワクします。

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