四話 栗栖家
栗栖家。それは、けっこう昔からこの街に存在している名家らしい。
……刀夜を見ているとそんな事は忘れてしまうのだが、ここに来ると否応なく名家なんだなぁと納得させられてしまう。
一般家屋が五軒は入るほどの土地。よく武家屋敷なんかにある、竹がカコーンって鳴るあれも完備してある。なんなんだろうな、あれの名前。
綺麗に整えられた草木に、まるで自分が江戸時代辺りにタイムスリップしたような錯覚を覚えるほど年季の入った屋敷。その隣には、鍛錬のための道場が建っている。
「あらあら、静間さん。どうしたんですか?」
声がした方に顔を向ける。そこには、枯れ草色の割烹着を着た女性が立っていた。
まず気になるのはその長身だ。百七十一センチと、俺より二センチも高い。
だが、男っぽいというわけではなく、長身美麗というべきだろう。
ふわりとなびく黒髪は例えるなら夜空。肌は外にいる事が多いからか、少々日に焼けているようだ。
草加一重さん、それが彼女、栗栖家唯一の使用人の名前だ。
「いや、刀夜の奴、忙しそうだから、差し入れでもと思って」
手にぶら下げたビニール袋から缶コーヒーを一本取り出してみせる。
それを見ると、たおやかに草加さんは微笑む。
「あらあら。これはこれは、どうもありがとうございます」
そう言うと、恭しく頭を下げてくれる。
「いや、別にどうって事ないっすよ。あいつ最近忙しいみたいだから、様子見ついでで持ってきた物だし」
だから頭を下げなくてもオッケーです、と言外に告げて、屋敷に向かう。
中に入ると、相変わらず古めかしさ、本当にここが平成なのかと疑いたくなる。
けれど、ちゃんと水道もガスも電気も通っているようだから、近代的な生活はしているはずだ。つーか、それすら無かったら本気でタイムスリップしたのではと疑うね。
「うっす。元気――じゃ、ないみたいだな、やっぱ」
茶の間に入ると、机にぐてーっとへばりついている刀夜を発見。
「あー、静間……。どうしたの?」
「お前が無理していないか様子を見に来たんだよ。それと、ほら。差し入れ」
ビニール袋を投げてやると、気だるそうな雰囲気から想像もつかない動きでそれを受け止める。いつ見ても、どこにそんな運動能力が秘められているのか謎だ。
「うわぁ……。缶コーヒーばっか」
しかも全部無糖だし……と漏らす。
恨めしそうに、こちらを見てくる。僕が苦いの嫌いなの知ってるだろー、と言いたいのだろう。
「バーカ。分かってて渡したんだよ」
そしたら、更に眉を寄せて、不機嫌そうな顔をする。
「……嫌がらせに来たの、静間は?」
「違う違う。それは眠気覚ましに使え。夜遅くまで仕事してんだろ、お前」
眠気覚ましにコーヒーは必需品ですわよ、などと言いながら刀夜の横に腰掛ける。
……近くに来ると分かるが、目の下に隈ができていて、しかも学校では気付かなかったがけっこう汗臭い。風呂にすら入る暇が無いのか。
「んー、しばらく話してたいんだけど、今から出かけなくちゃいけないんだ」
よっと、と掛け声とともに立ち上がり、伸びを一つ。
元気そうに見せているのがバレバレだ。きっと、心配掛けないようにしているんだろうが……。
これ以上いても、負担になるだけだろうな。
「よーし、頑張ってこいよ。って、何するかは知らないんだが」
言いながら席を立つ。
「あと、毎回言ってるがあんまり根を詰めるなよ」
「うん。……そうだ、外まで一緒に行こう。どうせこれから行かなきゃならないんだしさ」
そう言うと、なにやらでかい袋を肩に担ぐ。
カシャン、と中から歩くたびに金属音が漏れ出す。
「なあ、それなんだ?」
「仕事用の服と道具だよ」
刀夜はそれ以上答えない。探らないで欲しい、という意思表示だろうか。
まあ、気にはなるが、無理に聞きだすことでもない。
それに、こういった暗黙の了解めいたものを、俺も刀夜も破らないからこそ親友をやっているんだし。
親しき仲にも礼儀あり。というワケではないが、お互い相手が知られたくない事は無理に聞きださないように気を使っている。
他人に自分の全てをさらけ出すなんて、精神的な露出狂だ。お互い、なんかしら隠しながら一緒に生きていくのが『人間』なんだと思うんだが。
「あらあら、刀夜さん。そろそろ出発ですよ」
門の前で待っていた草加さんが大きく手を振る。なかなか微笑ましい動作だ。
「んじゃ、頑張れよお二人さん」
「うん、あした学校でね」
二人を見送った後、俺も家路に着く。
その時、ふと思った。
空を見上げると、太陽が最期の力で輝き街並みを赤く染めている。
こんな時間からあんなに大きな道具を持って、一体何をするんだ?




