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榊、二女傑と知り合う

「始めに確認しておくが、互いに害意はないことで間違いないな?」


 山道の脇に切り開いたキャンプ地、かまどを囲むように車座になる一同を見渡して銀髪の女戦士は確認した。全員がうなずいたのを見て、彼女は己の胸に手を当てる。

 火よりも鮮やかな緋色のフルプレートアーマーは、動きを阻害しないよう関節部を削り込んである。苦もなく胡坐をかく彼女は腰や手になにも武器を帯びていない。灰銀色の髪から覗くアメジストの瞳は爛々と鋭い。


「我のことはフランと呼んでくれ。本名ではないがな。我より強いもののふと出会うため武者修行の旅をしている」

「いきなり本名じゃないの? っていうか、我……?」


 セナが胡乱そうにフランを見た。フランは苦笑して肩をすくめる。


「部族の教えでな。本名を名乗るのは、基本的に相手を殺すときと決まっている」

「……物騒なの来たわね」


 頬をひきつらせるセナと違い、環は素直に受け入れている。榊は神妙にしている。

 相手方の連れ、金髪の戦乙女が引き継いで口を開いた。


「私はカテナで通しているわ。本名ではないけれど。今は、私の馬を探している。いなくなってしまったの」


 鮮やかな青に染めた皮を打ち付けたヘルムを小脇に抱え、長大な鉄槍を肩に立てかけてカテナは言う。まつ毛の長い碧眼に感情は薄く、彫像のような美貌を無表情に押し込めている。

 彼女の耳は、葉のように先が尖っていた。


「カテナも本名じゃないのじゃな。馬とは、どのようなものじゃ?」

「四つ足で、足が長くて、胴の大きい、首はわりと長い……」

「いや馬は知っておる。名前とか毛の色とか、特徴を聞かねばどの馬か特定できんじゃろう」


 環の指摘に、カテナは感情の薄い碧眼をわずかに見開いた。


「……言われてみれば」


 セナは強烈に不安に駆られたような顔をする。

 そんなセナをよそに、「ちなみに黒毛」とだけ言ってカテナは口を閉ざした。話は終わりらしい。

 環は胸を張って己を誇示する。


「わらわの名は環という。稲荷様につけていただいた名じゃ。神になったばかりで、今は聖都に向かっておる。それで、こっちがわらわの信者じゃ」


 示された榊は「ふむ」とうなずいて顔をあげる。


「では、私のことは謎のケモミミ信仰仮面とでもお呼びください」

「へ? え、じゃああたしは謎のカリスマ美少女冒険者」

「いや、偽名縛りじゃないぞ。っていうか信仰仮面ってなんだ、めっちゃ素顔じゃないか」


 フランが渋面で突っ込んだ。

 気を取り直して正直に名乗った二人は、フランとカテナに目を向ける。榊が尋ねた。


「二人とも同じ部族なのか?」

「違う。そんな未開の野蛮民族と一緒にしないで」


 カテナは即座に否定した。「未開言うな」と半眼でにらむフランだが、知らん顔で言葉を続ける。


「フランとは旅の途中で出会っただけ。私は傭兵稼業で路銀を稼ぎながらなんとなく世界をめぐってる。今ははぐれた馬を探すためにお仕事は休止中」

「……ちなみになんだけど」セナは胡乱そうに目を細めた。「馬がいなくなったのって、いつ?」


 ん?、と首を傾げたカテナは、槍を支える手を放して指折り数える。顔をあげた。


「三か月くらい前?」

「それ死んでるんじゃないの……」

「それはない。賢い馬だから」


 あまりにキッパリとした宣言に、セナは口をつぐむ。

 つかみどころのないカテナに苦笑してフランがフォローを入れた。


「ま、お互い腕は立つからな。そんなこんなで持ちつ持たれつ、なし崩し的に同行している。今はここらに山賊が出るっていうから、そいつらを探してキャンプを張ってるんだ」


 その言葉に驚いたのはセナのほうだ。

 旅のガイドを買って出た彼女にとって、聞き捨てならない情報だった。


「山賊いるの? そんな話は聞かなかったわ」

「被害は多くないらしいからな。この辺には略奪じゃなく、違法品の売人として来ているようだ。物騒な品がちらほら流通している」


 ぴくりと榊が顔をあげた。


「それは、たとえば──魔物を呼び寄せる香水のようなものか?」


 セナが榊に顔を向けた。環が目を丸くする。

 その香水は、先の騒動で使われていたものだ。

 フランは鋭く目をすがめて榊と視線を合わせた。


「心当たりが?」

「山賊には無い。使っているやつがいただけだ」

「なるほどな。そんな危険な代物、一般に流通していない。間違いなく山賊の手のものだろう。……実害が広がる前に叩かなきゃな」


 フランはやる気に満ちた顔で、相棒のカテナと目を見合わせようと彼女を見る。

 だが槍を肩に立てかけるカテナは、相変わらず何を考えているのか判然としない顔でかまどを見つめていた。


「……晩御飯なにかな」


 夕飯のことを考えていた。

 肩透かしを食らったフランを、環が見上げる。


「のう。おぬしらはその山賊を退治するつもりなのか?」

「無論だ。放っておけばどんな被害が出るか分かったものではない」

「わらわたちも協力してよいか?」

「え、ちょっと。なに言ってるの。寄り道する気?」


 驚いたセナの腕を榊が止める。

 榊は真面目極まりない顔で言った。


「環様が仰せだ。山賊は退治してから行く」

「食糧も余分があるし、急ぐ旅ではないからの。セナは先に行ってくれても構わぬぞ。わらわたちの問題じゃからな」


 環がそう重ねて、セナは肩を落とす。


「環ちゃんが言い出した時点で決定事項か……ま、あながち関係ない話じゃないもんね。わかったわ、あたしも手伝う。いいわよね?」

「もちろん! 大歓迎だ。ありがとう、三人とも」


 フランは朗らかに破顔して大きくうなずく。

 その笑顔のまま続けた。


「正直、助かった。山賊を探すといっても、どこをどう探せばいいのか、途方に暮れていたところだったからな」

「……んぬ?」


 環は蜂蜜色の目を瞬かせた。


「山賊がどこにいるのか分からぬのか?」

「知らん。ちょっと噂が耳に入っただけだからな。我は冒険者ではないし、山で人探しができるほど野伏の知識があるわけでもない」

「ちょっと……情報なしで、どうやって探すつもりだったのよ」


 顔を引きつらせる敏腕美少女冒険者。

 対し、女戦士は笑って言った。


「勘」

「アホじゃないのこいつ!」


 初対面の相手に無礼極まりない暴言だったが、フランは度量の大きい笑顔で声をあげて笑う。そしてフランは隣のカテナを見た。


「カテナ、お前なら山賊をどう探す?」

「山を焼く。探さなくても勝手に出てくるか、勝手に死ぬ」

「なるほど却下」


 うなずいたフランは言下に切り捨てた。次に榊に目を向ける。


「サカキと言ったか。お前は?」

「足で探す。しらみ潰しに探せばいずれ当たるだろう」

「却下!!」


 セナが怒鳴った。

 そしてセナは環に目を向けた。見られた環がびくりと肩をすくませて耳を伏せる。


「環ちゃんは?」

「う、ううむ……。痕跡を探すかのう?」

「当たりっちゃ当たりだけど、分が悪いわね」

「じゃあどうするんだ?」


 フランは好奇心に顔を輝かせてセナに尋ねた。純粋に知らない知識に興味が惹かれているらしい。

 セナは指を立てて円を描く。


「山って言っても、人間が過ごせる場所は限られる。特に集団で、それなりに協調性を持って生きるならね。地勢を分析して潜伏できる場所を絞り込むのよ」

「ほう。地勢はどうやって調べる?」

「全く知らない山なら、頂上から見渡すしかないでしょうね。木に隠されて見えにくいけど。できれば面を絞って高いところから点々と観測してつなげたほうがいい。今回は地図があるけどね」


 セナは地図を広げる。等高線の引かれた山岳図を示した。

 指でなぞり、一定の空間が確保できて周囲の見通しもいい場所を探す。


「人は横にならなきゃ寝れないし、周囲を監視したいし、行き来しやすい場所がいい。加えて集団なら互いを監視できる環境を求めるものよ。そうすると……この辺だと思うわ」

「ほう! なるほどな。面白い」


 示された場所は等高線の隙間に広がる平地で、山道から斜面に身を隠すような峰の裏側だ。

 よし、とフランは立ち上がる。


「目的地は決まった。となれば、あとは行くだけだ」


 カテナは音もなく立ち上がり槍を担ぐ。

 セナは仕方ないとばかりに肩をすくめて、背負う弓を確かめた。

 榊が環を伺い、環は「うむ」大きくうなずく。


「では、行こうぞ!」

 好きなもの!


 新しいメンバーの持ってきたストーリーが加わる展開。

 なんだか世界が広がる感じ。

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