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榊、山賊の拠点を探る

「ところで、なぜ山賊退治なんだ?」


 紺の着流しに皮の手甲――浪人姿の榊は、山を先行するフランを見上げて尋ねた。

 フルプレートアーマーの重量で藪を踏み固めて進む銀髪の女戦士フランは、藪をこぐ鉈を振り下ろして答える。


「なぜとは、どういう意味だ?」

「冒険者ではないと言った。被害を受けたわけでも、誰かに頼まれたわけでもないのだろう。その山賊に因縁でもあるのか?」

「お前には、そういう理由が必要か?」

「環様のご意向次第だ」


 はは、とフランは笑った。藪を踏んで道を作る。


「我が動くのに理由などないさ。我は我の正義感に基づいているだけだ」

「正義なんてないわ」


 カテナの素っ気ない声が差し込まれる。

 視界が悪いはずのヘルムを被り、肩当は半身で前方に向ける片肩のみ。他は胸当てと小手で上衣の防具を足れりとする金髪碧眼の戦乙女。長大な槍を木にぶつけないよう気を付けながらついて歩く。


「山賊は食いあぶれた村人や兵士のこともある。迫害を受けるものの寄り合いのこともある。ひとくちに正義なんかで計れない」


 敵も味方もなく戦を渡り歩く、傭兵らしい達観した態度だ。

 フランはしかりと顎を引く。


「そうだな。だからこの目で見に行く。山賊稼業ができるほどの腕っぷしならば、なんでもやりようはあるはずだ」

「更生なんて、そううまくはいかないけどね」


 現役冒険者のセナが樹上から応じた。

 白いロングコートに新品同然のガントレットと胸当ての装備。リカーブのついたコンポジットボウを肩にかけ、弓は構えず四肢を自由にしている。斥候を買って出た彼女は小鳥のように枝に留まって先を見通す。その目は細い光で隈取りが描かれていた。千里眼の加護だ。

 セナは道の先を窺いながら言う。


「奪わないと食っていけない、という困窮はそうそう変えられないものよ。稼ぐすべがなければ、山賊を辞めることすら叶わない」

「なんだなんだ、さかしらなことを言うじゃないか二人とも。我だって無責任をしたいわけではない。少なくとも今追っている山賊は、その手合いではないはずだ」


 セナの手招きを見て、フランは鉈を藪に振り下ろす。こうでもしないと山林の下生えに視界が閉ざされて進むどころではない。遅々とした歩みの中、フランは口を開く。


「連中は山賊行為を収益化している。奪ったものの使い方と価値を知り、略奪を行った縄張りからは雲隠れして、離れた場所で売りさばく。そんな知恵が回るのは悪事に慣れた者だけだ」

「……確かに、迂遠なやり口じゃのう。食うにやまれず、という感じではなさそうじゃ」


 一行の最後をゆっくり歩く環の言葉に、だろう? と笑いかけたフランは顔をあげた。


「――そろそろか?」

「ええ。()えているわ」


 いかにも隠れ家という、稜線に隠れた斜面の谷のような場所。

 張り出した崖の周囲は森に包囲され、唯一の急峻な坂は生い茂った木立に押し隠されている。

 そのわずかな平地に、木材を噛みあわせた建物めいたものがある。

 山賊の拠点だ。


 丸太を切り出して組み合わせただけの簡易な建物は、どこか戦の陣地や砦にも似る。

 笹のような植物を藁束に縛り屋根にいただけの、雨宿りにも心細い掘立柱建物だ。木材が苔むして自然と同化している。

 木立の陰からセナと環が耳を澄ませて、顔を見合わせた。


「人の気配がしないわね」


 こくこくとうなずく環。

 カテナは柳眉をわずかばかり寄せる。


「隠れてる?」


 いえ、とセナが頭を左右に振った。


「いないわ。呼吸と心拍を消せる人間がいるならともかくね」

「む。……それは、数分しかもたないね」

「できるやついるんだ……とにかく、あの拠点は無人よ」


 ふむ、とうなずいたフランは木立から踏み出した。


「では調べてみよう」

「ちょ、ちょっと! 迂闊に踏み入ったら罠が――」

「あるようだな」


 フランは無造作につま先で地面を払う。枯葉の払われた地面には紐が敷かれ、それは巧妙に地面を這って建物の中に伸びていた。


「警報の罠か。いよいよ敵意が鼻につくな」


 平然と鳴子の罠をまたいで、埋められたスパイクを蹴り飛ばし、拠点の扉すらない出入り口に向かっていく。その姿を見てセナはカテナを振り仰ぐ。


「あいつなんで鎧着てんのに分かるの? 信徒の能力かなんか?」

「さあ? 少なくとも信徒じゃないのは確か」


 傭兵に探索は領域外とばかりに無関心を貫くカテナは、答えて肩をすくめる。

 表情に乏しい顔のまま、どうでもよさそうに言った。


「フランは、神様を信じてないから」


 傍らに控える榊がピクリと眉をあげた。狐耳を立てる環を見る。

 力持つ神が実在するこの世界において。


「おい、来てくれ。もぬけの殻だ」


 神を信じない女戦士が皆を呼ぶ。


 拠点の中は薄暗くかび臭い。

 掃いただけの踏み固めた土に囲炉裏が組まれ、戸板の窓に物干しらしい紐がつられている。水瓶らしい巨大なツボのほかには、何一つ物が置かれていなかった。

 歩哨にカテナを表に立たせ、家探しする中でフランが息をつく。


「放棄された跡か?」

「それはないわ。扉すらないのに綺麗すぎる」


 地面にできたへこみの癖をあらためて、セナは顔をしかめる。


「ここに密売品を集めていたんでしょうね。でも不自然だわ。焚き火の跡はあるのに、ゴミが何もない。食べたものが――動物の骨や山菜の皮くらいありそうなものなんだけど」


 ふむ、とガントレットに覆われた手を顎に添えるフラン。

 探すといっても見るべきものがなにもない、手の止まった環と榊も二人を見る。榊はセナに問うた。


「考えられるとしたらなんだ?」

「気づかれていた」


 答えは端的。

 玄関に向かう地面を辿り、セナは外を指す。

 拠点の外は崖が近い。辺りからの目は背の高い植物で隠されている。


「証拠を隠し、価値のあるものを担いで、ついさっき出ていった……そんな感じね。あたしたちの動きが見られていたのかもしれないわ」

「……ふむ? では山賊は勝手に逃げて解決したのかの?」


 環のつぶやきに、フランが顔をあげる。その顔は常になく困惑に彩られている。


「おい待て。悪事に感づいた我らを放置しておくべきでないと考えた場合、連中はまさか、今……」


 青い軽鎧のカテナが玄関に半身を入れてきたのはそのときだ。


「ねえ、まずい」


 槍を携え、ヘルムから覗く碧眼を油断なく室内に走らせる。

 冷静そのものの顔で、カテナは最悪な事実を口にする。


「囲まれてる」


 報告を聞いたフランは、舌打ちとともに叫ぶ。


「ついてこい、突破する!!」

「え、ちょ」


 制止しようとセナが伸ばした手は、


「行くよ」


 カテナにつかまれて引っ張られる。

 バランスを崩してつんのめるように走る彼女に続き、環も榊を振り返った。


「よくわからんが、行くぞ榊! はぐれてはならぬ!」

「はい」


 最後に小屋を出た榊が見たのは、崖から跳躍するフランの姿だ。遅れ髪を引いて落ちて消える。

 うろたえるセナを導いて、槍を担ぐカテナは道を折れた。


「真似できるか。こっち、走って」

「ひぇっ、ひぇえっ!?」


 フランほどではないが急な斜面を、カテナは片足を引きずるようにして滑り降りていく。藪に飲まれて二人が消える。

 環は榊を振り返った。手を伸ばす。


「続くぞ! 手を!」

「は。失礼いたします」


 環の小さな手を恭しく握る榊は、四肢に淡い光を立ち上らせる。

 同時に斜面に身を投げるようにして藪に突っ込んでいく。

 藪に隠れた場所に土の塊があり、斜面と見えた場所に段差がある。バランスの保ちようもなかった。

 転落。

 寸前に榊は腕を引いて環の細身を抱え込む。

 草葉の弾ける音、折れる音が全周囲から襲う。方向感覚も平衡感覚も吹き飛ばされ、腕のなかの環だけは守りながら全身を山に打ち付ける。

 放り出されるように崖から転がった榊を、カテナが押さえ込んで止めた。


「生きてる? 動ける?」


 榊は顔をしかめて腕のなかの環を窺う。

 耳を立ててびっくりしたように硬直する環は、どこも痛がる様子もない。

 顔をあげて傍らのカテナの碧眼を見る。


「ここは?」

「ちょっと崖を下りただけ。ロクに移動していないよ」


 蛮声と罵声、追え囲めと掛けられる号令。藪の向こうで戦う音がする。突っ込んだフランが揉みあっているのだろう。

 同じ方向に目を向けたカテナは冷徹に背を向ける。


「フランが戦っている間に離れよう。囲まれるのが一番まずい」


 聞いたセナが飛び上がって驚く。


「置いていくの!?」

「あいつが死ぬか」


 信頼というより、むしろウンザリしてさえいるような声音でカテナが言う。

 不安そうに榊を見るセナに、榊は保証する。


「直接打ち合って分かった。彼女は相当に強い」


 魔獣の群れとたった一人渡り合った榊の言葉だ。セナはためらいつつも、うなずいた。

 榊は腕のなかの環に目を落とす。


「失礼いたしました。環様、お怪我はありませんか」

「む、うむ。だいじょぶじゃ」

「では引き続き失礼いたします。はぐれてはいけませんので」

「ふぎゅ」


 榊は抱っこしたまま立ち上がった。

 先導するカテナに続き、笹が覆いかぶさってくる斜面を走る。

 進む先に男がいた。泥に汚れて垢の染みついた体に髭を生やし放題にした、若い男。

 目を丸くした男は手にした鈴を振り上げようとして、

 カテナの身が沈む。

 くるりと槍が回り、槍のほうから手に吸い付くような半身の構え。


 電流の走るが如く。


 電光石火、変幻自在の槍(さば)きが男を滅多打ちに叩きのめした。男は全身の打撲で感電したように震えて、微動だにできずバッタリと倒れる。

 カテナは何でもないことのように振り返った。


「包囲を突破するよ」

「……なんか私たち、恐ろしい人に関わったんじゃないかしら」


 セナはポツリとつぶやく。

 好きなもの!

  

 戦闘時だけ本気出す昼行灯。

 カテナのことなんですが、榊もこれですね。戦闘以外ではポンコツです。


 頼れる! カッコイイ! 萌ゆる!

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