89 最後に突き刺した凶器
「……子供は純粋だ。純粋なだけに全てを物語る」
「ッ」
「イマラを牢へ連れて行け!」
セドリックは声を張り上げ指示を出した。
セドリックの状態が良くなってから戻ってくることを指示されていた騎士たちは意気揚々と張り切ってイマラへと近付き腕を掴む。
「痛い!」と叫びながら連れて行かれるイマラは必死でセドリックに訴えていた。
「どうして私だけが」「本当に悪い人間は他にいるのに」「私だって被害者なんだ」
そんな言葉が響いていたが、牢がある別邸に引きずられるように連れて行かれたため、イマラの叫びはすぐに聞こえなくなった。
だが最後に「血が繋がっていないくせに本当の家族になれると思うな!」と叫ぶ声が聞こえてくる。
それがナルシスに向けられたものなのか、それともユージンとセドリックに向けられたものかまではわからないが、どうか聞こえていないでくれと願いながら、ユージンはじっとイマラを見つめていたナルシスを見守っていた。
「……お母様はどうなるの?」
ナルシスはイマラの姿が完全に見えなくなるとユージンに問いかけた。
「あの人はね、悪いことをしたんだ。だから償わなければならないってことはわかるね?」
ナルシスはこくりと頷くと、ユージンに頭を撫でられ気持ちよさげに目を細めた。
「…戻ってくるの?」
「戻ってこないよ」
「…そっか」
「さみしい?」
「……さみしく、ないと思う。…だってボク、お姉ちゃんのお家で過ごした時間がとっても楽しかったの。それだけ、ボクの中のお母様は、怖くて、ボクは本当は近づきたくなかった、……ってことでしょ?」
「そうだね。そうだと思うよ」
「でも…」
「でも?」
ナルシスは開いていた口を閉ざす。
言いづらそうに口を開閉する様子にユージンは落ち着かせるようにナルシスの背中を撫でた。
「……ボクは、お兄ちゃんと本当の兄弟じゃないんだよね…?ボク、お兄ちゃんといたいのに、本当の兄弟になりたいのに…、お母様、なれないって、…ボクどうすればいいの…?」
ボロボロと大きな目から涙をこぼすナルシス。
最後に余計なことを言いやがってとここにいないイマラにさらなる怒りを抱くが、ユージンはナルシスに優しく笑みをうかべた。
「既に僕とナルは兄弟なんだよ」
「でもお母様が…!」
「あの人は父上と離婚するからね、もう他人で家族じゃないんだ。でもナルは違う」
ユージンの言葉を聞いたナルシスは流れ落ちていた涙が止まる。
そして口には出さなかったが「本当に?」とでも尋ねるようにセドリックへと視線を向けた。
「…本当だ。生物学上の親子関係に関わらず、婚姻中に生まれた子供は正式な子として認識される。つまりナルシスはれっきとした私の子で、ユージンとは兄弟なんだ」
ナルシスはセドリックの言葉に首を傾げたが、それでも最後に言い直された言葉にナルシスは満面の笑みを浮かべた。
「……あ、お姉ちゃんは?それにシリお兄ちゃんも…」
ナルシスの言葉にアリエスとシリウスはぽかんとした表情を浮かべた。
ちなみに使用人たちも同様だったが、ユージンだけは動じることなく微笑みを絶やさない。
「大丈夫。今は違うけど近い将来家族になるから」
ナルシスは不思議そうに首を傾げたが、アリエスに顔を向けたユージンを見たナルシスは何も尋ねることなく口を閉じた。
ユージンは抱きかかえた状態のままアリエスへと向かい、アリエスの隣にいたシリウスにナルシスを任せると、アリエスの手を取りセドリックの元へと向かう。
「父上、お話があります」
アリエスは頬を染めてユージンの横顔を見つめていた。
これからユージンが何をセドリックに話すのか、それを感じ取っているだけにアリエスはドキドキと心臓を高鳴らせていたが、同時に幼い頃初めてユージンと会い、そして今と同じように手を繋ぎ、後方から見えるユージンの横顔を見つめていたあの頃を思い出していた。
可愛さだけが全面に出ていたあの頃と比べ、成長したユージンは少しだけ男性らしさもプラスされている。
そんなユージンにアリエスは、ドキドキと心臓の音を奏でていた。
一方セドリックは真剣な眼差しの我が子の様子を見て少しだけ口角を上げた。
全てわかっているとでも思っていそうなセドリックの様子に、ユージンは返答を待たずに口を開きかけたが妨げられる。




