88 断罪4
声を荒げるイマラに言葉を重ねようとしたセドリックが大きく咳込む。
ユージンは咄嗟に近寄ったがセドリックは手をあげてユージンに静止を促せた。
ユージンは眉間にしわを寄せ咳込むセドリックを横目に前に出る。
「…何故罪人に権利が与えられると思うんだ?」
「だ、だって、…そう!私は罪人じゃないもの!」
「父上への虚偽行為。公爵家跡取りである僕と当主である父上への殺人未遂、反王家派と手を組み国家転覆を図った行為、そして幼児虐待。
ぱっと思いつくだけでもこれだけやらかしているじゃないか」
「反王家派なんて私は知らない!殺人未遂だって虚偽だって私じゃないわ!それに幼児虐待なんてしていない!!」
「僕に婚約届の書類を送ったじゃないか。アンタの筆跡で。しかもナルシスを思いっきり殴っていたこと、僕は知っているけど?」
「っ!!!」
「それとも本人に確認してみようか?」
「…!?」
ユージンはコツコツと足音を鳴らしゆっくりと外へと通じる扉へと近づいていく。
イマラの横を通り過ぎ、ユージンの邪魔にならないよう左右へと別れた使用人たちは道を作った。
そしてユージンは扉を開ける。
重い扉。
デクロン公爵家を象徴する家紋が彫られた扉をゆっくりと開けたユージンは歩を進めた。
朝早い時間から厚い雲が広がっていた空はいつの間にか太陽が顔を見せ、外へと出ていくユージンを照らす。
銀色の髪の毛がキラキラと輝き、ユージンを目で追っていた者たちはまぶしさのあまり目をつぶるほどにいい天気に変わっていた。
「アリス、ナル、そしてシリウス様、ようこそお越しくださいました」
ユージンは扉の外にいたアリエス達を出迎えた。
「待たせたよね、寒くなかった?」と尋ねるユージンにアリエスは「大丈夫よ」と返し、ナルシスも「平気だよ!」と元気よく口にする。
セドリックと前公爵夫妻、そして使用人たちは特に驚くことはなかったが、イマラだけは目を見開き驚愕していた。
ユージンはナルシスを抱き上げイマラへと近づく。
ナルシスはイマラの姿を見た瞬間、ユージンの服をぎゅっと握った。
ユージンはそんなナルシスの小さな行動に、確信を得る。
やっぱりイマラから離し、アリエスのもとに預けて正解だったと。
ユージンは身を縮め怯えるナルシスに優しい声色で話しかけた。
「ナル、これから質問するけど、ナルの思ったことをそのまま教えてほしいんだ」
「う、うん」
「ナルはお義母様のこと、どう思っている?」
ナルシスはユージンの言葉を聞くと顔を歪ませた。
「……怖い…」
「怖いの?」
「うん、ボクお母様に怒られてばかりだったから……」
「怒られるときはどんなことをされたの?」
「…床で寝るようにいわれてた」
「床で?」
「うん。冷たくて、だからボク、あまり眠れなかった…」
「叩かれたりはしなかったの?」
「一回だけ…。ボクすごく痛くて、でも泣くとお母様はもっと怒ることわかってるから必死に我慢した。
でもね、我慢していたらお兄ちゃんが助けに来てくれたんだよ!ボクすっごく嬉しかった!!」
「そっか」
ナルシスはニコニコとユージンに頬を寄せ、ユージンもナルシスの柔らかい頬を拒否ることなく受け入れる。
ふにふにと互いの頬を合わせる二人の様子に、ナルシスの言葉を聞いた周りの人たちは目が癒されながらも怒りを覚えた。
使用人たちは一度を除き、イマラがナルシスに手をあげていなかったことは知っていたが、それでも子供を冷たい床の上に寝かせるという虐待じみた行為を行っていたことは把握していなかった。
どうりで体調を崩すことが多かったのだと納得すらした。
セドリックと前公爵夫妻も可愛らしい孫たちの様子に微笑ましくなる一方、実の子に“怖い”と恐怖を抱かせるイマラのナルシスに対する今までの行動を想像した。
きっと手をあげてはいなくとも、ナルシスを恐怖で支配していたのだろう。
そうでなければイマラの姿を見ただけで、ユージンに助けを求めるように身を寄せたりしないからだ。
自然なナルシスの行動が、全てを物語っていた。
「……じゃあ、ナルは僕や父上たち、それかお義母様とだったらどっちと暮らしたい?」
「お兄ちゃん!!!」
「今後一生会えないかもしれないんだよ?」
「ボクはお兄ちゃんがいい!!!」
ユージンはナルシスの言葉に胸を打たれた。
ぎゅうと首に抱き着かれたユージンはじぃんと感動を味わいつつ、横目でセドリックを確認すると少しだけ寂し気に見えるのは気のせいだろうかと考える。




