91 最後
切りよく話が終わったタイミングで学園へと着いた馬車は動きを止めた。
ユージンは馬車から降りるとアリエスに手を伸ばす。
アリエスは嬉しそうに差し出されたユージンの手に触れようとしたその時だった。
「なんでよ!!!!!」
甲高い声が悲鳴のように耳に響いたアリエスは咄嗟に顔を上げた。
歩数で言えば二十も離れていない距離にいて、アリエスとユージンをみていたのは久しぶりに姿を見たアリスとカリウスだった。
アリエスは少し眉間を寄せ、アリスを睨む。
イマラの存在やセドリックの治療の体験が濃すぎて影が薄くなっていたが、そういえばアリスもイマラとジョニーのやり取りに手を貸していたことを思い出したのだ。
例えアリスがしでかしたことが許され学園に通うことが認められていても、それはあくまで婚約者持ちの男を誘惑したことへの結果。
勿論王子殿下に不敬を働いたことによる処分はアリスが学園を卒業したあとに正式に伝えられるらしいが、新しく有罪判定を受ける者へ助力した行為に対する処罰は明言されていない。
アリエスはいまだに降ろされていないユージンの手を取ると馬車から降りた。
そんな二人の様子にアリスがツカツカと近寄る。
「なんで二人が一緒にいるの!?婚約なんて出来るわけもないのに!」
「…………」
「ユージン様!あなたは騙されています!この女はあなたの公爵家後継者の立場を使用しようとしているの!そんな女から今すぐに離れたほうが…ヒィッ!」
アリスは手を取り合うアリエスとユージンに近寄ると、アリエスから引き離そうとユージンに手を伸ばしたが、睨みつけるユージンの眼光に小さく悲鳴を上げる。
「……騙す?あぁ、そういえばイマラという僕の元継母だが、罪に問われたよ。後継者である僕と当主の父上を亡きものとしようとしたんだ。当たり前だよね」
若干の語弊はあるが、今も学園に通うアリスにはユージンたちが考えた外向けの情報なんて伝わるわけもなく、また裁判内での話も知るすべもない。
だからこそ堂々と嘘を含めた真実を話したユージンにアリスは固まった。
「…う、うそ…」
「ちなみに玩具屋にあったメモについても筆跡鑑定は済んだらしい。もし、あの女ではない筆跡が出てきたら共犯者として捕まるだろうねぇ」
「ッ!?」
ガタガタと震え始めるアリスにユージンは不敵な笑みを浮かべると、ガタイのいい男が間に割り込みユージンの襟元を掴んだ。
カリウス・プロントである。
「お前、いい加減に_」
地を這うような低音に怖じけることもなく、ユージンは襟元を掴むカリウスの手首を捻り上げようと手を伸ばす。
だが目の前を通り過ぎたなにかに驚愕し、目を瞬かせた。
「いい加減にしてよ!!!」
「アリス…?」
思わずユージンは呟いた。
ユージンの首元を掴んでいたカリウスは片方の頰を抑えながらよろけ、状況を理解していない様子でアリエスを眺めている。
どうやらアリエスがカリウスの頰を思いっきり殴ったことはわかった。
淑女として学園内ではお転婆な様子を控えていたアリエスが、口調も気にかけることなく、アリエスそのものを全面に出していたのだ。
ユージンはそんなアリエスに胸が高鳴った。
男として守られるなんて…と思う気持ちはあったが、自分のために周りの目を気にすることもせず声を荒げるその姿に胸を打たれた。
(アリスは僕を何度惚れさせるつもりなんだ!!)
思えばユージンはアリエスに一目惚れだった。
屈託のない笑みに鼓動が速まり、その後も気が合う性格に喜んだ。
こんな素敵な子が婚約者だなんてと、年相応に喜んでいた。
勿論アリエスの目もあり、アリエスの前では飛び跳ねて喜ぶなんて行動はしなかったが。
そして学園で再会し、友達の為に立ち上がる思いやり深さ、しっかりと言葉を伝える凛とした姿、ユージンのために少しでも力になろうとしたアリエスに何度もユージンは惚れ直していた。
中でもセドリックの吐瀉物を制服が汚れることも厭わずに受け止めたアリエスには『アリスこそが聖女なんじゃないか?』とまで思ったのだ。
「カリウス・プロント!言ったはずよ!もう関わらないでと!!
そしてアリス・カルチャーシ、貴方のやったことは全て把握しているわ。それにユンとの婚約についてもデクロン公爵当主の承諾も貰っているの。だからユンは私のものなの。二度と近づかないで!!」
ハァハァと息を荒げるアリエスにユージンは顔を赤らませながら口元を押さえた。
とても嬉しそうな様子が伝わってくる一方でアリスとカリウスは驚愕する。
あり得ない、どうしてと騒ぐアリエスの側でカリウスはほろりと涙を流した。
「…婚約…?アリスと、?…違う、アリエス…、いや、…なんで……、違う、…アァアああ!!」
突然頭を抱えて苦しむカリウスに、ユージンは咄嗟にアリエスの前に出て庇うように腕を横に上げる。
バタリと倒れ込んだカリウスにアリエスは首を傾げた。
「え、なに?」
「きっとあの女の魅了が解けたんだと思うよ。ずっと女の近くにいたからね、あの男は」
推測ではあるが、婚約破棄の書面に署名してもらったあの時同様の反応をしたカリウスの様子を思い出したユージンはそう告げた。
実際カリウスはアリスと一緒にいる時間が長かった。
本来であればあの時カルンたちと共に解けたはずの魅了が、記憶障害になるほど中途半端に残っていたのだろう。
何故か今回アリエスに頬を殴られ、完全にかはわからないが魅了は解けたと推測した。
「……今更?」
「そう、今更」
元婚約者として心配してあげるべきところであるかもしれないが、アリエスはそんな気にならず、呆れた様子で倒れたカリウスを眺める。
一方でユージンはブルブルと震えるアリスに視線を向けるとこう告げた。
「……自首するなら今なんじゃないかな?」
イマラが裁判台に立つ中、共犯者としてアリスが召喚されていない今、という意味でユージンがいっているのかまではアリスには分からない。
「…それとも、……国外に逃げてみるかい?」
たが綺麗な笑みで告げたユージンにアリスは初めて心の底から恐怖を感じた。
最も推していたキャラであったユージン。
そんなユージンに少し怖じけてしまうことはあっても、身の毛もよだつほどの恐怖は感じたことがなかった。
アリスは青ざめた表情で、学園に背を向けると無我夢中で駆け出す。
どこに行くかはわからない。
だけど、このままユージンの視界に入りつづけることが恐ろしかった。
アリエスとユージンはそんなアリスの後ろ姿を見つめた。
そして……
「やりすぎたかな?」
と尋ねたユージンにアリエスは首を振る。
「人の恋路を邪魔する方が悪いのよ」
二人は視界から見えなくなるまでアリスを眺めることはなく振り返ると、互いに手を繋ぐと晴れやかな表情で微笑みあった。
そしてそのまま学園の校舎に向かう途中、ふと思い付いたように疑問を口にする。
「…ねぇ、裁判で嘘をついたら……」
「ん?」
アリエスは綺麗なユージンの笑みを見て口を閉ざす。
“すべて父たちに任せている”と告げたユージンの言葉の裏を想像した。
考えすぎかもしれない。
でも、どうかデクロン公爵家の皆が不幸せにならないようにと、アリエスは心の中で願い「ううん」と首を振った。
End




